偏差値20を前年の医師国家試験で叩き出した3浪2留1浪の俺が、第119回本試に向けて宅浪で4ヶ月間勉強してちょうど平均点で合格するまでの話
※はじめに
この文章は、決して効率のいい勉強法を説明するものではなく、筆者は「QA を全部覚える」というごり押しで国試に受かっています。全体的に冗漫な語りになっていますが、国試対策の勉強に忙しい人は目次をクリックして読みたい箇所まで飛んでもらえたらと思います。特に1.あの恐るべき日々の記憶は泣き言以外の内容を含みません
1.あの恐るべき日々の記憶
10 月1 日は俺にとって記念すべき日である。年度の下半期の始まりであり、うだるような残暑もいよいよ穏やかになり始める時節であり、昨年医師国家試験──以下“国試”と略す──に浪人していた俺が重い腰を上げてようやく勉強を始めた日でもある。
まず、偏差値20 という数字の出所について話そう。偏差値という概念を多くの人はおそらく、受験勉強を通じて知るだろう。しかし自分の成績に関して偏差値なる数字が提示されるのはおそらく模試とかあるいは学校の定期テストなどであって、入学試験の類では知らされないことがほとんどだ。
医師国家試験も、点数の通知は厚労省からのハガキで届くものの、偏差値はそこに載っていない。ではどうやって知るかというと、受験者の参加率が95% ほどもあるメディックメディア社の自己採点サイトが算出してくれるのだ。医師国家試験の問題はすべて選択肢式であり、したがって正しい模範解答があれば正確な点数と順位、偏差値がわかる、ということだ。自己採点のサービスは他にいくつかあるが、メディックメディアの解答は、毎年国試正答率100% を誇る清澤Dr. らが携わっていることもあり、信頼性が特に高いとされている。そしてそのメディックメディアが、「君の偏差値は20です」と無情な現実を画面の向こうから突きつけてきたのが昨年の2 月のことだ。
流石に焦った。だが、一体どうしたらいいのかはわからなかった。何せ、昨年度だって割と有名な教材を使ってそれなりに勉強していたのである。秋に受けた予備校の模試では偏差値44ほどで、平均を下回っていこそすれ受験者の10% 未満しか不合格にならない医師国家試験で落ちるような学力ではない……と無邪気にも信じていたのである。
で、何をしたらいいかわからず焦りだけが高じるなかで取った俺の行動が、「何もしない」であった。最悪の選択である。とにかく俺は勉強をしなかった。いや、脳が勉強を拒んでいたとすら言えるかもしれない。その状態が10月まで続いた。なんでやねん、と今なら全力で突っこむところだ。
正確には、4 月から5 月までのひと月ほどは、勉強らしきことをしようとはしていた。それも、「過去問の解説を聞きながら知識を増やす」という、まさに国試対策の王道中の王道とも言える勉強法である。だがこの方法は一切俺に合わなかった。簡単に言うと、何も頭に入ってこないのである。β遮断薬は心臓がこうなっているときに使う、抗菌薬はこの菌にはこういう種類のものを使う、A-aDO₂が大きくなったときはこういう病態が考えられる、そんな話が問題のいちいちに補足されるわけだが、文章でそういう情報を読もうが、動画で説明されようが、PDF の覚える箇所に暗記用チェックペンを引こうが、どうやっても覚えられない。ひとつひとつの問題に対して説明されたところで、体系的な装いで情報が並んでいないせいか、頭に入った事柄が右から左へするすると抜けていく。
繰り返すが、過去問に沿った勉強は国試の王道であり、多くの受験生はそれで合格するのである。だから、不合格が決まってからすぐに会った大学の先生や同級生たちは揃って、そうするよう俺に薦めた。
最も有効なはずの勉強法が、自分には何らの学習効果をもたらさない。試験の結果に続いてさらに絶望的な事態の前に、俺のメンタルは全く腐ってしまった。結果、バイトに精を出したり、3DCG を作ろうとblender をかじったり、突然iPad のアプリでDTM の打ち込みに励んだりした。バイトはともかく、blender と打ち込みに関しては少なくともこの期間中にはかばかしい進捗はなかったと記憶している。中途半端なままどこにも踏み出さず、何か煮え切らない心持ちのまま無為な時間を俺は過ごしていた。そうこうしているうちに、春が終わり、肌を焼くような夏の熱気が訪れてそして去り、いよいよ樹々の葉が紅く色づく頃になってきた。
