4章 十代半ばの子は暴走してナンボですからね。⑥

中間テスト……気づいたらそれは一瞬で過ぎ去っていたイベントだった。



 兼重は慣れないながらに真面目に授業を聞いていたし、部活動に入っているわけでもなく家に帰って復習であったり中間テスト対策なりも続けていた。


 ゆえに赤点を取ることもなかった。もちろんブランクもあったことから全教科で好成績とはならず、満点を取れたのは二教科だけだった。



 一つは数学。兼重は経理や測量の仕事をしていたこともあったので、数学はわりと得意だった。テストの範囲が関数でドンピシャだったので、十分くらいで全問解き終えて腕を組んで目を瞑って時間が過ぎるのを待っていたくらいだった。



 もう一つは家庭だ。既にクラスメイトも知られている縫製の仕事は当然のこと、飲食店、清掃の仕事もしていた時期があるので公衆衛生なんかも完璧だった。



 ちなみに兼重以外のクラスメイトがどうかというと……無難に通過した子もいれば、そうではない子もいて各々という感じであるようだった。誰がどのような成績か、といったようなものが貼り出されることもないので、あくまで反応から兼重が察した限りではあるが……。



 その他に起きたイベントは、まだ決めていなかったクラス委員長をどうするかの話し合いくらいだ。


 ――なにこの空気……私がやらなきゃ駄目なの?


 ――室谷って苗字が委員長っぽいから。決定。


 ――っぽい苗字って意味がわからない。こういう時って『俺がやるよ』って男子が出てきて普通やる感じとかじゃない? ねぇ? ……吉岡くんとか部活とか他の委員とか入ってないよね? 暇だよね?


 ――拙者? 拙者は……その……推しのVtuberが今年いっぱいで活動やめるそうでござって、最後の最後まで推し活してあげたいんでござる。人生なんでござる。拙者の人生を破壊する権利は室谷氏にございますか?


 ――吉岡もっと言ってやれ。俺たちの人生を破壊して喜ぶ室谷は悪魔だと。

 ――私を悪者に仕立て上げようとするその言い方……凄い腹が立つんだけど。



 そんな風な感じに五月は過ぎ去る。ここから約一か月間、六月に入るまでは、問題が起きることもなく無風であった。



 波風が立たなかったのは、とある暗黙の了解が産まれたお陰でもある。一旦は朝里と小夜を近づけないようにする、というものだ。どうしても二人の距離が近くなりそうな時は、間に必ず誰かが入って、二人がお互いの視界に入らないように気を使うのだ。



 そして、その役目を特に引き受けることが多かったのが、心昼である。他の子は逃げがちであったし、兼重も女の子同士の距離感については手が出し難く、上手くやれる心昼に集中したのだ。



 ――わりと粘るな……小夜。


 ――心昼ちゃんかわいそ。



 ただ、損な役回りをする心昼には、何かしらの得があってしかりだと思う兼重は、自分に出来るせめてもの事として、飲み物であったりを奢って与えることが増えた。



 その結果、兼重はなし崩しに、心昼が好きな飲み物を知り尽くすことになった。

 まず年中を通して飲むのは名前に親近感も感じるのかココアで、冬は暖かいのを、夏は冷たいのをと温度を変えて楽しむそうだ。



 次に、月ごとであったり季節ごとにルーティンしているものは、シソ茶であったり、そば茶であったり、そういう香りが良いものはそうしているようだ。



「ほら。冷たいココア」


「おぢ最近もう完璧に覚えてきたね。あたしの飲み物の傾向。ありがと」


「六月は何にするか決めてるのか?」


「レモンティーと林檎ジューズで悩んでた。遅くても三日までには決める。おぢはどっちが良いと思う?」


「季節的な旬は林檎だろう。レモンは冬から春にかけてくらいじゃないか?」


「レモンって夏じゃないの?」


「国産は冬~春のハズだ。輸入品はわからんけどな」


「そうなんだ。知らなかった。じゃあ林檎にする」


「決まったようだな。俺も明日から何を買って与えればいいかわかってよかった」


「今月も驕り続けてくれる感じなの? 今さらだけど、そもそも別に要らないよ?」


「朝里と小夜の件は俺が上手くやれなかったのも原因だろうし、二人を近づけないように間に入る役割は心昼が一番多いんだ。申し訳ないのがある」


「おぢは悪くないよ。悪いのは当事者の二人。まぁその、コミュニケーションを拒否ってるのが小夜だから小夜次第ではあるけど……おぢが小夜に連絡をとってみたら?」


「俺が?」


「うん。おぢの話なら聞いてくれる可能性ある。前に私と小夜と二人でおぢに食事奢って貰った時のこと覚えてる? 途中で小夜がやらかしちゃったのをおぢが助けたじゃん? そういうのもあって、小夜はおぢのことを悪く思ってないからね」



 その言葉をどこまで信じていいのやら、と兼重は頭を掻くが、周囲をよく見ている心昼の意見であるのもあって、心に留めてはおこうとは思うのであった。



 いずれにしても、何も考えずに適当に動いて朝里と小夜の確執を悪化させるわけにもいかないのだけは確かで、慎重に動く必要があるのだ。



 それに――六月に入ったことで一風変わったイベントが一つ控えているようであったので、ひとまずはそれが終わってからにしよう、と兼重は思った。


 イベントというのは、全学年対抗のバスケ大会だ。


 夏休みの前に学年の壁を超えて仲良くしましょう、知り合いましょう、という趣旨らしく、優勝の特典として、文化祭の準備を好きなクラスにやらせる権利が貰えるそうだ。上級生のクラスも当然やらせて良いそうなのだ。



