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指先の温もり/Novel by おもちライダー(雑多)

指先の温もり

4,765 character(s)9 mins

敬愛する相互様がXで呟かれた内容を元に書かさせていただいたお話。
問題があれば削除します。

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 2018年12月31日。あの悪夢のような決戦から初めて迎える年末だが特に祝い事をする訳でもなく戦いで消耗した術師たちは呪術高専東京校にその身を寄せていた。最大の障壁であった宿儺や羂索を倒したとはいえ片付けなければならない厄介事はまだまだある。落ち着く暇もなく傷が癒えて動けるようになった者から次々に行動に移していたが今日は朝からゆったりとした時間が流れていた。あの戦いから生き残り新たな年を迎えるという事実が誰かが言い出した訳でもなく自然とそうさせていた。
 日下部もそのうちの一人である。毎日面倒くさいと言いながらも誰よりも前に出て事態の収束へと忙しなく動いていたが今日はゆったりとした調子で廊下を歩いていた。大きな欠伸を隠そうともしないその様はすっかりと気の抜けた中年そのものだ。禁煙用の飴の棒を咥え歯で器用に上下に揺らす。三輪がいたら「ガラが悪いですよ」と遠慮なく言われているだろう。
 眠そうな眼をそのままに日下部はその歩みを進めていた。その迷いの無さから目的地は決まっているのだろう。長い廊下を進みとある部屋の扉の前で立ち止まった。ここは元々は久しく使われていなかった空き教室であったが医務室に近いこともあり今は療養が必要である日車に宛てがわれている。個室を与えられることについて日車は固辞していたが今の時点で最も重症である怪我人相手に必要な対応であるという意見と家入からの「医者の言うことは大人しく聞け」という言葉に反論する口を閉じた。土壇場に反転術式を習得したお陰で日車は命拾いをしたが左腕は途中で意識を失ったことで不完全な再生で終わり、その後の家入からの反転術式による治療で何とか失わずに済んだのだ。通常であれば術師本人の意識が戻れば反転術式を行い残りの治療をするのだが意識不明の状態が長かったせいか日車は今以上に左腕を治すことが出来なかった。
 幸いなことに自然治癒と定期的に家入や乙骨からの反転術式を受けることで完治するらしい。日車自身は実力不足で余計な手間をかけさせると申し訳なさそうにしていたがこちら側からすれば術師になってたったの数ヶ月で反転術式を習得しておいて実力不足もクソもあるか、である。
「日車。入るぞ」
 ノックもせずにガラリと扉を開けて部屋に入ればそこにはベッドの上で横になっている日車がいた。特に何かを言う訳でもなく緩慢な動きでこちらを見上げてくる。その様子に片眉を上げながらベッドへと近づいた。
「何の用だ」
 近づいた日下部に日車は小さな声でそう問いかけた。いつもは大きく開かれている目が今は半分ほどしか開かれていない。声に覇気がなく起き上がる素振りも見せない。礼儀を重んじる日車がここまで無防備な姿を見せていることに対して珍しさを感じると共に体調の悪さを伺える。
「着替えの補充と包帯の交換だよ」
 日車からの問に左手に持っていたビニール袋を持ち上げてゆらゆらと揺らしながら答える。あいにくここには学生たちの予備の制服とスーツの替えしか置かれていない。元々高専に所属していた術師たちは各々が持っていた服でどうにかなるがろくな物資も持たずに途中から合流した日車はそういう訳にもいかなかった。怪我人に締め付けがある服は推奨できないと家入からも言われているため取り敢えずの対応として日車よりも体格が良い日下部の着替えを貸し与えている。袋を見た日車は小さく「そうか」と呟き起き上がろうとしたため右手でそれを制止する。それに小さく眉を寄せはしたが抵抗することもなくまたその身をベッドへと沈めた。体の位置を落ち着かせるのを待ってから日車の首元へ手の甲を当てる。少ししか触れていないのに明確な熱さが伝わってきた。
