たとえ私が死んでも──胸の奥に手をあてて

自由な恋愛、というのはこの学校の気風にそぐわないものだ、私は応援団に所属している傍ら、哲学的なことを言いたくなる。星保(ほしほ)という名を親に付けられながら、ろくに感謝しようとはしないのは、名残りがないからか、と哲学的なことを言いたくなる。私の隣で、香見(かみ)は、まだ哲学をやっているのね、と煽って来る。香見は、全くと言っていいほど哲学的な色合いのあるものに関心を持たない。ただ、香見は、応援団に所属しながら、本を読むことに集中したいとは考えていた。香見は主に小説を読むことが多く、ライトノベルを読むのか疑われはしたが、昭和の文豪の拙著を読むことが多かった。香見はよく、「ライトノベルは読みません」と公言していた。

私は、応援というものが、ただ単純に行えるものだと思っていた。この先入観を覆したのが小木曽(こぎそ)という応援団副隊長である。小木曽は、「応援はただ声を出せばいいというものではない、心がこもることが大事なんだ」と教えていた。星保は、「小木曽は情熱があるが、すぐ消えゆく灯のようだ」と感じた。香見は、心の声を聴き取る特殊能力を持っていた。香見は、星保に「小木曽くんのこと、わるく思わないでね」とさらっといった。

星保は、小木曽が早死にしそうな、そんな予感がした。小木曽は、今日いのちを引き取ることを悟った。小木曽は、香見に「君だけ僕を認めてくれた」といって泣き出した。香見は、「小木曽くん、星保だって、私だって、あなたを忘れないよ」と泣いた。星保は、哲学的なこと言っているから硬い自我だったのだと反省した。星保は、泣きながら、「小木曽くん、舐めてごめん……あんたが死ぬんやったら、私がかわりに死んだる……」というと、魔法で代わり身の術を使った。小木曽は、死を免れた気がした。香見は、啞然とした。星保が死んでいる、この現状は、小木曽にとって、救いの結晶であり、哀しみの露呈である。小木曽は、星保がよく「胸の奥に手をあてて」といっていた景色をちらりと見た。死んだ人というのは、何か印象が深いんだよ、といっていた光景を思い出したような、今夢を見たような、曖昧さが残った。香見は胸の奥に手をあてた……星保が笑っている、そんな気がした。

結局、星保は息を吹き返さなかった。星保は応援室にある棺に香見と小木曽で収めた。ネクタイはハートマーク。綺麗な指と爪。香見は、じっくり見たこともなかったが、こんなに綺麗な方だったのかと狼狽した。香見は、「小木曽くん、星保ってこんなに綺麗やった?」と訊いた。小木曽は「遺体浄化という作用なんて現代で発明されていたでしょうか、それか、僕たちが見えていないところが実はよく見てみると綺麗な点でギャップがあっただけでしょうか」といった。香見は、「あ、どちらもなんてことある?」と訊いた。

小木曽は、黙ったまま応援室を出た。香見の胸に星保が介入する、という気づきがあった小木曽だが、少し気にしただけで知らないふりをした。香見は、小木曽が何か隠している感じがした。一件だけではないはずと思った。

棺に星保を入れたこと、これは流出してはならない。バレないのは、棺が偶然にも何個も保持されていたからである。開けたことがあるのは、香見だけだった。そういえば、小木曽は、応援団長はまだ決まっていないのではないでしょうか、という指摘があった。応援団長は誰?感じる、星保、胸に来るの?ハートに来るの?すると幻聴が聴こえてきた。『星保は香見が応援団長であることを心から希求している、香見が応援団長だよ』と優しい声で。

小木曽は、今日は死なない日という運命になっていることを面白く感じた。香見さん、あなたの心の中に星保が後でいるんですよ、しっかりしてくださいね、と笑いをこみあげてきた。そして、彼女宛てに手紙を書こうとした。

香見さん、胸の中に手をあててみてください。もうあなたはひとりではない。心に星保を感じるでしょう。応援団長に任されることを私も希求しています。多数決でしたら、あなたの勝利です。とはいえ、星保を感じたのは、あなただけではない。香見と星保の秘密を知ってしまった以上、棺に入らずに終わりたいと思います。もう逢えませんが、たとえ私が死んでも、星保を心の中で大事にしてください、では。

手紙を書いた小木曽は、ポストに投函すると、主治医の先生のところに駆けつけた。小木曽は、「今日は生き延びますが、明日はどうでしょうか」というと、主治医の先生は、「白血病なのに今日は頑張った。大きな声を出せるのも気迫を感じるよ」といった。小木曽は、たしかに、僕は元気が少し減ったぐらいで、大きな声が出せないわけではない、と考えた。主治医の先生は「とはいえ、もって明日までだろう」と余命宣告をしてきた。──明日、僕は終わって棺に入る──。僕は生きたいわけではない。応援団が栄えればそれで良かった。香見は、心の中で星保が呼んでいる声が聞こえた。星保は、香見はスタイルいいと思っていたんだね、と晴やかに伝えた。香見は、さきほどの手紙をゆっくり読んでいた。まだ心の中に彼女がいる実感が湧かない。でも心の声で彼女がいる、そんな隠れもしない事実に気づかないわけでもなかった。星保は、きっと、私の心の声が聞こえる。以心伝心だ、と思った。

明日が来た。白血病の小木曽は、余命宣告どおり、死を覚悟した。僕がいなかったら星保さんは身代わりにならなかったのかもしれない。僕が生きてなければ、僕があの時あの場所に星保さんと居合わせなかったら、星保さんはいまも元気で過ごしていたのかもしれない。そんな悔悟が小木曽を襲った。ごめん……僕が死んでも、あなた方二人の幸せは約束します。

最後に一念を込めさせてください。二人とも永遠に一緒に一番幸せです、と

さようなら、香見団長、さようなら、星保さん。



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