そこに在るのは
認識阻害の呪いにかかってお互いのことが認識できなくなった日車さんと日下部さんのお話。全体的に重めですが最終的にはハピエンです。独自解釈と捏造設定ありのいつものごとく何でも許せる方向けです。
表紙はこちらからお借りしました:ぴよ様(illust/47543180)
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「無事か日、――……っ!?」
呼びかけようとして声が詰まった。自分はいま誰を案じて振り返ったのかと、日車は一瞬戦場を忘れた。
奇怪な報告を受けての任務だった。場所はホラースポットになっていたという廃遊園地。近付いた者には擦過傷などの明確な被害が出るにもかかわらず、その場所を調査しても何も見つけられない。否、正確にはいるはずなのに認識できないまま退避を余儀なくされるという。
事実であれば雲を掴むような話だと、零したことは覚えている。
「く、……!」
キき、キと耳障りな音を立てながら数多のガラスと鏡面に覆われた鏡の呪霊が破片をこちらに飛ばしてくるのを地を蹴って躱す。報告とは打って変わった状況だった。元凶に相違ない呪霊本体も、周囲一帯に広がる歪に拡張したミラーハウスのような未完成な生得領域もありありと見て取れる。受胎から変態して間もないのか、攻撃も破片や大振りの鏡の投擲を中心とした単調なもの。おかしな挙動は数十秒前の一度だけだ。
(あの光は何だったんだ?)
鏡の装束の中央部が嫌な光を放った瞬間、確かに日車は誰かを案じて隣を振り返ったはずなのだ。だが、その何者かはいま、どこにもいない。違和感を追い続けさせてくれるほど、呪霊はおとなしくはしてくれなかった。光の連発はできないらしいことはまだ救いだろう。白昼夢でも見せられた気分のまま、向かってくる破片を身をしならせて避け、一際大きな鏡が転がり襲うのを日車はガベルで叩き壊した。
少し離れた場所で別の破砕音がしたのはその時だった。
「誰かいるのか?!」
返事はない。ただ不思議なことに、呪霊からの攻撃がないまま、その場所の鏡壁がガチャンと割れた。謎の第三者からの危害が向けられないのを察して日車も背後の壁に罅を入れる。間違いない、いるのだ。
非戦闘員である可能性は鏡壁前に散らばった攻撃を打破した残骸を元に除外する。性別も体格も武器とするものもわからないが、呪霊を挟んで反対側にいる点と、敵の攻撃や防御がほぼ鏡片のみによる点が幸いした。踏み出す足に迷いはない。
(過度な拡大は避ける。投擲も最終手段。杖術を基本とした運用ならば巻き込む恐れは減るだろう)
頭の中で組み立てながら薙刀状まで伸ばしたガベルで鏡の外殻を叩き割っていく。
先の嫌な光は装束の中央、鏡同士の隙間が開いて放たれた。つまり、呪霊の核はあくまでこのガラスの鎧の中だ。透明人間の戦闘手段はわからないが、砕く術を持つ自分がまず動くことで情報伝達も兼ねられればいいと日車は割った端から湧いて出る破片に再び槌を振り下ろす。
恐らくは、いくら割り続けても再生を繰り返すだろうことは読めていた。再生の隙間を縫ってガベルの頭部を縁に掛け、肩から背負い投げるように引き剥がしにかかる。
「――ぐ、っ!?」
覿面らしかった。ギぎギギッ、と甲高く呪霊が叫んだと思うと、脇腹に鈍い痛みが走り、衝撃のまま吹き飛ばされる。核の部分から最後の手段とばかりに伸びた触手によるものだと理解する間に壁へと背がぶつかった。刺さる破片に顔を顰めるより先、追撃にと鏡の鉤爪を纏いながら襲うそれに迎撃を、と手の内を握りしめる。
キン、と高く鋭い音と共に、敵の攻撃が触手ごと断ち切られたのはその時だった。
(刀――?)
思考がそこでずるりと滑る。その間にも敵が繰り出す棘の付いた触手が次々と中空を舞う。鎧の再生する隙を与えない斬撃の速度に相当の手練れだと理解するのに、肝心のものが掴めないまま。そんな正体不明の存在に庇われている事実だけがいやに重く感じた。
(背中を、見せていいのか。こんな得体の知れない者に)
日車がここで下手な動きをしたならば同士討ちになることを、目の前の透明人間が把握していないはずがない。考えなしなら最初の位置確認すら成されないまま自分は膾にされていただろう。
(君は、いったい――、ッ!)
ギィン! と一際響いた音と、断たれずに跳ね上がるそれまでと色の異なる触手に、忘れかけた戦闘を思い出す。気がつけば、壁際から呪霊は随分と距離をあけていた。刀使いの間合いは正確には判ぜられないが、これだけ離れているならばと、空気の面を足にかけて日車は敵の背後へ回った。
(倒せばわかる、か?)
そのままガベルを鞭状にして、防壁を剥ぎ取られ、内膜も削られて核本体で抗う呪霊を拘束する。拘束の隙間から最後の抵抗が奔るがその一端が日車に届くよりも先に、真っ二つに裂かれた呪霊の絶命の叫びが響いた。