映像で音楽を奏でる人々 第24回 [バックナンバー]
井上涼はNHK「びじゅチューン!」レギュラー放送の13年間で何を得たのか
アニメ制作から作詞作曲まで1人で完結させる異色の美術番組、その制作の裏側を明かす
2026年7月4日 19:30 10
音楽の仕事に携わる映像作家たちに焦点を当てる「映像で音楽を奏でる人々」。この連載ではこれまで、ミュージックビデオの監督を中心にさまざまな人々の話を聞いてきたが、今回登場するのはNHK Eテレの美術番組「びじゅチューン!」で知られる井上涼だ。
「びじゅチューン!」ではアニメーション制作のみならず、作詞作曲から歌唱までもすべて1人で手がけていた井上。難解に思われがちな美術作品を自分なりに解釈し、ユニークなアニメーションと音楽で紹介することで、彼は子供たちをはじめ多くの人の心をつかんできた。そしてこの番組は2025年度(2026年3月)をもって、惜しまれつつもレギュラー放送を終了した。
そこで今回は「びじゅチューン!」の13年間を総括する振り返りとして、オリジナリティあふれるポップな作品を生み出す背景や、1人ですべてをこなす制作の裏側、映像と音楽それぞれのルーツ、そして次なるステップへと向かう現在の心境まで、たっぷり語ってもらった。
取材・
人に何かを頼むのは苦手だから、自分だけで完結させちゃおう
私のルーツにあるのは、やっぱりアニメだと思います。中学生の頃に「新世紀エヴァンゲリオン」や「少女革命ウテナ」にすごく影響を受けて。でも大学生になって実際にアニメを作ろうと思ったときに、お金が全然なかったのと、「人に何かを頼むのは苦手だから、自分だけで完結させちゃおう」みたいな内向的な理由で、全部1人で作ることにしたんです。アニメの中に歌を流したいと思ったら、「やってみようかな」くらいの軽い気持ちで、GarageBandという音楽ソフトを使って自分で曲を作ったり。2000年代初期ぐらいにNHKで、デジタルアート作品を一般公募する「デジタル・スタジアム」という番組をやっていて、「1人でなんでもやっちゃいます」みたいなクリエイターがいっぱい出てたので、「みんなそうなのかな」みたいな感覚でした。
大学の頃に「この町のPRムービーを作ってください」という学外のコンテストに応募したり、「無調整豆乳のCMを作ってください」みたいな学校の課題に取り組んだりしていたんです。確か、初めて作曲したのはその時期だったと思います。そんな流れの中で、卒業制作として作った「赤ずきんと健康」が意図せずニコニコ動画でバズったんです。
「赤ずきんと健康」英語字幕版
でも、自分がネットに疎かったのもあって、次の一手としてどんな作品を作ればいいのか全然わからなくて迷っちゃったんですよ。それで試行錯誤の中、しばらくは実写の映像も作っていました。実写自体は大学の頃から作ってたんですけど、当時は「びじゅチューン!」が始まる前に広告の会社に4、5年勤めていたタイミングで、仕事が忙しくてアニメを1枚1枚じっくり描いている時間があまり取れそうになくて。あれは「実写なら、がんばれば土日だけで作れたりする」という側面があったなって、今振り返って思いました。
七尾旅人「検索少年」ミュージックビデオコンテスト応募作品
井上涼「魔女の歌」
2012年にEテレの「テクネ 映像の教室」という番組に出させていただいたんですが、そのプロデューサーがのちの「びじゅチューン!」のプロデューサーだったんです。いわゆる美術番組をずっと作られてきた方で、ちょうど「多くの人に魅力を感じてもらえる美術番組を作りたい」と考えていたそうです。そこで声をかけてもらったのがきっかけで、2013年に「びじゅチューン!」の開発番組を作ることが決まりました。
開発番組は半年間に2回あって、3本ずつ作ったんですけど、Twitter(現X)で検索して「反響はいいみたいだ」という感触はありました。「なんでこんな無表情であんまり笑わない、すごい棒読みな人が番組に出てるのかわからない」みたいな感想も目にしましたけどね(笑)。そりゃ世間の人からすれば「こいつ誰?」って状態ですから。観ていた方々は違和感や不気味さを感じてたんじゃないかな。でもNHKとしては、そういうツッコミどころがあることも含めて「反響がいい」と捉えていたんだと思います。
