4章 十代半ばの子は暴走してナンボですからね。②

楽しいGWの一時はすぐに過ぎ去るものであって、学生という制約もあり夕方にはお開きとなった。



 各々がそれぞれ帰路について、小夜と心昼の姿も見えなくなった。ただ、朝里だけは兼重についてきていた。コミュニケーションが苦手なせいか、分かれを切り出すタイミングがわからないようだった。



 兼重はなるべく優しく柔らかく、傷つけないように、朝里に分かれるタイミングを伝えることにした。



「家まで、とは言わん。家を知られたくない、と思う人もいるからな。そうだな……『もう大丈夫』って朝里が思える場所まで送ろう。そこでお分かれだ」


「う……ん」


「今日は楽しかったか?」


「ほとんどおっさんの後ろにいたしウチの感情としては普通」


「聞き方を変えよう。周りが楽しそうにしてた雰囲気は感じ取れたか?」


「……うん」


「朝里も早くきちんとクラスの一員になれるといいな」


「がんばる」



 毎日は順調で不安など一欠片もない気が兼重はしていた。きっと色々なことが上手く行くのだと安心していた。

 それは油断だった。

 兼重のスマホが鳴った。夕真からの着信だった。兼重は朝里に少し待ってくれと伝えてから電話に出た。


「夕真どうした?」


『ごめんちょっと伝えたいことあって……今日だっけ? クラスメイトたちの子と一緒に遊ぶって言ってたの』


「そうだな、俺が言ってたクラスメイトたちの遊びに参加するっていうのは今日だ。変なことは何も起きてない」


『兼くんは女子高生に手を出さないって信じてる。そうじゃなくて、どの子が参加しているか私はわからないんだけど……思春期だからこそ難しい子も多いから、次も似たような誘いに参加する時は注意深く見てあげて~って伝えようと思って。言わなくてもやってくれるんだろうな、とも思ってるけど、一応』



 難しい子〝たち〟と複数形で言われたことで、兼重は心昼がフォローに回って気を使っていた女の子たちのことを思い浮かべた。


 初期の朝里ほど極端な子はいないのだが、それでも、周囲と上手くやるのに少し時間や手間が必要そうな子はそれなりにいるのである。



 兼重はそう思ってしまったから、朝里のことではないという前提を置いてしまった。そのせいで、近くにいる朝里に自分の会話がどのように聞こえているか、という点に気を配るのを忘れてしまっていた。



 兼重はもっと慎重であるべきだった。



「安心してくれ。問題がある子はなんとかする……ん?」

 兼重は電話の途中で朝里の異変に気付いた。朝里は俯いて重苦しく淀んだ雰囲気を放っていた。



「朝里……?」


『兼くん?』


「すまん夕真。ちょっとだけ待ってくれ」


『う、うん』



 体調でも悪くしてしまったのだろうか、と兼重は心配して朝里に近づいた。朝里はゆっくりと顔をあげた。


 兼重は思わず後ずさった。朝里がとても冷たい目をしていたからだ。



「電話の相手……夕真って……担任の先生の名前?」


「え? あぁそうだ。朝里に言ってなかったかもだが、実は中学の――」


「――『変なことは起きてない』『問題のある子はなんとかする』ってなに? ウチのこと? 今日なにか問題起こしたりすると思ってたの?」



 朝里は盛大な勘違いをしているようだった。聞き耳を立てられていると思っていなかった兼重は、どこからどう説明するべきか混乱して言葉に詰まった。


 それが余計に朝里の勘違いを加速させることになった。



「夕真先生は綺麗な人だし、ポイント稼ぎ? ウチを利用して仲良くなろうとした? 今まで優しくしてくれたのも、今日誘ってくれたのも、可哀想なウチをなんとかしてあげたんだって風にしたかったんだ? ……折角おっさんのこと少し信じてみようと思ってたのに、裏切られるとか最悪」



