夏に輝いた
嵐が花を攫って行った。それでも私達はここにいる。
episode summer yellow
「暑い!!」
「うるさい」
直射日光がアスファルトに反射して、笑えないくらいの照り返しが私達を焼き尽くす。
前を歩く君は涼しい顔をしていた。けれど、その額には汗が滲んでいる。
ポニーテールで髪を上げて、首後ろにペットボトルを押し付ける。五分前に買ったはずなのに、中身は生ぬるくなっていた。
今年最高の暑さだと、涼し気なスタジオの中アナウンサーが言っていた。半袖シャツは汗で滲んでいく。君の背も同じように。
「ねえ、暑い」
「分かったから」
唇を尖らせてバッグの中から教科書を取り出す。それをうちわ代わりに扇いでみたが、当たる風は生ぬるくて意味を成さなかった。
「週末出かけるの止めるか」
「止めない!」
「はいはい。じゃあもうちょっと頑張れ」
夏草が私達の邪魔をした。
背高草は視界を遮って見失いかける。
「向日葵畑ねぇ…」
「なに」
「いや、何でも」
入道雲は絵に描いたようで浮かび続けている。
空は真っ青で、どこまでも澄み渡っていた。
「名前通り黄色が好きだなと思って」
「何それ、馬鹿にしてない?」
「してねえよ」
飛行機が真っ青な空に一本の白線を引いた。
それがどうしようもなく綺麗で眩しくて目を細める。彼の名前を思い出した。悲しいくらいに綺麗な、青色の名前を。
そして、大好きな二人の息子の名前を。
日陰に入って、狭い隙間を歩く。君はまだこちらを向かない。
去年より少しだけ長くなった黒髪は、君が引退した証だ。でもきっともうすぐ切ってしまうだろう。長い髪を鬱陶しいと言っていたから。
それで良いと思う。私も彼の髪は短くないと、と思っている。今は新鮮だから目を惹くけれど、もう少し長くなったら君ではない気がした。
私も私で髪を伸ばした。肩口まであった髪は、今では肩甲骨を越すくらいまできている。けれど、もうすぐ切るだろう。君が前の方が好きだというから。私自身、手入れが面倒だと思っていたからいい機会だと思う。
去年より、君の背中が広くなった。背が伸びてまた、男の人に近づいた。どんどん私の知らない君になっていく。もう、泣き虫な君はどこにもいない。
去年より、スタイルが良くなった。女性らしさが出て来てまた、女の人に近づいた。どんどん君の知らない私になっていく。もう、勝気な女の子はどこにもいない。
けれどそれで良いと思う。成長していく。やがては退化していく。ずっと見てきたから、君が変わってしまうのを当たり前に受け入れる事が出来る。
ああ、それでも、泣き虫は変わらないのかもしれない。
照れ屋な所も、耳を赤くするのも、今だって私の手を引いたまま振り向いてくれない事も。
幼馴染から恋人になって一年。でもまだ一年だ。きっとこのまま、幼馴染の期間を越すくらい一緒にいるのだろう。君がいない人生なんて、想像がつかない。
「そう言えば百合奈も先輩と向日葵畑見に行くらしいよ」
「会いたくねえ」
「承和先輩にだけでしょ」
結局、あれだけの衝突をしたのにも関わらず私達はまだ友達を続けていた。いや、あれだけの衝突をしたからなのかもしれない。お互いに腹の内を出せるような、そんな存在になった。
夏草が私達の邪魔をした。
背高草が視界を遮って見失いかけた。
それでも。
「ゆず」
君が私の名前を呼んだ。振り向いたその目に、輝く栗毛が写っている。
「ねえ誠ちゃん」
君は首を傾げた。汗が首筋を伝う。繋がれたままの右手は熱い。
「大好き」
私はまた夏に戻ってくるだろう。
episode summer yellow
end.