中島らも『ロカ』レビュー・読書感想 / 骨って生臭いね
注意:割と低評価なので本作が大好きな方はUターンしてね
中島らもの遺作である本作
もとは2003〜2004年に某雑誌に連載されていたものの、途中で著者が酔って転んで頭ぶつけて亡くなるという、実に『中島らもらしい』幕引きが行われた為に未完で終わった作品。
『近未来私小説』と冠されている通り、当時52歳だったらもが68歳になった自分を想像して書いたもの。
主人公は超人気作家の小歩危ルカ。
初めて書いた短編で賞をとり、その後長編がバカ売れ。印税がドカンと10億。その後に妻が蒸発したので持ち家を1億で売り、現在は悠々自適にホテル暮らしをしている・・・という設定。どんだけ金もっとんねん。
小歩危ルカの発言や回想などは、他のエッセイでも読んだことがある話しが頻発するので、ほぼ小説の体を取った寄せ集めエッセイである。
『エンタメはもう終わり!俺ぁもう本音しか言わん!自分の中の骨となる部分だけを曝けだすんや!』がテーマのよう。
でもねぇ・・・正直微妙なのよ・・・・
言葉狩りについて、男とはどうあるべきか、同性愛について、良い文章を書くにはなど、らもの価値観が『大富豪の自由人ルカ』を通して語られる。
人気ロックミュージシャンのクレオ、超人気売り出し中タレントのククなどがそうした主張をフンフンと聞いては『なるほど!おもしろ〜い!さすが〜!』とリスペクトしたり。
テレビの番人である白柳徹子はルカにしてやられる役として、生放送中に放送禁止用語を連呼された挙句『良い子ぶってんじゃねぇよクソババア』と唾を吐かれたり。
いきなり押し入った寺で坊主を呼びつけ『お前んとこの寺は金儲けしか頭にねぇ』と論破してみたり。
まずい蕎麦屋で手際悪くグダグダの蕎麦を出され『十割蕎麦とはなぁ』と店主を説教してみたり、その奥さんが小人症でギョっとしてみたり。
若者の腑抜けたロックもどきやテクノなんか糞食らえ『本物の魂こもった音ってやつを聴かせてやんよ』と自己陶酔したり。
基本すべてがキメ台詞。またつまらぬものを斬ってしまった(煙草スパー)というような『俺無双』が続きます。
うん・・・オナニーかな??
言いたいことはわかるし、おおかたの内容は同意もするんだけど。それが『鋭い!深い!常人には思いもつかぬ考え!ズバっとやられた〜〜〜!!』じゃないんだよなぁ。ふつうによくある一般論なんよ。
SNSで掃いて捨てるほど見るレベルの主張なの。
2003年〜2004年という時代を考えれば確かに斬新だったかもしれないけど、2026年に読んでしまうと『たったそんだけの事いうのにどんだけ舞台固めてんだよ』『前フリ長いから結論だけ言いなさい』と思わざるを得ない。
骨しか出さないというなら、ルカという『イキり強キャラ富豪じじい』の影に隠れず、中島らもの言いたい放題エッセイでよかったのでは??
エンタメは終わりといいつつ、大衆向けではなく自分による自分のための(感傷じみた)エンタメになってる矛盾。
随分と加齢臭のつよい骨である。
68歳が19歳のハーフ美女タレント『クク』にガチ恋する展開もキツい…
普通にアプローチするならまだしも『姫・爺』という呼び方を強要し『性欲は持ってません・純粋に聖女として崇めてるんです』という体をとりつつ、陰毛にそっと麝香(ムスク)系の香水をつけるキモさはゾワゾワするw
ククへの想いが昂りすぎて『大喜びにちがいない』といそいそとオリジナルソングを作ったり、
普通に電話すりゃいいのに、わざわざ意味不明なイタズラ電話を装って小芝居に巻き込んだり、
高い飯を奢りながらいちいち大量のウンチクを垂れて知識マウントを仕掛けないとコミュニケーションできないのがキャバの痛客そのもので涙があふれる。
ルカが何を言ってもククは爽やかに笑って許してくれる。『キャハッおもしろいおじさん!』と評価してくれる。
これ接待介護だろ!!
