【米国最新情報:109】最高裁、トランスジェンダー問題で判決(3):最高裁が下した判決の根拠は何か
3回連載の3回目
【目 次】(総字数:約3700字)
■最高裁の判決の内容/■雇用とスポーツでトランスジェンダーの扱いは異なる/■トランプ大統領、保守派の“大勝利”と宣言/■相次ぐ最高裁の反トランスジェンダー判決/■日米のLGBTQ人口比率は類似
■最高裁の判決の内容
6月30日、最高裁の判決に関して、『ロイター通信』は「連邦最高裁判所は30日、ウェストバージニア州とアイダホ州のトランスジェンダーが女子スポーツチームで競技することを禁止する法律を支持した。この問題はアメリカの『文化戦争』の中心的な争点の一つとなっている」と報道した(6月30日「US Supreme Court clears way for transgender sports bans」)。
さらに同記事は「アイダホ州法とウェストバージニア州法は、公立学校(大学を含む)のスポーツチームを『生物学的性別(biological sex)』に基づいて区分し、『男性の性別を有する学生』が女子チームに参加することを禁止している。現在、これと同様の法律は全米25州でも制定されている」と伝えている。
判決は、9対0の全員一致で、これらの州法は教育における『性別』に基づく差別を禁止する「公民権法」には違反しないと判断した。一方、これらの州法が憲法修正第14条の「法の下の平等保護条項」に違反するかどうかについての判事の意見は、保守派6人の判事と、リベラル派3人の判事に分かれた。
保守派のカバノー判事は判決文に「改正教育法第9編および平等保護条項に基づき両州は、女性スポーツを生物学的女性のために維持することができると判断する。州は生物学的性別に基づいて女子スポーツへの参加資格を決定できる。憲法および修正教育法第9編は、アメリカの女子スポーツ制度を抜本的に作り替えることを要求してはいない」と、判決理由を書いている。
■雇用とスポーツでトランスジェンダーの扱いは異なる
さらに同判事は「スポーツは通常の雇用や教育の機会とは異なる。通常の場面では、平等保護の原則は政府に対し個人を性別によって区別しないよう求めることが多い。しかしスポーツでは事情が異なる。誰もが認めているように、州は女性チームと男性チームを分けて維持することができる。つまり、男女の身体的な違いが本質的に存在するため、州は性別による区別を設けることができる」、「特にスポーツの文脈では、トランスジェンダー選手が服用している思春期抑制剤やホルモン剤の効果を評価し、その上で、それぞれのトランスジェンダー選手の能力を、当該競技における他の生物学的男性や生物学的女性と比較することは、裁判官が公平な形で行うにはほぼ不可能な作業である」とも指摘している。
要するに、判決は、①女子スポーツは生物学的女性のために維持できる、②州は生物学的性別に基づいて参加資格を決定できる、③憲法も教育法第9編も女子スポーツ制度を全面的に作り替えることは求めていない、というものである。
補足意見で、保守派のトーマス判事は「性別は不変(immutable)であり、男性と女性、少年と少女という二元的なものである。男性は、自分を女性だと信じているという理由だけで、女性と競技する法的権利を持つわけではない」と書いている。
同判決に反対したリベラル派の判事3人のひとりであるジャクソン判事は「1972年改正教育法第9編は人々が自ら選んだ性別として生きる余地を認めている。同9編が重視しているのは出生時に割り当てられた性別だけではなく、人が自らのジェンダー表現をジェンダー・アイデンティティに一致させる(あるいは一致させない)ことができる自由である」と、反対意見を書いている。なお1972年教育法改正19編は、教育における性差別を禁止している条項である。
■トランプ大統領、保守派の“大勝利”と宣言
判決後、トランプ大統領はSNS「Truth Social」に「大勝利だ! アメリカ合衆国最高裁は男性が女子スポーツで競技することを認めないという判断を下した。すごい! ばかげた状況はこれで終わりだ!!!」と投稿している。ウェストバージニア州司法長官は「女性アスリートすべてにとって歴史的な勝利だ」と述べている。
保守系キリスト教法律団体「Alliance Defending Freedom」の代表は「これは不正義に直面しても沈黙しなかったすべての少女たちの勝利である。男性は女性にはなれない。そして、どんな薬物も男性が持つ競技上の優位性を消し去ることはできない」と語っている。
他方、判決を批判する団体「Destination Tomorrow」は「この判決は、トランスフォビア(トランスジェンダー嫌悪)による差別を法律として固定化するものだ」と述べ、「アメリカ自由人権協会」も「これは私たちの依頼人や彼女たちのようなトランスジェンダーの少女たちにとって、胸が張り裂けるような判決だ。彼女たちは、同級生と同じ機会を求めていただけだった。現実には、トランスジェンダー女性や少女に対する平等な扱いは、他の女性や少女の平等を損なうものではなく、むしろ促進するものだ。私たちは、すべての若者が成長し成功するための平等な機会を持つべきだという基本原則を今後も守り続ける」と語った。
