小児医療を半世紀に渡り支えてきた高知県須崎市の小児科医院閉院へ【高知】
須崎市で長年子どもたちの健康を支えてきた小児科医院がこの秋閉院することが分かりました。
小児科医としてのキャリアは58年という院長に思いを聞きました。
須崎市赤崎町にある「もりはた小児科」。
1990年に開院し、小児科専門の診療所としては須崎市で唯一です。
長年、ここで地域の子どもたちを診てきたのは院長の森畑東洋一さん(85)です。
■診察 女の子
「夕べから今朝がたせきが出たりしてませんでしたか?」「多くないですか」「喉やや赤い程度、いわゆる夏かぜ風やね、胸の音とかも別に問題ないです」
森畑院長は和歌山県出身で、和歌山県立医科大学を卒業した後、1977年、小児科医がいなかった須崎市の高陵病院に派遣されました。
■院長
「一番大変やったのは、病気で言うたらはしかの流行やね。何人か命を落としましたね。今でこそ、そんなことないけどね、昭和50年代。ちょうどこっちへ来て何年か経った頃、ものすごい流行しました。重症度はインフルエンザとかコロナの比じゃない」
森畑院長は家族と共に和歌山県から高知県にやってきた今でいう移住者で、高陵病院で13
年勤めた後もりはた小児科を開業。まもなく半世紀が経ちます。
■院長
「高知が気に入ったんですわ。来てからね。それは人との付き合い、ふれあい。自然とかも好き、住み心地居心地がいい場所になったんで居着いてしまったような感じ」
小児科医として自身の診療所で子どもを診るだけでなく、須崎市の乳幼児健診など公的医療も担ってきた森畑院長は2014年と2016年に須崎市から表彰をうけ、2019年には県医療功労賞も受賞しました。
しかし、自身の高齢化に加え、家族が病気になったことで2026年9月末での閉院を決め、早めに患者家族に知らせようと6月下旬には院内に貼り出しも行いました。
■患者家族
(須崎市の祖母)「残念ですけどね、先生もお歳ですしね。娘の時は結構通ってぜんそくとかあったりもして、結構夜中も診察してもらったり」
(津野町の女性)「結構お世話になったので悲しい気持ちです。細かく説明とかしてくれてすごい良い先生」
津野町の女性は自身が子供の頃ももりはた小児科にかかっていたそうです。
(津野町の女性の母親)「すごく残念と言うかすごくショックというか、いい先生なのでもうちょっと続けてもらいたい」
丁寧な診療が評判の森畑院長。診察室にパソコンはありません。
紙のカルテに手書きで症状などを細かく記入し、こどもや家族と話しながら丁寧に診察をします。
■院長
「この2、3日、熱が不安定になると思いますからこの間2つ注意して。一つは水分の補給、できるかどうか。合併症としてね。たまに髄膜炎があるので、吐いたりしないかとか。食事関係なしに、ムカムカし出したら要注意です」「タッチ、よっしOK」
小児科医としてのキャリアは58年。診療所には患者さん一人一人の紙のカルテがびっしりと置かれていました。
■院長
「相手のよく顔を見てあげるとかね、対面で。僕はそういうことも小児科医として大事やと、(パソコン)ばっかりみてるのも困るんで。やっぱり顔見て子供の表情を見て親の表情見て。そういうことも非常に大事。もうちょっと顔見て体を触ってお腹をさわってという昔ながらの診療が子供を診ていくには忘れたらいかんことやと思いますね」
人口1万8千人余りの須崎市。人口減少が進み、出生数は1975年には476人でしたが20年後の1995年には204人、さらに20年後の2015年には129人、そして2025年は46人と50年で10分の1になりました。
小児科にやって来る患者数も減少していますが、森畑院長は悪い面だけではないといいます。
■院長
「僕らからいうたら昔はものすごい忙しくて、今は逆にいうたら患者さんとの一人一人の時間がけっこう長くとれるようになってきてね。昔は1時間に20人30人診ないかん時代も(あった)ほんとに顔見てちょちょっとして、ほんとにそんな時代もありました。今はもっとゆっくりとお話ししてお母さんの話聞いてお父さんの話聞いて丁寧にできますね」
