2026年05月

2026年05月31日

窓の修正

 ジャンク品なので文句は言えないが、窓配置が派手に間違っているものがある。設計者は何を見て窓配置を決めたのだろう。資料不足だけでは解決しない「何か」がそこにある。

 実物の構造をある程度知っていれば、そんなところには窓がない筈だと気付く筈だ。寝台車であれば、シーツ、枕など資材を置くところがある。当然、窓は作れない。ところが大きな窓がそこにある。また、客室なのに便所用の小さな明かり取り窓しかない。

PRR cars 手持ちの写真集、図面集を見て大まかなところが間違っていなければ合格とするが、あり得ないミスは修正せざるを得ない。この写真では、上から3つ目の右端の窓を塞ぎたい。


fixing wrong window 窓を塞ぐのは簡単である。厚目の板を少し大きく切って裏に貼り付ける。塩化亜鉛を塗って50%ハンダで付ける。この時は炭素棒で完全に密着させる。表から見てハンダがにじむ程度にしておく。厚板を下に貼るのは熱容量を大きくして次の作業で剥がれないようにするためである。
 車体は 0.5 mm板であるから、同じ厚さの板を切って穴に嵌め込む。塩化亜鉛水溶液を塗って 63%ハンダを置き、200 Wのコテで触ると一瞬で裏側に廻って密着する。

 周りは溝状の隙間が多少あるが、無理して埋める必要はない。表面が完全に面一(つらいち)になっていることを確認して終わる。凹んでいるところは光硬化パテで解決できる時代になった。埋めた面が同一平面になっていれば良いのだ。楽な時代になったものだ。 

2026年05月29日

Pennsylvania 鉄道の客車群

 ブラス製のジャンクがかなりある。1986年に目黒の模型店でこの種のジャンクがかなり売りに出ていた。それを買おうと翌週に現金を用意して行ったところ、すべて片付けられていた。代替わりした社長が「うちはそんなクズを売るような店ではない。捨てろ!」と怒鳴り、片付けさせられたと店員が言っていた。

 30年も経つと天の配剤により思わぬことが起こるものである。巡り巡ってそのときの客車がほとんど筆者のところに来たのである。かなり壊れているものもあって 1/3 は処分したが、残りは修復が可能であった。ただし、筆者はこの鉄道に対する知識が少なく、友人の助けを得て少しずつ作って来た
 GG1 か T-1 に牽かせるのが妥当なのだろう。どちらも用意してある。

PRR diner 食堂車は比較的原型を保っていた。台車はいずれ取り替えるが6輪の仮台車を付けた。食堂車にはテイブルを付け、皿と銀器を並べると壮観である。キッチンの中もステンレス色で作りたいが、見えにくいところなので概略だけにする。 


18 roomet Pullman これは個室が18ある廉価版の個室寝台車である。Roometteと呼ばれた。ベッドがレイル方向にあるタイプだ。これには窓が1つ多かったのには参った。連結器取付け部は補強してある。台車はUP用が仮に付けてある。

2026年05月27日

PRR の horse express car

horse express car (2) ジャンクから完成させた後、1年以上放置されていた。PRR  Pennsylvania 鉄道の車輌であったが、それをUP仕様に作り替えられないかと可能性を探っていたのだ。

 テキサスのデニスから貰った資料の中に UP の horse express car があった。この写真の Pennsylvania 鉄道の車輌と非常によく似ていた。小さな窓をつければ、作り替えることが出来そうに思えた。窓は高いところにあり、外が見えるような窓ではなかった。それを12個あけるのである。窓枠を作って裏から貼るだけだから簡単そうであったが、扉の形がずいぶん異なっていた。off-set(ドアが車内側に凹んでいること)の量も違うから、全部作り直さねばならない。それを作るのなら、スクラッチから作るべきであろう。

horse express car (1) そういうわけでこれはそのまま PRR 仕様にした。プライマは例によってミッチャクロンで、それにフロクイルの Tuscan を塗った。良い色である。隠蔽力が強く、薄く仕上がる。車輪はまだ塗ってない。 

