第298話 過去の美雪

―美雪視点・過去(小学生時代)―


「学校に行きたくない」

 英治君といつものように遊んでいるときにそう言葉が漏れた。お父さんが急にいなくなってしまってずっと寂しかった。お母さんは私のために仕事を頑張ってくれている。だから、あまり困らせないようにしないといけない。


 そう言い聞かせて今まで笑顔を作ってきた。でも、英治君の優しさに触れるとどうしても甘えてしまう。彼は私のことを絶対に守ってくれるヒーローみたいな人だ。


「どうして? 嫌なことでもされた?」

 彼はとても心配してくれた。いつもそうだ。少しでも悲しそうな顔をみせたら、自分のこと以上に私を気遣ってくれる。同い年なのに、なんでこんなに違うんだろうと思う。


「うん。やっぱり転校生だからな。悪口言われたの。お父さんもいないってバカにされた。友達もいないって……だから、学校に行くのが怖い」

 その言葉に、英治君はとても悲しそうな顔をした。


「それはひどいね。でもね、大丈夫だよ。僕は美雪ちゃんの友達だからね」

 彼は屈託のない笑顔を向けてくれる。その笑顔にいつも助けられていた。心を救われていた。私はそれを思い出して、「うん」と元気な声で返事をした。


 なんとなく思った。お父さんみたいに頼れる男の子だなって。


 次の日の朝。彼は私の家まで迎えに来てくれた。ひとりじゃ心細いからって。


「私と一緒じゃ、英治君までからかわれるかもしれないよ」

 そう心配しても、彼は「別にいいよ。そういうのはよくないってわかっているから」なんてあっけらかんとして笑っていた。


「ねぇ、美雪ちゃん?」

 英治君は、少しだけ照れたように私につぶやく。


「なに?」

 彼は少しだけ勇気を振り絞った様子でこう言うのだった。


「一緒に手をつながない? そうすれば学校に行くのも怖くなくなるかもしれないよ」

 私はそう言われてなぜか顔が赤くなった。

 恥ずかしくなかったといえば嘘になる。でも、それ以上に嬉しかった。どうして、二つの感情が生まれたのか、わからなかったけど……それでもこの瞬間はとても大切なものだと思った。


「いいの?」

 私はゆっくりと手を差し出す。


「いいよ!」

 彼はその手を優しく握ってくれた。

 

 彼は本当に楽しそうにしていた。他の生徒が私たちについて何か話すけど、彼は笑って受け流していた。そして、いつの間にか誰も何も言わなくなった。私たちが手を握ることなんて、いつの間にか当たり前になっていったのかもしれない。


 そして、この手をずっと握り続けるだろうと私は確信した。


 ※


「どうして……どんどん鮮明になっていくんだろう」


――――

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