light
The Works "噓つきのメロンソーダ" is tagged "NMKKmite".
噓つきのメロンソーダ/Novel by 晃

噓つきのメロンソーダ

5,335 character(s)10 mins

まちわび氏vsマルチ商法

1
white
horizontal

相手から指定されたチェーンの喫茶店に入ると、かつての同級生がこちらに手を振った。

『久しぶり!卒業以来会ってないから最近何してるか気になって…久々に話したくなったからどこかで会えない?』
と全ての語尾に絵文字がたっぷりついたメッセージが送られてきたのが一週間前のことだ。
学生時代、この同級生とは仲が良かった訳でも悪かった訳でもない。というか、会話をした記憶すらほとんどない。私の連絡先を知っていたのにも驚く。
こうやって昔の知り合いから突然連絡が来た時の相場は決まっている。怪しいビジネスか、金の無心か、宗教勧誘か。
分かっていて面倒事に関わる理由はない。ためらいなく音信不通を決め込もうとしたが「もちろん奢るから」と、追加で送られてきたメッセージの通知を見て、数日間まともな食事を取っていない腹がぐぅと鳴った。一食分浮くならまあ行ってみるか……という気持ちが頭をもたげ、気づいたら指が都合のつく日程を打ち、送信していた。
九分九厘怪しい話だろうが、適当に切り上げてさっさと帰ればいい。飯に釣られるなんて我ながら情けないと思うが、背に腹はかえられない。