 台車は S師に 3Dプリントで作ってもらったものである。連結器は当然 Monarch である。カプラ・ポケットの復原がよく利いているから、突き合わせて連結するのは容易である。客車の連結にはこのカプラでないと気分が悪い。  
 ディカールはあり合わせを貼った。多分貼り替えることになるので仕上げがしてない。 

2026年05月25日

Monarch coupler の準備

onarch couplers Monarch 連結器を取り出して整備している。客車を仕上げ始めたので事前に連結器座と組み合わせて動作を確認している。



 世の中は Kadee 全盛で、モナークという名前を聞いたことがない人が大半になった。筆者がOスケールを本格的に始めた1970年頃はケイディが売り出された頃で、モナークの需要がかなりあった。つなぐときはセンタを合わせて軽く突き合わせると、「プチッ」という小さな音がして連結される。決して外れることはない。キィは弱いバネで下向きに力を掛けているから、振動しても外れないところが賢い。外す時はカプラの下を指でなぞると外れる。キィを軽く押し上げるわけだ。開放テコと連動させている場合はそれを引き上げるのだ。

 当時の Oスケールは「連結開放は手でやるもの」という意識があった。ケイディの登場は「触らないもの」という思想を Oスケールに持ち込んだような気がする。その結果、客車列車までも発車時にガチャガチャガチャと連結器遊間を拡げながら動き出すが、オモチャっぽい。これは非常に腹立たしく、許せない。

 日本では寝台特急の青い客車以外は普通の連結器で。ガタを感じさせないように緩やかに発車するのが機関士の腕の見せ所だった。アメリカの客車はガタの無い連結器を用いている。一本のしなやかな棒のようになっているから発車時は静かに出る。これは肘を開かなくするキィがテーパになっている。自重で落ち込むようになっていて、ガタを無くする。日本でも一部の電鉄会社はこのガタの無い自動連結器を使っていたが、一般的ではない。 

 Pennsylvania 鉄道の客車を何輌か仕上げたので、それに取り付けるために連結器座を整備した。これは自動センタリングで引張りの方だけバネが利く。必要量しか作らないのは面白くないので、あるだけ全部組んだ。かなり面倒な作業であった。

 写真の手前にある長いシャンクは、連結器の付け根を台車キングピンに近くにしたい時に使う。モナークは絶縁されていないので、台車がナイロン製の物にしか使わない。それでも金属製台車にも使わざるを得ない時もあるので、絶縁された車体ボルスタを使う。車体は電気的に浮かせてあるが何かの間違いで短絡することもあるので、機関車の連結器は必ず絶縁している。 

 モナークは70年代後半に廃業した。2000年頃、シカゴの男が製造設備を買い取って再生産を始めたので、筆者がかなり買い占めた。その後どうなってしまったのかよく分からない。手元の在庫も僅少となった。 

 テキサスの友人宅のレイアウトでは、全ての連結器がMonarchであった。どれもよく整備されていたので、機関車の動きで確実に連結され、目的地で下からの動きで自動解放された。 

2026年05月23日

AAR boxcar

Pullman Standard PS1Rutland boxcar    仕掛品があったので完成させて塗った。筆者の好きでないIntermountainのキットだ。必要以上に細く出来ていて、全体の構成が良くない。好きな人は居るのだろうが、走らせることを考えていない。

 亡くなった友人のコレクションをお世話戴いたが、引取り手のないものもあった。 この貨車のキットは半分組んであったが、状態が良くなく部品も足らなかった。世話人のN氏が「どうぞお持ちください」とおっしゃるので戴いて来た。中途半端に付いている部品を一掃し、自作の部品等と取り替えた。このキットはプラスティック製であって側板、床板に剛性が無い。あまりにも軽いので鉛を入れるのだが、持つと車体が歪んで接着が外れる。
 このキットは非常に脆弱で持つことが出来ない。勢いよく連結すると壊れる。細い手摺などはたちまち折れてしまう。こういうものは筆者の手法で作り替える。