(このままでは、落ちる)
iPhone のカレンダーが10 月の到来を告げたとたん、 天啓に打たれたかの衝動に駆られ、猛烈な勢いで俺は勉強を始めた。
2.どんなふうに勉強したか:目標設定など
今思えばこの10 月というタイミングがギリギリのところであった。あとにも書くが、ほとんどの暗記事項を頭に入れてしまった国試の2 週間前に、直近の過去問、すなわち自分が一年前に本番で解いたはずの問題を再度解いてみたところ、合格最低点にぎりぎり届く程度の点数だったからだ。つまりあと2 週間勉強の開始が遅れていた場合、運が悪ければ落ちていた可能性があるということである。これは暗記が足りなかったというよりは、問題文の解釈とか選択肢の吟味の仕方に落ち度があったからで、それからの2 週間で俺はやっと本来あるべき問題の解き方を見つけることになる。
では、その問題の解き方とは何なのかという話をする前に、俺が一体どうやって暗記によって知識を習得したのか、の話を済ませておきたい。これは端的に言って、Q-Assist 、いわゆるQA の丸暗記である。
なんだ、ただの暗記かと拍子抜けした方も多いと思うが、丸暗記というのは教材のプリントPDF をただ覚えるだけではない。いちおう断っておくと、QA は講義動画とそれに対応したプリントPDF (あらかじめある程度図や説明の文章が載っている)がある。動画の中で、講師の先生がこのPDF をスクリーンに映したところへ画面上にマーカーで書き込んでいくから、観ている側はそれに合わせて同じようにPDF へ書き込んでいく、というのが想定されたQA の使われ方だ。ただ、PDF は講師の書き込みをすでに済ませてしまった版も配布されており、これを使えばある程度ラクに講義を聴くことができる。俺は後者、書き込み済みのPDF をA4 の紙に印刷して講義動画を視聴していた。
となると、そのPDF を印刷した紙に対して特に書き込みはしなかったのか? というと逆で、むしろ「たくさん追加で書き込むためにデフォルトの書き込みが済んでいるPDF のほうを選んで印刷した」のである。講師が話したことのうち、デフォルトの書き込みに含まれていないものには、雑談めいた補足とか臨床での例とかいった具体的な情報だけでなく、わざわざ文字に残すまでもないような簡単な説明もある。いわゆる“行間” というやつだが、別に文字に残さなくてもあとで読む分には差し支えないとQA の講師が判断したことであっても俺が復習する際にはやっぱり必要なのである(だって、出来が悪いからね)。そして自分が書き込んだ情報含め、プリントに書かれていることはすべて覚える。いわゆるチェックペン、赤いマーカーを引いた箇所を緑の下敷きで隠すという手法だ。過去問を解く以外の勉強で、これ以外のことを俺はしていない。『病気がみえる』すら1ページたりとも読まなかったほどだ。そのつもりでQA の視聴に臨んだからこそ、プリントの内容を完璧にする必要があった。
講師が話したことを細大漏らさず紙に記すとなると、視聴には結構な集中力が要る。だから一時停止して書き込みが終わってからまた再開するということは講義動画上での2 分に1 回くらいはあったと記憶している。
この“講義動画上での” という言い方をするのはもちろん倍速をかけて観ていたからだが、時間がないこともあって最大限の速度である2.75 倍でもっぱら俺は再生していた。はっきり言って、なかなかにしんどい。昨年一度勉強したことだからこそ何とかなった節はあって、はたして新卒で受験する6 年生時に同じことができたかは疑問だ。今回、記事を書くにあたりメディックメディア社の119 回国試解説動画を買ってみたのだが、どうも再生速度は2.0 倍が最大のようだ。現在のQA にはこの速さはもう実装されていないのだろうか?
