photo by iStock
photo by iStock

オーバーツーリズムのリスク

彌彦神社事件のその後も紹介しておきたい。

事故の翌年、彌彦神社では事故の遠因になったと判断された花火やモチ撒きを一切やめ、警備に立ち会う警察官を増員。さらに消防団や青年団と連携し約200名が配備されるようになった。

また、一方通行だった参道も二手に分け、参拝客は表参道、帰宅客は裏参道を歩くなど動線が分けられた。たゆまぬ努力の結果、彌彦神社では同様の群集事故は以後発生していない。

事件から6年後の1962年(昭和37年)には境内に「彌彦神社事件の碑」が建立されており、痛ましい事故を現在に伝えている。

photo by iStock
イメージギャラリーで見る
-AD-

その後も国内では、1960年(昭和35年)3月の「横浜歌謡ショー将棋倒し事故(死者12名)」や、2001年(平成13年)7月の「明石花火大会歩道橋事故(死者11名)」など、凄惨な群集事故が繰り返されてきた。ただ幸いなことに、令和の時代に入ってからは国内で大きな事故は発生していない。

だが、オーバーツーリズムが騒がれる昨今、いつどこで群集事故が発生するか分からない。我々にできることは歴史に学び、同じような悲劇を繰り返さないことだけである。

——

【さらに読む】〈新宿駅で見つかった「7体の腐った赤ちゃん」…笑顔で子どもを引き取る元警察官が次々殺していた〉もあわせてお読みください。

【この記事をはじめから読む】<「押すな、押すな」の声の直後に124人の初詣客が圧死…新潟の有名神社を地獄に変えた「阿鼻叫喚の参道」>

【参考文献】
・朝日新聞
・読売新聞
・新潟日報
・中川洋一『餅まきが原因ではなかった!! 彌彦神社事故の真実』(近代消防社、2021年)

\現代ビジネスの記事を見つけやすく/
Google検索で優先表示

おすすめ記事