 車体の内部を削り、突起物を一掃してよく洗う。そこにぴったりはまる t 1の鉄板を貼り付ける。片面は錆止め塗料を塗り、他面にはスーパーXを全面に塗り、当て板をしてクランプで締める。一晩経つと極端に剛性の大きな車体になっている。床板も同様に鉄板を貼り付ける。これだけで車体は 440gになり適正質量だ。鷲掴みにしても堅いから安心だ。連結器が鉄板に直結されているから衝突にも耐える。上下はスーパーXで完全に接着されているのでそう簡単には壊れない。

 写真を見て適当な部品を探して付け、足らない部分は自作する。どこの塗装にするか決めねばならなかった。たまたまニューヨーク州の Rutland 鉄道のディカールをF氏に戴いたので、その塗装にする。フロクイルの塗料が不足していたので珍しくラッカで塗った。乾燥が速く、1日で3色塗れた。隠蔽力が足らない訳でもないのだが、元の車体に描いてあった絵を消すのに苦労した。
 わずかに残った絵の塗料がラッカのシンナで膨潤するのだ。事前にサンドペーパで磨って大半を消してあるのに、膨れてそれが見えてしまう。黄色を塗ってさらにサンドぺ-パで磨るということを3回繰り返した。こういうことはエナメル塗料であれば考慮しなくて良い。  

 緑はディカールと合わせねばならない。調色には苦労した。黒は缶スプレイである。これは簡単だ。車輪はフロクイルのグライミィ・ブラックである。この色も残り少ない。

 Rutland は NY 市内から 300 km ほどの小都市で大理石の産地である。この緑はこの地方の山にある松の木の色だそうだ。それを念頭に調色した。黄色の上に貼ったディカールと色が揃わねばならないので地色が透けて見えることを読み込んで調色せねばならず、少々難しかった。

2 Rutland boxcars かなりの手間が掛かったが、ある程度見栄えのする貨車になった。以前作った物と比べるとかなり異なる。前回はディカールの色が薄く、それに合わせて緑色を調色した。塗分け線の高さも良くなかったかもしれない。

2026年05月21日

PS2

 PSとは Pullman Standard である。貨車の巨大メーカとして君臨した。元々は寝台車を鉄道会社に貸し、その運営をする会社だ。すなわち動くホテルの経営会社だったのだが、間もなく鉄道による旅客輸送は終焉を迎えてしまった。
 その後Standardと名の付く会社等と合併してこの名前になり、貨車を製造するのだが、製品の標準化を目標とした。PS1 はベストセラーになった boxcar の形式名で、PS2 は共通設計の covered hopper の一群を指す。

PS2 variation 当博物館にはかなりの数の PS2 が存在する。殆どが安達製作所から来たジャンクから完成させたものである。2-bay が多いが 3-bay もいくつかある。そこに突然 4-bay が2輌やってきてしまった。これはアメリカ製で、Jan Lorenzen 怪しいキットである。内部に確実な補強を入れて完成させた。何色に塗装すべきか、この1年以上迷っている。実物の写真がほとんど見つからない。読者諸賢のお力でその由来が分かればありがたい。

Conrail 4-bay hopper 今のところ見つかっているのはこの1枚である。実物の数は極端に少ないようだ。
 この写真の右側の大きなカヴァド・ホッパは Big John である。これほど大きさが違うのだ。それは建築限界の大きな線路でないと通れない。 

2026年05月19日

続 lunch counter diner

lunch counter diner (4) この車輌の資料は極めて少ない。ずいぶん調べたがほとんど役に立つ情報は見つからなかったので、長年放置されていたのである。 
 2年前、テキサスのデニスのところに行った時に「本・雑誌類を減らしたい。君の博物館に寄贈するよ。」と 20 kg近い資料を貰ってしまった。ありがたいことに、その中に目指す資料が見つかったのだ。それは UP の歴史協会発行の機関誌で、軽食堂車の特集であった。欲しいものが全て載っていたのでスケッチを作り、作り始めた。

