教育基本法と、あの平和学習の記録

同級生c(同志社国際3年)

彼女の命を無駄にしないために



私は、研修旅行がこのような結果に終わってしまったことについて、悲しくて、本当に悔しい気持ちでいっぱいです。


武石知華さんとご遺族のことを想うと、辛くて

なぜこのようなことになってしまったのか、ずっと考えています。


そうした中、事故のせいで平和学習自体がなくなったり、やりにくくなったりするのを心配する声もあるみたいです。

私も、平和について学ぶ大切な場をなくしてはいけないと思います。


だからこそ、この事故をきっかけに、同志社国際だけじゃなくていろんな学校で、みんなが、特定の意見に偏らずに、フラットで中立な立場から自分たちの頭で考えられるような平和学習や授業が行われるようになってほしい。せめて知華さんの命を無駄にしてほしくない。

心から、そう思っています。




以下に、私たちの学校で行われた平和学習および研修旅行中に私がノートに残していた記録をまとめました。

どのような教育が行われていたのか、その実態を振り返る一助としていただければ幸いです。




<<私のノートから>>>


【この日は平和劇を鑑賞した】

https://readyfor.jp/projects/heiwageki2025/announcements/401096


【平和劇の前に教わったこと】(◇第一部)

→ 世界には持つ国と持たない国がある。

→ 日本、ドイツ、イタリアは持たない国である。

→ 日本は持たない国であったため、ファシズムへと走り暴力的になった。

→ 日本は全体主義となり中国を占領

(日本は自分たちから中国に足を踏み込む→侵略)

→ 中国を占領した理由 → 防衛、資源、移住先のため

→ さらに日本は東南アジアへ「石油」のために進出

→ 沖縄戦は本土での戦争を避けるための時間稼ぎ

1、本土決戦の時間稼ぎにより沖縄を捨て石とする。

2、日本軍による加害

・弱者をガマから追い出す。

・沖縄人をスパイ扱いする。

・沖縄人への差別と虐殺

・強制集団死の強要 → 口封じのため

・戦陣訓によって「国のために死になさい」と教育

3、史上初の少年兵部隊

・アマチュアの人々が沢山亡くなる。

・外国人兵隊も沢山亡くなる。(朝鮮兵など)


〜〜現在の沖縄〜〜

・沖縄だけがアメリカの占領下になる。

(沖縄だけが切り離される)

・沖縄では中国が攻めた時のための訓練をし、中国に向けたミサイルを準備している。 → 自衛隊

・米軍は沖縄にいる米兵たちに「中国が沖縄を攻める前に家族を撤退させろ」と言っている。 →米軍は沖縄で戦争を想定



【平和劇の内容】

・大城勇一さんが11歳の時の体験談を元に作成された。

・登場人物:少女、父親、先生、便衣兵の4名

・少女 → 日本軍は住民を守ってくれると信じている。

しかし実際は日本軍が住民を殺している。

学校で「降伏するなら自決したい」と学ぶ。

・父親 → 米軍の捕虜になろうとする。

「米軍に向かってまっすぐ歩いて!」と主張

先生と便衣兵が暴れる度に落ち着かせる。

最後亡くなる。

・先生 → 国のために死ねと生徒に教える。

自分だけ生き残る。

劇中に何度も死のうとする。

暴れていて、口の中に銃を突きつけるシーン等

・便衣兵 → 日本兵なのに着替えて生き残ろうとする。

父親が話す度に「お前はスパイか!?」と暴れる。

父親と先生と少女を殺そうと暴れる。


〜〜 覚えてること 〜〜

鑑賞中に生徒がショックで倒れてしまった。

沢山の人が泣いていた。





別の日は丸一日かけて平和学習を行った。(◇第二部)