ところで、3 浪2 留1 浪という経歴からなんとなく想像がつく方もいるだろうが、俺は人の話をじっと黙って聞いているのが極端に苦手だ。相手と対話しながらであればけっこう仔細なことも覚えている反面、相手だけが延々と話しているのに聞き耳を立てているという状況、特に授業や講義形式のものが、本当に苦痛で耐えられないのである。うまく言えないがなんというか、抜けかけている乳歯を無理矢理引っ張ろうとするときと同じような気持ち悪さが、束になって背中から頭の方にかけてのたうち回るような、とでも例えるべきだろうか。脳の端っこの方をすごく嫌な感じにえぐられているかの気分になる。だから、頑張るぞと威勢よくペンを握っていられるのも束の間、5 分と経たないうちに注意力が途切れたり、息が苦しくなって“限界” を迎える。そうなると、とても書き込みなんてするどころではない。意外かもしれないが、この苦しみは与えられる情報量に対するキャパシティの問題でなく、ただ座って聞き耳を立てているという状態をとること自体への苦痛である。その証拠に、再生速度を1.5 倍とか1.0 倍に落としたとて、“限界” が伸びることはなく、2.75 倍で視聴したときとほとんど同じ時間しか持たないのだ。
言うまでもなく、QA の全講義動画を合わせると相当に長大な規模である。元々の得意科目である精神科──この診療科については、もちろんプロを自称するつもりはないが、非プロの中でのいわゆるオタクという分類に属すると自分で思う──を除き、すべての動画を観るとなると、一日に5時間ぶんくらいは観る算段を立てなくてはいけない。また、全部観終えてから暗記を開始するというのは不自然だし、上に書いた事情から一日の勉強時間を全て動画視聴に回すということは難しい。したがって、試聴と暗記を並行して行うことは避けられず、「動画を観るのが辛い、いやだ」という心理的抵抗感と、「覚える量が多くて辛い、いやだ」という心理的抵抗感が、いかめしい巨塔のごとく生活の中にでんとそびえ立っている。それを、なんとか国試までにある程度余裕を持って崩していくために、一日にどのくらいやればいいとか、この月のこの日までにここまで覚えきるとかの目標を決めておくわけだ。
この頃の悲壮感といったらない。下に引用するのは、先述した打ち込みの音源、の一部である。趣味に使う時間がほとんどない中でこの作業だけは継続していたのだが、改めて聴くとこの音源は当時の心境を表していたとしか思えない。現在はすでにほとんど完成しているので、最終的な調整が終わったら適当な時期に公開するつもりだ。 ※追伸:YouTubeで公開しました
暗記とは言うが、もちろん新しく覚えることだけでなく、復習もしなくてはいけない。ただ残されている時間からして、相当な速さで復習もこなす必要があった。1 日の復習量としては、メジャー科1 つかマイナー科2 つというのが年越しまでの目安で、年始のあたりで新規に覚えることがほとんどなくなったために復習の速度は2 〜 3 倍になった。この手の話で、「〇周した」なんて言い方があるが、この〇には3 とか4 が代入されるのが相場だろう。だがそんな程度では俺は自分を信じられなかった。おそらく、どの科目も10 回は復習したはずだ。
朝起きて、今日はこれだけやろう、とあらかじめ立てていた目標を確認し、休み休み動画を見つつ、5 分とか10 分とか細切れになった動画の一つ一つが終わるたび、やっと終わった、まだあとどのくらい観ないといけない、そういうことを考えていちいち息切れしながら天井を仰いではまた画面に戻り、たまにゲームを挟んだりしながらまたiPad の画面に向き合い、買い物のために家を出てもう日が傾きかけたのを知り、焦って視聴時間のノルマをクリアーできないまま暗記に移って、自分で設定した目標である鬼のような暗記量を無理矢理叩き込む。そして夜遅くに寝て、朝を迎え、起き上がる気になかなかなれない中、「今日もまた1 日でこれだけの量をこなさなくてはいけない」という具体的な数字を自分に言い聞かせてなんとか早くに布団から這い出す。そんな日々を過ごしていた。
はっきり言って、こんな生活は拷問にかけられているかの気分になる。せめてもの息抜きとして合間合間にSwitch を手に取っては気晴らしとしていたが、このころの暗黒の記憶が災いしてか、当時遊んでいたゲーム『エスプレイド』や『奇々怪界』は何かトラウマ想起のスイッチのようになってしまい、国試終了以降一度も起動していない。4 か月で学力を立て直した代償は、未だ深い爪痕として刻まれている。
