誤情報と外国人嫌悪が結びついた「アフリカ・ホームタウン」事業撤回
撤回された「ホームタウン事業」
2025年9月25日、国際協力機構(JICA)は「アフリカ・ホームタウン」事業を撤回することを発表した。田中明彦理事長は記者会見で「誤解に基づく反応が広がり、自治体に過大な負担が生じる結果となった」と説明している。
本事業はアフリカ諸国と日本の自治体を結び、国際交流やインターン受け入れを促進する試みであった。
しかし、SNS上では「移民の受け入れを促進する」といった虚偽の情報が拡散し、JICAや自治体への批判が高まった。田中理事長は「国外での誤った報道が発端となり、国内でも誤解が拡大した」と述べ、自治体への謝罪とともに撤回を決断した。
このニュースは、誤情報の拡散と外国人に対する嫌悪感が結びつき、社会的圧力として政策決定に大きな影響を及ぼした事例であるが、SNSなどでの誤情報の急速な拡散が問題となっている今、精緻な心理学的検討が必要だろう。
誤情報の拡散メカニズム
今回の事例では、事業の趣旨が「国際交流」であったにもかかわらず、「移民受け入れ事業」と誤解され、SNSで一気に拡散した。この過程は、Cohen(1972)のいう「道徳的パニック」概念に合致する。
これは、社会の一部集団(この場合は外国人や移民)を脅威として認知し、その脅威の認識が不安感情と結びついて、メディアやSNSを通じて増幅され拡散される現象である。
近年の研究は、SNSにおいては、虚偽情報が真実の情報よりも速く拡散する傾向を示している(Vosoughi et al., 2018)。今回の誤情報も、人々の恐怖や嫌悪を刺激する単純な言説が、正しい情報や公的な説明を無視して、「真実」として流布し炎上した。
この過程では、「確証バイアス」が作用した側面が大きい。外国人流入に否定的な態度を持つ人々にとって、「政府やJICAが移民を推進している」という言説は既存の不安や偏見を補強するものとして受け入れられやすい反面、それに反する正しい情報には聞く耳を持たなくなる。このような極端なフィルターとして働くのが確証バイアスである。
なぜ誤情報が力を持つのか
誤情報は単なる虚偽ではなく、人間の心理的欲求に訴えるため強い力を持つ。まず、進化心理学的観点からは「外集団への警戒」が基盤にある。社会的アイデンティティ理論(Tajfel & Turner, 1979)が示すように、人々は内集団を守るために外集団に脅威を見出す傾向がある。この脅威を裏づける「移民流入」というワードは、たとえ虚偽であっても直感的に脅威として受け入れられ、不安のシグナルを鳴らす。
さらに、Finucane(2000)が指摘する「感情ヒューリスティック」の影響も大きい。これは、情報の正誤を理性的、論理的に吟味することなく、感情的反応に基づき判断を下す傾向のことをいう。
外国人が大量に流入し地域社会に混乱をもたらすというイメージは恐怖や怒りを喚起し、冷静な情報精査を妨げる。結果として「感じたこと」が事実以上に説得力を持つようになる(Lewandowsky et al., 2012)。
誤情報に飛びつきやすい人と外国人嫌悪の共通心理
誤情報を信じやすい人と外国人嫌悪を抱く人の心理には、いくつか共通の構造がある。
第一に「曖昧さへの不耐性」がある(Greco & Roger, 2001)。社会変化や経済不安のなかで、曖昧で複雑な事実よりも、「移民増加は問題だ」「日本が大変なことになる」「治安が悪化する」という単純な説明に飛びつくことで、不確実な世界が理解できたような気持ちになる。
これは「メディアフレーミング」の観点からも説明可能である(Entman, 1993)。JICAの施策を「移民推進」と単純化してフレーミングすることで、受け手の認知が大きく歪められるに至ったといえる。
第二に「権威主義的パーソナリティ」(Adorno et al., 1950)の傾向を持つ人々は、単純な善悪二元論を好み、外集団への敵意を強め、非人間化してとらえやすい。これにより、外国人は「リスク」として単純にとらえられ、社会的共感が阻害されることとなった。
Haslam(2006)が論じたように、こうした「非人間化」の心理は差別や排斥行動を正当化する温床となる。
権威主義的パーソナリティという概念は、そもそもナチスドイツを熱狂的に支持し、ユダヤ人を排斥した中間層の人々のパーソナリティの研究から生まれた概念である。
第三に「相対的剥奪感」(Walker & Smith, 2002)がある。経済的に自分が不利益を被っていると感じる人々は、その原因を外国人や外集団に転嫁し、スケープゴート化する傾向があり、誤情報はその感情を正当化する役割を果たす。
このように、誤情報の盲信と外国人嫌悪は、既存のパーソナリティ傾向に加えて、「不安や不満の処理」という心理的基盤を共有している。今回の事例は、このような心理的メカニズムによって急速に拡大し、大きなうねりになってしまったのだといえる。
SNSで拡大しやすい「ゆがんだ正義」