それで2014年にレギュラー化が決まって。会社員の生活と「びじゅチューン!」の制作が重なったので、「会社員との二足のわらじは無理だ」となって会社を辞めました。とはいえ、こんなに続くとは誰も考えていなかったと思います。たまたま長く続いたけど、やっぱり美術番組って世間的に見たらニッチなものだし。でも当時は、YouTubeなどで短尺の動画が流行り出した時期で、ショートアニメというフォーマットが時代の流れとうまく合致したのかなと思います。ちょうどNHKがネット配信に力を入れていくタイミングでもありましたし。
あと、「びじゅチューン!」は開始時からずっと「5分間の放送枠の中で、曲を2回流して観る人の頭に刷り込む」という構成なので、曲に使える時間は1分30秒だけなんですよ。だからどの曲も前奏がない。たまたまなんですけど、それも最近のJ-POPと一緒ですよね。
美術作品にはどれも「ここを見てほしい」というポイントがあるんです
発想の源にする美術作品には明確な基準があって、「有名なものからやる」というのがプロデューサーとの決め事の1つでした。幼稚園や保育園に通っているときに番組で観て、一度忘れてしまったとしても、また教科書で写真を目にするくらいの有名なもの。もしくは、展覧会で日本に来る可能性が高いものとか。あと決めていたのは、絵画だけでなく彫刻も建築も、あらゆる美術をまんべんなくやるということ。その2つの基準をもとに毎回プロデューサーと相談して、「これは歌にできますね」「これならアニメが作れますね」と言って選んでいました。例えば「人間がいっぱい登場する絵画だとアニメで描き切れない」なんてこともあるんですよ。
曲やアニメを考えるときには、私の中で理屈があって。美術作品にはどれも「ここを見てほしい」というポイントがあるんです。そのポイントを自分なりに見つけて、「私はここに気付きましたよ」「ここを見てほしいな」というのを歌にして共有する。ゼロベースで考えているわけではなくて、すでに練られた美術作品を見ながら「こんなことが言いたいのかな?」と感じたことを形にしてるので、ネタが尽きて困るということはないんです。
ただ、そのための適切な時間がないと苦しいですね。1曲にあまり時間をかけられない時期もあって、3年目くらいには「もうやっていけないかも」と思うこともありました。年に18本作っていましたから。次から次へと作らなきゃいけなくて、1つひとつの美術作品を深く知れないまま形にしないといけないとなると、罪悪感が強くなるんです。美大に通っていたとはいっても、当時の私は昔の美術にまったく興味がなくて、体系化された歴史の知識もなかったですし。でもその後、月1本に制作ペースを落としてからは、ちゃんと学んだうえで作ることができるようになりました。
逆に、知識がないからこそ先入観なく面白いものを作れたというのはあると思います。ただ、歴史上の美術作品を扱うと宗教的な面にどうしても触れることになるので、そこは気を使わなくてはいけません。信仰している人たちが嫌な気持ちにならないようにしなきゃいけないし、この番組が窓口になって初めていろんな神様に触れる子供たちもいっぱいいるので、変にネガティブなイメージを付けないようにしなきゃいけない。かといって信仰を勧める番組じゃないから、あくまでフラットな目線で作らなきゃいけない。その国々の信仰のことも理解しつつ、「世間の一般的な感覚」に作品を落とし込んで、そのうえで多くの人が「面白い」と思うものに仕上げるのってすごく大変で、本当に怖かったですね。本を読んでも書いてあることが難しいですし、私自身は信仰心がそこまで強くないから、共感が難しいものもありました。
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