ただそれはそれとして、俺は本当にQA をいったんはすべて覚えたのだ。傷痕という代償はあれど、この「勉強した」という実績は存外の自信、自己効力感をもまた俺にもたらしている。いったんは半端なところで中座していたblender についても、現在Vtuber 活動の準備として3D モデルを作ったりできるまでにCGのスキルを身につける勉強が国試終了後にできたのは、「国試の勉強より楽だから大丈夫だ」という経験に基づいた自信があるからだ。その意味で、勉強したことに価値があるのはもちろん、苦しんだこと単体ですら、必ずしも悪いことばかりではないのかもしれない。また盛永Dr. の感染症が特にそうだが、言うまでもなくQA の圧倒的な情報量は国家試験に臨むにおいてメンタルの安定に相当に寄与している。
3.まずい推論の矯正
閑話が長くなった。国試前の最後の2 週間になって、すんでのところで俺が身につけた問題の解き方の話に戻るが、これがかなりの程度感覚的なものでしかなく、非常に伝えづらい。ただ敢えて言葉にするなら、「選択肢で迷っているときは評価が甘い」、ということになる。この辺のことを、実際の問題を引き合いに出して具体的に書くと変に半端な医学知識を広めてしまうことになるので、ちょっと抽象的な書き方をする。
国試の問題では患者の症状や身体所見などが提示される。これを読んで、例えば甲という疾患と乙という疾患の両方、どちらかと言えば甲が考えられる、と思ったとしよう。そして問題は、「この疾患の特徴として正しいものを2つ選べ」というものだったとする。さて、5 つの選択肢の中から、A, B, C の三つがありえそうだと見当をつけている。おそらく1 つが間違いで、2 つが正解なのだろう。こういう状況に当時の俺があったとき、なぜ間違っているはずの1 つを正解かもしれないと思っていたのか。答えは明白で、疾患として二つを想定しているからである。
ここで、症状A, B, C について見てみよう。Aは甲の患者においてほとんど必発だとする。それならAは正解だろう。では、Bは甲において、あまりみられる症状ではないがごくたまに発生するとする。乙ならB は生じない。それでは、C についてはどうか。甲でC は生じないが、乙ではかなりの頻度で生じる。ややこしくなったので、表にしてみよう。
こういう場合、ありそうな症状という確率だけで言うならA とC になってしまう。しかし問題文には「この疾患」と書いている。となると、乙という疾患はそもそも除外しなくてはいけない。すなわちこの問題の答えはA とB である。
もちろんこれらの思考過程、「ありそうだ」という評価は問題を解く側の主観の話だ。つまり、よく考えれば乙という疾患はおそらくありえないのだが、しかしそこまで常に知識をフルに動員して最善の思考をできるとは限らないのが国試の会場である。なにせ、165 分か150 分の間に75 問も解かなくてはいけないのだ。そういう厳しい条件下では、「疾患としては甲だろうけど、乙もありそうだ」なんて考えてしまうのである。だがこういう場合、乙の可能性を思い切って切り捨てなくてはいけない。
こういった、複数の疾患を見込むというのは俺特有の誤った思考の癖にすぎないが、もう少し一般的な話をしよう。みなさんはセンター試験や共通テストの社会の問題を覚えているだろうか。俺は世界史でセンターを受けたが、世界史の選択肢には一貫した傾向がある。つまり、「絶対に合っているのでその1 つを選ぶ」か、「絶対に間違っている選択肢を消したら1 つが残る」という考えの元に選択肢を選べば正解できる、という傾向だ。そして実はこの傾向は医師国家試験においてもまったく同様なのだ。このことを踏まえて選択肢を見ると、案外自動的に正解が見えてきたりする。とくに間違っているものを消すということについては、一見誰でもすることに思えるが、確信を持って消すことのできるものを消しても最終的には2 つくらい残ってしまったりする。そんな場合でも、正解となる確率が低そうな方を思い切って消すのだ。
可能性の低い方を除外して可能性の高い方を選ぶ、というのは当たり前なことではあるのだが、やっぱり2 つが残ってしまうとどちらも対等に見えてしまうものである。実際、具体的な内容には触れないが、ほとんど誰も知らない英単語として試験直後に話題となった119A3 の“Putamen” だって、脳出血に関する知識を持ったうえで勇気をもって積極的に選択肢を消去すれば、“Putamen” が何か知らなくても正答できる問題である。メディックメディアのデータによるとこの問題の正答率は非常に低かったようだが、こう見るとやはり消去法の徹底というのは誰でもできることではないのだ。念のために言っておくと、残りの4 つの選択肢が誤答であることは、QA の神経の講義内容をすべて覚えていればわかるものである。
