4章 十代半ばの子は暴走してナンボですからね。⑤

兼重は、帰宅してすぐに、朝里のぬいぐるみキーホルダーの補修に取りかかることにした。


 GWはまだ残っているのだからゆっくりでもいい、等と考えているとすぐに時間は過ぎ去ってしまうのだから、早めにこなすに越したことはないのだ。

 針仕事は地味だし億劫なものだが、完成が見えてくると、形になった自分の努力が嬉しくてやる気もドンドンと湧いてくるものだ。



 気が付けば朝になっていた。香りづけに使った香水が、ふうわりとしたミルクの匂いを香らせて漂っている。



 ひとまず完成だが、しかし、これだけで終わりにするのは味気ないと兼重は思った。朝里の想像の上を行きたかったのだ。


 人を信じること、頼ること、それは素晴らしいことで、きちんと嬉しいサプライズも用意されるのだと朝里に知って欲しいのである。



 そういうわけで。

 女児向けのような外観のぬいぐるみキーホルダーに合いそうな小道具や可愛い衣装を作ろうと兼重は思った。昔からある『善は急げ』という言葉に従って、兼重は女児向けのそれを色々と調べてみることにした。



 まずはネットの記事を見た。だが、実際の声という触れ込みで掲載されている感想は中の人が作っている感があるようなものばかりだった。参考にはならなかった。

 悩んでいるうちに兼重がふと思い出したのは、心昼から教えて貰ったSNSのアカウントだ。そこなら実際の声や意見が沢山見れそうであるので、すぐにログインして検索してみた。



 ――女児 ぬいぐるみ 小道具。


 ――女児 かわいい 小物。


 ――女児 人気 着せ替え衣装。




 色々なワードを次々に試した。出てきたのはドレス、よくわからないステッキ、あとはキャスケットのようなお洒落帽子とかであった。



 色は紫のようなものが人気であるようだった。それ自体は兼重もそういうものという感覚はなんとなくあるので不思議はなかった。



 前に見た心昼の私服もインナーが紫だったし、それ以外にも、ずっと前の中学時代に、夕真が『好きだから』と言って一緒に見ることを強要された子ども向け魔法少女のアニメでも、紫の髪の子が一番人気だと言われたことがあったのだ。



 明るくて目立つ色が好きな子の邪魔にならず済む落ち着いた色調である一方で、豪華さがあって綺麗で可愛くて上品にも見えるとして気に入る子が多いようだ。


 兼重は紫を基調として白もアクセントで取り入れたドレスを作ることにした。ついでに、緑の帽子と木の色のステッキも作って持たせてあげることにした。

 ドレスを花と見立てて、帽子とステッキは枝葉として考えればあまり変な感じにはならないと思ったからだ。


 ただ、生地であったりを買いに行く必要はある。昨今は通販も物流の負担軽減等で即日配達に対応していないところも多く、今日中に材料を揃えて制作も終えたい場合には実店舗に行くしかないが……。


 同級生の為である、これもきっと青春に違いない、と思う兼重は「よいしょ」と重い腰をあげて買いに行くのだった。



※※※※



 GW明け初日――兼重は朝霧が晴れる前、七時になるよりも前に学校に着いた。昇降口が開いているか些か不安だったが、一部の部活動の生徒の朝練等の為なのか、普通に入れるようになっていた。



 兼重が教室に入ると、まだ誰もいなかった。直して綺麗に可愛くしてあげたぬいぐるみキーホルダーを朝里の机の上に置いた。



 これで一件落着だ。

 兼重は自分の席に座って、肘をついてぼんやりと教室の中を眺めた。静かな教室の空気を感じながら、同級生たちが登校してくるのを待った。三十分も過ぎた頃になると、一人ぽつんと自分だけの空間だった教室が、段々と賑やかになってきた。


 午前八時近くなる頃に、心昼と小夜も姿を現して挨拶をくれたので兼重は返事をした。朝里もやってきた。朝里は自分の机の上に置いてあるそれに当然気づいた。



「……かぁいい」



 朝里はその日は一日中、真新しい新品のようになって着せ替え衣装も用意されてしまった小さなぬいぐるみキーホルダーを、つんつん、と指先で突いて嬉しそうにしていた。製作者の兼重のことも時折にちらちらと見てきた。ふと目が合いそうになる度に朝里は恥ずかしそうに顔を赤くして横を向いていた。



