佐藤二朗さんと橋本愛さんの間に生じたハラスメント疑惑が、週刊誌の報道を機に波紋を呼んでいます。ドラマの撮影現場で佐藤さんに顎を触れられたことで、橋本さんのトラウマが刺激されたとして、その後も含めた佐藤さんの言動は深刻なハラスメントと認定されています。しかし、双方の声明やキャリアから事実関係を辿れば、事態は単純な加害者と被害者の構図には収まりません。
過去の心の傷には最大限配慮すべきことは大前提です。その上で、「トラウマがあって夫婦役を演じるなら先に状況を相手に共有すべき、その状況が続くなら俳優を続けるべきではない」という佐藤さんの指摘は、仕事の前提として極めて真っ当な指摘です。もちろん、楽屋に押しかけて本人へ直接この発言をしたという行為こそが核心であり、その点は非難されて当然でしょう。
一方で、橋本さん側にも疑問が残ります。夫婦という極めて身体的な距離が近い役柄を自ら引き受けておきながら、アドリブで顎に触れられた程度で現場を破綻させる事態に陥るのは、プロフェッショナルとして過剰な反応です。百歩譲ってその傷がそれほどまでに深くセンシティブなものであったのなら、事務所の対応は致命的な過失に他なりません。事前にトラウマの事実を共演者へ伝えるかどうかを問われた際、事務所側はテレビ局側にお任せすると回答し、重要事項の伝達を外部へ丸投げしていたようです。顎への接触すら耐えられないほど深刻な状態であるならば、他者に委ねるのではなく、責任を持って確実に共演者へ伝達し現場の安全を担保すべきだったはずです。
橋本さんは、芸人のやすこさん等も所属するSMA(ソニー・ミュージックアーティスツ)主催のオーディションを経て芸能界入りし、大河ドラマ等で多くの大役を得てキャリアを積み上げました。現在は他事務所に移籍しているものの、個性を尊重し自立を促すSMAの環境は彼女の才能を開花させたのでしょう。同時にSNS上では、同事務所出身の女性タレントに対して「プライドが高く、自らの表現や事情を優先するあまり、周囲から見て不可解な行動をとりがちである」という特有のイメージを持つ方が散見されます。今回の騒動における境界線の曖昧さや、対話を拒絶するような姿勢も、まさにSMA出身者らしさだと解釈される土壌があるのです。自分都合の問題でありながら配慮を他者に丸投げし、結果として作品を台無しにする。その特異なイメージの最大の体現者が、同じくSMA主催オーディションで発掘され、同事務所で純粋培養されてきたアイドル声優(人妻)、楠木ともりです。
楠木ともりは高校時代から体育で配慮を要する虚弱体質だったにもかかわらず、何故かアイドル声優コンテンツである『ラブライブ!』のオーディションを受け、アイドル役を掴み取りました。結果的に身体的な理由で降板することになりましたが、ラブライブのMCで立つことすらできなかった期間も、ラブライブ降板後も、自身のソロ活動では毎回2時間にわたりステージ上で元気に歌い跳ね回る姿をファンに見せつけています。そのため、結果的に最低限のパフォーマンスでも許されていた、活動頻度も限られた同作をどうしても辞めなければならない切実な理由があったとは到底考えられず、実際は他にも要因があったと推測する声が後を絶ちません。少なくとも、ラブライブというアイドル声優コンテンツ最大手の看板を背負ったままでは、26歳という若さで結婚することなど到底できなかったことでしょう。
そんな楠木ともりのソロ活動は、高額グッズをサイン商法で大量に買わせる商売ばかり展開していました。そして、幾重にも搾取を重ねていたその全期間において交際相手が存在したという事実を、彼女は結婚報告の中で当てつけのように突きつけました。報告文の半分近くをその当てつけ及び詮索への牽制で埋め尽くし、申し訳程度に「仕事には誠心誠意取り組む」という美辞麗句を並べ立てる。しかしそう述べた舌の根も乾かぬうちに、事前の告知も説明もないまま彼女は3ヶ月もの長期休業へ突入し、作品とファンを置き去りにしました。この無告知休業により『プロジェクトセカイ』などの音声実装は滞り、関係各所に多大な迷惑と心配をかける事態を引き起こしています。
本業である音声収録すら放棄し、裏で会食や免許取得など遊び歩いていただけのその休業を、彼女は事後になって計画的な充電期間であったと称しました。待ち続けたファンや作品への感謝も謝罪も一切口にしないまま、復帰直後から再びサイン商法による集金体制へと戻っていったのです。彼女の根底にある傲慢さは、結婚直前の「サイリウムを振れる曲や可愛い曲などのアイドル表現には興味がなかった」という旨のインタビューにもよく表れています。巨大アイドルコンテンツの恩恵を受けて人気を獲得しておきながら、そこで求められた表現を否定し、それでも結婚後再びアイドルさながらの商法でグッズを売ろうとするその姿。かつて楠木ともりは敬愛するアーティストとして椎名林檎さんの名を挙げていましたが、実際のところ彼女が模倣できているのはその音楽性などではなく、人妻となっても自由奔放に振る舞う姿だけでしょう。
制約を抱えたまま役を演じるのであれば事前に共有すべきであり、それが続くのであればその仕事を続けるべきではない。このプロフェッショナルとしての真理は、楠木ともりのこれまでのキャリアを容赦なく射抜きます。身体的な制約を隠して『ラブライブ!』のオーディションに潜り込み、アイドル表現への無関心を隠し、そして何より、デビュー前から交際していた相手の存在を隠し続ける。さらには結婚直後も、彼女は休業そのものと、それが単なる遊びのための充電期間であったという事実を、長らく隠蔽していました。
そして現在、彼女の周囲にはさらに不自然な情報統制が敷かれています。自ら公表したはずの結婚に一切触れず、周囲の人間やインタビュアーにまで沈黙を強要する。自身の生活の背後にある影を徹底して隠蔽しながら、カメラの前に立つ時は左手薬指のリングを外し、再び無垢なアイドル声優の顔を被ってサイン売りの集金体制を稼働させる。その欺瞞に満ちた姿を見つめるとき、我々の心の奥底に宿る佐藤二朗さんは静かに語りかけてきます。他者に丸投げした配慮の上に胡座をかき、自らの虚栄心を満たすためだけに仕事にしがみつくのなら、アイドル声優を続けるべきではないのだと。この騒動の果てに佐藤二朗さんが芸能界から姿を消す日が訪れようとも、彼の言葉は我々の胸の中で永遠に生き続け、不誠実なアイドル声優に対して退場を迫り続けることでしょう。
さすがに、さすがにもうこれ以上は我慢できません。僕は撮影中、何度も「もう我慢の限界だから、このドラマを降板させてほしい。そして全ての事実を公にするべき」と訴えました。
もっと早く決断するべきでした。
数々の「ほんとうのこと」が、明らかになる日が来ることを、切に祈ります。
佐藤二朗