ドロシー

バースデー小説

「……どうしましょう。やっぱりこんな可憐な髪飾りは、小官には分不相応でしょうか」

 《アンダーワールド大戦》終結後、新しく備え付けた鏡台の前で、ドロシーは今日十何度目かになるため息を付いた。滑らかな銀髪に乗せた髪飾りの位置を両手で何度も直し、結局取り外してしまう。何度も着脱を繰り返したせいで、せっかく整えた髪も乱れてしまった。もう一度整えなければ。

 この髪飾りは、キリトと一緒に《仮想世界》に出かけたとき、記念に買ってもらったものだ。あちら側の世界の言葉で《カチューシャ》と呼ぶらしい。カトレアの花を思わせる紫色を基調にしたそのカチューシャは、ドロシーがこれまで身に着けていた機能重視の髪留めと比べると、とても可愛らしく見えた。だが、これまで周囲から迫害され、その中で生き延びることに必死だったドロシーには、身を飾る装飾品など縁遠いものだ。《大戦》が終わり、もはやドロシーを苦しめていたものはなくなったが、着飾るという行為にはどうしても抵抗がある。

 思い悩むドロシーの耳に、9時を知らせる《時告げの鐘》の音が聞こえてきた。

「……あっ、いけない! もうこんな時間」

 今日は、久しぶりにキリトと《仮想世界》で会える日だ。ここのところ《人界》と《暗黒界》の交流は官民ともに活発になっており、それに伴ってドロシーの仕事も増えている。つい先日も、人界騎士団と暗黒騎士団による初の合同訓練が実施された。交流が行われている、といっても2つの異なる部隊――それも、数年前に刃を交えた部隊同士――が足並みをそろえて訓練を行うのは簡単なことではない。ドロシーは人界・暗黒界の双方から信頼される立場として、両陣営の調整をすることに奔走した。その合同訓練が無事に完了し、休み無しで駆け回ったドロシーにも、ようやく休みを取る余裕ができた。そこへちょうどキリトからの連絡があり、本日のお出かけと相成ったわけである。

 乱れた髪を手櫛で整え、急いで外出用の衣服に着替える。この装いは、オシャレに疎いドロシーのために、ロニエとティーゼが選んでくれたものだ。これなら、きっとキリトも喜んでくれるだろう。

 最後に、鏡台に置いたカチューシャを見つめる。身につけるのも恥ずかしいが、せっかくもらった物を置いていくのも忍びない。迷った末にとりあえず持って出ることにした。
 

 《仮想世界》に降り立つと、アンダーワールドでは経験したことのない喧騒がドロシーを出迎えた。少し早く着いてしまい、キリトはまだ到着していないようだった。
 いつ来ても、《仮想世界》の賑やかさには圧倒される。行き交う人の多さもそうだが、周囲にあふれる活気や、大きな建物の数もアンダーワールドとは全く違った。いつか、アンダーワールドもこんな風に、発展することができるのだろうか。

 街に設置してある時計を見ると、待ち合わせの時間まではあと10分ほどだ。時計、という存在にも最初は驚いたが、鐘の音を聞かなくても時刻がわかるというのはとても便利だ。

「結局、これ……どうしましょう」

 手の中で持て余しているカチューシャに眼を落とす。やはり、身につけたほうがキリトは喜んでくれるだろう。だが、こんな街なかで、自分のような女が装飾品を身に着けたら、変な目で見られるだろうか。そもそも、ここに立っていること自体が不自然かもしれない。アンダーワールドの暗黒界でも、人界でも、ドロシーはずっとそうした排除の目で見られてきた。

「……でも、キリトはそうじゃない」

 キリトとその仲間たちは、決してドロシーを排除しようとはしなかった。快く迎え入れてくれたし、今でも友人としての付き合いがある。

「だから、いいんです。誰に何を思われても」

 そうだ、何を迷っていたんだろう。もう、他人の目や陰口を気にする必要はない。キリトは、ちゃんとドロシーを見てくれる。そのキリトが似合うと言ってくれたんだから、これは自分に似合う。そうに決まっている。そう、心に強く思い、ドロシーはカチューシャを頭に被った。次の瞬間、背後から待ち望んでいた相手の声がする。

「お待たせ、ドロシー。その髪飾り、似合うじゃないか」
「うん、キリトが選んでくれたのだから、似合って当然です」


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