「無理に起き上がらなくていい。それよりも熱が上がってるな。いつからだ? 左腕とかそれ以外に痛みはあるか?」
「今朝からだ。体が怠くてベッドから動けていないから体温は測れていない。痛みは問題無い」
 正確な体温を把握するべくベッドから少しだけ離れた場所にある机の上に置かれてある救急箱へと手を伸ばす。その中から体温計を取り出すついでに包帯の交換時に使うテーピングも取る。中身を確認し補充が必要な物を記憶しながら救急箱の蓋を閉じてまたベッドの傍へと戻る。掛布団を捲り右脇へと体温計を挟むのを補助しながら引っかかった言葉に追及した。
「俺は痛みはあるかどうかって聞いてるんですけど? 家入に診てもらうか?」
「その必要は無い」
「次答えなかったら虎杖呼ぶぞ」
 あくまでも明確に答える気がない日車に対して虎杖の名前を出す。そうすれば慌てた様子で答える事を知っているからだ。
「痛みは無い。寝る前に飲んだ鎮痛剤がまだ効いてる。本当だ」
 ほうら、やっぱり。内心でこの野郎と思いながらもそれを口に出すことはせず体温計の音が鳴るまでの間に持ってきた着替えを袋から出してカゴの中へと入れる。
「最初からそう素直に答えなさいよ。隠したりとかすると後々面倒なことになるなんてここ数日で分かりきったことだろ」
「隠しているつもりはないのだが……面倒になるということに関しては同意だ」
「やれやれ仕方ないなみたいに言ってるけどそうなった元凶はお前だからな。痛み我慢しまくって誰もいない部屋で倒れてた日車先生?」
「先生はよしてくれ。わざとではなかったんだ」
「大丈夫だと判断したが想定以上に体調が悪化したんだろ? そもそも腕切断からの再生なんて普通にありえねー怪我なんだからどんな症状が出るかなんて素人に判断着く訳ねーだろ」
 全く仕方のない奴だと息を吐いたタイミングで体温計の音が高らかに鳴った。日車が確認しようと動く前に体温計を引き抜き液晶に表示されている温度を見る。
「38.3か……しっかり発熱してんな。解熱剤は?」
「飲んでいない。薬を飲む気力が無かったというのが一番だが昨夜に飲んだ鎮痛剤との相性が分からなかった」
「なるほどね。その判断は正解だな。家入に言って処方してもらうぞ」
 携帯を出して家入にメールを送る。電話をするのが一番手っ取り早いが仮眠などをしている最中だった場合は後が怖い。ただでさえ物が手に入りにくいという状況で大吟醸酒を要求されたら面倒くさいことこの上ないからだ。『送信されました』という画面を確認してから携帯をしまう。
「家入に伝えたから昼ぐらいには用意されるだろ。どのみちその様子じゃあ起きてから何も食えてないんだろ? 空きっ腹に薬入れる訳にもいかねぇし包帯替えたら何か軽いもん持ってくるわ」
 ゼリーとかなら食えるか?と聞くと日車は困惑した表情を浮かべた。おおかた俺にそこまで世話させるのは申し訳ないとでも考えているのだろう。怪我人や病人が世話されるなんて当たり前のことだと思うし日車も同じだろうがそれが自分へと置きかわった途端その思考が当てはまらなくなる。
(頭が良いくせに変なところで馬鹿になるよな)
 新しい包帯を袋から取り出せば日車はゆったりとした動作で右腕で支えながら左腕を差し出してくる。それがパタリとベッドの上に落ちる前に下から支える。不完全な状態であるそこは少しでも力を込めればブルブルと震え手首どころか指先すら満足に曲げられない。生体防御反応で常に発熱し、右腕と比べて僅かに軽い。

