1章 意外と馴染めそうではある。 ②
3
兼重は若い時、社会では、いわゆる『世代感』というものが強く意識されていた。歌はその筆頭で、自分たち世代向けの曲を優先的に消費する雰囲気があったし、その曲しか知らないという子も多かった。
だが、今の若者は少し違うようで。
誰もがスマホを通じて多くの情報や宣伝に触れるようになった。その結果、ひと昔前の曲がショート動画でバズってブームになったりもする――つまり、兼重が歌う曲を知っている子も多かった。
しかし、だからといってすぐに年齢差を意識しなくなるワケでもないのであって、兼重はひとまず、一曲歌った後にスッと隅に座って存在感を消そうとして……消せなかった。
「おじさぁん、お酒を頼んだ方がよさそ?」
「未成年のいる場所では飲まない、というか頼むなよ? バレたら捕まる。俺が」
「おじさんって中学出てすぐ働いたってことは……例えば、中学の時に虐められて進学する気持ちを失ってた、とかとも明らか違うスよね? それだったら人と関わるのがそもそも嫌で就職もできない感じな気するんで」
兼重は中学時代、何かあったわけではなく普通ではあった。夕真関連で色々とあった時はありつつ、兼重自体が何かの標的にされたりもなかった。
兼重が進学せずに就職を選んだのは、家庭環境の事情が重なった、という理由が大きくある。
「まぁなんだ、いわゆる家庭の事情というやつだ」
「はぇ~~家庭の事情~~なんか気になる……ような?」
「おいやめろって。そんな興味津々で聞くことじゃないだろ。今日が初対面の相手にいきなり家庭のこと聞くとか、常識ないのか?」
「それは……その通り……」
兼重は特別に経緯を隠したいわけではなかったが、ただ『聞かない方がいい』という雰囲気になっているのをひっくり返すのもよくないと思ったので、言わないことにした。求められてないのに「実は~」と語り出すのは、構ってちゃん的な面倒くさい人間に自分が思われる気がするのだ。
子どもっぽい大人だと認識されたくない、というプライドも少しある。
まもなくして、カラオケはそう遅くない時間に……夜の八時にお開きという流れになった。いかにも高校生らしいと言えばらしい解散時間である。
ちょっとだけ遊んで、何か怪しいお店に行くでもなく早めに解散――兼重はこうした時間に制限がある状況が初めてだった。社会人の時は職場の同僚や上司に絡まれて居酒屋をハシゴすることになったり、香水の匂いがキツい女性ばかりいる店に連れて行かれたり、つまり夜通しが多かった。
その時とはまったく違う感覚だった。悪くない、と兼重は思った。制限があるからこそ、短いからこそ、とても大事な瞬間を過ごしたようにも感じるからだ。
そうして兼重が満足気にウンウンと頷いていると、クラスのまとめ役のような雰囲気を出し始めていた男の子――御山が兼重のところにやってきた。会計を済ませる為にアプリで集金して回っているそうだ。
御山はそれなりに容姿の良い男の子だった。『きっと女の子にモテるだろうな』と兼重は思いつつ、言われるがままにアプリで送金した。
問題が発生したのは数分後のことだった。実際に支払いの段階になってトラブルが発生したそうで。
――あ……やべ。足んね。
――は?
――三千円くらい足んない。頭の6と9の数字を見間違えた。安いなっては思ってたけど春だしなんかキャンペーンかなって……。
――もっかい集金するからまたアプリ開いてって言うんか? 男子はそこまで根に持たないとは思うが、女子の反応が大変なことになる気がするぞ? お前が嫌われるだけなら構わんけど、こういうのって大体は連帯責任で男子全体が嫌われるんだが?
