ActiveTK's Note#secret

つかれた。


作成日時 2026/05/19 11:52
最終更新 2026/05/24 13:37

※この記事は「ノートの裏側」です

  • 近況報告
  • 追記 @ 2026.5.23

  • 近況報告


    技術ブログらしからぬタイトルと中身で驚かせてしまったかもしれない。普段のSNSでの私は負の側面を見せることが少ないが,たまにはこういう記事もいいかと。

    最近,なんとなく彼女とすれ違いが増えた。いつ別れてもおかしくはないし,この記事があなたに読まれているときにはすでに別れているかも知れない。思ったこと,感じたこと,体験したことが,記憶から消えてしまうのは嫌なので,何か残したいと思ったから記事を書いてみることにした。でも多分理由は一つではない気がする。他の理由は何だろう,例えば

    いつか作曲するときに参考になるかもしれない 半年以上の時間とお金と全てを費やした罪悪感を埋め合わせて「記事を書くための経費」に落とすため 何か言葉を書くことが「主人公っぽさ」があって自分の理想像に近付けるから

    とかなのか。

    長期的に見て,別れた方がいい可能性が高いということは何となくふんわりと頭では理解している。しかしすぐに「さよなら」と言って友達になることもできない。

    別に興味がなかったら付き合おうが別れようが何でもいいし,実際元カノと別れた時は連絡をまばらにしていて数日後に返信したりの繰り返しで,心理的にかなり距離ができていたので,なにも感じなかった。辛いとも思わなかったし,夜にベットでずっと開発のことしか考えていなかった。

    でも,どうしても今の彼女のことは考えてしまう。別れられない理由を与えてみる。

    彼女の声が好き。聞いているとふわふわして,難しいことを忘れさせてくれる。 デートがいつも楽しみだったし,手を繋いだりハグするのが好きだった。匂いも好き。 色々弱者性があって「自分が守ってあげたい」と感じる。 半年も毎日寝落ち通話していたので生活の一部になっている。 サンクコスト効果がある。受験期に付き合って「逃げ場所」として使ってしまった。 周りからの見てくれ。彼女のいるときに作り上げたコミュニティにどんな顔で居ていいのかわからない。 まだ彼女のことが好き。他の人と付き合うところを想像したら嫉妬する。

    反対に別れるべき理由をいくつか考えてみる。

    彼女と喧嘩が多いし,本音で話そうとしても全部皮肉で返される。ちゃんとゆっくり話せない。 多分お互いかなり精神的に疲弊している。 私は私で彼女を束縛しすぎていて彼女は負担に感じている。 彼女はすでに別れる方向で動いている。 サンクコスト効果は取り戻せない。まさに今この瞬間がこれからの未来において最もサンクコストが小さくなる瞬間という皮肉。 デートの頻度,交友関係の価値観,性的な価値観が合わない。

    将来性の観点で考えてみる。

    話し合いが上手くいかないのは致命的。私は論理的に長文で話したい,彼女は感情で寄り添ってほしい。 彼女はかなり気分屋で,自己肯定感が低い分不安定。長期的な関係を築くのが苦手で,いつまで付き合っても「ふと連絡を取らなかったら面倒ごとに巻き込まれていたり,浮気したりしているんじゃないか」って不安がある。これは健全な関係ではない。 かなり育ってきた環境が違うから,根底からの考え方が違う。

    でも「私は論理的に長文で話したい,彼女は感情で寄り添ってほしい」というのは少々諦めている。そもそも人の関係性は論理だけでは動かないから。

    私は付き合ってから最初の頃はずっと無表情だった。感情はあるが,それを表現する前に論理に変換して,ありふれた一般論や具体的な行動の提案に終始していた。

    しかしふと,あるとき彼女に「怒って欲しい」と怒られたことがある。私は少し論理で考えながらも,怒りをぶつけた。そしたら彼女は笑って喜んだ。「ちゃんと本気で向き合ってくれて嬉しい」らしい。というのも感情表現が軽薄だと,どうやら無愛想,あくまでも遊びの人のように映るらしい。それ以来私は感情を隠さなくなった。論理で分かっていても一度感情として投げてみる習慣を身に着けた。