この日は小橋川清弘さんが学校に来られた。

小橋川さんから教わったこと。

主にチビチリガマの話をされた。

・2500名の戦争体験談を聞いたとのこと。

・アメリカ軍の戦前の機密資料によると、沖縄のガマの場所は全て特定されていた。

・沖縄戦でアメリカ軍が住民を救う「民生部隊」をつくったのは、保護住民を見据えて基地を作りやすくするために基地開拓に好意的な住民を作るため

・民生部隊 → 沖縄人をどれだけ救ったかで褒められた。

→ けが人を治療しご飯を与えた。


一方で日本兵は、

①人々や自分の首をはねていた。

②ガマの中で死にたかった日本兵が火を付ける。

→ 赤ちゃんのいる女性たちが火を消す。

→ 少女らは母に殺してと頼む。(学校の教育のせい)


現在の日本政府は沖縄の米軍基地に対して何も言わない。

→ 沖縄を植民地としか思っていない。


〜〜 強く印象に残っている話 〜〜

・沖縄は捨て石であり本土のための時間稼ぎに過ぎない。

→ 基本中の基本

・沖縄人への差別についての話し

→ スパイ容疑での虐殺や方言札など

・米軍基地による被害

→ 様々な事故、事件、レイプの話

・日本兵によるガマ内での虐殺

・朝鮮兵、慰安婦、アジアへの加害

・南京大虐殺などの日本兵による殺害

・日本軍によって強要された集団自決





(ドキュメンタリーの日)

米軍基地の事故・事件についてのドキュメンタリーを2時間くらい見せられた。 特にレイプについては多かった。

先生は私たちに「もし基地賛成の人がいるなら、せめて沖縄県民に申し訳ないと思ってください」と言った。






<<沖縄研修旅行>>

【3月14日(初日)】

・沖縄に到着してバスに乗った。

・バスから見えた米軍の戦艦に対し平和ガイドさんが説明を始めた。

・バスが到着した先はカトリック教会だった。同志社はプロテスタントなので疑問に思った。

・座った席の後ろ隣りに60代くらいの女性が来て「私はあなたたちの礼拝を邪魔するつもりはないです。こちらに座ってもよろしいでしょうか」と言ってきた。

・いつも通り礼拝を行っていると、牧師さんが来られた。そしたらいきなり「米軍基地は戦争を招く!」と語り始めた。

・「船で活動を行い海上保安庁に捕まっても抗議し続ける、その姿勢が小さな力でも、そうやっ て平和はつくられていく」と言った。(その時点で活動化、抗議船というのはなんとなくわかった)

・今まで何人かの海上保安庁の人の考え方を変えたとすごく誇らしげにしていた。

・その後の話はあまり覚えていない。同級生は今まで平和学習してきたこともあり「なんかすごい人のお話を聞いてる」という反応だった。

・先ほど隣りに座った人はずっと深く頷いたり「そうだそうだ」 と言っていた。

・その後、平和ガイドさんに連れられて、奇数高台と普天間飛行場フェンス前に行った。

・普天間飛行場は世界一危険な飛行場、米軍による環境汚染、事故、住民による税金の負担、「アメリカの恥」であるオスプレイの話し、米軍による沖縄への利益が5%以下などの話を聞いた。

・奇数高台では、平和ガイドさんが日本兵のつくった地下壕は「バカの象徴」と言っていた。


【3月15日(2日目)】

・ひめゆり平和記念資料館では、ひめゆりの劣悪な環境、アメリカ兵の手厚い看護、集団自決、その時代の教育などをガイドさんから学んだ。

・その後、アブチラガマに入った。ここでの体験はすごく心に残った。破傷風患者、脳症患者がおられた場所など、少し怖かった。なぜなら沖縄に行く前に生物の先生が、昔ガマに入った後に気分が悪くなった子がいて、破傷風に少し感染していたよ、土の中の細菌は生きてるから気をつけてね、と言っていたから。

