懲りもせずぬるい湯の中で揺蕩っている。無論スーツは身につけたままだ。濡れて肌に張り付く布の不快感も慣れてしまえば心地良くすらある。錆びたシャワーヘッド、ヒビの入ったバスタブ、薄緑色の割れたタイル。どれくらいここに居るのだろう。時の経過すらあやふやな中、両手で顔を覆う。
─やるべきことはみつかった? 日車。
ふいに聞き慣れた声の降ってきた方を指の隙間から垣間見る。なんだ、君か。仲間と合流はできたのか。
─ああ、俺は大丈夫。あれから自分なりに考えたんだけどさ、やっぱ一緒に来てよ。あんたの力が必要なんだ。
すまない、生憎今はあまり機嫌が良くないんだ。放っておいてくれないか。
─相変わらずつれないよな。
バスタブを見下ろすように立ち、肩をすくめて困ったように笑う彼の目の下に忌まわしい傷痕はない。
君はあの悪魔からはお役御免になった訳か。良いのか悪いのか。
─最悪だよ。
吐き捨てるような彼の表情を見て、ああまた失言をしてしまったと自己嫌悪が襲う。こんなことを言い交わしたかった訳ではないのに。君が無事で何よりだと何故労えないのだろう。
あれこれ考えを巡らせていると彼が屈んでバスタブの縁に手をかける。
─ひぐるま。
応じる前に唇を塞がれていた。ぱしゃ、と水が跳ねる。ぬるりと濡れた剥き出しの粘膜が冷たい。触れたのはほんの一瞬だったがやけに長く感じたのは俺だけだったようで、彼の瞳が深い色に変わるのをぼんやりと見つめる。
─俺さ、バスタブで腐ってるあんたも結構好きだったよ。
そう呟くと頭を掻きながら立ち上がる。
─先にあっちで待ってる。
彼の姿が闇の中に吸い込まれるように消えるのを見送ると溜息をつく。あきらめの悪い所は嫌いではないがそれにしても狡くないか。また俺は宙ぶらりんだ。
ぬるまる湯をいたずらに両手で掬う。それは鈍く煌めいて指の間から儚くこぼれ落ちた。