宮本礼子・長谷川佑子「日本とこんなに違うスウェーデンの高齢者医療・介護」
医療・健康・介護のコラム
延命を選ばないスウェーデン人 延命される日本人 死が近いことを本人に伝える国と伝えない国の対照的な最期
認知症であっても気持ちを伝えられる人も
(宮本礼子 内科医師)日本では、死が近い人には死の話をしない傾向があります。そのため、本人には聞かずに、医療者と家族が延命医療を行うかどうかを決めています。もちろん、死が近くなると、多くの人は自分の気持ちを伝えられなくなります。しかし、次の2人のように、認知症であっても伝えられる人がいます。私が主治医だった2人の入院患者さんの例を紹介します。
[「もう構わないで」と言った90代女性]
食べられなくなった90代の認知症の女性に、家族が強く、人工栄養(高カロリー点滴や経管栄養)を希望しました。人工栄養で延命した場合、自力で 痰 を出せないので痰の吸引で苦しみ、栄養の管を抜く場合は手足が縛られることを家族に説明しましたが、家族の希望は変わりませんでした。本人は私が声をかけてもいつも無言だったので、人工栄養の話をしてもわからないだろうと思い、あえて説明しませんでした。
しかし、人工栄養のために転院する車の中で、看護師が転院の理由を伝えると、「私のことはもう構わないで。病院を移りたくない。恐ろしい」と言ったそうです。もし私がスウェーデンの「ブレイクポイントミーティング」のように、家族のいる所で本人の希望を聞いていたならば、家族の考えは変わったかもしれません。反省するところ大です。
[胃ろうを断った80代女性]
80代の認知症の女性は食べる量が少なくなり、息子さんは母親に胃ろうからの栄養を希望しました。本人は普段「食べる」「もういい」等、片言しかしゃべりませんでした。そのため、胃ろうの話をしてもわからないだろうと思い、私はあえて説明しませんでした。
しかし、胃ろうを造るために転院する日、何も説明していないことに気が引けました。そこで理解できないことを承知の上で、介護タクシーのストレッチャーに横たわる本人に胃ろうを造る話をしました。すると驚くことに、「私、行きたくないです。ここで、ごはん、ちゃんと食べます。年だから、もうそんなことはしたくないです」とはっきり言いました。
息子さんも私たちもびっくり。本人がまさか理解するとは思っていなかったからです。結局、息子さんはお母さんの気持ちを受け入れ、胃ろうを造らずに、口から食べるだけ飲めるだけとしました。その7か月後、眠るように亡くなりました。
本人に伝えなければ決められない
このように、死が近い認知症の人でも、どのように最期を過ごしたいかを言える人がいます。死が近いことを伝えるのはつらいことですが、伝えないことには、本人は人工栄養、人工透析、人工呼吸器装着等を行うか、行わないかを決められません。スウェーデンでは、死が近いことを本人に伝え、延命されるか、されないかを本人が決めます。
日本では、高齢者の場合、医療者と家族が医療の内容を決めることがほとんどです。しかし、どのように人生を締めくくるかは本人の問題です。医療には本人の意思を反映させるべきです。最近わが国でも、アドバンス・ケア・プランニング(ACP=人生会議)(※)を行い、終末期医療で本人の意思を尊重することが勧められていますが、その取り組みはまだ十分ではありません。
誰にでも、いつかは死が訪れます。その時のために、私たちは日頃から、どのように最期を迎えたいのかを家族や医療者に伝え、書き残しておきたいものです。
※将来の医療や介護について、本人、家族、医療・ケアチームが話し合うこと。
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