 兼重は自らの額に冷や汗が滲み出るのを感じた。朝里から目を離さないまま兼重は夕真との通話を続ける。



「夕真……GPSをオンにするから、それを追って俺のとこまできてくれ。傍に朝里がいるんだが少し勘違いをされている」


『朝里さん?』


「そうだ。頼む」


『……わかった』



 兼重はスマホの画面を見ずに指先の感覚だけで探り探りにGPS機能をオンにして、ポケットに仕舞って、それから朝里に話しかけた。


「朝里……一旦落ち着くんだ」


「落ち着いてるけど? ウチのこと問題児扱いして担任の先生のポイント稼ぎの電話はもういいの?」


「ポイント稼ぎなんてしていないぞ。夕真を今呼んだ。話を聞けば勘違いだとわかる」


「じゃあなんでウチに近づいたの? 理由はなに? そっか……他の男と同じでウチのおっぱいが目当て?」



 兼重の言うことを全て嘘か裏がある、という前提でしか朝里は解釈が出来なくなっているようだ。

 同じ問答の繰り返しになるのを避ける為に、朝里に冷静になって貰う為に、兼重は少し脅かして引かせようと考えた。



「そうなればいいのか?」


「え……?」


「俺は朝里の胸を目当てにしたことはない。だが、朝里は俺にそういう下心があるケダモノであって欲しいようだな。お前がそうであって欲しいと望むケダモノに俺がなれば満足なのか?」


「き、急に態度変わっ……何が言いたいの?」


「そんなことは朝里も望んでいないだろう? つまりだな、少し冷静に……」



 これで少しはこちらの話も聞いてくれるハズ、と思った兼重だが、結論から言えば逆効果でしかなかった。朝里も引くに引けないとなったようで、行くところまで行く覚悟を決めてしまったらしく、


「っ……やってみろよ! やればいい! 好きなようにおっぱい揉んだり、ここで服だって剥いで下着も破り捨てて最後まで無理やりしたらいい! ウチを襲って初めてを奪って、この体に一生残る傷をつければ?」



 兼重の想定とはまったく違う方向に物事が進み始めている。朝里が冷静になるのを期待した兼重だったが、逆効果となってしまった。



 幸いだったのは、ここが大通りではなかったことだ。通行人の数も少なく、異変に気づいて通報しよう等という者が現れなかった。ただ、朝里が大声を出せばさすがに目に留まってしまう可能性もある。


 夕陽が世界をオレンジに染めている。過ぎた時間は良くて数分程度。先に折れたのは兼重の方だった。



「どうしてそう意固地になるのか、人の話を聞こうとしないのか……俺にはわからん」



 兼重が折れたのは、自らが嘘を言っておらず、朝里に下心を持っていないことの証明の意味もあった。朝里が望んだからそういう風に見せただけ、という自分の主張に嘘は一つもないと兼重は態度で示したのだ。


 だが、兼重のその行動を朝里は容認する気がないらしく、さらに頑なになった。



「早くウチのこと襲えよ! そういう男なんだろって!」



 朝里は滲み出るような涙の小玉を目端に浮かばせると、言葉の次は行動に及ぶ為に兼重の手を掴んで無理やり――むにゅっ――と胸を揉ませた。

 とても大変な事態になってきていた。お巡りさんこちらです、と誰かが言えば兼重は刑務所に入ることになる。恐らくは。



「ははっ……! はっ、はぁ、はぁ……!」



 朝里は林檎よりも真っ赤に染めて息も荒げた。唇を震わせてガチガチと歯音も立てている。その様子は、産まれて初めて自らの体を異性に触れさせているのだと雄弁に語っていた。



 朝里は過去に何かを抱えている。それは兼重も察してはいた。恐らくは人間不信になるような出来事を経験しているのだろう、と。


 人を信じるべきではないと知っているのに、それでも誰かを信じようとした自分は愚かで……だから、罰を与える必要がある、と恐らく朝里は認識しているのだろうと兼重は思った。



 加えて――自分が勘違いで間違ったレッテルを人に貼った、ということを素直に認められない、いわゆる思春期の子がよく持つ過剰なプライドの一つも合わさった、そうした若者ゆえの暴走の一つを朝里は起こしているようにも見えた。