lunch counter diner (2) それまではこの程度の資料しか手に入らなかったのだ。これはいろいろな本に出ているが、図面とは言えない。




 この車輌は 1950年頃のいわゆる戦後好景気の時代に合わせて作られた。ラスベガスに行く比較的短距離(一晩で着く程度)の旅客用の列車に組込まれた。しかし寿命は短かった。道路網が整備され、自家用車で行く人が増えたのである。このリンクの映画の時代である。この頃は日本には高速道路が無かったし、無線による捜査指揮も珍しかった。このTVドラマは我々の世代には懐かしいものだ。ハイウェイ(=高速道路)という言葉が日本に輸入されたきっかけである。後にアメリカに行ってみたら、この言葉は単なる「街道」という意味で、高速道路を意味するものではなかったのは驚きであった。

lunch counter diner (1) さて、この食堂車ではとにかく多くの客に早く食べさせるのが目的である。カウンタに 21人分の stool(座面の高い椅子)を並べ、サンドウィッチ、アイスクリーム、飲料などを素早く出すのが目的だ。乗員の数も通常型に比べて少なくて済んだ。 
 16人分の普通のテイブル、椅子席もある。厨房は比較的狭いが凝った料理を出すわけではないから、問題ない広さだ。食器洗い機も付いている。
 食品等の出し入れの扉が多い。屋根にあるコンロの煙突は興味深い形だ。
 
 カウンタ席の後ろは通路になっているがそれほど広くもない。こちら側を外から眺めると、なかなか面白そうな景色である。乗客をかなりの座らせなければならない。人件費がかさむ。

lunch counter diner (3) この車輌はその5年後に増備された車輌でテーブル席が増え、カウンタが減った。後に Amtrak に売却されて運行され、それには乗ったことがある。  

2026年05月17日

lunch counter diner

lunch counter diner この車輌には窓が少ない。片面の窓がほとんど無い。

 現在は UP の黄色の客車は10輌近く完成している。昔はキットが高価で取引され手に入らなかったので、自作せねばならなかった。すると窓抜きが大変であるから窓の少ないものは有難い。というわけで、これを作り始めたのは40年ほど前である。

 最初は糸鋸で窓抜きをした。工場でブラスの板を所定の寸法に切ってもらい、それを抜く。窓の上下のベルトも薄板から切り出してもらった。
 ケガキだけでも大変で、窓の隅のRを出すためにドリル刃の丸味を利用する。それを切り抜いてヤスリで仕上げる。専用のヤスリを作った。角の丸味に傷を付けないように、その丸味を逃げたヤスリを必要としたのだ。

 そんなことを繰り返しているうちにキットを一式買うことができた。確か8輌分で350ドルだった。1ドルが80円台だったから、大安売であった。そのころになると、キットを板から組める人が大幅に減ったのだ。これも窓は大まかにプレスで抜いてあり残りはヤスリだが、角の丸味の問題があり、フライスで抜く方が楽だ。その専用のジグを作った。

 大まかに言えば当鉄道の黄色の客車蒐集はこのような経緯だ。この客車は自作の最初の方の作品だ。邪魔なので完成させたかったが、資料が見つからず長年放置されていたのだ。 

2026年05月15日

BN 塗装

Burlington  Northern ブラス地肌のままの放置はしたくないので塗装した。下地はミッチャクロンである。よく付いて剥げないのは感心する。撮影時、車輪と台車は仕上げてない。
 この貨車は使われた地域が限られている。北部の森林地帯に限られているのだ。南部を走る鉄道のディカールは潤沢にあるが使えない。

 塗色を何にするか随分考えた。手持ちのディカールで済ませたい。先回は UP塗装であったから別のものにしたいが、使えそうなものは BN しかない。その塗料は戴いたものがまだたくさんある。
 この Burlington Northernのディカールはジャンク・セールで間違ってたくさん買ってしまった物で、少しでも消費したい。大きなロゴは使えないが、会社名の文字はちょうど良い大きさである。

