始まるお話
背高草が生い茂っている。夏の夜空は悲しみに溢れていた。
雲が高いねなんて、空に手を伸ばしながら笑う。君に伝える術はないけれど、何処かで見ていてくれたら嬉しい。
さよならは遠い存在になって、私達の目の前に現れた。もう、ずっと昔にしたはずなのに、心の中では別れきれていなかったんだよ。
だって、そこに思い出が存在し続けるから。
桜が散った夏の夜の公園は、蝉の声で溢れかえっていた。街灯の下に群がる虫たち。生ぬるい風。ブランコを軽く揺らしながら空を見た。星が輝いている。
「雲が高いね」
なんて。独り言をつぶやいた。誰にも聞こえないように。誰かに聞こえるように。
「知ってた?お兄ちゃん。夏の雲も冬の雲も変わらないんだよ」
ならばどうしてあんなにも違って見えるのだろう。遠くに澄んで見えるのだろう。伝える術はもうない。
「私は、お兄ちゃんにとってどんな存在だった?」
聞きたかった。知らないままでいたくなかった。大切な存在であった事、文字じゃなくて言葉で聞きたかった。貴方の口から、その声で教えて欲しかった。
「苦しめる存在でもあったんだと思う」
私が隣で笑い続ける限り、彼はずっと、未来を見せつけられていた。何も知らなかったから。だからこそ、当たり前に先の約束をし続けた。きっと何度だって傷つけた。
「お兄ちゃんごめんね」
許してくれるだろうか。夜の公園で一人、罪悪感に苛まれた。大きな愛をくれた人への罪悪感に。
「帰ろ。明日も学校だし」
立ち上がったその時、遠くから見知った姿が見えて思わず立ちすくんでしまった。
「誠ちゃん…」
息を荒げた幼馴染が、私の姿を捉えて駆けてくる。近づいてきて何をするかと思えば、突然頭を叩かれた。
「は!?」
思わず頭を抑えてしゃがみ込む。彼は怒涛の責めを披露してきた。
「お前な!夜中に女子が一人で公園なんて何考えてんだ!危ないだろ!!家に行ったら出かけたとか言われて探し回ったんだぞ!!」
数時間前、酷い言葉を彼に言った。いや、お互いに。しかし、それを払拭するくらい、今の彼は怒っていた。
「心配しただろ!」
「え、えぇー、ごめんね」
「信じられねぇ…」
頭を抱えしゃがみ込んだ彼。
「大丈夫?」
目線を合わせるかのように目の前にしゃがみ込んだ。
「ごめん」
呆気にとられてしまう。私は固まった。彼は顔を見ないまま、話を続けた。
「千草の事とか、お前の兄貴の事とか。沢山傷つけた。ごめん」
「誠ちゃん」
「それ以上に、ずっと言わなくてごめん」
「何が?」
「好きだ」
目も合わさず告げられた言葉が、頭の中で何度も反響する。
「ずっと言わなかった。言ったら幼馴染が終わるから、怖くて保身に走った。けど、先輩と仲良くしてるゆずを見て、凄い腹が立って。今更何をって言ってるかもしれないけど」
段々と尻すぼみになっていく言葉。耳が赤い。きっと今の彼は真っ赤になっている。
私は笑ってしまった。それでも、彼は顔を上げない。
「何で笑うんだよ…」
「ごめんごめん。ちょっと新鮮で」
いつも冷静な貴方が、こんなにも照れるなんて。
「誠ちゃん、あのね」
だからこそ、向き合わなければいけないと思った。
365日よりもずっと先に続いていく、私のお話だから。
「百合奈の件は確かに腹が立った。でも、あれは私も悪いし酷い事したなって思ってる。あと、誠ちゃんに当たったのも」
正直に。手を離したあの人を思い出して。
「お兄ちゃんの件はね、もういいの。私やっと彼の事を思い出せたから。大嫌いだったはずなのに、あの時のお兄ちゃんの気持ちを知って、この髪色が誇らしくなった」
この先は一人で歩いて行けと言った。
「でね、誠ちゃん」
私は笑う。
「相手に気持ちを伝える時は、顔を見て言わなくちゃいけないと思うんだけどどうかなあ」
彼の顔がゆっくり上がって、私の瞳を捉えた。
「好きだ」
その言葉に、真っ赤になった顔がやっぱりおかしくて。私は笑いながら彼に飛びつくのだ。
「私も!!」