善意が虐待に?5つの罠を知れば防げる ~福祉現場の権利擁護を学ぶ(第1回)~
『権利擁護と虐待防止への取り組み 行動指針YELLの活用
(権利擁護の実践シリーズ 全3回)』
第1回:善意が虐待に?5つの罠を知れば防げる ←今回の記事
この記事のポイント(権利擁護を学ぶ)
善意が「不適切な支援化」するのは、「個人要因」だけではなく「構造」の問題でもある。
福祉現場は「正しい」か「正しくない」の単純な二択ではなく、倫理的ジレンマが多い。
虐待が起こりやすい構造(罠)を理解し、小さな疑問を持てると「改善」に向かうきっかけに
福祉現場に「気づき」が生まれると、対話が可能になる。(良い組織風土を生むための土台が生まれる)
「利用者のため」という善意が、なぜ虐待に繋がるのか?
福祉の現場では、研修に限らず、会議やOJT、支援の振り返りの場で、このような問いを扱うことがあります。
「利用者さんへの、次の言葉かけは適切な支援と呼べるでしょうか?『〇〇しないなら、お菓子(おやつ)はなしですよ』」
多くの職員は「不適切な言葉かけである」と回答します。上記の言葉かけでは、本人の権利侵害や尊厳を損なう可能性がある。そうした権利擁護意識は福祉現場にも浸透しているからです。
本人がお菓子(自分の財産)をどう使おうが自由であるはずなのに、支援者がそれを「罰」や「ご褒美」で扱ってしまう。不適切な支援であり、程度がはなはだしいと経済的虐待と認定される危険性もあります。
しかし、福祉現場では「正解」か「不正解」の二択の回答しかないわけではありません。前提条件を追加してみましょう。
たとえば糖尿病などで、糖分制限が必要な利用者が「甘いお菓子を食べたい」と言ったらどうでしょう。支援者としては
「本人の希望」を尊重すべきである。
利用者の「健康を守る」こともサービスの一環である。
この場面では権利擁護と安全配慮がぶつかる倫理的ジレンマが発生しています。取扱いや判断を間違えると、「本人のため」という善意の想いが「管理・強制」に変わり、手段が強くなってしまい、結果として権利侵害を行ってしまう危険性もあります。
現場職員へのヒアリングで感じるのは、不適切な支援は悪意を持った職員だけが引き起こすものではないということです。
この記事では、福祉現場で善意であっても、いつの間にか不適切な支援に陥ってしまう5つの構造的要因(罠)を整理します。
虐待が起こる5つの構造的要因
虐待はシンプルな1つの要因で起こるものではありません。複数の要因が複雑に絡み合い、真面目で善意を持った職員でも、自覚なきままに「当たり前の支援」がズレていく。その積み重ねにより不適切な支援に陥ってしまうことがあります。
■虐待の要因1:知識とスキル不足による誤った解釈
障がい特性への理解不足や適切な支援技術の未習得は、不適切な支援につながります。
例えば、行動障害ゆえに頻繁に大声を出す利用者の方を「困らせようとしている」(悪意がある)と解釈したとします。しかし、実際は大声を出さないと職員が反応してくれないという学習の結果であったり、感情を(喜びや楽しさ)大声で表現しているだけかもしれません。
適切なアセスメント力とコミュニケーションが取れれば、その行動の背景を正しく理解し、環境調整や代替手段の提供で大声をもちいないコミュニケーションを取れるようになるかもしれません。
しかし、知識や見立てが足りないと「この人は私を困らせようとしている」と悪意でとらえ、不適切な対応につながっていく可能性もあるでしょう。
■虐待の要因2:「善意」「訓練」という名の自己正当化 ~パターナリズムの罠~
福祉現場で悩ましいのが、冒頭で取り上げたような「本人のために」という善意の想いに基づく管理や強制です。
まず、前提となるのが援助者は利用者に対する「懲戒権」を持っていないということです。2024年の民法改正で、子どもへの親の懲戒権さえ削除されました。となりますと「親のように接する」「親代わり」を免罪符にして罰的な支援手法を用いることは不適切であると言えます。
