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就学旅行だと歴史見学がメインになると思うので、都会的な四条河原町がオススメです。京都は景観保護で高さ制限や看板の配色制限があるので超高層ビルは少ないですが、それでもズラリと並んだ建物を見ると都会だと感じます。 食べものに関しては、漬け物、かき氷、みたらし団子、あぶり餅、にしん蕎麦・・・が有名で美味しいです。
黄檗宗の御本山 自虐のSns やってますし 静かですよ 会えるかしらんけど 智積院は 尼僧さん居られます 受け入れてくれるか? 仁和寺の書院 いましか見られない工事してる
活動時間が決められていたら無理ですが、清水寺は朝6時から開門しています。人も少なく独占的境内の風景が広がります。初秋までは気持ちがいいものです。三十三間堂も11月中旬までは8時30分から開門していますので、繋ぐことができます。 先日、友人を応仁の乱関連の激戦地や旧跡、乱勃発地などを案内しました。 非常に気に入ってくれて好評でした。平日だったので観光客が少ないというか、いなかったので面白いものになりました。 応仁の乱の開戦当初の激戦地は上京に集中しています。室町第(花の御所)・細川邸・山名邸・勃発地の上御霊神社があったからです。このうち現存は上御霊神社だけであとは石碑のみになっています。 細川邸と山名邸は直線で200mの近接。細川邸付近の現在宝鏡寺や表千家・裏千家が建ち並ぶ小川通が応仁の乱の激戦地になりました。 小川通を歩くと豊かな茶道文化の聖地の雰囲気を味わえます。また応仁の乱の案内看板も読まれるといかに激戦地であったかを知ることができます。 通りの名になった「小川」を挟んで東西両軍がひしめき合っていました。その「小川」も今はなく、とぎれとぎれに寺院の堀となって残っています。当時のものではありませんが、かつて小川にかかっていた「百々橋(どどばし)」の礎石も道端に展示しています。この橋の上や付近が最大の激戦地でした。 それを探すのも一興です。長谷川等伯が住み、作画を行った本法寺も小川通に面しています。その堀がまさに「小川」の名残りになります。扁額は本阿弥光悦筆。本阿弥家の菩提寺でもあります。光悦作庭の庭、等伯の絵画も所蔵していますが、著名な最大級の「佛涅槃図」は特別公開以外はレプリカ展示です。 拝観料を払うまでに境内の等伯の銅像や光悦の扁額、美麗な多宝塔などは目にすることはできます。 界隈は有名な寺院がひしめく寺町でもありますが、秀吉の京都大改造で移転させられたかつての大寺院が集められた場所の一つでもあるからです。信忠が本能寺の折宿泊した妙覚寺も移転させられ近くにあります。斎藤道三が後事を託した遺言状を所蔵していて関係が深かった寺でもあり、移転前信長が最も多く宿泊した寺でもありました。 大きな西陣の碑がある京都市考古資料館。今出川通りに面しています。平安時代の発掘品を中心に展示していて入館無料です。内裏の大きな行事を行った豊楽殿を飾った「鴟尾(しび)」の実物を間近で見ることができます。 北野界隈も応仁の乱の激戦地。千本釈迦堂(大報恩寺)の本堂の内陣の太い柱に残る無数の傷や穴は、応仁の乱の折のもの。ここは燃え残った応仁の乱以前の鎌倉時代の建築物で貴重なものです。宝物館には義満ゆかりのものや何といっても快慶はじめ鎌倉仏像彫刻の白眉である慶派の彫刻が並びます。 境内には「明徳の乱」ゆかりのものもあります。 紹介した応仁の乱ゆかりのコースは、修学旅行生必見の二条城も近くにあり移動に時間をとられない利点があります。