第31話 服を買いに来ただけなのに

 俺たちはいま、ショッピングモールに来ている。


 電車で四駅。そこそこの移動距離にある、駅前の大型ショッピングモールだ。


 周囲は田んぼと畑。


 農業地帯の真ん中に建てられた異質な施設にも見えるが、これこそが田舎の風景であると言われれば、なんとなく納得してしまう。


 大型ショッピングモールとは、そういうものだ。


 祖父なら、たぶん全部まとめてジャスコと呼んでいた気がする。


 ぱっと見、異形の女三人を連れた男という、かなり異様なパーティー編成ではある。

 だが、人がごった返しているここでは、そう目立つものではないだろう。


 ……いや、目立つわ。


 銀髪美形の長身ダークエルフ。


 白い帽子を目深に被った、怪しい黒髪長髪の女。


 そして、青髪が目立つ美少女コアちゃん。


 うん。目立つわ。


 俺、変な目で見られないだろうな……?


 この世界、表立って言われているわけではないが、異形絡みのよくない噂はいくらでもある。


 人身売買だの、違法労働だの、保護を名目にした囲い込みだの。


 そういう話を役場にいた頃、聞いたことくらいはある。


 ここがもし、ファンタジーな異世界だったら……。


 やめよう。


 そもそもハーレムではないのだ。


 暦だけならまだしも、ダンジョンと怪人を女性としてカウントしてはいけないだろう。


 俺の矜持の問題である。


 いや、コアちゃんは女の子として扱うべきなのか?


 ダンジョンとして扱うべきなのか?


 考え始めると俺の倫理観が迷宮入りしそうなので、今は保留にする。


 だが、まあ……。


 異形の人も、いないわけではない。


 周りを見れば、たまに目に入るくらいにはいる。


 角のある男性。


 耳の長い女性。


 鱗のようなものが首元に見える子供。


 もちろん、視線は向けられる。


 こちらをちらりと見る人間もいる。


 だが、露骨に避けられるわけではない。


 店員は普通に「いらっしゃいませ」と言う。


 客として金を落とすぶんには、受け入れられる。


 そういうことなのだろう。


 少しだけ安心した。


 これなら、異形でも買い物自体は問題なくできそうだ。


「どしたの? そんなところできょろきょろして……不審者にしか見えないよ?」


 鐘々が呆れたように言う。


「やかましいわ」


「人が多いのう……」


 コアちゃんは、吹き抜けの通路を見上げながら呟いた。


「これだけの人間が妾の中を歩いてくれれば、妾も安泰なのじゃが……」


 ……ショッピングモールをダンジョンの中に作れと?


 ジャスコ、コアちゃん支店ってか?


