「ゲンコツ。手加減はしていました。自分も虐待を受けたのでこれくらいなら大丈夫だろうと」 2歳長女を虐待・“放置”死させた罪 妻とともに問われた父親が法廷で語る 動画の「仲のいい家族」からかけ離れた実態
関西テレビ配信
コメントを書く
自分のコメント(マイページ)コメント384件
- おすすめ順
- 新着順
このコメントを削除しますか?
- このユーザーのコメントを非表示にする今後このユーザーのコメントは表示されなくなります
- このコメントを報告する
子供は、サンドバッグになるために生まれてきた訳ではない。自分が虐待された復讐を抵抗できない2歳の子供にぶつけて晴らしていたのでは。 なぜ子供を作るのか理解に苦しみます。 この子が受けた恐怖、痛み、餓え、寂しさ、絶望に亡くなる迄一人耐えていたのかと思うと可哀想で仕方がないです。 実子への暴行や傷害致死は非常に軽く、 新生児を殴り倒して寝たきりから回復見込みがない状態にさせた両親は判決4年、 先日肝臓を真っ二つに分断させた傷害致死事件は父親に判決7年。 この事件も判決6年〜7年程度で、実質4、5年で出てくるのではないですか。 どうやったら家庭内殺人から子供たちを守れるのか。
ログインして返信コメントを書くこのコメントを削除しますか?
- このユーザーのコメントを非表示にする今後このユーザーのコメントは表示されなくなります
- このコメントを報告する
被虐待児として育ったら常識では考えられない思考や感情が起こり得る。自分もそう。人よりも、暴力や暴言のハードルが異常に低い。それが当たり前で育っているから、そもそも暴力や暴言という認識すらないこともある。そして、気付けば自らも虐待を行うようになっている。 だから、こういう人間は普通の人の何倍、いや何百倍も自分を律する精神力や覚悟がないと子どもをもつべきではない。死ぬまで自分を強く律して、常に客観視することができて初めて子どもを育てられる人間になる。
ログインして返信コメントを書くこのコメントを削除しますか?
- このユーザーのコメントを非表示にする今後このユーザーのコメントは表示されなくなります
- このコメントを報告する
虐待サバイバーです。 自分が親と同じことをすると思うなら、始めから子どもを作ってはいけない。 私はどうしても子どもを産みたかったから、周りの良いお母さんの真似をしまくりました。 そのために毎日公園や児童館に通いました。 愛情深いお母さんの映画とかも、真似しまくりました。 自分の根底に染み付いて、自然にできるようになるまで、必死にお母さんを演じ続けて、いつの間にか自然と毎日我が子を抱きしめてキスしてウザがられるお母さんになりました。 暴力以外の解決方法が分からない、キレそうなときは、トイレにこもって一人で自分を殴って、子どもの頃の痛みを思い出しました。 虐待の連鎖は絶対起きるわけではない。 家庭内に良い見本がなくても、自分がやられたことが正しくないんだということはわかるはず。 …虐待された過去を言い訳にするのは、許せません。
ログインして返信コメントを書くこのコメントを削除しますか?
- このユーザーのコメントを非表示にする今後このユーザーのコメントは表示されなくなります
- このコメントを報告する
胸が締め付けられるような思い。 小さな子供は言うこと聞かないしわがままだし、自分もイライラすることは多々あるけど、思わず怒ってしまった後はギュッて抱きしめるようにしてる。抱きしめながら傷つけることはできないから。でも同時に罪悪感に苛まれる。 この両親は子供を持つべき人間ではなかった。と思う。
ログインして返信コメントを書くこのコメントを削除しますか?
- このユーザーのコメントを非表示にする今後このユーザーのコメントは表示されなくなります
- このコメントを報告する
連鎖する。は違うと思います。連鎖すると言えば虐待しても仕方ないと、逃げ場を作る都合の良い言い訳です。虐待が1番静かになるし、簡単に従えさせられるからです。そんな親になりたくない。そんな大人になりたくないなら、いくらでも変えれるチャンスはあるし、見本も沢山あります。1番楽に従えさせれる虐待を小さな我が子に両親で選んだのです。
ログインして返信コメントを書くこのコメントを削除しますか?
- このユーザーのコメントを非表示にする今後このユーザーのコメントは表示されなくなります
- このコメントを報告する
同じ小さい子供をもつ親としてこういうニュースは見る度にとても悲しく、同時に加害者の親にとてもとても強い怒りが込み上げる。 子供は親が全てであり逆らえずとても辛かっただろう。まして2歳なんてしっかり意思表示が出来なくて当たり前だし泣いたり煩くて当たり前。 少しづつ色々な事を覚えて学んでその成長を見てとても嬉しく幸せになるというに、、 こういうやつらには本当に同じ思いをしてほしい。 より重い処罰を切に願う。
ログインして返信コメントを書くこのコメントを削除しますか?
- このユーザーのコメントを非表示にする今後このユーザーのコメントは表示されなくなります
- このコメントを報告する
どうして何の罪もないこんな幼い我が子にこの様な残忍な事が出来るのでしょうか?この方々のメッセージのやり取りなども本当に目を疑う物ばかりで、許せるものではありません。立派な殺人です。 重い処罰をお願いします。
ログインして返信コメントを書くこのコメントを削除しますか?
- このユーザーのコメントを非表示にする今後このユーザーのコメントは表示されなくなります
- このコメントを報告する
「保護責任者遺棄致死」などではなく、傷害と未必の故意による「殺人」だと思う。 親子であっても子供は親の持ち物ではなく「ひとつの人格」として捉えて、他人の子供を殺したのと同じ扱いにするべきだと思う。 もういい加減に判例主義とかにとらわれるのを止めるべきだし、量刑も国際基準に近づけるべきだと思う。
ログインして返信コメントを書くこのコメントを削除しますか?
- このユーザーのコメントを非表示にする今後このユーザーのコメントは表示されなくなります
- このコメントを報告する
このような話を聞くたび、胸が痛いです。自分も兄に殴られていて、婿養子の父はほとんど注意してくれず『もっとやれ!』とわらっていました。 被害者の幼児は、まだ小さいのに可哀想過ぎます。私みたいに生き残っても。虐待された記憶はトラウマになり今でもうなされて苦しんでいます。次、生まれる時には絶対!優しい家族の元に生まれて
ログインして返信コメントを書くこのコメントを削除しますか?
- このユーザーのコメントを非表示にする今後このユーザーのコメントは表示されなくなります
- このコメントを報告する
100年前も、もっと昔も、同じような人間はいました。 人殺しは今に始まったことではなく、これからも完全になくなることはない、人間の闇の本能なのかもしれません。 ただ、まだこんな小さな子どもを、という思いを考えると、国民感情としては死刑以外の選択肢がない、そのために死刑という制度があるのだとも言えるでしょう。 短い人生だったけれど、どうか天国で、みんなとたくさん遊んでください。 遊び疲れたら、もう一度、人間の世界を選んで生まれてきてね。
ログインして返信コメントを書く