 それはそれとして。

 兼重は昼休みになって少し焦ることになった。兼重の隣の席の子が職員室に用があるとして発った。すると、その席になぜか心昼が座った。



「おぢ、少し聞きたいことあんだけど。百%心当たりがあるハズなんだよね」


「なんだ?」


「女児」


「ん?」


「検索窓をタップすると、そのアカウントで直前に検索した単語が勝手に候補に出る時あるじゃん?」



 心昼が何を言わんとしようとしているのか兼重は気づいた。そして冷や汗が止まらなくなった。



「おぢって……もしかして……女子高生よりもずっと年下……例えば小学生低学年くらいの女の子が好き?」


「違う、それは違うんだ。誤解だ。きちんと話をして理解して貰う必要があることだな」


「焦ってる……?」


「どうしてこんな事にっていう意味での焦りはある」


「説明してみて」



 兼重は一生懸命に釈明した。朝里の過去については個人情報であるので触れずに、色々とあって夕真とかも出てくるようなことになって、なんだかんだと小さなぬいぐるみキーホルダーを直してあげることになったのだ、と。



 心昼は「それは本当なの?」と疑いの目を兼重に向けてきたが、実際に朝里が大事そうに小さなぬいぐるみキーホルダーを扱っているのを遠目に確認したことで、ようやく納得してくれた。



「なるほどね」


「そろそろ本格的に精神も安定して、特に強い言葉をぶつけてしまった心昼とか小夜にも、そのうち改めて謝ると思うんだが……」


「あたしは根に持ったりとかは別にないよ? 話しかけて貰った時には普段通り、他の子と同じように接するよ。その……あたしより小夜の方が危険だと思うけどね?」



 心昼はそんな指摘をしてきた。兼重にはいまいちピンとこなかった。小夜はわりとすぐに許してくれるタイプなのではないか、と思っていたからだ。


 兼重はちらりと小夜を見た。楽しそうに同性の友達と会話をしていて、嫌なことは記憶から消していそうに見えたし、兼重の視線に気づいて微笑んで小さく手を振ってくれもした。



 心昼は気にし過ぎではないか、と兼重は思った。

 正しかったのは心昼だった、と兼重が知ったのは数日後のことだ。



 その日、朝里が小夜に話しかけた。以前の暴言を申し訳なく思っている――そういう雰囲気と態度で朝里は臨んでいたのは誰の目にも明らかだった。


「その……小夜ちゃん……」


「急にどうしたの? 媚売りの少女な私のこと嫌いでしょ? 無理に話しかけてこなくていいよ」



 抑揚のない感情も見えない冷たい小夜の言い方に、兼重を含めてその場にいた多くのクラスメイトがびっくりして固まった。「やっぱり」と言いたげに溜め息を吐いていたのは、唯一小夜の心の内側を察していたであろう心昼だった。


「その……」


 朝里はもじもじと朝里に謝ろうとするが、それを小夜は絶対に受け取ろうとはしなかった。徹底的な無視をして、近くの自分の友達に話しかけて無理やりいつも通りの日常に戻そうとしていた。



「あ、ねぇねぇ、昨日のあれだけど」


「え? 小夜ちゃん……あの……朝里さんは……」


「私は雰囲気が良いなって思ったんだけど、皆はどうかなぁって」


 朝里のことを、明らかに存在していないかのように小夜は扱った。取りつく島もない状態になった朝里は、しばらく立ち尽くした後に諦めて自分の席へと戻っていった。



 ――朝里ちゃんあんまり気にしなくていいと思うよ。


 ――ウチが酷いこと言っちゃったのはそうだし、簡単に許せないのはそうだろうし。


 ――でも、あんな露骨にやる必要ないよ。心昼ちゃんもそう思うよね?


 ――小夜はそういうヤツだからね。わりと頑固だし、どっちかっていうと虐めっ子気質だからアレは。


 ――柔らかい雰囲気ある小夜ちゃんが黒い感情に支配されるタイプで、結構攻撃的に見える心昼ちゃんが心が広いのは意外。


 ――普段の行動を見てれば、あたしが優しい純白の天使で、小夜は腹の中が黒めの魔女ってわかるでしょ。ま、人を拒絶し続けるって自分自身の心にも負担だし、無理しないと続けられないだろうから……どこまで小夜が頑固でいられるか。



 

 心昼が朝里を上手くフォローしてくれている様子が窺える。大事になることは恐らくない、と兼重は安堵できた。



 ただ、一部空気の読めない男子が、そんな兼重の胸中も知らずに、朝里との取次をこそっと兼重に頼んできたりし始めた。最初は『後にしてくれ』と兼重も拒否していたが、まぁまぁ粘られて、最終的に根負けして夜に本人に連絡して聞くハメになった。



 ――いや要らないです。男の人は兼重さんだけでいいんです。ウチは。



 朝里は、男子に対して今でも壁を作りがちである。兼重は朝里の過去を知ったからこそ、その理由も理解できている。



 朝里が中学生時代に女子から敵視された原因が、男子から好かれてしまったことだ。要するに、男子さえいなければ、あるいは女友達も沢山できたかも、という気持ちに朝里はなるのだ。だからこそ、兼重は、男の子と仲良くなれるように頑張ろうと朝里に言えなかった。

 駄目だった、という結果を連絡すると、男子たちは落胆していた。



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