 いや、あったら便利かもしれない。


 うちから徒歩10秒。倉庫に入るだけで、服も食料も生活用品も揃い、フードコートまである。


 我が家の立地が素晴らしいことになる。完璧だ。


 問題は、とても作れる気がしないことだが。


 家一軒でもいっぱいいっぱいなのだ。こんな巨大なショッピングモールを作るのは不可能である。


 もっと効率よく建築する方法も、いずれ模索しないとな……。


「あの、まずはどこに行きます?」


 暦が遠慮がちに聞いてくる。


「そんなかしこまらずに、中を歩きながらよさげな店を見ていこうよ。ね?」


 鐘々が軽い調子で答えた。


「面白そうじゃのう」


 コアちゃんは、すでに少し楽しそうだった。


 こうして、長い長いショッピングが幕を開けたのであった。


 ◇


 女三人集まれば姦しいとはよく言ったもので、店に入り、服を選び、ファッションショーが開催される。


 そして、それが何度も、何度も、何度も繰り返されていく。


 そのたびに、俺に対して感想を求めてくる。


「これ、どう?」


「こっちのほうがよくないですか?」


「主よ、これは忍者っぽいか?」


 もちろん、俺の感想が意見として取り入れられることはない。


 完全に虚無の応答である。


「似合ってる」

「かわいい」

「いいんじゃないか」


 この三つを適切なタイミングで使い分けるだけの機械になりつつあった。


 俺としては、買い物というものは、欲しいものだけ買ってさっさと終わらせる行為である。


 だが、少なくともこの三人にとっての買い物は、それ自体がストレスを解消する行為であり、遊びであり、たぶん少しだけ、人としての時間を取り戻すための時間なのだ。


 そもそも、異形である二人は、こんなふうに羽を伸ばして買い物をする機会など、そう多くはなかっただろう。


 暦など、少し前まで自分の服どころか、自分の部屋すら奪われていたのだ。


 店員も、異形だからといって明確な差別を行っている様子はない。


 個人店ならまた違ったかもしれないが、ショッピングモールに入っている店は、接客もきちんとしている。


 視線はある。


 けれど、拒絶はない。


 客としてなら、異形でも受け入れられる。


 その事実に少しだけ安心しつつ、同時に、少しだけ嫌なものも感じた。


 隣人としては駄目でも、客としてならいい。


 同じ人間を相手にしているはずなのに、立場が変わるだけで、社会の態度は変わるらしい。


 だが、これだけは言わせてほしい。


 下着売り場に俺を連れていくのは、本当にやめてほしい。


 目のやり場に困る。


 あと、周囲の目が俺のほうに向いているように感じる。


 いや、実際に向いていたかもしれない。


 下着売り場において、異形ではなく異性、つまるところ、俺のほうが異物なのだと痛感した。いや、女三人連れて下着売り場に突撃する男がいたら誰だって注目するだろう。


 だから、下着の感想を俺に聞こうとするんじゃない。


 鐘々、お前、分かっててやってるだろ。


 さっきからずっとにやにやしているんだよ。


「あれー? お兄さん、こういうの分からない?」


「分からなくていいんだよ。俺が分かり始めたら、別の問題が発生する」


「でも、必要経費だよ?」


「必要経費なのは分かった。だから俺を審査員にするな」


 暦は顔を真っ赤にして、こちらを見ないようにしている。


 コアちゃんは、下着という文化そのものがよく分かっていないらしく、首を傾げていた。


「人間の衣は複雑じゃのう」


 そういってコアちゃんは、穴の開いた下着をまじまじと観察していた。


「頼むから、今はそれ以上学ばないでくれ」


 ちなみに、女性の下着は大層なお値段であったことだけは、俺の心のメモに留めておくことにした。


 あんなに少ない布なのに……。


 いや、これ以上考えるのはやめよう。


 俺の中の何かが、社会的に死ぬ。


 両手に紙袋を抱えたまま、俺は休憩スペースのベンチに座った。


 目の前では、ウォーターサーバーの実演販売が行われている。


 試飲用に紙コップの水をもらい、それを飲みながら、別の店へ向かっていく三人の背中を見送った。


「し、死ぬかと思った……」


 ウォーグルフを相手にしたときのほうが楽だったかもしれない。精神的な意味で。


 女三人の買い物は、ダンジョン探索より長い。


 しかも、終わりが見えない。


 鐘々は価格と素材と割引率を睨み、暦は目立たない服を選ぼうとしては鐘々に戻され、コアちゃんはよく分からないまま楽しそうに服を当てられている。


 そして俺は、荷物持ちである。


 ただ、あの買い物を楽しめるあたり、コアちゃんも女の子なんだなと少しだけ認識を改めた。


 いや、ダンジョンではあるのだが。


 ダンジョンではあるのだが、人型端末としてはちゃんと女の子なのかもしれない。

 モテる男は、こういう場面でどのように動くのだろう。


 自然に褒め、自然に荷物を持ち、自然に金を出し、自然に疲れないのだろうか。

 精神的にも肉体的にも、俺とは違う生き物なのだろう。


 ……いや、俺、いまは半分ダンジョン男だったわ。


 人のことを言えなかった。


 そんなくだらないことを考えていると――。


「……網代の兄ちゃん?」


 聞き覚えのある声がした。


 この、忘れられるほど薄くはない声。


 俺は、ゆっくりと声のしたほうに顔を向ける。


 そこにいた男を見て、買い物疲れが一瞬で消えた。


 灰島。

 祖父の借金絡みで、俺の家に来た取り立て屋。


 最悪だ。


 服を買いに来ただけなのに……どうして、こいつがここにいる。


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