    結果,少々幼くなってしまった。寂しい,つらいが口癖になって,束縛も始めた。論理的に考える自分としては「感情に流されている自分」を観察するのも少し面白くて,感情のせいで人間関係がズタボロになるというのは今までの私が経験したことのないことだったから,観察者としての視点を持ちつつ論理で援護しないように距離を置いた。そんな高尚なことを言いつつも結局は理想の"人間らしいリア充象"に自分を近づけることに喜びを感じていただけなのだろうけど。

    とは言いつつも実際,感情をそのまま表現するというのは意外と心地の良いものだった。論理的に話してもそれは私の得意なフィールドに議論を持ち込んで純粋な能力差で打ち負かすだけだし,自分の不安を埋め合わせるために検証可能性,再現可能性のある科学を足場にしようとしているだけだったことを知っていたから,混沌とした人間関係を生の人間として味わう感情での話し合いというものは自分の「逃避からの逃避」,ある種の挑戦のようなものだった。

    サンクコストについては特別考えたい。そもそもなんとびっくり,高3の12月1日に付き合った。世の中に勉強してない自慢というものが存在する。最小限の努力で成果を出す「コスパ」が美徳という世界だ。しかしそういう人たちは意外と嫌々でも勉強しているものだ。私は違う。高3の9月に彼女と出会ってから毎日常に喋っていて,寝落ち通話もしていた。おまけに二学期から学校はない。東進には元々行っていたのに1週間サボって,1ヶ月サボって,やがて気まずくてお金だけ捨てて一切行かなくなった。一番最後の東京科学大学本番レベル模試にも気づかなかった。

    出願書類は学校に言われて渋々どの大学も出願締め切り当日に「消印有効」で滑り込んで提出した。なにを学ぶか調べることも怠惰で面倒だったので,とりあえず知っている大学,早慶上理MARCHで情報系の名前がついた学部に広く出願した。

    共通テストの過去問も私大の過去問も1年分すら触れてないまま,試験前日に生成AIで明日の試験科目を調べるくだり。東進には単元ジャンル別演習という優秀な演習機能があったが,少なくとも共通テストの過去問を5年分やらないと弱点がわからないので取り組めないと言われて,結局単ジャは一度も使えなかった。

    理科大が理科一科目でいいことを知って前日の深夜に喜んでたのは記憶に新しい。

    国公立も前日に過去問を印刷して眺めていたけど1問も解かずにそのまま寝てしまった。前期落ちて後期は彼女と通話したかったから当日サボった。自分の精神力の脆弱さ,忍耐力の無さの中でちょうどいい"逃げ場"として恋愛を使ってしまった。

    寝落ち通話も視点を変えれば「夜ふかしの罪悪感」を「恋人との特別」という幸福に見栄えを逆にしてしまう麻薬のようなものなんだと思う。大麻を吸っている人は笑顔だ。少なくともその効力が切れるまでは。一生吸い続ければその人の人生は主観的な意味で幸せかもしれないが,人生は長いので,たいてい,いつかはそれを過去の失敗として懺悔しなければならない日が来る。

    最近の寝落ち通話はさすがにちょっとピリピリしているし,空気の重さはあるが,寝落ちる直前くらいには少しだけ優しさを見せてくれる。昨日もずっと喧嘩して価値観がどうだとか,こういうのやめてほしいだとか,そういう言葉が飛び交いつつも私が「声聞くのが幸せだから」と言ったら「いいこと言ってくれるじゃん」「(名前)大好き」「ちゅちゅ」と返されて,私も慌てて「(名前)大好き」「ちゅー」「おやすみ」と返して寝落ちた。彼女は私のことが好きなのか嫌いなのかはわからない。多分両面あると思う。

    そんなこんなで,でも結局私立で受かったところ(早稲田・理科大)があったのは面白い。全落ちしたら当たり前だなって片付けられたのにね,受かったから進学してしまった。そういうわけで現在は早大1年生なう。

    彼女は虐待経験や児童相談所に行った経験があって,いじめで小中不登校で高校は通信制。勉強がとても苦手で不登校も相まって学力水準は中1相当程度。常にゲームしていて感情コントロールが苦手ですぐに怒り出すし暴言をはく。過去にネット恋愛で自己肯定感を満たしていた分,浮気とかを平気でしていたこともあった。