■相次ぐ最高裁の反トランスジェンダー判決
今回の最高裁判決のポイントは、雇用での性差別は違法だが、スポーツは雇用問題と基本的に違うという判断を下したことである。雇用に関しては、2020年に最高裁は「ボストック対クレイトン郡事件(Bostock v. Clayton County)」で、トランスジェンダーであることを理由とする雇用差別は禁止されるとの判決を下している。
トランスジェンダーとスポーツの関係の問題を複雑にしているのは、スポーツは肉体的な競争であるという点である。女性とトランスジェンダーが肉体的に同等の競争ができるのか、女性との接触に伴う危険性はないのかといった問題が発生するからである。それは教育や雇用、医療といった分野でのトランスジェンダー問題とやや異質な問題である。
最高裁のトランスジェンダーに関する厳しい判決が続いている。2026年3月2日に最高裁は「Mirabelli v. Bonta裁判」で、カリフォルニア州のトランスジェンダー生徒の保護政策(生徒の性自認や名前変更を親に知らせない。生徒の希望する名前・代名詞の使用を許可する)に対して、保護者側の主張(親の子どもの養育権の侵害、宗教的自由の侵害、憲法修正第14条のデュープロセス違反)を暫定的に認める判決を下している。また、2025年6月18日に最高裁は、成年のトランスジェンダーに対する性別移行医療(思春期抑制剤やホルモン治療など)を禁止する州法を合法と判断している。
トランスジェンダーのスポーツ規制の支持派は、スポーツにおける公平性と安全性を主張している。同時に、この問題を通して、トランスジェンダーの社会的な受容を規制しようという隠れた意図を持っている。他方、反対派は、この問題はトランスジェンダーの権利全般の問題であり、トランスジェンダーの権利を守る戦いだとみている。「この国でトランスジェンダーの若者に対する攻撃は終わらせなければならない。今日の判決はスポーツにおける安全や公平性とは何の関係もない。トランスジェンダーやノンバイナリーの若者に『あなたたちの居場所はない』というメッセージを送っただけである」と、最高裁判決を批判している。
では、アメリカの一般市民はどう考えているのか。2025年のピュー・リサーチ・センター調査では、66%が「トランスジェンダー選手は出生時の性別に対応するチームで競技すべき」と回答している。
■日米のLGBTQ人口比率は類似
アメリカ社会は「LGBTQ」に対しては許容的になっている。2015年6月26日に最高裁はオーバーゲフェル判決で同性婚を憲法上の権利として認めている。アメリカ社会では、ゲイやレスビアンの存在はもはや否定しがたい状況になっている。保守派の中にも多くのゲイやレスビアンは存在し、その権利を否定することは事実上、不可能である。
ギャラップ調査(2024年)では、アメリカ成人の約7.6%がLGBTQと自己認識しており、ゲイ・レズビアンは2.5%〜3.0%存在している。ゲイとレスビアンの人口は約600万〜800万人に達している。若い世代(特にZ世代)は、LGBTQの割合が10〜20%と極めて高い。また、同性婚あるいは同性の同棲数は120万組から130万組存在している。アメリカでは、1980年代まではゲイやレスビアンであるとカムアウトすることは、社会的な地位を失うことを意味した。だが、最近では、公然と認めているが、社会的な反発はない。
日本では、電通グループの「dentsu Japan DEIオフィス」が、2026年1月に全国の20~59歳46,658人を対象に「LGBTQ+調査2026」を行っている。その結果、「46,658人を対象としたスクリーニング調査の全回答者に占めるLGBTQ+層の割合は10.6%と2023年調査の9.7%から微増となった」と指摘している(『Kyodo News Wire』2026年5月25日「dentsu Japan、『LGBTQ+調査2026』を実施」)。LGBTQの人口比率は日米で差がない。LGBT総合研究所が2019年に行った調査では、LGBTQの人口比率は10%であった。
ただ日米のLGBTQに対する対応には大きな違いがある。そうした違いが生まれる最大の要因は、宗教の影響の有無にあると思われる。日本の方が寛容にみられるが、ただ日本では同性婚は法的には認められていない。日本ではトランスジェンダーの女性スポーツへの参加という問題はまだ起こっていないが、実際に問題が起こった時、どう対応するのであろうか。
連載(1)へのリンク:【目次】■保守派の「反DEI」の思想/■最初の争点は「アファーマティブ・アクション」問題/■トランプ政権の「反DEI政策」