4.ここ数年の国試:難化と出題傾向、過去問との付き合い方
こうして医師国家試験、我々にとっての“国試” を振り返ってみると、改めて思うことがある。
国試は年々難しくなっている。受けたときの実感からしても、時間をあけて振り返った今の感想としてもそれはまったく揺るがない。そしてこの難易度上昇の裏側には、「あまりにも合格最低点が高くなると困るから、難しい問題を出して合格最低点を下げよう」という思惑がどうしても見えてしまう。国試にある程度通じている人ならよくご存じの通り、ここ数年──すなわち、新型コロナの流行により病院実習が一時的に大幅に削減され、受験生が自宅で勉強する時間を大量に与えられた115 回付近を境として──問題のレベルが上がるとともに受験生の学力も上がり続けている。病院実習の時間が新型コロナ以前の量におよそ戻った現在でも、この潮流は止まりそうにない。
国試の合否はほとんど、パンリン(般臨)こと一般臨床の点数で決まる(般臨ができても、必ず8 割を取らなければ不合格になってしまう『必修』で落ちる人は明白に少数派だ)。般臨は満点が300 点だが、合格最低点はおよそ7 割強でここ数年は推移している。般臨の合格最低点は、その年の受験生の得点分布によって決められているというのが定説だ。そこは大学などの入学試験と同じである。
これがもし、あまりに受験生のレベルが問題を突き放してしまい、300 点のうち295 点が合格最低点になったとすると、300 問あるうち5 問間違うか6 問間違うかというところで全受験生が神経を遣うわけで、それはあまり良い試験とは言えないのではないか。逆に、300 点中200 点を超したあたりが合格最低点なら、だいぶバランスのいい試験であると直感的にわかる。
ところで患者さんの立場からすれば、試験とはいえ病気に関する問題を解いて一問でも間違うような輩が医師免許を取得して臨床の現場に立つことは不安に思われるかもしれない。そこで断っておくが、まず前提として、医師国家試験は試験時間中に資料などを見ることが禁止された状態で問題を解く。だから多少であっても記憶に曖昧なところがあると容赦なく間違いのリスクは発生し、実際それで失点するわけだが、一方臨床の現場にいる医者は資料を見ることを禁止されていない。クリニックや病院の診察室をよく眺めてみると、『〇〇内科学』や『〇〇薬の使い分け』のような書籍がたくさん机や棚に立てられているのを見かけるはずだ。プロだって、万が一迷ったら資料を見ていいわけである。
資料の参照に加え、医師国家試験を通過した後も初期研修で2 年、そして多くの医師はさらに後期研修で3 年から5 年、あるいはそれ以上の修業を積むわけだし、また患者さんが非常に危ない状態にあるときには試験と違って複数人の医師で対応することを考えれば、世の患者の方々も安心いただけるかもしれない。国試の受験生に関係のない話を……と思う人もいるかもしれないが、実はこの辺のバランス感覚はバリバリ国試と関係のある話だ。嘘だと思う人は、例えば過去問の118F73 をご覧いただきたい。とはいえ、具体的にこれと指し示さなくとも、必修問題で特に多く、またときに般臨でもこの手の話題は出てくるものだし、かといって具体的に覚える事柄として何かしら資料の形で提示されるものでもないから、日ごろ関心を持っておいた方が吉だろう(もしかするとその意識が欠けている人が必修で落ちるのかもしれない)。
話がそれたが、国試のレベルはここ数年で相当に上がり、難易度に関してはもう114 回の問題などはとても参考にならなくなっている。必要な知識の広さ・深さも鑑みると、つい最近まで言われていた「過去問をn年分やれば受かる」という状況はほとんど過去のものとなったようにすら思う。
この理由として、単なる難易度上昇に加え、過去問から得たハウツーでなく受験生の本来の学力(?)を測るためか国試の問題が毎年傾向を少しずつ変えていっていることも挙げられる。それも、ある方向に向かって毎年同じように少しずつ変化しているというのではなく、毎年まったく違った風な問題を作ろうとしている感さえある。このあたりのことは、過去問を1 年ずつ解いてみるとよくわかることだろう。簡単な問題と難しい問題の落差が激しいために難しい問題でメンタルを崩した人が簡単な問題も落としてしまった117 回、前年と比して簡単だったが変に癖のある問題の多かった118 回、般臨も必修もやたら難しく従来は問われなかった細かい事柄が問われた119 回、などカラーはそれぞれだ。とはいえ、116 回とそれ以前はけっこう同じような傾向が続いていた感があるので、こういうトリッキーな試みがいつまで続くのかもよくわからない。
