きっと忘れないまま
花が咲き、世界は変わり、命は途絶えては芽吹く
最後に見た景色を今でも憶えている。朝焼けの差し込む春、窓の開いた部屋、床に散らばる桜は雨によって流れ命を終わらせていたが、薄桃色は妙に鮮やかで死してもなお輝くものがあるのだとそこで知った。
真っ白なシーツ、整頓された無駄のない部屋は死ぬ準備をしていたことが痛いくらい分かった。無機質に感じられた机の上、ノートが一つだけ置いてある。最後に書かれた言葉を見て、どうしようもなく込み上げた愛しさと先がない現実に絶望して零れ落ちそうになる涙を堪え笑って見せた。
ねえ、私は今でも変わらず思うの。貴方より後に死ねてよかったと。
先に死ぬ運命でなくてよかった、置いていかなくてよかった、置いて行かれる側でよかった。だってこんな悲しみを、背負わせずに済んだから。私は変わらず貴方が好きで、来世がもし存在するのならずっと同じ場所で待つでしょう。
春、満開の桜が印象的なあの公園で、貴方が生まれ変わるまで待つでしょう。迎えに来てくれるまで待つでしょう。あの日と同じように一人でいるから声をかけてくれるかしらなんて、死の間際馬鹿みたいな事を夢想するくらいには貴方の事が好きで好きで仕方なくて、別れがこんなにも深く心に刻み込まれているなんて、貴方はどうか知らないままでいてね。
この愛は、もう一度会えた時に口にするから。
ふとした瞬間に思い出す事がある。あの春が初めての出会いではなかった事。きっともっとずっと前に、君に会っているような気がする事。けれどそれがいつだったかも分からない。ただ長いようで短い時間の中、言えなかった言葉ばかりだ。君のようで君でない誰かの面影が見える度、僕は愛の言葉を口にする。すると君も同じように僕でない誰かの面影を見たと言い愛の言葉を口にする。その度にこう言うのだ。
「きっといつか後悔するから」
言えなかった後悔と言わなかった後悔と、言いたかった後悔と言い足りなかった後悔。そんな感情が生まれながら存在し続ける。ただ、君に愛を紡ぐ度は後悔は少しずつ薄れていく。その度君は優しく微笑むから、僕も何だか嬉しくなって微笑んだ。
ある日、繰り返される夢の中で君より先に死ぬ最後を見た。その時僕は現実でないと分かっていながらも涙が止まらず深夜二時に君の温もりを求め夜に飛び出した事がある。寝ぼけ眼の君は怒らず、どうしたの?と言いながら背中をさすり続けてくれた。その日、僕は運命を知ったのだ。
僕たちの命が繰り返されているとして。ずっとずっと、君を探していたのだと言ったなら何て言うだろうか、ずっとずっと、言わなくちゃいけない事があったんだ。先に置いて行ってごめんと、あの後の短い時間でいなくなってしまった君に何を残せたのかと、今度こそは一緒に生きようと。
僕は泣きながらただ、君の細い身体を強く抱きしめて一年後、一緒に住もうと約束をした。まだ高校生の僕らは幼馴染で、学校も一緒、クラスも一緒、共有する時間は普通の恋人よりも多い。けれど時間は一瞬で過ぎ去り、命はいつ終わってもおかしくはない事を知ったから、もっとずっと君の隣でこの先も笑っていたかったのだ。
涙交じりに呟いた言葉は君に届き、震えた声で君は絶対だよと口にした。破らないでね、そう言って涙を流した君に、僕は絶対に置いていくものかと心に決めたのだ。
以来、その夢は見ていない。
今の君は知らないかもしれないけれど、僕らの恋愛にはタイムリミットがあったんだって言ったなら微笑んでくれるかな?何それと言って笑うか、自分も同じ事を思っていたと言うだろうか。僕としては多分、素敵な話だけどそれは嫌ねと言いながら紅茶を啜り微笑む姿が想像出来る。
幾年も過ぎ、何百回も季節が巡り、花が咲くまでの秒数を数えるように人生を繰り返し、ようやくあの春、桜の舞う公園で君に会えたと言ったならどう思うかな?僕の言葉は相変わらず詩的だと首に手を回し膝の上に乗ってくるだろうか。それを言ったら君の言葉もよっぽど詩的だと思うが。
待ち人を待った。先に置いて行ってしまった待ち人が同じ場所に現れるとは限らなかった。そんな気はなかったのに、心はいつでも誰かを探していた。桜が散り日常が戻ってくるたびに溜息を吐いた。なぜか春にしか会えないと心の中で確信めいていたから、次に出会った時にはずっとずっと一緒にいようと決めたのだ。離れ行く手を掴み、子供特有の口約束を本当にしようと必死になった。来世まで待ちようやく見つけた時、僕はやっと人生が報われた気がしたのだ。
以来、僕は運命を信じ続けている。