極め付けはアンコウ鍋をつつきながら『でも、あたし魅力ないかも、だってまだバージンだし・・・』とククが処女をアピールするのである。
あれだけテレビの虚構を貶しておきながら!19歳のハーフ美女タレントが大物作家と酒飲みながらいう『バージン宣言』を真に受け、内心大喜びするジジイ。もうアゴが外れそう。
芸能界は腐っているので、外見がどれだけ良くて才能があっても『業界の大物をパトロンにつけないと成功できない地獄』である。
今までの流れからくれば、ククが成功のためにルカを利用しようとしているのは自明であり、『ルカ/らもの理想とする都合のいい聖女』を演じてサービスしてるだけなのだが。
何故かククは打算や裏表のない、ピュアな絶対的聖女として描かれ、ほのかに『落とせそうな気配』すらある。
そうして、ルカ/らもは車の助手席に10代ハーフ美女(バージン)をのせ、爆走する夢をみるのであった。妄想もいい加減にしろ
きみを愛している。きみを所有しようなんて思っちゃいない。性的なファンタジーにして偶像化してオナニーしようとも思っちゃいない。ただきみがいるというだけで充分なのさ。
とポエムっていると同時に『姫はクソなどしないのだ』とも言いのけるw
君がいるだけで〜と歌うが、ククのような女性が "幻想" であることは全ての女性(と大半の男性)が理解していること。
同性愛(というかショタコン)のケがあった著者がショタを卒業したのは『漫画に出てくるような美少年は存在しない!』『万が一いても第二次性徴で汚らしいオスになっちまう!』という幻滅があったから。
美麗ショタは居ないと嘆きながら、頭の回転が早く純粋でイヤミのないハーフ美女アイドル19歳バージンという『脳内聖女』に縋り続けるのはアホの極みである。
それが性的ファンタジーで、偶像化で、オナニーじゃなくて何だというのだ。
『おばかで可愛いらもさん♪』と評価する声もあるけど、私はヴォエッとしか思えなかった。そういう『天才なら何でもステキ!!』という浮かれたファン心理は好きじゃない。
キャバクラに"彼女"を探しにくる(自分に選ぶ権利があると想ってる)おっさん並にキツいものがある
君を所有しようとは思わないと言いつつも、脳内聖女という男の夢を一方的に投影して
『輝く理想像でいてくれ』
『いつも俺をいい気分にさせてくれ』
『うまい酒みたいに』と勝手に期待する。
それは精神的な所有(支配)行為である。
これがキャバ嬢と客、アイドルとファンのような関係なら金銭という取引があるので『大人同士の駆け引き』なので結構だが、ルカとククはあくまでプライベートにおける交流である。
19歳の売れっ子芸能人が、久しぶりのオフを68歳のジジイのために使う訳がないだろ!!
高いメシ奢るだけで、ニコニコなんでも話しを聞いて貰えると思うな。典型的な『さしすせそ』を要求して、産業廃棄物みたいなネチャついた感情のゴミ箱にするな。
全然ワリに合ってないからね。ひたすらボランティア、奉仕・・・というか搾取でしかない。
『ありがたい話しを聞かせてやった』
『若い男にはできない楽しみを教えてやった』
『燻銀のオトコ、危険な魅力』
『彼女のタメにもなったろう』
こうした勘違いシニア男性がどれだけ女性に嫌われているか。生きている間に認識をアップデートして欲しかった・・・。
雑学ターンって面白いの?
話しの要所要所で楽器、モデルガン、ミュージシャンなどのクソ長い名称がズラズラ羅列されるけど、この手の『俺詳しいんでターン』苦手。そういうのは小説じゃなくSNSやブログにでも書いとけと思うの。
お前は・・・村上春樹か!