県全体の出生数も2025年は3079人と過去最少を更新する中、県内の小児科の医師の数はいまどんな状況なのか、県医療政策課に聞きました。
■県医療政策課・高橋宏和課長
「高知市を中心とした中央域に非常に医師の数が集中をしてまして、それ以外の安芸とか高幡とか幡多とかそういった所ではかなり少ない状況にあります」
県によりますと2024年では小児科医は県内に102人いますがこのうち80人が高知市など中央エリアに集中しています。須崎市が入る高幡エリアは森畑院長を含めて須崎市に2人、梼原町に1人、四万十町に1人のあわせて4人しかいません。
小児科医が少ないエリアで秋以降、さらに1人少なくなることについては。
■県医療政策課・高橋宏和課長
「最初のかかりつけとして郡部で診察が受け(ら)れるという体制は確保していくことが必要だと思います。ただ、こどもが少なくなる中でどこまで経営的な部分も含めて維持できるかというのはあると思うので、今後それは地域の医療機関の皆さんと、市町村も含めてですけど、検討して話し合いをしていく場が必要かなと思います」高幡エリアの小児科としてこれまで多くの患者を支えてきたもりはた小児科。重症の患者などは高知大学医学部付属病院など大きな病院と連携して対応してきたといいます。
■院長
「僕一人がここでやってても力は及びませんから。後ろを支えてくれる医療の背景があったんで、そういうところ、僕はこういう離れたところで仕事をしていてもいざいうときはそういう場所があるということは非常にありがたいことで。助かりましたね」
高幡地域の小児医療を豊富な経験と丁寧な診察で半世紀に渡り支えてきた森畑院長は惜しまれながら引退します。
しかし、これまで培ってきたこの地域の小児科の医療体制を どれだけこの先もつないでいくのか今後の大きな課題です。
小児科医としてのキャリアは58年という院長に思いを聞きました。
須崎市赤崎町にある「もりはた小児科」。
1990年に開院し、小児科専門の診療所としては須崎市で唯一です。
長年、ここで地域の子どもたちを診てきたのは院長の森畑東洋一さん(85)です。
■診察 女の子
「夕べから今朝がたせきが出たりしてませんでしたか?」「多くないですか」「喉やや赤い程度、いわゆる夏かぜ風やね、胸の音とかも別に問題ないです」
森畑院長は和歌山県出身で、和歌山県立医科大学を卒業した後、1977年、小児科医がいなかった須崎市の高陵病院に派遣されました。
■院長
「一番大変やったのは、病気で言うたらはしかの流行やね。何人か命を落としましたね。今でこそ、そんなことないけどね、昭和50年代。ちょうどこっちへ来て何年か経った頃、ものすごい流行しました。重症度はインフルエンザとかコロナの比じゃない」
森畑院長は家族と共に和歌山県から高知県にやってきた今でいう移住者で、高陵病院で13
年勤めた後もりはた小児科を開業。まもなく半世紀が経ちます。
■院長
「高知が気に入ったんですわ。来てからね。それは人との付き合い、ふれあい。自然とかも好き、住み心地居心地がいい場所になったんで居着いてしまったような感じ」
小児科医として自身の診療所で子どもを診るだけでなく、須崎市の乳幼児健診など公的医療も担ってきた森畑院長は2014年と2016年に須崎市から表彰をうけ、2019年には県医療功労賞も受賞しました。
しかし、自身の高齢化に加え、家族が病気になったことで2026年9月末での閉院を決め、早めに患者家族に知らせようと6月下旬には院内に貼り出しも行いました。
■患者家族
(須崎市の祖母)「残念ですけどね、先生もお歳ですしね。娘の時は結構通ってぜんそくとかあったりもして、結構夜中も診察してもらったり」