 この会社の文字数はかなり多く、どのように貼るかを調査しないと貼り切れないこともある。また、場合によって2文字ではなく1文字しか貼らない区間があって奇妙な間隔になっている場合もあるのだ。

 床板の側面に白い四角があるが、これは側面衝突を防ぐもので本当は光を反射する素材で出来ている。夜間、田舎の踏切などで長時間止まっているときに、やって来た自動車がぶつかるということがよくあったのだ。当然、警報器の無い踏切だろう。日本では考えられない種類の事故である。

 質量は 590 gで適正な範囲にある。先回は板が厚く、1 kg 近くもあって、ボールベアリングを入れざるを得なかった。英国製キットは板が薄いので、この種の模型には適する。


73' centerbeam flatcar この貨車は 63 ft(19 m強)である。現在は 73 ft(22 m強)が標準になった。その寸法は内法である。すでに楕円の窓の機種は見ることがほとんどなくなり、骨組みだけの構造が主流である。まさに機能最優先の設計である。作るのは簡単そうだが、鉄骨のちょうど良い材料を入手するのは困難だ。 
 薄い鉄板をレーザで抜いて、細い角材を貼り付けるのが一番簡単そうな気もするが、実際に現物を間近で見ないと分からないところが多い。 縦の柱は上の方に行くと細くなっているのだ。この種の模型はプラスティックのインジェクション成型に適する。


2026年05月13日

U50Cの駆動装置

 U50Cの上廻り工作はかなり面倒ではあったが終了し、塗装できるところまで来た。ありとあらゆる細かい部品が取れて来た。韓国製模型の駄目なところがすべて凝縮している。ハンダ付けが極端に下手である。’86年からAjin の社長乞われてかなりの技術指導をしたので、90年代に入るとこの種のバラバラと壊れる例は減った。
 
 一部は作り直した上でハンダ付けをやり直している。エンジンフッドの方の部分の点検扉はいくつか作り直した。肩の曲線が合うように切ったり削ったりして時間が掛かった。蝶番は似たものを修正して取り付けた。こういうものを動かそうとするのが間違いだ。 

 エンジン冷却装置は概略の形を作ったのみである。透かして見た時、何かあると感じる程度で十分である。しかし冷却ファンの2本の軸の位置は大切で、その座標を決めるのには苦労した。 
 ラジエータはファンの上にあるので、ファンは上から見えるわけはないのだが、既製品の写真を見ると逆に付けている。ダイナミック・ブレーキの抵抗器は一番上の外側にあるはずだ。実物の構造を知ろうとしないからだ。写真を見て外見だけを作っているのだ。最近のどこかの雑誌と同じような気がする。
 
Alco C trucks 台車はBill Melisの作品を改造して3軸伝動とし、モータは大型の両軸モータを用意した。大きなコアレスモータの片方の軸にロータリィ・エンコーダが付いていたのでそれを引抜いて軸を露出させただけである。この機関車は床下部が長いので、伝動軸は長くなる。すなわち偏角は小さくなるので具合が良い。

Alco C trucks2 Bill の台車ボルスタは薄い板だったので荷重により撓んで開き気味になる。中央軸のギヤボックスを避けるための角孔をあけたその上に隙間をあけて1.5 mm板を貼り足した。要するに箱状の台車ボルスタになり、剛性がある。
 しかし困ったことに床板の高さが上がってしまったので、せっかく作った床板を大改造している。車内側(床上)に骨を貼ることにした。
そうすると上廻り内部の補強等にこの骨が当たってしまうので、それを避けるために大工事をしている。 

2026年05月11日

またまたハンダゴテの先について

 先日ハンダ付けについてのコメントがあった。コメントを読んだ方からの電話もあった。
「ハンダゴテの先にハンダめっきが出来ないと言う人が居て驚きました。どうやってもできないというので…。」と嘆く。