雑学に限らず、なんか全体的にハルキ臭いんですよこの作品w
中島らもは実際非常に博識かつ、一度見聞きしたものは丸ごと暗記できてしまうという稀有な記憶力を持っていたそうです(ヤクで脳がグジュグジュになる前は)
現代なら何らかの『特性もち』『ギフテッド』と呼ばれる能力じゃないかなと思います。
『IQ185』と何度か出てくるけど、これは小学生のときのIQの結果が185だったことに起因するらしい。
ただ、子供の頃は神童でも高校ではガタガタで並以下なんてことはザラにありますからね。実際、その後はガタガタになっていく訳ですし。
体裁を保つため大学を受験してみたが、勉強してないので当然不合格。
ある時教師に『お勉強だけできてもダメなんだよ』的なことを言われ『その通りや!』とヤル気を失ったのが原因と書いているけど・・・ほぉんw
『やれば多分できるけど、本気だしてないだけ』という、非常にありがちなイイワケをしながら、小学生時代のスコアをいつまでも誇らしげに握りしめてるのは厨二病にも程がある。
『IQが185もあると予知能力が備わる。だから私の予知したことは、ほぼ、96パーセント当たるんだ』
ルカ=らものセリフですが、酔って階段から落ちて頭ぶっけて死ぬ未来は4%の予知漏れということなのだろうか。
しかし亡くなる直前のインタビューで『自分は35歳で死ぬと思っていたから、いつ死んでもいい。できれば、酔ったまま階段から落ちて死ぬのが一番いい』と語っていたので、予知(予定?)はしていたのかもしれない。
やっぱり昭和のオトコ
らもはすべての人の自由を愛する過程でフェミニズムにも(この時代の男性にしては)理解を示していたし「女を聖女と娼婦の2種類しかないと考えるのは間違っている」と主張するエッセイもあるけど、小説を書くと途端に「聖女と娼婦の女性観」から抜け出せていないことが露呈する。
わかる!と大きく頷いたレビュー。筒井康隆よりは100倍マシだし、村上春樹よりもだいぶマシだけど、やはり昭和の文豪感が隠しきれていないんだよね〜。
男性作家の描く女性像は『聖女』と『娼婦』の2パターンではなく、もう一つ『母』があります。
聖女、娼婦、母の3パターン。
男を英雄に仕立てあげる装置(聖女)はククであり、母は元妻である。
母は『自分を守る安心の象徴』『自分を縛りつける呪い』の両極端な要素を兼ね備えている。
呪いは母側が仕掛ける場合もあるが、母を失ったインナーチャイルドが『まだ母を求めている本音を抑圧した』結果、今を生きられず歪んでいるケースもある。
ルカの場合は後者。元妻(去った母)への忸怩たる想いを断ち切れていないまま『若い美女が俺を慰め救う』『その時に泣いて縋っても遅いんだぜ』『俺の方が蹴って捨ててやるからな』と、復讐の機会をじっとり待ち望んでいるのが透けてみえる。
そもそも、なぜ妻は蒸発したのか?
自分に原因があったのではないか?
出て行ったあとに富豪になったのに連絡1本もよこさないのは?
そうした根本的な問いは明確に避け、捨てられた俺が被害者と決め込んでいるのは『女は男に従属し世話をするもの、女が男を見限るなどあってはならない』というド昭和の価値観から抜け出しきれていないから。
断筆時点では『娼婦』にあたるキャラはまだ出てこないけど、ククが娼婦に変わるのかもしれないし(中島らもはフリーセックス推奨)、新しい女性キャラ(ルカを誘惑するもククに勝てずに捨てられる役とか)を出す予定だったのかもしれない。
アル中・ヤク中の気持ち
ルカ(らも)がどうしようもないアル中かつヤク中なのは他のエッセイでもご存知の通り。
アル中ヤク中がそうなるまでの道のり、背景、閉塞感などは非常にリアルに描かれているので(ノンフィクションだから)これは面白いです。
ただし、他のエッセイの流用が多いので、そっちを読んでしまっていると余り目新しさはない。
風邪薬シロップ一気飲みとか、現代だと東横キッズが咳止めのブロンをやってるのと同じ。この辺は20年以上たっても変わらないんだな・・・。
クレオに紹介された『バイヤーマンション』のくだりはあまりにリアルなので、まぁドキュメンタリーでしょうなぁ。
あ、このくだりがあるから『フィクションの体』をとってるのか!!
