《組長のボディガードを射殺》神戸山口組のヒットマンが9年の逃亡からついに逮捕…「まあ悲惨の一言です」元極妻が明かす“潜伏生活のリアル”とは
病気で衰弱死…倉庫の衣装ケースの中で発見
実名で生活できず、シノギもできず、ずっと同じところに住んでいると怪しまれるのでアパートなどを転々としますが、契約は自分ではできないので、協力者の名義です。病気になっても健康保険を使うと足がつくので、おちおち病院にも行けません。 1997年に発生した五代目山口組の宅見勝若頭射殺事件では、その実行犯の一人、鳥屋原精輝(とりやばら・きよてる)組員が衰弱死しています。糖尿病などが悪化していたとみられていますね。神戸市内の倉庫で衣装ケースに入れられた状態で発見されましたが、遺体の体重は34キロ、歯はほとんどなく、床ずれもあったそうです。 鳥屋原組員と一緒に潜伏し、看病もしていた財津晴敏元組員は、16年間の逃亡生活を経て逮捕され、裁判で「正直、逮捕されてホッとしたところもあります」と明かしたことが報道されました。逮捕当時35万円くらいの現金を持っていて、生活には困っていなかったようですが、報復におびえる毎日だったそうです。
「口封じで殺害」はできない
菱川組員はまったく消息がつかめず、「口封じで殺害された」という説が有力でしたが、私はそれはないと思っていましたね。 ヒットマンは組にとって「功労者」ですから、逃走資金を提供して残された家族の面倒を見るのは当然です。そうじゃないとヒットマンをやる人がいなくなっちゃうし、無理矢理やらせて逮捕されたら「〇〇に指示されました」とかぜんぶウタっちゃいますよ。 これは、私の持論じゃなくて、「元・山口組顧問弁護士」の山之内幸夫先生もおっしゃっています。というか、「そもそも神戸山口組にヒットマンを殺せる人材はもういない」そうです。 いずれにしろ「ヒットマンはつらいよ」ということです。 【プロフィール】 待田芳子(まちだ・よしこ)/本名・出身地もろもろ非公開の元極道の妻。広域系三次団体組長だったオットが獄死。その後は普通のオバサンとして生きようと思ったのに、暴力団排除がひどすぎで声を上げずにいられなくなり、いろいろ発信している。著書に『極姐2.0』(徳間書店・2018年)がある。