過去問の使い方についても述べておきたい。QA を10 周以上して丸覚えしたと俺は言ったが、ではQA 以外に何もしなかった、すなわちQB ことクエスチョンバンクを解かなかったかというとそれも違う。QB はQB で、一周目問題(周回数の番号ではなく、試験対策に特に有効としてそういう名前の問題群がある)だけしかしなかったが、それでも全科目5周はしている。速すぎるのではないか、との指摘もあるだろうが、集中して勉強すれば一度やったことは素早く復習できるものだ(とはいえ、次かその次に投稿する記事で具体的に述べるが、成績に似合わず実は俺はIQ がけっこう高いので、その恩恵もあるかもしれない)。ここで重要なのは、QA を丸覚えしたからと言って即QB の一周目問題も全問正解とはいかないことである。だからこそ、この一周目問題も繰り返し解く必要がある。
とはいえそもそも、QA の講義にも過去問演習は含まれている。だが、前年に某社の教材で知識だけ覚えて問題演習をしていなかったことを反省した俺は、QA の過去問演習も徹底的にプリントに書き込んで講師の行ったことを丸覚えした。QB と異なり、QA の過去問集はけっこう古い問題からも取っていることが多く、これは解説した暗記事項を定着させるという趣旨のためだろう。ならば、書き込みを多くするほど、より知識を覚えやすくなるともいえる。
というか、書き込みの量なら暗記事項の解説の箇所よりも過去問演習の箇所のほうがよほど多くなる。講師の話す内容として、いわゆる臨床推論というのをしていくことになるわけだが、その思考過程は必ずしも講師があらかじめ書き込んだデフォルトの文字には全ては収録されていない。どころか、説明された臨床推論の再現には全く足りない感すらある。国試で絶対に受かる、という状態を作りたいなら、講師と全く同じ思考回路を自分の中に用意すべきであり、となれば講師が話したことは全て書き込むべきだ。
今、当時のQA のプリントを読み返してみたが、デフォルトの書き込みと俺が追加した書き込みの量の比が、後者の少ないページで1:1、多いページで1:2くらいはある。そして最も多いのが公衆衛生で、もはや1:2なんてものではない。ここは臨床推論どうこうでなく単なる知識で、しかも問題間で選択肢の重複も相当にあるのだが、そんなことは気にせずとにかく俺は誤答選択肢の誤りを訂正する書き込みを徹底的に行った。だから必然的に、全く同じ内容を再三書き込むことになるし、もちろんそれら書き込みには赤のチェックペンを塗って、全て緑の下敷きで隠して覚えた。そのくらいしないといけないと思ったのである。これは俺の体質というべきなのか、学部時代の試験でもそうだったのだが、ある分野を60% 暗記していれば60% 付近の正答率を得られるというのが他の医学生だとすると、俺の場合その半分である30% くらいの得点率になる。これは、60% を70% とか80% にしても同じことで、100% 完全に覚え、なおかつ100% 覚えきったということを完全に確認していきなり得点率が100% になるという異様な現象が常なのだ。
だからほんの少しでも暗記に瑕を許すことは全てを台無しにしてしまう。それは何としても避けたかった。そういうわけで、書き込みも含めての全プリントを10 周もするなんていう苦行が必要だったのだ(念のため言うと10 周というのは全分野を通しての最小値であり、もっと多く周回した分野もある。例えばマイナー科は相当丹念に復習した)。先ほど、復習においては1 日でやるならメジャー科は1 つ、マイナー科は2 つと書いたが、これは1 日で2 ~3 周しているからこの回数になる。朝に1 周、昼に1 周、夜に1 周して、夜にやっと全部すらすら思い出せるようになったときは、高々1 科目か2 科目とは言え束の間の安堵感があった。
いちおう力業以外にテクニック的な話もすると、s/oとかr/oとかd/dとかいった記法は非常に役に立つ。ポリクリ実習でさんざんカルテに書いたあれである。s/oは“suspect of” すなわち特に有力な可能性として考える疾患、r/oは“rule out” で除外診断(この疾患ではないと判断するの意)、d/dは“differential diagnosis” で鑑別診断(この疾患も可能性として考えられるの意)、この3 つの枠組みを持っておくと臨床推論の流れを追いやすくなるし、各種所見と疾患の結びつきも実感できて大変に効率的だ。