 逆に仲が悪くなりそうな気がしてならないイベントだが、ともかく、そういう趣旨であるそうなのだ。


 基本的には三年生のどこかのクラスが優秀して楽をする、という感じに毎年なるようだが……ただ、今年は兼重という変わり種を持つ一年生のクラスが存在している。クラスメイトたちも『ワンチャン優勝できるのではないか』という期待を兼重に向けてくれていた。


 兼重は期待されると嬉しくなる方であるからして、応えてあげたくなるのだ。だが、兼重の存在は既に各学年に知られているのであって……。



 以前に部室棟で上級生含めて助けたのもそうだし、そもそもが珍しいので時間が経てば勝手に話題にも上がりやすい存在なのだ。



 今年は番狂わせが起きるのではないか、と上級生たちもその多くが戦々恐々としているのを隠そうとしていなかった。



 そうした中、約一名だけ凄く兼重に敵意を抱いてやる気満々の三年生の男子がいたようだった。


※ ※ ※



 バスケ大会が開催されてみるや否や、兼重はクラスメイトの期待に応えて無双してしまっていた。コートを少し狭めて使ってゴールも遠くないように設置されていたお陰もあるのだが、自陣のゴール下から全力投球でそのまま得点を狙えた。まぁまぁ凄いことになってしまっていた。



 兼重の力の強さについては、教師陣も真面目に働いて鍛えていたタイプの肉体労働の経験者についての理解が浅かったらしく、頭を抱えていた。



 ――うーん……凄い……。


 ――加減しなよ兼くん……。


 ――兼くん? 夕真先生、その言い方は、一体どういう意図を含まれているのでしょうか? 彼は夕真先生と同い年かもしれないですが、多少は昔に縁があったのも承知しておりますが今は生徒と教師……そこから逸脱した関係ではありませんよね?


 ――え? 兼くんって……そんな風に彼のことを私……呼んでました? 聞き間違いですよ。学校にいる間は生徒と教師なのでそんな呼び方はしません。


 ――であれば良いのですが……時に今夜は何かご予定とかは……?


 ――ご予定ありますよ。教師同士の何か飲み会みたいな話であれば、そもそも私はそういうの苦手な方なので……予定がなくてもお断りはさせて頂きますけれども。


 ――そ、そうでしたか。だははは、これはこれは……ガードがカッチカチでございますな。硬い剣でないと破れない防壁持ちだというわけですな。


 ――セクハラですか? 同僚だから甘く見られて通報されないと思うのは、それは少しお考えが甘いのではないかなと思いますよ?



 兼重のクラスは決勝まで簡単に辿り着いた。決勝もそのまま兼重が終わらせてしまいな雰囲気であり、見る必要もないと誰もが飽きて欠伸をしている状態だ。



 そんな中……決勝相手の三年生のクラスの中の男子が一人やる気に満ち溢れていた。兼重には負けたくないという感情を露骨に出していた。



「あのおっさん気に入らんのだ。めたくそに叩きのめして、俺の方が凄い男だと夕真先生に知って貰う手筈だ。そして来春の卒業と同時に結婚を申し込むんだ」


「嫉妬に狂う男ほど見苦しいものはないな」


「ぬ、お前は俺とおっさんのどっちの味方だ? どちらがより優れている男か証明して俺の価値を証明する必要があるか?」


「前に部室の前の重機動かして貰ったことあるの普通に感謝してるから、俺はおっさんの味方だね。それにしてもキッショイ問いだな……彼女が別の男と遊んでたところに遭遇して揉めた時とかに出てくるタイプの問いだろそれ」


「おっさんが俺たちのことを助けたのは、夕真先生の好感度稼ぎだろう。騙されるな。あの件をダシにしてきっと夕真先生のことを脅しているハズだ。生徒のことを助けてやったから夜の奴隷になれと言われた夕真先生は……くぅ……!」


「おっさんは偶然居合わせて、それで善意でやってくれた感じだったじゃん。ただの良い男だよ。妄想と現実の区別ついてるか?」


「偶然、というお前の主張の方が妄想ではないか? おっさんに聞いたのか? 聞いてないハズだ。お前は想像で言っている。お前の方が妄想なわけだ。証明完了」


「夕真先生は隙がなさすぎるし、既に彼氏がいるか、もしくは好きな人いそうな気するけどな……新入生の子とか見たらいいのに。今年はおっぱい大きくて可愛い子多いのに」


 始まる決勝――兼重の無双が始まる。何度も三年生の男子は熱血スポーツアニメのような画になって食い下がってはきたものの、やはり、大人と成長途中の子では地力が違うのであった。



 兼重とて大人げない自覚はあったが、しかし、クラスメイトたちの声援が飛び交うと弱いのだから仕方がなかったし、それに一瞬だが見逃せない場面を目撃してしまって負けられない気持ちが余計に湧いたのもあった。



 ――やった! 凄い!


 ――おっさん……頼りになるです。本当に。


 ――ね!


 ――えっ……?


 ――あ、な、なんでもない。



 つい、という流れではあるのだろうが、小夜が朝里への態度を和らげて、普通に友達に声をかけるように接したのだ。



 もちろん、すぐに小夜は横を向いて元に戻ってしまったが、それでも、一つのキッカケになれたかもしれないというのは素直にやる気に繋がりもしたのだった。



「む、無念……結婚が……水の泡……」



 試合が終わると同時に、三年の男子生徒は泡を吹いて倒れた。誰も彼に同情することもなく撤収していった。


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