 コテの先をハンダでぬらすことをハンダめっきと言う。熱くなったハンダゴテの先をヤスリで削る人が多いようだが、これは完全に間違っている。削った瞬間に酸素が結び付いてしまい何の意味も無くなる。削るのは冷えた時にやるのである。好きな形、角度に削って通電し、温まって来たらヤニ入り糸ハンダを押し付けて融かすだけのことである。削った部分全体にハンダの膜ができる。
 筆者はヤニ入り糸ハンダを使わない。塩化亜鉛水溶液を塗って温める。63%ハンダに当てれば一瞬で全体にハンダの膜ができる。 

 
 ワークにハンダが余分に付いてしまったときはワークを高く持ち、ハンダでよくぬれたコテを下から当てるだけでハンダを95%以上取り除くことが出来る。ハンダゴテの方につるりと移動して来る。そのハンダは振り落として再利用するのは当然である。この時回収したハンダ粒は並べておいて、次回のハンダ付けの時に置きハンダとして利用する。 

 100 W 以上のハンダゴテを持つときは、スリコギのように持って肘を付けて作業すべきである。こうすれば力が入り、間違って先を滑らせても被害は少ない。歯科に行ったときに先生がどんな持ち方をしているかじっくり観察すべきである。包丁のような持ち方では力が入らないし、滑らせたときに大失敗する可能性が高い。
 力を入れるのは熱がよく伝わるように接触面積を稼ぐためである。そのためには先端を垂直に切ったコテ先を付けたものを用意すべきである。

 ハンダ付けについておかしな講釈をする人が居て、それで惑わされている人が多いように感じている。ぜひともこの方法を試されたい。そして他の方にもお伝え戴きたい。 
 小さなコテだから包丁持ちで良いのですと言う人は居るが、先が安定しない。小さなコテは鉛筆持ちする方が具合が良いはずだ。その時、手首の下に高さ 5 cm程度の台があると安定化する。小さいとは言え、鉛筆より長いからだ。
 いずれにせよワークが空中にあるようなハンダ付け(空中戦と言う人が居る)は、ハンダが固まるまでに動いてガサガサのハンダになり易い。63%を使うか、完全にワークを固定すべきである。

 ハンダ付けしたものを見せて貰うと、その人がどんな環境でハンダ付けしているかがよく分かる。ハンダの表面が白く濁っている場合はたいてい失敗している。上手にハンダ付けしたものは表面が光っているのだ。


2026年05月09日

続 これも英国製キット

gilmaur centerbeam flatcar  この貨車は十二分な積載能力を持つが、自重は小さい。貨車としての本分を発揮する最も機能的な設計である。
 以前にも書いたが、一般の flatcar というものは意外と重いものなのである。上に何もないということは撓み易い訳で、床下には補強材が多く入れてある。下廻りが分厚い鋳鋼で出来ているものもあるのだ。
 必要な強度部材を薄い材料で作って上の方に付けてしまえば、下廻りは軽く作れる。荷積み、荷降ろしはフォークリフトで行い、崩れないようにワイヤを掛けるだけである。そのワイヤは側面のリールに巻き取ってある。締めるときはハンドルを差し込んで廻す。
 非常に賢い設計で、2x4材、合板などの輸送はほとんどこの方法になってしまった。 もう少し数が欲しかったが、意外と高価なものなので我慢せねばならなかった。 

 今回の組立は 200 W のコテを中心に使った。部品を付けておいたセンタビームを台枠に嵌め、一気に付ける。孫が来たので手伝わせた。体重を掛けて押さえ込ませて、多めのハンダを付けて流し込む。全く隙間なく接合できた。バルクヘッドも同様に押さえ込み、最後に上の部分も押込んで付けた。助手が居ると押さえ込むジグを作らなくても良いので助かる。ハンダがするすると流れ込むのは見ていて気分が良いらしい。途中で嵌まらないところができたのでヤスリを掛けたが、そのヤスリかけをやらせろとうるさい。ワークをクランプして両手でヤスリ全長を使って削らせた。そのコツがわかると妙に納得してしまった。ここでは全長を使うというところがミソである。

 余分のハンダは付いているが極めて薄く、ほとんど剥がす必要はない。膨れ上がったところだけ削り取ってそのまま塗装する。Winch(巻取り器)はホワイトメタルの鋳物である。これがよく出来ていて驚いた。ラチェットやラッチが再現されている。スーパーXで接着した。