このテクニックは暗記の効率化というだけでなく、問題を解く上でも役に立った。試験場で一つの問題に足を取られていると、どうしても不安が募ってくるものだが、思考過程の道のりについてしっかりしたモデルを持っていたおかげで安心感を得られたという効果はあったように思う。本番でも症例の情報を読みながらs/oとかr/oとか頭の中で言っているうちに問題を解くリズムができてくるのだ。特に今回はメンタルに来る問題が多かった感があるが、おそらく出題者の立場としては合格最低点を下げるという狙いの上で過度に細かい事項を扱うことは避けたいだろうし、長考を要し受験生の精神力を試す複雑な問題はこれからますます増えてくるだろう。なので、臨床推論のプロセスを身に着けることはけっこう有効なんじゃないか……と個人的な未来観測を述べておく。
5.その他役に立つかもしれないこと
最後に、自分が意識した・実践したことの中で、上の章立ての分類に収まらなかったこまごまとした事柄を付す。
・過去問をやる意味としては、上に述べた「覚えるべき事柄として提示されていないこと」に関する問題を正解するということは無視できないほど大きい。多くは医学総論として出題されるが、意外にも例えばリハビリなんかの話でこういうことはけっこうあるように思う(老年医学の科目で教えられることとは別)。もし仮に知識が完璧であるとしても、過去問はするべきだろう。
・一方で、知識を完璧に覚えておけばほぼ間違いなく正答できる分野はある。血液や免疫、産婦人科とマイナーあたりがそれに該当する。メジャー科で臨床推論に困って点を落としてしまう可能性を考えれば、こうした、覚えておけば満点が取れる科目は1問も間違うべきではないとの規範を俺は自分に課していた。「こんなん覚えてたらできるやん」という問題を落とすことはすなわち、死に一歩近づいたことを意味する──こういう言い方は職務上不謹慎かもしれないが、やっぱこういう厳しい試験では文字通り「死ぬ気で」勉強に臨まないとどうしようもないのである──と本気で恐れていたのだ。結果、これらの科目が本当に満点だったわけではないが、それに近い点数は出た。ただし精神科は元々詳しかったので一切勉強しなかった(星和書店の『精神科治療学』と日本評論社の『こころの科学』は時々気になる号を買って読んでいる。星和書店・金剛出版・岩崎学術出版の本は好きで読むものが多い)。
・メンタルを揺さぶる問題が多い、と書いたが、自分がメンタルを保つために取った対策は「音楽を聴く」と「寝る」である。メンタルは推論に響き、推論の調子がまずいと知識量の如何にかかわらずあっさり低得点となってしまうので、最初のA ブロックの前からこの2 つは実践していた。「寝る」は前日の夜のことではなく、試験時間中の余った時間で寝ることである。20 分くらいで起きて、頭をリフレッシュさせてから問題をまた眺め、選択肢を選び直していた。これは人によって効果が変わると思うので、そこは自分の裁量で。
・感染症はあらゆる診療科で出てくるトピックなので、最初にしっかり深めに覚えておくと安心感がある。そういう意味で、盛永Dr. の提供してくれる膨大な量の暗記事項は本当に貴重なものだし、最初に感染症をやることで結果的に自分へ活を入れられたのもよかった。逆に終盤に回すべきは小児科で、成人の診療をわかっていないとどうしても理解しづらい一方、小児の発達と反射を国試直前ぎりぎりに覚えることになるとかなりきつい。ので、やはり暗記は計画的に進めたほうがいい。俺は元々国試の2 カ月前に全診療科の事項を大体頭に入れ終えておくつもりだったところ、結局延びに延びて1 カ月遅れとなったが、1 カ月間で急いで何とか復習を終えて国試に臨むことができた。
・産婦人科は一見、簡単な知識の寄せ集めには見えないのだが、月経周期を軸として理解しきってしまうと多くの分野を一気に簡略化できる。要するにホルモンの周期のことであり、FSH (Follicle-stimulating hormone : 卵胞刺激ホルモンと意識した方がわかりやすい) の増加を起点とした順序に結び付けられる事柄が多く、これと関係が薄い重要事項は主に感染症と腫瘍あたり。パルトグラムは情報量が多くてかなり困惑するが、子宮口と胎児の位置を意識して必要な知識を順に覚えればすっきり解ける。BPS の5項目はそもそも正確に思い出すのが難しいが、“タイの国境NST” と覚えた(NST こと「日本設備タイランド」という企業があり、この語呂では「国境」の箇所に3 つ項目が含まれる)。タイの国旗が帯に分かれているのも、何かと罫線が多い産科の検査を彷彿とさせる(僕だけですか?)。ただし胎児や子宮口周辺のエコー画像、胎児心拍数は暗記だけでなく問題をたくさん解いて慣れるしかないところがある。大泉門と小泉門の前後、◇とY の意味はあいまいだと総崩れするので第一に覚えたほうがいい。