 初めてそこに触れた時の感触は今でもはっきりと覚えている。


 自分の意識が戻り動けるようになってから聞かされた、戦いの結果を知る過程で日車の状態を知った。最初の感情は驚きだった。まさか術師になってたった数ヶ月の人間があの戦いの中で、ましてやあの宿儺と一対一で向かい合って生き残るとは到底思えなかったからだ。日車が宿儺に投げ飛ばされて、そして追いついた時にはその姿はどこにも無かった。憂憂と綺羅羅に遺体が回収されたのだと瞬時にそう思い至った。そう思い至るしか無かった。
 生きていると知ってからすぐに日車が寝かされているベッドへと向かった。怪我人がひしめく医務室の一番奥。誰よりも厳重な管理をされた重症人がそこにいた。一定のリズムで鳴る心拍計。呼吸を補助する酸素マスク。顔から身体中にまで巻かれた包帯。右腕に繋がれた点滴。足に巻かれたフットポンプからは空気が抜ける音が鳴りそれら全てが日車が生きる為に動いている。そして明らかに細くなった左腕。包帯の間から何本もの管が左腕に繋がれておりまるで血管の役割を補っているようであった。日下部は日車に触れようとして、止めた。素人目から見ても左腕を動かしていけないことは分かる。そして残されていた右腕には既に先客がいた。
 虎杖だった。日下部の存在に気が付いた虎杖は日車の右手を握ったまま顔を上げて、くしゃりと顔を歪めさせながら「生きてた」と呟いたのだ。日下部はそれに「そうだな」と返し虎杖の頭を撫でてその場を後にした。子供に譲ってやるべきだと判断したからだ。日下部が次に日車の元へ訪れることが出来たのはその日の夜だった。家入から許可を得て日車のベッドへと近寄る。近くにあった椅子を無造作に引き寄せどかりと座る。心拍計とフットポンプの空気が抜ける音、微かな日車の呼吸音が部屋に響く。日下部はそれを数分の間、静かに聞いていた。
 機械の無機質な音が耳に馴染み始めた頃。日下部は右手を持ち上げ日車の左腕へと近づけた。触れる寸前のところで一度手を止め、入りすぎた力を抜くために手を握り込む。脱力し人差し指から開いた手を今度こそ腕へと乗せた。乗せると言っても実際は皮膚と皮膚が触れ合っているぐらいの感覚だ。それでもはっきりと伝わってくる冷たさ。包帯越しだからでは説明がつかない程の温度の無さが日車の左腕の状態の悪さを訴えてくる。
「冷たい」
 そう呟いた途端、日下部の脳裏には共に過ごした1ヶ月の記憶が流れる。器用にガベルを操り自由に動く指先、初めて持った日本刀の重さに驚き握り込む手、差し出された腕におずおずと伸ばし返す腕。あんなに暖かかったものがこんなにも冷たくなってしまった。少しでも自分の熱を移せたらと手のひらを広げて当てる。日下部はそれを家入に呼ばれるまで続けたのだった。


「日下部?」
 己の名を呼ぶ日車の困惑とした声に過去へと馳せていた意識が戻る。目線を手元へと向ければ右手で日車の手を握り左手で腕を撫でていた。ほとんど無意識に行っていたそれに不用意に触りすぎたと思ったが、今は離したくなかった。発熱のせいもあるが暖かいそこにグッと目頭が熱くなる。まるで死人のようだった冷たさはもうどこにもない。
「生きてるんだな」
 両手で日車の手を包み込む。回復に向かっていく姿が何よりも嬉しかった。日車が何も言わないことをいい事に日下部は手を握り続けていたがそろそろ本来の目的であった包帯の交換をしようと手を離そうとした時、微かに己の指に自分のものではない力が加わった。慌てて包み込んでいた手を開いて日車の手を見れば微かに、だが確実に指が曲げられていた。
「日車お前」
 まだ指を曲げることすら難しいはずだ。だのに日車の左手はその指を曲げ日下部の指を握っていた。
「君のおかげだ」
 先程までの困惑とした声とは違う。優しい声色で言葉が紡がれる。
「君がリハビリに付き合ってくれたおかげで少しだけだが、こうして動かせる。家入には驚かれたよ」
 そう言い日車は眉を下げながら笑った。それを見た日下部は心の底から安堵した。どこか日車の左腕は治らないのではないだろうかという不安があった。だがそれは今日で綺麗さっぱりと消え去った。日下部は思い切り笑い日車の手を握り返してこう言った。
「治ったら今度は思いきり手を握ってくれよ」

Comments

  • 小夜双☆スカィWeb
    Jun 29th
  • 菅流@芋づる式
    Jun 29th
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