 現実の世界では、この機種が大量に導入されたのでall-door boxcarはたちまち駆逐されて無くなってしまった。筆者はその貨車が好きだったので残念ではある。今その5輌が製作中である。F氏のおかげでディカールのアートワークも出来た。大好きな Weyerhaeuser 塗装 になる予定だ。これは拙宅の材料を購入したボストン郊外の住宅会社の引込線にいくつか入っていた。色も文字も気に入ったので、その組立キットをかなりの数購入してしまったのだ。いずれお見せできる。

2026年05月07日

これも英国製キット

centerbeam flatcar Mike Calvert 氏はなかなかの商売人でこういうものも作って見せに来た。この貨車は筆者の好みで思わず買ってしまった。貨車なのに先回の機関車より高かった。部品数は250くらいもある。説明書の作りは良くない。何度読んでも分からない部分がある。実物の写真をよく見てそれらしく作らねばならない。 


centerbeam flatcar 本体部分は堅い薄板を使った構成でとても良いのだが、寸法が微妙に合わない。合っているはずなのだが、スロットにタブを差し込むと苦しい。微妙にタブを削るのだが、その削る向きが一定でないと全体のバランスが崩れる。
 タブは合計350ほどもあり、部品の向きを揃えてダイヤモンドヤスリで削り、その向きを揃えて保管する。ハンダ付けするときは注意して押さえ込んで付ける。そうしないと部品の高さが揃わない。

 正直なところ、こんなことやってられるかと思うほど調整が微妙だ。そうしてできた部材を床板に立てると微妙な狂いがあって、もう一度削って付けねばならない。神経衰弱になりそうで、かれこれ15年以上未完成のまま、放置してあった。

 アメリカの友人に聞くと、「なーに、多めに削ってガタガタにして順に下から組めば何とかなったよ。」と言う。見せてもらうとそれなりの出来で、あちこちに隙間がある。

 こういう模型はタブの片面を基準として、そのタブの反対側はガタを作っておくべきなのだ。そうすれば楽に組める。マイクにそのように伝えると、”Good idea! " とは言ったがそれが反映されたかどうかは分からない。 

2026年05月05日

続々 英国製キット

soldering sub-floor この種の大物のハンダ付けはなかなか楽しい。大きなクランプを用意し、貼り付ける部材を締める。左右2本を同時に締めるのでクランプは6本で足りた。
 シャシ床板に、部材を2本並べ、その上に厚くて丈夫な板やチャンネルの小片をかませてクランプで締める。もちろんハンダ付けする面は粗目のヤスリで擦ってざらつかせておく。僅かな隙間が要るからだ。この状態で煉瓦の上に置き、ガス火で焙る。 

 塩酸を含む塩化亜鉛液をたっぷり塗り、ハンダの粒をいくつか置いた。裏から、ガスバーナで全体を少しずつ温めていく。床板は厚いのでよく熱が拡散し、全体がほとんど同じ温度になる。そのうちにどこかが融け始め、あっという間に隙間に吸い込まれる。見る間に全体がハンダを吸い込み、均一なハンダ付けが完成する。塩化水素のガスが出るので、作業は外でやる。

 固まったらクランプごと水で洗う。クランプは、外したら水を切って乾かし、油を注しておく。

 この骨付きの床板は 400 g ほどある。これに頑丈な連結器座を取り付けるので、衝突時は上廻りには力は掛からず、破損を免れるはずだ。オリジナルの連結器座は、たったの 0.45 mmしか厚みがない板1枚だけでできていたので、普通に連結しただけで壊れてしまいそうだった。 