(津野町の女性)「結構お世話になったので悲しい気持ちです。細かく説明とかしてくれてすごい良い先生」
津野町の女性は自身が子供の頃ももりはた小児科にかかっていたそうです。
(津野町の女性の母親)「すごく残念と言うかすごくショックというか、いい先生なのでもうちょっと続けてもらいたい」
丁寧な診療が評判の森畑院長。診察室にパソコンはありません。
紙のカルテに手書きで症状などを細かく記入し、こどもや家族と話しながら丁寧に診察をします。
■院長
「この2、3日、熱が不安定になると思いますからこの間2つ注意して。一つは水分の補給、できるかどうか。合併症としてね。たまに髄膜炎があるので、吐いたりしないかとか。食事関係なしに、ムカムカし出したら要注意です」「タッチ、よっしOK」
小児科医としてのキャリアは58年。診療所には患者さん一人一人の紙のカルテがびっしりと置かれていました。
■院長
「相手のよく顔を見てあげるとかね、対面で。僕はそういうことも小児科医として大事やと、(パソコン)ばっかりみてるのも困るんで。やっぱり顔見て子供の表情を見て親の表情見て。そういうことも非常に大事。もうちょっと顔見て体を触ってお腹をさわってという昔ながらの診療が子供を診ていくには忘れたらいかんことやと思いますね」
人口1万8千人余りの須崎市。人口減少が進み、出生数は1975年には476人でしたが20年後の1995年には204人、さらに20年後の2015年には129人、そして2025年は46人と50年で10分の1になりました。
小児科にやって来る患者数も減少していますが、森畑院長は悪い面だけではないといいます。
■院長
「僕らからいうたら昔はものすごい忙しくて、今は逆にいうたら患者さんとの一人一人の時間がけっこう長くとれるようになってきてね。昔は1時間に20人30人診ないかん時代も(あった)ほんとに顔見てちょちょっとして、ほんとにそんな時代もありました。今はもっとゆっくりとお話ししてお母さんの話聞いてお父さんの話聞いて丁寧にできますね」
県全体の出生数も2025年は3079人と過去最少を更新する中、県内の小児科の医師の数はいまどんな状況なのか、県医療政策課に聞きました。
■県医療政策課・高橋宏和課長
「高知市を中心とした中央域に非常に医師の数が集中をしてまして、それ以外の安芸とか高幡とか幡多とかそういった所ではかなり少ない状況にあります」
県によりますと2024年では小児科医は県内に102人いますがこのうち80人が高知市など中央エリアに集中しています。須崎市が入る高幡エリアは森畑院長を含めて須崎市に2人、梼原町に1人、四万十町に1人のあわせて4人しかいません。
小児科医が少ないエリアで秋以降、さらに1人少なくなることについては。
■県医療政策課・高橋宏和課長
「最初のかかりつけとして郡部で診察が受け(ら)れるという体制は確保していくことが必要だと思います。ただ、こどもが少なくなる中でどこまで経営的な部分も含めて維持できるかというのはあると思うので、今後それは地域の医療機関の皆さんと、市町村も含めてですけど、検討して話し合いをしていく場が必要かなと思います」高幡エリアの小児科としてこれまで多くの患者を支えてきたもりはた小児科。重症の患者などは高知大学医学部付属病院など大きな病院と連携して対応してきたといいます。
■院長
「僕一人がここでやってても力は及びませんから。後ろを支えてくれる医療の背景があったんで、そういうところ、僕はこういう離れたところで仕事をしていてもいざいうときはそういう場所があるということは非常にありがたいことで。助かりましたね」
高幡地域の小児医療を豊富な経験と丁寧な診察で半世紀に渡り支えてきた森畑院長は惜しまれながら引退します。
しかし、これまで培ってきたこの地域の小児科の医療体制を どれだけこの先もつないでいくのか今後の大きな課題です。
最終更新日:2026年7月2日 19:00