・ガマの中で電気をすべて消す『暗闇体験』も心に残った。

・生々しい手術の様子、病気、蛆虫などの話をたくさん聞き、自分がどれだけ恵まれているかわかった。

・その後、平和公園へ行った。戦争で亡くなったたくさんの方々の名前が並んでいた。そこでガイドさんは、北海道の人は差別されていたから沢山駆り出された。朝鮮人への加害。日本兵によって苦しめられた慰安婦の話をした。

・日本兵は住民を守らない、と繰り返し言っていた。

・たくさんの名前の中にあった『牛島満大将』を祀る塔に行った。平和ガイドさんはとても怒っていた。この人のせいで大量の命が無駄に亡くなり、傷つき、自分だけとっとと死んじゃった、と怒ってた。「沖縄民と牛島満はアンネフランクとヒットラー」と言ってたのをとても覚えてる。

・お昼ご飯の時間になり、平和ガイドさんに色々質問した。

「米軍基地によって守られている命は大きいと思いますが、米軍基地を簡単になくしては日本が危なくなりませんか?」と聞いたら、「私は防衛には詳しくないんだよね」とおっしゃり、ちょっと無責任ではないかと思った。

・バスの中では「君たちはこうして沖縄に平和を学びに来てくれている。しかし自衛官は沖縄に来て何を学びに来ると思う?沖縄の土地、基地などを学び、戦争の仕方を学びにくるんだよ」と言った。


【3月16日(3日目)】

・金城実さんの家に行った。

・まず金城さんのアトリエを拝観し、お話を聞き、金城さんのドキュメンタリーを見た。

・金城さんが話しておられたこと(覚えている限り)

→ 選挙権が18歳になったのは徴兵制のため

どう関係あるのか聞いてみると、国民の弱みを握ることによってだそうだ。

→ ヤマダ(ヤマダ電機?)や三菱は戦争がしたい右派の会社だから買い物を避けるべき

→ 米軍基地をつくり、戦争を起こすことで儲かる人々がいる。

→ 原子力発電所にミサイルが打たれると簡単に核爆弾がつくれる。

→ 日本軍による朝鮮人への迫害

→ 自分はどうしても日本人になれず永遠に琉球人

→ 皇室の批判

→ 米軍基地による事故、事件


お家の中にはチェ・ゲバラの置物があった。

他にも「琉球の独立は可能か」と書かれたポスターなどがいくつかあった。

家の塀には大きく「憲法9条改正反対」と書かれてあった。

その後は海に連れて行っていただき、ハーモニカを吹いてくださった。人生についての話は興味深かった。

金城さんの家にはよく学生さん(修学旅行生など)が来られるらしい。

彫刻では、戦争の悲惨さを伝えており、安重根、慰安婦、沖縄民、アメリカ軍など様々あった。




以上




ここまで読んでいただきありがとうございます。

完全に自分向けの非公開メモとして書いていたものなので、体裁が整っておらず、非常に読みづらいかと思います。申し訳ありません。



私は、今の私たちの学校は、少し偏っているのではないかと感じています。


平和学習だけではありません。


実は、事故が起きる前から、もっと前からこうした疑問を持っていた人たちは少なくありませんでした。


毎日の授業で、時より偏った考え方が繰り返され、先生方もそれをそのままにしてきた環境が、結果として今回のようなことにつながってしまった一因ではないでしょうか。


一方的な歴史観だけを押し付けたり、歴史の事実に特定の思想をのせて教えたりするのは、やっぱり違うと思います。これからはちゃんと正しい形に変えていくべきだと思います。


昨今、「今回の事故と教育基本法は関係ない」という意見をニュースなどで目にすることがあります。

でも、私は本当にそうなのかなと疑問に思います。


むしろ、こういう大きな問題が起きてしまったからこそ、教育のルールである「教育基本法」をしっかり守らなきゃいけないんだと強く感じました。


「こういうことは教育基本法とは関係ない」

ではなく、

こういうことが起こらないようにするために考え作られたのが、法律であり「教育基本法」なのではないでしょうか。





以上、貴重なお時間を割いて読んでいただき、ありがとうございました。











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