久しぶり、と挨拶し相手の向かいのソファ席に座る。
卒業から数年経っていて顔もほとんど覚えていなかったが、そういえばこんな顔をしていたなとぼんやりと思い出す。
「突然連絡きたからびっくりしたよ」
「あはは……ごめんごめん。好きなの頼んで」
困ったように笑って元同級生はラミネートされたメニュー表をこちらに差し出した。
俯いてメニューを見るふりをして、前髪の隙間からそっと元同級生の様子を伺う。いまいちサイズ感のあっていないペラペラの生地のスーツ。結び目が妙な形に歪んでいるネクタイ。腕に着けている時計だけは、こういった物に疎い私でも知っているくらい有名な高級ブランドのものだった。
メニュー表に視線を戻す。鮮やかな緑色をしたメロンソーダが目に留まる。この間先輩と飲みに行った時、先輩が甘い飲み物とは絶対に合わないだろうに、唐揚げやらポテトやらと一緒にそれを美味そうに飲んでいたのを思い出す。ひんやりとした甘さと喉を刺激する炭酸を想像し、なんだか無性に飲みたくなった。メロンソーダと、一番ボリュームがあって腹に溜まりそうなナポリタンを選び、店員に注文する。
メニュー表を畳み、改めてもう一度元同級生を見ると、飲んでいるのはメニューの中で一番安いブレンドコーヒーのようだった。
「あんまり変わらないね」
と私が言うと、元同級生は後ろめたそうな固い笑い方をした。
「そっちはなんだか……大人っぽくなったよね」
言葉の間に気を使うような妙な間があって、なにかネガティブな印象を言い換えたんだろうなと察する。
「まあそれなりに苦労してるんで」
とへらへらと答えると
「大変なんだね。仕事は何してるの?」
と元同級生が尋ねてくる。
「製造業。で、時々営業。そっちは?」
と大まかに答えた。できるだけ相手にこちらの情報は渡さないほうがよいだろう。
「こっちも営業に近い仕事!製造って体力仕事でしょ?大変じゃない?」
「めっちゃキツい。製造のほうはうっかりするとケガもするし。その割に給料は安いしさ。見る感じそっちは仕事上手くいってそうじゃん?」
元同級生は嬉しそうに笑い、明るく答える。
「そうなんだよ!実は最近始めたビジネスがすごく上手くいってて……!あの、話聞く感じだと今の仕事ってブラックじゃない?お金ももっと欲しいなって思わない?」
「まあブラックだな……。金は常に足りないし。今月は電気止められてる。次はガスが止まる」
私が心底困っているようにそう返すと、元同級生は口元にニタリと暗い笑みを一瞬浮かべた。そしてすぐに憐れむような表情になって、心配そうな声色になる。
「大変なんだね。無理してない?昔に比べてかなり痩せたしクマもすごいし……ストレス凄いんじゃない?」
「うーんまあ……そうかも?」
「趣味は?ストレス発散できてる?欲しいもの買ったり、やりたいことやったりできてる?」
「趣味かあ……最近植物育て始めたくらい。金掛からないし結構かわいいもんだよ。欲しいものもやりたいことも今は思いつかないな。毎日ぐっすり眠れれば、それで嬉しい」
注文したメロンソーダとナポリタンが運ばれてくる。
鮮やかな緑色のメロンソーダの上には白いバニラアイスと、着色料で真っ赤に染められたチェリーが乗っている。ストローで一口飲むと、人工的な甘みが口の中に広がる。その高価な果物を最後に食べたのは思い出せないくらい昔だったが、本物とは似ても似つかない味なのはすぐにわかった。
私が一口目のメロンソーダを飲み込むのを見届けてから、今にも泣きそうな顔で元同級生が口を開く。
「なんだか今の様子聞くと辛そうで見てられないよ……。趣味もお金のかからないもので我慢して、目の前の生活で手いっぱいで欲しいものも見えないなんて……」
私はそんなに可哀そうに見えるんだろうか。まあ食費を浮かせるために、今日もこの場所にのこのこ出掛けているのは、我ながらだいぶ哀れな奴だとは思う。
「今日は仕事の話はしないつもりだったんだけど……さっき言った最近始めたビジネスなんだけど、マジで儲かるんだ!特別なシステムを採用してて絶対に利益が上がるから、本当は指定された一部の人にしか教えちゃいけないんだけど……でも昔からの大切な友達だから特別に教えちゃう。絶対に今の仕事辞めてこっちやったほうがいいよ!今の仕事で営業やってるならスキルも活かせるだろうし――」
――ほらきた。
ナポリタンをフォークでくるくる巻き取りながら、途端に饒舌になった同級生の目を見る。
「……へぇ、興味あるかも」
私がそう言うと元同級生の目はギラギラと輝いた。
元同級生がいそいそとカバンの中から資料の冊子と小さな箱を取り出す。
「これ、つい最近開発されたばかりで、まだ一般には流通していないサプリメントなんだけど――」
興奮した様子でどんどん早口になりながら、有効成分がどうとか、有名な研究所が独自開発しただのとか、これを飲んだ病人が元気になっただとか――そういった話を一方的に話してくる。きっとマニュアルの丸暗記だろう。
――下手だな、と思う。
話の内容が右から左に通り抜けて全く頭の中に引っかからない。
まず、本題に入るのが早すぎる。こういうのは、顧客が何を求めているのかを先に見極めるのが重要だ。
何に困っているか。何を我慢しているか。何に飢えているか。
製品の売り込みはその後だ。探った相手の欲求不満に目掛けて釣り針を垂らせば、あとは向こうから食いついてくる。
「――このビジネス、ネットでもできるからスマホさえあれば簡単にできるんだよ。在宅で時間もお金も余裕ができるし趣味の時間も――」
あーあ。やらかしたな。この顧客に「趣味の時間が増える」なんて言ったって全く刺さらない。ろくに趣味もない話をさっき聞いたばかりじゃないか。マニュアルに嵌めるのに必死で顧客の話を聞いていない。こんなことでは信頼関係を失う。短気な顧客ならこの時点で帰ってしまう。
ナポリタンを咀嚼しながら、自分だったらどうするか頭の中で営業トークを組み替える。
毎朝の通勤がなくなる。上司や同僚に気を使わなくていい。キツイ肉体労働に体力を使わなくていい。夜にちゃんと寝られる。
そうやって顧客が今持っている不満を手放せる方向に話を持っていく。
「――で、肝心なのが紹介した人がこれを売ったらその利益が自分にも入ってくるんだよ。最初に始めるときに元手は少しかかっちゃうんだけど、それはすぐ回収できるから――」
目がぎょろぎょろと忙しなく動き、全くこちらと目が合わない。
自分が後ろめたいことをしていると断言しているのと同じだ。相手の目を堂々と見て信頼させろ。何も隠していないと思わせろ。――こんなこと基本だろ。
「う~ん……ちょっと怪しくない?マルチ?とかネットワークビジネス?ってやつ?」
「え!?ちがう、そういう、そういう怪しいのとは違うんだよ!本当に儲かるし、絶対に損はさせないシステムだから!」
少し茶々を入れてみると、元同級生は目に見えて慌て始める。その声に反応した近くの席の客が私たちをみて、何やらひそひそと話し始めた。落ち着け。堂々としてろ。絶対にこう言われんだからこういう時の切り替えし方くらい考えておけよ。さっき暗唱してたマニュアルにもきっと書いてあんだろ。
元同級生は慌てたまま、しどろもどろに言葉を継ぎ足していく。
「いや、その、ちゃんとした製品でさ、海外でも実績があって――ほら、この資料にも書いてあるし――」
周囲の目を気にしてか声が小さくなる。資料をめくる手が震えている。
もう崩れた。相手に疑われたときは否定をするな。否定した瞬間、会話の主導権を相手に渡すことになる。「確かに怪しく感じるよね」とか「自分も最初はそう思ってた」とか言って、一旦その疑いに共感してから話を続ければいい。それだけで会話の主導権を自分に取り戻せる。――どうしてこんな簡単なこともできないのか。
私は残り少なくなったナポリタンを口に運びながら、半ば呆れながらその様子を眺めていた。
この調子だと全く利益は出せていないだろう。出せるはずがない。
元同級生の声はどんどん小さくなる。背中が縮こまる。資料に落とした視線はもうこちらには戻ってこない。
もう、ダメだな。