 少なくとも兼重の目にはそう映った。それと同時に、こういう展開になるのは想像していなかったのもあって兼重は放心もしていた。



「はぁ……はぁ……ほらケダモノじゃん」


「……」


「嬉しいんだろ! 触れて!」



 兼重は何も言えなかった。可能ならば今すぐ塵になってサラサラとこの場から消えたかった。



「これでも足りないってこと⁉ はぁ⁉ いいかげんにしろ‼」



 兼重は突き倒された。抵抗もなくバタンと歩道に仰向けになった。そんな兼重の腹に朝里が座った。馬乗りだ。


「これなら……完全に自分がケダモノだって認めるでしょ?」



 朝里は勝ち誇った表情だったが、発言と光景は逆のようにしか見えず……それを指摘する人物が現れることになった。


「兼くーーーん!」



 夕真がようやくやってきた。そして、朝里が兼重に馬乗りになって興奮した様子で顔を真っ赤にしている状況に当然に驚いていた。


「朝里さん……? 何があったのかわからないけれど、そんなケダモノみたいに人に馬乗りになるものじゃありません!」



 夕真の指摘を受けて、朝里はようやく自分自身が暴走していたことに気づいたらしく、興奮もどこへやらと青ざめ始めていた。


 事態が好転しそうな状況となった。兼重は安堵した。ようやくいつもの思考も戻り始めてきた。



「その……えと……ウチ……」



 混乱して逃亡しそうな雰囲気を朝里が出し始めたので、兼重はここで逃げられるとまた面倒になると思って下敷きにされた状態のまま肩を掴んだ。


「えっ? なにっ、ちょっ……」


「夕真の話を聞け」


「聞くから! 聞くから! やだ!」



 朝里がじたばたと抵抗するが、ここで離すわけにはいかない、と兼重は決意を硬くしているのだ。絶対に手を離さなかった。


「『聞くから』と言ったかと思えば、すぐに『やだ』とも言うとは……逃げる気か?」


「違う! そういう意味じゃない! おっぱい揉んだくせに……黙れ!」



 兼重的には夕真の前でそれを言って欲しくはなかった。当然に夕真から頬の攣った笑顔を向けられた。ドン引きされていた。


「兼くん……?」


「誤解だ。物事をきちんと見くれ」


「事実を基にして今の光景をきちんと見ると、物事としては、アラサーの男が女子高生に騎乗されてる……とかになるけど?」


「そういうことではない。今の朝里は、ある事ない事を言ってしまう感じになっている。情緒不安定なのは見てわかるハズだ」



 ない事ではなくあったことなのだが、ただ、朝里が正常な状態ではない、という風に見えるのもあって夕真も納得……しそうにはなりつつ、けれども、常日頃に確かにあった信頼が揺らいでいるのか疑いの眼差しを兼重に向けてきた。妙な緊張感が漂い始めた。



「何もなかった……でいいのね?」


「その通りだ。何もなかった」



 兼重が一点の曇りもない目でそう断言したことで、夕真もようやく納得できたらしくホッと胸を撫でおろしていた。

 次の瞬間。朝里が会話に割ってきた。


「本当に揉――」


「――朝里! 俺は突き飛ばされたことを気にしないことにする。朝里も一旦落ち着くべきだ」



 兼重は慌てて言葉を被せた。

 揉まされたのだとしても、自分の意思ではないのだとしても、女子高生の胸に掌全体でぐにっと勢いよく触れるのは社会一般的には事件であり、それは墓場まで持っていく秘密にする必要があるのだ。



 もちろん、経緯がどうであれ朝里が「揉んだよね?」という気持ちになるのもわかるのであって……。


 兼重は、刺激しないように、なるべく落ち着いた声音で、言い聞かせるように朝里に語りかけた。



「もう少しだけ落ちついたら話をしよう。そうした方がいい」


「認めるなら……あとで話をするでもいいけど……」



 夕真の登場もあって少し落ち着き始めていたらしい朝里は、そもそも揉ませたのは自分であるというのもあってなのか、バツが悪そうにはしていた。

 兼重は全身の力が抜けた。


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