幸せは「強度」でなく「頻度」。幸福研究の第一人者が教える「後悔のない人生」のヒント
人間関係の小さな喜びが持続的な幸せに
──となると、どんなファクターが幸福感を得るカギとなるのでしょうか? 何年かに一度の大きな出来事よりも、日常の小さな積み重ねに本当の幸せがあります。 私の大学院時代のアドバイザーであったエド・ディナー教授の研究では、幸福は「強度」ではなく「頻度」であるとしています。 つまり、大きなことを稀に達成するのではなく、小さな幸福を頻繁に経験していくことのほうが重要。それこそ、高校時代の同級生とたまに飲みに行くとか、近所の知人らと週末に喫茶店に集まって井戸端会議をするといったレベルです。そういった、リピートしやすい身近な人間関係が幸せの根底にあります。 実証研究のデータを見ても、「自分と気の合う人たちと過ごす」という何気ないことが、サステナブルに幸せの向上につながっているのがわかります。 💡ポイント:幸福は「強度」ではなく「頻度」
「幸せ」よりも「意味」を追うべき時がある
──ご著書には、「意味のある人生」という概念が出てきました。これについて教えてください。 エド・ディナー教授はかつて、「自分の個人的な幸福感が、いい人生の道しるべになるべきだ」という主張をしました。その論文が発表された5年後には、ウィスコンシン大学のキャロル・リフ教授が、「幸せだったらいいのか? ヒトラーが幸せだったら、彼はいい人生を送ったのか。そんなはずがないだろう」と反論したのです。リフ教授は、人間として「意味のある人生」を送ることが、良い人生だと唱えました。 たとえば、ボランティアをしている方や親の介護をしている人に、「幸せですか?」と聞いたら、「それほどは幸せではない」と答えるかもしれません。ですが、少なくとも、自分は誰かのために役立っているという感覚はあるはずです。そうした感覚を持つ人生が、「意味のある人生」なのです。 💡ポイント:「意味のある人生」を求めることが、時に幸福を求めるより重要
身近な小さな行動で人生の意味をつかむ
──「意味のある人生」にも、ある種の「ワナ」があると書かれていますね。 マザー・テレサのように、人類や社会に多大な貢献をなした偉人たちと比べてしまい、「自分のやっていることはスケールが小さくてダメだ」と感じてしまう可能性が挙げられます。アメリカでは、大学の卒業式の祝辞で「意味のある人生を送りなさい」などとよく言われます。卒業生のなかには、「何をすれば世界を変えられるのか」と大きく考え、戸惑ってしまう人も。 私は、「大業をなすことで人生の意味を持とう」という願望は、持たないほうがいいと思います。むしろ、身近な小さな行動で、少しだけの世の中の一部を良くしようと考えるほうが好ましいです。 もう1つ挙げるなら、アメリカでの研究結果によれば、「自分は、本当に社会に役立っている」と考えている人は、排他主義に染まりやすいそうです。 「私が面倒を見ているこのグループは大事にするけれど、ほかの人たちは気にしない」というふうになりやすい。日本人は、その傾向は少ないかもしれませんが、アメリカではそんな結果が出ています。これも1つの「ワナ」ですね。 💡ポイント:「大きな意味」を求めすぎてはいけない