ピアノの先生の家のレッスン室に月下美人があった。「これいつ咲くの?」と聞いて「夜にだけ咲くんだよ。」と言われて「じゃあ私は見られないんだ」ってちょっとがっかり。
しばらく経った日の夜に突然家の電話が鳴って「月下美人が咲いたよ。見においで!」と言われて母に許可もらい先生の家に行く。
暗いレッスン室に入ると、いつも葉しかなかった植木に白くて大きな花が咲いていた。窓のカーテンを開けると月明かりか街灯かわからないけどうっすら光が入って、白い花に反射して綺麗。夢中で眺める私に声をかけることはせず、先生は後ろのピアノでドビュッシーの『月の光』を弾いてくれた。まだ早いよと言われても「この曲が弾きたい」とわがままを言って困らせた『月の光』
今思うと本当に嫌な生徒だったなと思う。レッスンのたびに幼稚園や学校であった話をずっと話したり「今日は(も)ピアノは弾かないよ」と言って先生とお茶をしたり先生の伴奏で歌を歌ったりするばかりの生徒。
それでも先生は私の話しや興味のあることにとことん付き合ってくれた。
小学校の卒業式でピアノの伴奏をすることになったよと報告したらびっくりするくらい喜んでくれた。
今思うと、先生は私が楽しくピアノを弾くための準備を何年もかけて用意してくれていたんだな、と思う。それから中学生のときに合唱祭の伴奏をするたびに先生は張り切ってレッスンしてくれた。
高校受験が忙しくなるからとレッスンを辞めるときに「どうかずっと音楽を好きでいてね」と、先生は月下美人の押し花をくれた。
初めて触れた音楽が先生と一緒じゃなかったらこんなに音楽を好きな人生を歩んでいなかったと思う。私の人生を作ったのは紛れもなくピアノの先生。
そんな先生が引退されるとのことで、小さなコンサートを実施することになった。「⚪︎ちゃんにも出てほしいな」と言われたけれど、今はピアノを十分には弾けないし、他の楽器も人に聞かせられるような状態じゃない。「歌ってくれたらいいよ。あの時みたいに。」と、先生は言う。
歌こそ人に聞かせられるレッスンを受けているわけでもない。流石にお断りして、観客として行こう、と返信をしようとしたときに、ポポンと通知音が鳴る。
「これは私のわがままなんだけど、音楽が好きな人がたくさん育ったよって実感したいんだ!」
そう言われたらやるしかない。だってここにも1人、先生のおかげで音楽が好きな人間が生きているのだから。
良い人生だなぁ
ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい。
聴いてください。夢は夜開く
おばさん、もう閉経した?