私ならもっと上手く――

――もっと上手く?
喉の奥で何かが引っかかる。
私は今何を考えていた?
当たり前のように他人を欺く方法に思考を巡らせていた自分に気づき、喉のつかえが強くなる。声が出せない。
まだ何かを必死に喋っている元同級生も、テーブルの上の資料も、サプリメントの箱も、アンティーク風に作られた新しく清潔な喫茶店の内装も、すべて現実感が消え失せ、遠くに見えた。
――下手だな。
――こんなこと基本だろ。
――どうしてこんな簡単なこともできないのか。
歪んだ優越感を持った自分の声が頭に反響し、何も聞こえなくなる。
メロンソーダに目を落とす。乗っていたバニラアイスが溶けて混じり、鮮やかに透き通っていた緑色は淀んで濁りきっていた。
元同級生の立場として、顧客に嘘ついて金を稼いでいる嘘つきの立場として、色んな言葉が頭の中を渦巻く。
こんなこと辞めた方がいい。ちゃんとした別の仕事をしたほうがいい。私に声かけてる時点でもういなくなった後だろうけど、本当に友達なくすよ。
見るからに胡散臭い格好はやめろ。才能ないから辞めろ。もっと金のありそうな奴を狙った方がいい。
声に出せないその言葉すべてと、残りの濁った薄緑色の液体を無理矢理飲み込む。
甘ったるい溶けたアイスクリームと微妙に炭酸が残ったソーダがぬるりと喉を通って胃に落ち、爽快感とは程遠い感覚に気持ちが悪くなった。
「ごめん、元手すら払えないから無理だわ」
と元同級生の話を遮り立ち上がる。
「ご馳走様。じゃあまた」
元同級生が縋るようにまだ何か言っていたが、振り返らずに喫茶店から出る。
全部嘘だ。
飲み込んだ嘘が胃の中で消化されて血肉になっていくのを想像し、私はもう戻れないなと思った。


給料日に先輩に誘われ、また一緒に飲みに行った。
先輩はいつものように、しょっぱいつまみとは絶対に合わないメロンソーダを飲んでいた。喫茶店のものとは違い、上にはアイスクリームもチェリーも乗っていなかったが、人工的な鮮やかな緑色は全く同じだった。
この前の濁った薄緑色の液体を思い出して喉と胃が気持ち悪くなる。
ソーダを見つめる私の視線に気づいた先輩が「美味いよ、次頼む?」と言ってくるが「いえ……あんまり好きではなくて……」と言葉を濁す。
「え~美味しいのに」
「いや……不味いとは私も思わないんすけど……なんか、メロンの味ではなくないっすか?嘘というか……」
「それがいいんだよ。メロンはアレじゃん、甘いキュウリじゃん。安いのしか食べたことないから高いのは違うのかもしんないけど。変な苦みとか酸っぱさがある本物のメロンより、100パー甘いメロンソーダのほうが俺は好きだな~」
「そういうもんすかね」
「嘘は嘘でも、フィクションだからね。人を楽しませる役に立ってる嘘だからいいんだよ。漫画とか小説とかと一緒」
「めちゃくちゃ好きじゃないっすか」
唐揚げをつまみにメロンソーダを美味そうに飲んでる先輩を見て、まあ人それぞれだよなと思う。
先輩は嘘のメロンを嘘だとわかっていて楽しんでいる。
誰もが嘘だとわかっているが、「楽しい」という気持ちは残す嘘。
私の嘘はどうだろうか。
本物だと、良いものだと錯覚させて、人の金も時間も期待も奪う嘘。残すのは楽しさでも爽快感でもなく、不快感と怒りと何かを失った感覚。
メロンソーダがグラスの底に残った氷に反射してキラキラと透き通る。最初から嘘として売られている、透明な正直な嘘。
濁りのないその色をとても綺麗だと思ったが、私にはもう飲める気がしなかった。

Comments

There is no comment yet
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags