「ヤニ」系アニメは、喫煙所をガラス越しに見る感覚で楽しむ
去年、「最近のアニメって妙にタバコを吸うシーンが多くないか」という話を書いた。それが最近は「なぜか」と言えないレベルになってきた。
今期の夏アニメ(7月〜)で、タバコそのものがタイトルになってる作品が2本ある。
『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』と『ヤニねこ』だ。
世の中の、タバコに対する目線が変わった…ということは全くなく、相変わらず世間からの目は厳しい。厳しいを通り越して冷たい。
逆に、だからこそ起きている現象、みたいな気もする。
去年、「アニメだと平気でタバコって出てくるよな」と感じてたころは、たとえば特徴的なキャラをつけやすい、とか、演出的に、考え込んだり間を作ったりする演出にも便利だから、くらいの意味合いだったが、最近のはそれとはまた違う。
「徹底的にダメなもの、という前提があるから題材になり得る」ということだ。
この辺はもうタバコとも呼ばずに「ヤニ」と言ってることからもわかる。
かなり自虐的というか、世間からどう見られているかを、そのまま引き受けた呼び方だ。
囲われた煙もうもうの喫煙ルームをガラス越しに見ている感覚。まさにアレだと思う。なぜあんなところに入っていくのか。それでもやめられない人の気持ちがわからない。臭い。気持ち悪い。…なのになぜか見てしまう。
たぶん、それと同じような感覚で観られるアニメだと思う。
僕らのような、タバコ当たり前、で育った世代からするとタバコは、「かつて普通にあったものが徐々に規制されて絶滅寸前」という感覚だが、最初から「許されざる者」として見ている人たちからすると、「経験するはずのない世界」なわけだ。
大袈裟に言うと、異世界扱いである。
今の若い人にとって喫煙は、「昔は普通だった文化」ではなく、「最初から自分の世界には存在しないもの」なのかもしれない。
自分たちがそこにいないからこそ別世界として面白がることができる。
身近なダークサイドなのだ。
かつては子供向けで、ちょっとはみ出すと教育上うんぬんと言われたものだが、今は、アニメこそ「ボーダレスな世界をいちばん描ける媒体」になっている。
いろんなコンテンツが「不適切」と戦う中で、今、アニメは不思議なポジションを確保している。
現実の制約が強くなるほど、フィクションの役割はむしろ広がる。その意味では、日本のアニメは世界的に見ても珍しい場所なのかもしれない。
もちろん規制がないわけではないし、野放しに何でもやっていい、とは思わない。その上で、失敗することを恐れずに、尖った表現にトライできる、数少ない場所になっていることも確かだろう。
ダメならダメで変えていけばいい。そのくらいの無謀さを許せる場所が、今は案外少ない。



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