    私はいわゆる真面目だけどちょっと賢くて陽キャぎみのパソコンオタク。プログラミングが大好きで小学生の頃からずっとコードを書いてきた。でもゲームも好きだし配信活動もしていて,小さなコミュニティのリーダーみたいなものをしている。物事を構造的に分析したりするのが好きで,最近だと早稲田大学雄弁会に(仮ではあるが)入会した。

    彼女が悪いだとか私がエリートだと言いたいわけではないけど,流石に生きている世界が少し違うと感じる。それどころか私は彼女がそういう弱者であることを知っていながら,自分が主人公になるために付き合った感じもする。こういうものを救済者コンプレックスというらしい。

    考えてみれば,私はなぜか自己肯定感の低い人を惹きつけてしまう性質があるようだ。たしかにどこか,小学生くらいの頃からほんのりと,社会や制度の外にいてみんなと同じことができない人を全力で大切にして幸せにしてあげてみたい,というある種のヒーロー症候群のような願望みたいなものはあった気がする。

    そして一つ前の彼女のことを全く好きになれなくて結局1年弱で別れた分,「次の彼女は心の底から愛してみたい」みたいな自分の救世主コンプレックスを満足させる"予定"と,彼女の自己肯定感の低さの辻褄が合って生まれた,自己欺瞞的な好きが見透かされてる気がする。

    そもそも恋愛を科学実験と捉えてる節があるんだと思う。万物を分解して再構築する,つまり"ハッキング"したい,そんな「物事の因果を知ることで安心する」という本能由来の衝動があって,感情に波があり不安定な存在はいくらでも問題を生み出してくれるから観察対象として飽きず都合がいいのかな。

    もう幾分か頭が悪ければ十分に楽観的になれた気はするが,しかしこうやってメタ認知を通じて自分の恋愛観を知ろうとすることもまた"ハッキング"の一部で,案外それを楽観的に楽しんでいる自分も居たりする。

    彼女は好きだけど,それ以上に彼女がいて彼女の事を考える自分,社会の中でリア充側に属しているという記号が好きで,同時に世の中の現代的恋愛という未知の存在について知的好奇心の対象としてフィールドワークに来ているような,そんな気分。

    確かに今の関係性は不健全だが,別れたからといって私や彼女のパターンは変わらずに次の恋愛でも同じことを繰り返す可能性が高いのではないかと思う。

    一番尊敬している友達と話してみると,意外とそういうヒーロー的思想は誰しも持ちうるものらしい。そしてそれ自体に苦しさを感じているのであれば,一旦それを認めてあげてもいいのではないか,人間みんな綺麗な部分ばかりではないと提案された。

    なるほどその通りかもしれない,私はその部分を変えなくても,適切な境界線を引けるように意識することで解決できるかもしれないというのはその通りだろう。

    優しさというのはその場での充実ではあるが,それは諸刃の剣で,その次に同じ熱量の優しさが与えられなかった時,その人は期待からの落差で強い絶望や孤独を感じるらしい。つまり境界線のない無条件の優しさは害悪なのであると。

    恋愛って難しいなあ。春から大学も始まってサークルも忙しくて,そんなこんなで時間の使い方から将来を見据えてきちんと考え直さなければならなそうだ。しかし私は同時に感情を解体して文字に起こすことで,それが終わったかのように満足してしまって,結局行動が変わらない節もあるのが怖いところ。私はいつの日か変われるのだろうか。

    好き嫌いの差が極端なのは発達特性も考えられる。毎日日記を1600日つけ続けてるし,何か月も彼女の好きなところを一日一個目メモしてたり,思いついたアイディアはその日には新しいアプリを作って公開したりしている。でもLINEの返信は一か月後だしサイトの相互リンク追加は半年かかる。ADHD気質に近い気がする。ただし自己理解のラベル探しとして「ADHD」を使うのはあまり好きではないので断定はしない。

    追記 @ 2026.5.23


    元カノの数++ した。

    ポジティブに,とまでは言うまいが,まあ悲観視もしないようにするのさ。奇跡のように出会って,必然のように別れて。どこかの歌詞を口ずさみながら :crying:

    開発がんばります。