ある日、俺は向日葵になっていた。
山間に咲く群生の中のひとつで、手入れをする者も、見にくる者もいない、ひどく寂しい場所に咲いていた。
空が近く、向日葵以外は背の低い植物ばかり生えている。ここが相当高所であることが伺える。現状でわかるのはそれだけだった。
なぜここにいるのか、いつからここにいるのか
記憶を手繰り寄せても答えは見つからない。
ただ自分が日車寛美という人間であることを覚えている。元弁護士で、術師であることも。
弁護士の道理で解決できないことは、術師の道理である。察するに任務に失敗し敵の術式で向日葵に変えられてしまった、ということだろうか。もちろん敵に覚えはない。
助けを呼ぼうにも足は根となって地中に埋まり、口は花弁となっている。身をよじろうとして、風に揺れることしかできなかった。
花の終わりが俺の死か。
今がちょうど花の咲き始めなのであと数ヶ月。早くも諦念がよぎった。
元々終わりを望んだ身だ。恐れはしないが花に人生をなぞるなどいささかロマンチックすぎやしないか。でも現行法で裁けない俺の罪を考えれば、寂しい山間で人知れず孤独に朽ちていく最期はお誂え向きなのかもしれない。
日が上り、沈んでいく。俺以外の向日葵は一様に太陽に顔を向けているが、俺には眩しすぎて足元ばかり見ていた。おかげで俺は他の向日葵よりも成長が悪く群れの中で埋没していた。夜が待ち遠しかった。
繰り返すだけの日々が続くかと思ったが、ある日天候が崩れた。ひどい嵐で、唸り声が上がるたびに俺の体は空気の壁に叩きつけられた。
葉がちぎれ、茎が傷つく。風はますます強くなり、止む気配もない。
このまま寿命を待たずに折れて枯れていくのか。
俯き、死の予感に耽っていると、風の音に何か混ざるものがあった。規則正しく草を踏む音……けもの?いや、これは人だ。
風に煽られ顔が上がる。揺れる向日葵の隙間から人影が見えた。フードを真深く被った人物、青年……体格は大きくはないがこの嵐にもぶれないしっかりとした体幹だ。それが迷いを感じさせない足取りでこちらに向かってくる。他の向日葵をかき分け、そして俺の目の前で止まった。
「お待たせ、日車。遅くなってごめんな」
知っている声。青年がフードを下ろす。明るい髪色に、眉間と口元の古傷、人懐っこそうな、だが憂いを滲ませた大きな瞳。
いたどり!
口があったなら俺は声を張り上げて彼の名前を呼んでいただろう。それくらい驚いた。
虎杖は俺の心情を知ってか知らずか、口元に笑みを浮かべている。
「いやぁ、まさかこんなところにいるだなんてなぁ。全然見つからないし、俺も諦めかけてた」
虎杖は背負っていたバックパックを下ろして中身を取り出す。出てきたのはスコップ(シャベルともいう)とプラスチック製のバケツで、それらで俺の足元を掘り出した。
「でもこうやって近づいてみると、すごい日車の気配がする。なんで気が付かなかったんだろう」
ザクッ、ザクッと規則正しい音が続く。虎杖は俺を傷受けないよう、広く深く慎重にスコップの先を動かし続けた。
「……ああ、やっぱり日車は大きいな。デカめのバケツ持ってきてよかったわ」
よっと掛け声をかけて虎杖は根に絡みついた土の塊ごと俺を持参したバケツに植え替えた。そして軽々と肩に担ぎ上げ、そのまま山を降りていった。
俺が搬ばれたのは人里離れた日本家屋だった。
深い森に囲まれ人目を避けているのがわかる。造りは古いが手入れは行き届いているようで、家の周りの雑草はきれいに刈り取られ、古い門扉も滑らかに開いた。
てっきり高専に連れていかれるものと思っていた。一時的な滞在かとも思ったが、虎杖はそのまま俺を屋敷の庭に植えた。
日当たりはいいが、隣に植えられた背の高い柿の木と花水木のおかげで程よい木陰ができてる。俺への配慮が感じられた。
こうして俺はこの屋敷の草木のひとつとなった。
虎杖は日々雑草を抜いたり、水をくれたり、向かいの縁側に腰掛けて取り留めのない世間話を独り言のように語ったたりした。
屋敷に虎杖以外の人の気配はなく、訪れる者もいない。虎杖自体は時々どこかに出かけているようで、深夜に戻ることも多かった。。
向日葵の姿になって良かったことと言えば虎杖と目線が合わないので彼の顔を盗み見ることが容易なことだ。
虎杖は自分の記憶よりずっと大人びいた表情をしていた。明るいがふと何か思い詰めたように表情を曇らす。
おそらく思っている以上に刻が流れていて、自分が不在の間、彼は苦労を重ねてきたのだろう。
花なら花らしく人目を楽しませることができればいいのだが、なんせ俺は俯いてばかりだし矮躯でもあったから萎縮するばかりだ。
せめて口がきければ時間潰しくらいにはなっただろうに。
それが俺の唯一の得手だったはずなのに。
——夏の盛りだった。
続
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- 好想变成有钱人Jun 2nd