元妻の影(という名の未練)
ラスト付近、ククとのデート準備に遅刻しそうで慌てているルカ。電話に手を伸ばしたとき、何故かすっとその手が止まってしまう・・・。
そこでルカは『これは"元妻の生き霊"がククとの恋路をジャマしているのだ!消えうせろ!』とブチギレるのだが、ここは噴飯ものである。
出ていった妻を探すでもなく、過ぎたことと忘れるでもなく、俺を見捨てやがってといつまでもグジュグジュ恨んでいるのが透けて見える。
女性は捨てた男のことを思い出さない。未練タラタラは常に男性。
電話にむかう手が止まったのは『妻との関係がはっきり清算されていないまま、新しいガチ恋をはじめるのは不誠実ではないか』というルカ自身の葛藤に他ならない。
そんな本音と解決不能な問題を認めたくないので『妻の生き霊が嫉妬している!!』などと責任転嫁して暴れてる60代ジジイ。苦笑いしかでない。
こんなバカなジジイになったらどうしようっていう自虐ネタならいいけど、ロカを読む限り『ルカ=理想像』なんですよねぇ・・・やれやれ(あっハルキ)
そんなこんなでホテルを出て、ようやく愛しのククとのデートに向かおうとした矢先『ちみちみ、ちょっと待ちたまへ』と警察に職質をくらったところでこの話しは終わります。
話しとしては前哨戦で終わってしまった感じですが、おそらくその後も『ウンチク〜主張〜論破〜冷笑〜自画自賛〜ロックだぜ〜クク』という俺無双が延々と続いていったんじゃないかと思います。
ラストの職質も
『そもそも公僕とは公の僕と書く、君の給料は税金から出ている、そして僕は超高額納税者だ、つまり君は雇い主とも言えるだろう、なんの権利があって貴重な時間を奪えるんだ?』
とかネチネチ蘊蓄口撃を仕掛けて論破する流れだったんじゃなかろうかw
らもは警察や司法は嫌いでしょうからねw
または、ロカが寄せ集めエッセイであることを考えると、大麻で逮捕されて獄中ダイエットのくだりを再演したのかもしれない。
<つづきの予想>
待ち合わせ場所の雷門の前には人だかりが!ククが大衆にもみくちゃにされているではないか。
ジジイ騎士が颯爽と助け出すが、手に手をとって走り去る姿をパパラッチに撮られてしまう。
新聞に新人タレントのスキャンダルとして掲載されてしまい、どうしたものかと頭を悩ませていると、なんとクク自身が『ルカさんとお付き合いしてるんです』と爆弾発言。
真意を確かめるべく呼び出したBARでククは言う。
『あたし、ルカさんにバージン捧げたい。スケベな意味じゃなく聖なる儀式として。なんだか新しい自分に生まれ変われそうな気がして・・・もっと沢山いろいろ教えて欲しいの』
的な流れで抱いてくれと迫られ…
イカン姫!ダメだ!と言いつつ結局は押し切られるカタチで抱き、どうせならとキメセク。
『アニマとアニムスの融合…これがクンダリーニか』
『俺とククは…人類を超越しちまった』
『そうか、ダブルネックは俺とクク、ロカは魂の濾過器だったんだ』
『もう誰も俺たちに追いつけない』
『この感覚は言葉では表現できない、そうだ音楽で表現するんだ』
『俺とクレオとククでバンドを組む➡︎爆売れ』
『海外レコーディングで日本と海外との比較』
『レコーディング終了後、ノリで聖なる山へ行き偉人と会う』
『ここまで悟りをひらけたのはお前達だけと太鼓判をもらう』
『スピリチュアルリーダーとして祀りあげられる』
『ククをアイコンにルカバンドに熱狂し覚醒していく人々』
『宗教はイヤなのでバンド電撃解散』
『ルカに逮捕状がでる➡︎みんなで逃がして消息不明に』
『あの人はこの時代には早すぎたんだ』
『ルカは…伝説となった…』
『ロカを膝にのせ、概念となったルカを想い歌うクク』完
自分で書いててゲロを吐きそうになりました
『いいんだぜ』と歌いながら自分を肯定できなかった中島らも
中島らもは番組構成作家や物書きとして大成していますが、そこに満足はしていなかったんだろうなと思います。十分すごいんですが。
もっともっと才能を爆発させて、あらゆる方向で大成功できる、自分にはその能力がある、俺はおめーらと違って特別だ、世界をかえるほどのチカラがあるんだという自負がヒシヒシ伝わってきます。痛々しいほど。
