それはそれで良い。
それが何故かをブラジル戦以降考えていたので吐き出しておきたい。
結論から言うと、「とにかく結果責任から目を逸らす」という点なのでは?と思い至った。
日本代表を、検証不能な成長物語として消費する文化に辟易しているのだ。
あえて諸条件を無視して結果だけを並べれば、2002年初のベスト16から24年間何も成果を上げていないのである。
日本人選手の実力は上がった。
おっしゃる通りだ。
だが結果は?
結果で見れば何の成長もしていないのだ。
この痛い現実からとにかく目を背けているように感じてならない。
「個人の圧倒的成長」
「世界を目指す」
「夢に共感」
「...会社の売上?アッ...それは別に伸びてないっスけど?」
まさにこんな謎のキラキラベンチャーの世界観に見えてならない。
それはそれで悪い事でもなんでもないのだが、キラキラベンチャーも25年経てば
「いい加減ムリあるやろ...。そのブランディング」
となるだろう。
美談が美談として機能するには、どこかで数字が伴わないといけない。
伴わないなら、少なくとも「伴っていない」という痛みを正面から語らないといけない。
「惜しかった」
こうした成長ストーリーを毎回のように結果責任の代替物として当てがわれることが、正直しんどくなってきている。
だが、それも戦犯探しと采配と個の質を経て、最終的に「サッカーが文化としてもっと日本に定着すれば!」という壮大でポエミーな結論に着地するのが通例だ。
もう恒例行事になっている。
この着地は本当に、本当にクソみてーだなと思っている。
結局そんなものは「誰かとか何かのせいにするのはやめようよ?」という責任回避にしか思えないからだ。
そうでなければ内輪向きのスローガンだろう。
もし本気の結論であるのならば、サッカー文化成熟度の指標をいくつか用意して数値目標でも設定し、毎大会検証すべきだろう。
だがそんな事をしてる人はついぞ見ない。
精々「欧州ではサッカー番組でコアな話をしていて〜」程度のものである。
話を戻そう。
結局、成長というストーリーを信じられないとついていけない構造となってしまっているのが日本代表だ。
そこに結果という肉付けがないゆえにストーリーが幻想に見え始めてきている。
もうスタートアップではないのだ。
成長しているなら結果以外の指標でもいいから、検証可能な形で示してほしい。
目標達成のために、どんな指標を重視して取り組み、その指標はどう成長し、どの程度足りなかったのか。
そんな形にならないのであれば、正直ついていける気がしなくなっている。
口が裂けても「成長してない」と言ってはいけないのであればいよいよカルトじみてくる。
界隈の外部に「ほら?見て!〇〇だから成長してるし今回はこのくらい狙えるよ!」と訴えかける必要性がなくなっているからだ。
そうなるといよいよ内輪で毎度お決まりの成長ストーリーでシコってるなろう系中毒カルト集団に見えてくる。
タチが悪いのは、4年に一度なんとなーく観るライト層の「感動した!」を内輪のストーリーへの共感と受け取る構図だ。
勝手に身内でシコりあってる分には気持ち悪いだけでいいが、その発情と射精を美しいものだと勘違いしている節がある。
大して仲良くない人が「四半世紀やってるキラキラベンチャー風会社で夢を叶える」と言っていても「凄い!頑張ってるね!偉い!」と言うだろう。
それと同じなのである。
もちろんだが、これはライト層が悪いのではない。
観て楽しんだから通過儀礼的に言う言葉を額面通りに受け止めるヤバさの話である。
Jリーグ発足から既存スポーツとの差別化で「ファンも当事者」という売り込み方をしてきた功罪だとは思うが、その実、非常に内向きなコンテンツとなっているのが日本代表なのである。
私はその内向きさについていけなくなってきている。
ムラの住民に敗戦の悔しさや、ネガティブな剥き出しの感情を"それっぽい言葉"でまとめられ、"成長の糧"として出力させられ、村民の勃起と射精に生の感情を使われていくのはあまりに苦痛なのだ。
補足)
これだけ悪様に言いたい放題言って保険をかけているように見えてみっともないが、個人的には今大会の成績は妥当そのものだと思っている。選手も監督も実力は十分に発揮した結果だろう。
なので今回「優勝が目標」と公言できてしまう事そのものが既におかしいと思っている。
これは48ヵ国中21位タイであり、スカッドパワーとして上位を狙える状態でないと考えているからだ。
無惨な負けを負けとして成長ポルノにせず、「負け」として大事に置いておかねばならないと思っている。
所詮ワールドカップは祭りだからなぁ 仕事じゃないんよ クソ高い給料払っているのはクラブの方で、そこでは仕事として失敗から学び改善してチームに貢献しないといけない 一方ワール...