2026年05月03日

続 英国製キット

cooling opening 側面後部の通風孔部分に格子模様のエッチング板を貼るように指定されていたが全て廃棄した。角孔をあけて別部品を付け、裏から金網を張った。要するにここは向こうが透けなければ面白くない。そしてその中に冷却ファンのシャフトがちらりと見えると嬉しい。

white-metal parts 英国製の模型によくあるように、white-metalの部品が入っている。薄板を曲げたノーズ部分の天板がそれである。これをハンダ付けせねばならない。この合金の融点は 230 ℃ 近辺なので融かさないようにハンダ付けすることは可能である。
 63%ハンダを大きなコテ先に付けて短時間で付ける。隙間に完全に沁み込むようにしないと、削ると継ぎ目が見えてしまう。小さなコテではとても熱が足らない。塩化亜鉛は不可欠である。筆者はホワイトメタルのハンダ付けは得意である。
 この写真の右の方に、唐竹割りした時の跡が見える。まだ帯で埋めていないところが写ってしまった。

 このキットはエッチング板で出来てはいるが、その板は堅い。車体を作る板は焼きなまされていない。快削であってドリルで簡単に穴が開き、ヤスリも良くかかる。日本製のエッチング板とは全く異なる感触である。日本のメーカはこのあたりのことを調査すべきであろう。

chassis 上廻りの床板(1 mm厚で補強)に主台枠の床板をネジ留めするようにした。この機関車は腰が高いので 主台枠の床板には1.5 mmの板を用意し、それにT字型断面の部材(高さ8 mm)を全長に亘って全面ハンダ付けをした。この部材は廃金属商で手に入れたもので、出所は分からない。便利な大きさでたくさん欲しいものだ。

<註> white-metalというのはBritish(イギリス英語)である。アメリカではハイフンを入れない人が多い。Babbitt metal と言う人も居る。このBabbitt は人名であるが、diesel engine のように普通名詞化してしまい、babbitt と小文字で書かれることが多い。優秀な軸受合金として200年近く使用されてきた。最後の ”t” がひとつ抜けていることも間々ある。  


2026年05月01日

英国製キット

Gilmaur catalogueAlco-GE U30C これはアメリカの機関車であるが、英国製のキットである。西海岸の模型ショウに行くようになって、そこで会う英国人 Mike Calvert 氏がアメリカ市場向けのキットを持って来ていた。Gilmaur というメーカで、この Alco-GE U30C のエッチングキットを見せてもらった。
 薄い15 mil (0.38 mm)と 18 mil (0.45 mm) しかない薄板をハンダ付けする、いかにも英国的なキットであった。組んだものも見せてもらったが、想像以上に軽く、衝突したら原型は留めていないだろうことは想像に難くなかった。下廻りに大きな剛性を持たせる以外方法はない。

  寸法は出ているから、厚板で裏打ちして直せそうな気がした。安価なキットであったから注文した。次の年に受け取ったがひどい出来で、寸法が合わない。高さは良いが、U の字に曲げてあったエンジンフッドの屋根部分がどう考えても幅が足らない。途中まで組んだが放置し、そのまま15年以上経った。他の人はどうしたのだろう。

cut to widen the bodyshell 先日の博物館の整理で発見し、しばらく眺めていた。捨てるべきかとも考えたが、また唐竹割りをすれば組立て可能と判断した。細かい修復作業は光硬化パテで出来る。
 エンジンフッドの部分をカッティング・ディスクで縦割りにし、4 mm 幅の帯を貼れば出来る。持って帰った日のうちに真っ二つに切った。所定の幅に切ったブラス板の小片を裏に載せ、力を掛けると角の丸味で横向きの力が生まれ、幅が正しくなる。そうしておいて塩化亜鉛水溶液を垂らして63%ハンダの粒を置き、200 Wのコテを当てると簡単に直った。しかも板が張り重ねられたので堅く丈夫になった。

 キャットウォーク部分もヘロヘロだったので、1 mm 板を貼り重ねて全面的にハンダ付けした。突き合わせただけのイモ付けではなく、2 mm角の棒をすべての接続部に貼った。こうするとボディシェルの質量は2倍以上の 800 g となり、格段に剛性が増した。 
 裏打ちを貼るときは、Bill Melis の手法を踏襲した。孔をあけておいてそこにハンダを流し込むのだ。ハンダは裏で広がって完全密着する。 

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