とくにミュージシャンとしてのセンスと才能を確信しているフシがありますが、Youtubeで聴く限りは正直『浅野忠信よりはマシ』くらいの感じなんですよね・・・。
自分に対する見込み評価と、発揮できる能力がつりあってない現実。どんなことも人並み以上にこなせるが、根気のなさと飽きっぽさで何事も長続きせず、そこそこ止まり。
そのジレンマに苛立ち、鬱になり、アルコールや薬物に逃げて溺れては壊れていってしまう。
そんな人間臭さ、泥臭さ、ダメ人間っぷりが中島らものアクの強い魅力だと思います(桜玉吉にも似たものを感じる)
『人間にはみな「役割」がある。その役割がすまぬうちは人間は殺しても死なない。逆に役割の終わった人間は不条理のうちに死んでいく。私にまだ役割があるのだろうか。』
酒に溺れヤクに溺れ、もがきながら誰にも言えない本音として『そう、俺の役割はもう終わっているんだ』と想っていたのだろうか。
『60代は失っていく年代で、決して何かを獲得する季節ではない。愛する人々に次々を先立たれどんどん独りになっていく。財を失い、名誉地位を失い、健康を失い、やがて己を失う』
中島らもが頑張って健康を取り戻したとして、待ち受けているのは失っていく年代…。そこに突入する前に天国へいったことは、不幸ではないのかもしれない。
弱さを曝け出せない・一人で抱え込む性格
ファンは一言目には『中島らもは天才だ』と言う。こればかりは当然という面持ちで。
その唯一無二の天才というイメージは、本人を蝕んでいたようにも思う。
自分に満足できない、周囲の期待にも十分(どころか末期は殆ど)応えられてないのに『まぁ天才ですからね…w』と、昔とった杵柄で許されてしまう情けなさ。過去の栄光に縋って生きてる惨めさ。
もし『出来ない』と言えたら。アイディアは思いついても実現が出来ないんだと。
もっと情けなく弱音を吐いて、自己陶酔も不可能なほどガチで映えない自分も曝け出して、ロックだの男だのって昭和のマッチョイズムを捨ててしまえていたら。
もし『助けてくれ』と言えたら。突破口だけ開く、コツコツしたプロセスはやってくれと信頼できる右腕(またはチーム)がいたら。
そう思わざるを得ません。
ロカ:結論
『ロカ』は小説家兼ミュージシャンだった中島らものベストアルバム。『ヒットソングメドレー』だと思います。
カラオケでサビの部分だけずーっと繋がってる『メドレー』ってあるじゃないですか。あれです。
1曲1曲は簡略化されてるけど、全体がギュっと詰まってる。まさに遺作にふさわしい作品だと思います(未完であることも含め)
ロカは最後に読んで『ココはエッセイで書いてたアレだね』としみじみするのにいいのではないでしょうか。
もしくは最初に読んで、中島らもの人間性ダイジェストをざっくり把握しつつ、そこから過去作を読んで『そういうことだったのか!』とパズルの全体像を埋めていくのも楽しいと思います。
オマケ:大槻ケンヂ(オーケン)と対談する中島らも / 『ロカ』の実物(2002年)
ロフトプラスワンにて。
中島らもは二日酔いなのか?!ラリっているのか?!
呂律がグニャグニャで何を言ってるのかサッパリ要領をえません。オーケンが『常識人』として一生懸命MCをしていますw
楽譜が見えないのか演奏できないので、スタッフが『Aです!!』とコードを叫ぶwww
しまいにゃ演奏を放り出してフニャフニャ歌い出すも歌詞を全部お忘れなのでオーケンが『あのさぁ!! あのねぇ!!』と次の歌詞を叫ぶwww
ようやく演奏が終わって『らもさんありがとう〜』と苦笑いしてると、ネックをぶつけてコップとマイクをぶち撒けるらも。
ボケ爺の介護だろコレ!!
他のインタビュー見てても思うけどオーケンって真面目だよね。全然変人じゃない。中島らもみたいな『才能はあるけどガチでダメな人・壊れかけ』をみると憧れて仕方ないんだろうなぁ。
この動画自体は笑えるんだけど、2年後に死ぬこと考えると『あぁ、末期状態やな』って伝わってきます。



コメント