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こい/Novel by 鳩沼

こい

2,275 character(s)4 mins

決戦後、高専で働いてる日車さんと悠仁のお話。ちょっと暗い。虎日工場で生産

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「三十分五千円の件だが…」
 食後のコーヒーを飲んでいた日車が唐突にそう言い出した時、隣の虎杖は春限定のイチゴパフェの一口目を口に放り込んでいた。
 深夜二五時まで営業しているファミレスの二二時半。二人で対応に当たった任務後の遅い夕飯だった。
 空調の音がよく聞こえる。客は日車と虎杖のみで、店員もデザートの配膳を最後に見かけない。
 虎杖は日車の横顔を眺めながらイチゴを咀嚼する。
 旬の果肉と甘さ控えめの生クリームのバランスが絶妙で美味しい。
 日車は前を向いたまま話を続ける。
「劇場で初めてキミと会った時…」
「…ああっ、嫌な弁護士!」
 虎杖が会得したように声を上げると、日車は頷く。
「それに関して訂正させてほしい。弁護士の相談料三十分五千円は妥当だ」
「そうなの?」
「ああ、今は初回無料相談の事務所も多いが、通常は五千円、内容いかんでは高額になることもある。当然だな。金は対価であり、相談者の本気度でもある。ひやかしで来られては、商売上がったりだ。あの場で問題なのは値段ではなく、金を盾にキミとの会話を拒否しようとした俺の態度の方だ。詫びのうえ、訂正する。すまなかった」
 そう言って律儀に頭を下げる日車に虎杖は面食らう。
「いいよ、別に。オレ、弁護士さんのことなんも知らんし。日車は相談料もらってなかったんだ?」
「……そうだな」
 日車の視線が手元のコーヒーカップに落ちる。
「無償は美徳ではない。俺がただそうしたかっただけだ。大手に所属していた時はそれで先輩や同僚に迷惑をかけたし、独立してからは部下に苦労をかけた。全ては俺の性質だ。わかってはいるが簡単に変えられるものでもない」
「いいじゃん、日車らしくて。日車の仕事姿、見てみたかったな。意義ありってさ、かっこいいじゃん」
「実際はドラマやゲームのような派手さも面白さもないさ。地味な事務作業と煩雑な手続きに膨大な時間を費やし、法廷では単調な確認作業を何度も繰り返す。恨みを買いやすく、人の悪意に晒されて心を壊すものも多い。その結果が今の俺だ。俺はもうキミの期待に応えることはできないが、虎杖にとって無縁な世界であることを願っている」
 日車の左胸に弁護士記章はない。最終決戦後、岩手に戻ったときに弁護士会へと返却された。いまそこにあるのは記章跡の残るボタン穴だけだ。それが日車の心の空虚のようで切なかった。
「日車」
 あーん。
 イチゴとアイスをのせたスプーンが日車の口元に差し出される。
 突然のことに日車は目を瞬かせる。視線がスプーンの先から虎杖へと向けられ、またすぐにスプーンへと戻った。困惑が手に取るようだった。
 日車はこんなふうに他人から食べ物を分け与えられたことがないのだろう。行儀が悪いし、衛生面で抵抗があるかもしれない、それに気恥ずかしさもある。
 でもこれは、やってはいけないことではない。
 友達なら、親しい間柄ならば、子どもの悪意ない誘いならば許されるはず。
「ほら」
 溶けちゃう、と先を揺らすとしばらく逡巡した日車は諦めたように目を伏せて、薄い口元を必要最小限に開けた。
 そのわずかな隙間に匙を差し込む。鈍く光る銀色と果肉の水を含んだ赤、溶ける白。それに絡む控えめな舌が垣間見れた。
 匙をぬく。口元を押さえて咀嚼し、形の良い喉元が上下した。
 日車らしい上品な食べ方だった。
「どう?」
「…美味しいよ。ありがとう。果物を食べるのはひさしぶりだ」
「俺も爺ちゃんと一緒に住んでた時は結構食べた気がするけど不思議と自分じゃ買わんね。あ、ほら、来月からはメロン特集だって。また付き合ってよ、日車」
「……ああ、キミさえよければ……」
 
 日車は優しい。
 目を見れないからテーブル席は無理だけどカウンター席なら付き合ってくれるし、食事中の水と食後の一杯のコーヒーしか摂らないのに合わせてドリンクバー付けてくれる。未成年者が深夜勤務後も夕飯食いっぱぐれずに済むのも大人の日車が一緒にいてくれるからだ。
 
 でも、と虎杖は思う。
 こんなにも日車は優しいのに、宮城の件が動けば彼はすべての約束を反故して一人高専を去ってしまう。
 かつてそうしたように。
 彼の予定表は術師に目覚めたあの日以降真っ白だ。あてどなく彷徨い、流れ着き、死に場所と定めた新宿から生き残ってしまった今、法による死だけが彼の唯一の望みとして最後の頁に書き加えられている。
 高専での臨時教員も呪術師としての仕事も全て、刑に服すまでの時間潰しにしか過ぎない。
 ひどいと思う。こんなにも自分はそばにてほしいと願っているのに、時がくれば日車はいってしまう。ひどい男なのだ、日車寛見というやつは。
 それでも虎杖は諦めきれない。
 日車の優秀な脳は虎杖とのどんな些細な約束も忘れることはないだろう。
 自分の元を去った後、果たせぬ約束を被告人席で、拘置所で、死の直前で思い出せばいい。
 思い出して少しでも心を痛めればいい。
 虎杖は未成年だから総監部のような強硬手段ができない代わりに弱い立場を最大限活かして、彼の優しさに漬け込む。
 死が救済だなんて、そんなこと絶対に許さない。
 犯罪者でも悪徳弁護士でも構わない。そばにいてくれればそれだけでいい。
 
 虎杖は必死だった。どうすれば彼を傷つけることができるのか、後悔させることができるのか、この世に未練を持たせることができるのか、必死だった。
 それが恋に酷似していることに、若い虎杖はまだ気づけていない。      

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