SNSで拡散された誤情報は、個々人の偏見を強化するだけでなく、集団的行動を誘発した。Sunstein(2001)の研究が示すように、オンライン空間は同質的な意見が集まりやすく、分極化を加速させる。
今回のケースでは、「移民反対」という主張が部分的な個人の不安を超え、「国や地域を守る正義」として表象された。
Blee(2007)が指摘するように、ヘイト的言説が組織化された集団行動に結びつくことは、民主社会における深刻なリスクである。つまり、誤情報が同じような傾向を持つ人々をたやすく結びつけ、「集合的逸脱行動」の触媒として機能したといえる。
まとめと対策
今回のJICA事業撤回は、誤情報が既存のパーソナリティ傾向を有する人々の外国人嫌悪と結びつくことで社会的圧力を生み、政策を左右するに至った例といえる。
これは単なる広報上の問題ではなく、人間の認知バイアスや社会的アイデンティティ、剥奪感といった心理的要素に深く根差した現象である。
一旦炎上すれば、どれだけ言葉を尽くして説明しても彼らは聞く耳を持たない。なぜなら、「信じたいことだけを信じる」確証バイアスによって動かされているからだ。そして、「嫌悪」「不安」のような「感情」をよりどころとして動いているからだ。彼らは、公的な情報や説明よりも、感情的な言葉で誤情報を垂れ流すインフルエンサーの言葉を信じるのである。
対策として心理学的視点からは、①曖昧さや不確実性への耐性を高める教育、②多様なアイデンティティを肯定する社会的環境、③不公平感や剥奪感を軽減する政策の実施が不可欠である。
また、炎上してからの広報ではなく、炎上する前に、あるいは事業のアナウンスをする前に、キーワードへの嫌悪、説明の仕方の影響などを心理学的にマーケティングすることも必須だろう。
たとえば、今回でいうと「ホームタウン」というキーワードが誤解や嫌悪感を招いた一因だと思われる。それは永続的で定住するといったイメージをたやすく喚起してしまうからだ。単純に「アフリカ人材育成プログラム」のような言葉のほうが正確であるし、ニュートラルであり、一時的な政策だととらえられただろう。ほかにも、短い説明文やシナリオを提示して、人々の選好を問うような実験は心理学ではよく行われる。
今回のような事例は、昨今、規模の大小を問わず頻発している。誤情報対策を正すファクトチェックも重要であるが、それは誤情報を信じている人々には届かない。したがって、心理的背景と結びつけた包括的戦略として対策を設計することが求められる。
主な文献
Adorno TW et al.(1950). The authoritarian personality. Harper.
Blee KM (2007). Journal of Contemporary Ethnography, 36(2), 119–128.
Cohen S (1972). Folk devils and moral panics. Routledge.
Entman RM (1993). Journal of Communication, 43(4), 51–58.
Greco V & Roger D (2001). Personality and Individual Differences, 31(4), 519–534.
Finucane ML et al. (2000). Journal of Behavioral Decision Making, 13(1), 1–17.
Haslam N (2006). Personality and Social Psychology Review, 10(3), 252–264.
Lewandowsky S et al. (2012). Psychological Science in the Public Interest, 13(3), 106–131.
Nickerson RS (1998). Review of General Psychology, 2(2), 175–220.
Slovic P (2007). The perception of risk. Earthscan.
Stephan WG & Stephan CW (2000). In S. Oskamp (Ed.), Reducing prejudice and discrimination. Lawrence Erlbaum.
Tajfel H & Turner JC.(1979). In WG Austin & S Worchel (Eds.), The social psychology of intergroup relations. Brooks/Cole.
Vosoughi S et al. (2018). Science, 359(6380), 1146–1151.
Walker I & Smith HJ. (2002). Relative deprivation: Specification, development, and integration. Cambridge University Press.