――ちょっと男子で集まって一回トイレで考えよ? 数分くらいは粘れるハズ。
男子がトイレに集合することになったそうで、御山がおそるおそるに改まって兼重に声をかけてきた。
「……おじさん」
「どうした?」
「チョットね、男子はトイレに集合だからこっち来て」
「なにかあったのか? 会計の段階で揉めるって、もしかして足りな――」
「――やっ! 駄目! 聞こえる! さぁ行くよおじさん」
御山の手に口を塞がれ、兼重はトイレまで連れて行かれた。そして、他の利用客の迷惑になる規模の密集度合の中央で御山がぽつりと言った。
「その……もう薄々わかってると思うし、先に伝えたヤツもいるからそいつは既に知ってるんだけど金が足りないんだ」
その告白を聞いた男子たちが次々に軽蔑を御山に向けた。
「俺はもう残高ないよ? さっきの集金でお前に送ったあとにスマホゲーム起動して課金したから、電子決済のアプリに12円しか残ってない」
「僕は結構まだ残ってるけど……でも出すの嫌だなぁ……」
「そんなこと言わないで‼」
「いや言うよ。出してもどうせなんかウヤムヤにされて、最終的に僕だけ損するとかそういう話になると思うもん多分」
「だい、だい……」
「急に日本語喋れなくなったの? 僕は日本語しか理解できないから」
「大丈夫って言おうとしたんだよ」
「ちょ待て御山……無理強いはよくないぞ。男子のリーダー面して集金仕切ってたお前が自腹切るしかないだろ」
「俺も無いからこうして皆を集めてんだってばよ……」
重苦しい雰囲気が充満し始める傍ら、時間の経過と共に増え始めた社会人の利用客の邪魔にもなり始めていた。
――なんだ……この制服の子たちは……。
――DKの群れ、邪魔過ぎる。
運が悪ければすぐ店員に苦情を入れられそうな気配を感じた兼重は、面倒事は起きる前に解決する必要があると思い至ってすぐ行動に移した。具体的にどうしたかというと、こっそりトイレから出て普通に全額支払って戻ってきた。
「あー……ちょっといいか?」
「おじさん何か良い案が……? 大人の知恵くれるんですか?」
「俺が払ってきた」
「え?」
「いつまでもこんなところにいたら、他の客の迷惑になる。立場的には同級生ではあるが、今回は俺は大人として動いた。気にするようであれば、お前たちへの『入学祝い』ってことで納得してくれ」
兼重がしれっとそう伝えると、御山は大粒の涙を浮かべて抱き着いてきた。ある程度整っているその容姿を全て台無しにしている情けない姿だったが、しかし、兼重の目には年相応で可愛げがあるように映っていた。不思議なものだ。
「おじさぁん……ありがたぅ……」
「女の子の前で格好悪い姿を見せたくないだろうしな。折角カッコいいんだから卒業まで見た目通りの男でいるべきだ」
「中学時代で学校で一番モテてたんです俺……自分の顔がカッコいい自覚はあるぅ」
「なんでもいいから涙を拭け」
「うん……」
「解決したんだ。あとは帰るだけだ」
兼重は撤収を促した。御山の為にも全て過去の事にして片づける雰囲気を出した。だが、他の男子たちは御山の失態を水に流す気がないらしく、悪態を吐き続けた。
「計算もロクにできないただのナルシスト……助けなくていいっすよ、こんなゴミクズ」
「次から同じ過ちを繰り返さなければいいのであって、許してやれ」
「僕はお金出さなくてよかった。こんなヤツの為に損なんてしたくないしね」
「そう言うな。自分がいつ似たような失敗をするかもわからないんだ。自分が偶然にでも似たような状況に陥った時に、『前に散々人のことを言ってた癖に』と周囲に思われて助けて貰えなくなるかもしれないぞ?」
「おっさん優しいな」
「優しいわけではない……社会に出れば、遅かれ早かれ、他者に対して言い過ぎてはいけないと理解できるようになる」
「おじさん頼りになる……僕……懐いちゃおうかな?」
兼重がなだめたお陰もあってか、男子たちの雰囲気も柔らかくなり、軽口を叩けるようになったようだ。そして、和みつつある流れも相まって、誰が言い出したのか男子だけの雑談用のチャットグループを作ることにもなった。
似たようなことが起きた時に、これを使って男子だけで相談できるように、という趣旨らしく……今日不参加だった男子にも明日教室で教えるようだ。兼重も普通に入ることになった。
トイレから出てきた時には、兼重は男子との距離が凄く縮まって馴染んでいた。それを見た女子たちは首を傾げてた。
――なんでトイレから出てきた途端に男子が全員おぢの子分みたいになってんの?
――おじさん、歳相応な気はするんだけど、でも、よく見ると若くも見えるよね。
――若く見えるの顔で歳相応な部分は体じゃない? おじさんの背中が〝男の子〟じゃなくて〝男〟に見えるというか……異性を感じる。
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