・透析の目標値の目安として、K が6 、Cr が7 、BUN が80 、CO₃ が15というのがどうにも覚えにくかったが、「腹が黒々(K-6 Cr-7) な新聞屋を(BUN-80) 他殺で行こう(CO₃-15)」という物騒な陰謀じみたゴロで覚えた。なおこのゴロは118 回のときに思い付いていたのだが、結局役に立たなかった。他に思い付いていたものとしては、Alport 症候群がⅣ型コラーゲンの異常だというのを、“Al” を回転させたら“Ⅳ” だという覚え方をしていた。出題されなかったけど。
・直前Assist は観るべき。へパリン起因性血小板減少症なんかは出題が予言されていた。知らなくても正答できる問題ではあったが、知らない名前が出てくるだけでメンタルのダメージというのは生じるものだし、改訂される国試の出題範囲に即してピンポイントで教えてくれるのはやっぱり貴重。Q-Assist Prime に入会すると直前Assist だけでなく各診療科のまとめ動画も観られるが、普段の暗記と違う整理の仕方をしてくれているのでいい刺激になった。とはいえ普段の講義動画の内容を完璧にしていれば、このまとめ講義までPDF に書き込む必要もないと思ったので、もっぱら料理・食事・皿洗いなどご飯まわりのことをしているときに観ていた(そういえば触れていなかったが、色々あって俺は一人暮らしで宅浪していた)。
・QB の一周目問題には前年の問題が収録されていない。これを逆手に取って、前年の問題は普段の過去問演習では解かないほうがいい。QA で解説されているものはこの限りではないが、なぜ取っておくのかというと、普段の勉強とは別に国試の問題を1 年分ほぼ丸々取っておくことで、暗記がほとんど完了した時期にまとめて解き、自分の推論の何がおかしいのか、どういう考え方を必要とする問題に自分は弱いのか把握するのに使うといいと思う。先述した甲と乙の疾患を同時に考えてしまうという変な癖もここで判明した。これとは別に、この問題に必要な推論を自分は自然にはできないな、となんとなく感じる問題を集めたPDF も用意しておいたが、この主成分こそが前年の過去問である。試験直前に一番見直したのはこのPDF 。
・細かいことだが寒さ対策も大事。ただし会場の暖房が異様にきついこともあるので、適当に調節できる服を用意したほうがいい(試験中に無断で上着を脱ぐのは禁止だから試験開始前に着脱は行っておく)。個人的には胸にカイロを貼っておいたことがだいぶ効果的だった。メンタルと寒さが心臓に同時に来るとだいぶ鼓動がバクバクするので。あとトイレはためらわずに手を挙げていくべきです。たぶん各ブロック中にかなりの割合の受験生が一回はトイレに行くと思う。
6.最後に・宣伝
ここまで長い文章を読んでいただきありがとうございました。全文でなくとも、ほんの少しの一部だけでも読んでいただけたなら十分に嬉しく、本当に光栄です。たかだか平均点程度取ったくらいで偉そうな語り口になって恐縮なのですが、読みやすい文章をと思って書くとどうしても書き慣れた調子の言葉遣いになってしまいました。僭越な真似をして申し訳ない限りですが、偏差値を宅浪で30 上げたという実績が、国試の膨大な出題範囲に絶望しているどなたかの希望になればこれほど嬉しいことはありません。10 月1 日には少し遅れてしまいましたが、まだ全然間に合います。
来年の医師国家試験を受ける方は、これから試験まで気持ちの休まらない日々が続くかもしれません。それでも、正しさに向かって進み続け努力したことは間違いなく一生涯の財産、力強い精神的支柱になるはずです。受かった、という一瞬のためだけでなく、きっと素晴らしいあなたの未来のために、全力を尽くしてください。心から応援しています。
下世話な宣伝ではありますが、Vtuber 「有機ノノ(あるき・のの)」の各種SNS などのリンクは以下になります。Youtube はチャンネル登録をすると、ベルのマークのところから投稿を知らせる通知をオンにできるので、もしよろしければ今月24 日に投稿する初の動画を楽しみにお待ちいただければ幸いです。これからどうぞよろしく。
Youtube チャンネル
X
bluesky
wick


コメント