この「親代わり」という支援観を持って援助することを「パターナリズム(父権主義)」と言います。「本人のためを思って」と善意でありつつも管理・強制をもって支援を行う態度のことです。
援助者は「親」ではないですし、「親代わり」の立場を求められているわけではありません。法人が雇用しているのは「親」ではなく、福祉専門職としての支援員なのです。
※専門職の倫理綱領等では私的な関係(親子のような関係)を禁止しているものもあります。
倫理基準:Ⅰ クライエントに対する倫理責任
1.(クライエントとの関係)社会福祉士は、クライエントとの専門的援助関係を最も大切にし、それを自己の利益のために利用しない。
「本人のために…」という善意の気持ちが悪いのではなく、その態度や支援手法が「統制」「管理」「強制」「罰」になっていないか?支援手法が段々、厳しくなっていないか?福祉専門職として定期的に自己点検する必要があります。
■虐待の要因3:組織の空気感が個人の行動に影響を与えてしまう
個人の努力だけでは虐待防止に不十分です。なぜならば、組織文化や集団心理も個人の行動に大きな影響を与えるからです。
〇権力構造による服従と同調
不適切な支援を志向する援助者が組織内で権力と発言力を持つと、周囲は圧力を感じて同調(迎合)が生まれやすくなります。
〇責任の分散「赤信号みんなで渡れば怖くない?」
組織集団で不適切な支援が行われると、「みんながやっているから」という意識が生まれ、個人の責任感や罪悪感が薄れていきます。表のルール(福祉理念や就業規則)よりも裏のルール(援助者が利用者を管理しやすい慣習)が優先されてしまうことも…
〇対話の不在と他責化
組織内での対話が失われると「不満」を不適切な支援の理由にする自己正当化(他責化)が起こります。(誰も指摘してくれないと他責化が、より悪化することも…)
「ストレスがたまって」→心理状態への責任転嫁
「人手不足だから仕方ない」→構造的要因への責任転嫁
「上司が理解してくれない」→管理職への批判
「待遇が悪いから」→不満のはけ口
しかし、これらの背景要因があったとしても、不適切な支援を正当化する理由にはなりません。同じ環境下でも、良質な支援を行っている職員はいるからです。
■虐待の要因4:たまたま「うまくいった!」を正解だと思い込む危険性
「専門性に基づかない思いつきの支援を試す」→「うまくいった(たまたま)」→「これが正解だ!」
この根拠なき経験主義は、非常に危険です。(倫理観を伴わないならもっと危険)
利用者には個別性や障害特性があり、適切なアセスメントや専門的知見に基づくオーダーメイドの支援が必要です。専門職として知識・技術・倫理観をもって、根拠(エビデンス)のある支援を提供するべきです。特に福祉職は高度な倫理観を求められる仕事なので、痛みや苦痛を伴う支援は選択肢から除外するよう心がけましょう。
不適切な支援で問題行動を一時的(表面上)に抑えても、根本的な解決にはなりません。その援助者がいない場面では問題行動が再発したり、抑圧された分より激しく表出する可能性もあります。このように、不適切な支援を「効果があった」と誤認してしまうと、不適応行動がより強化され、さらに強い手法の不適切支援を抑えたりと、最終的には虐待にまでエスカレートする危険性があります。
これは、支援における「北風と太陽」です。福祉専門職として力や圧力で押さえつける「北風」ではなく、信頼関係や専門的な支援で適切な関係をつくる「太陽」のような支援を行うべきでしょう。
■虐待の要因5:「これが普通」という感覚の恐ろしさ~気づきの欠如~
福祉現場で危険な状況は、不適切な支援を「正しい支援」だと思い込んでいる状態です。問題への「適切な理解=気づき」がなければ、問題を解決しようとする動機が生まれません。
「今までこのやり方でうまくいってきた」→経験主義と思い込み
「利用者のためにやっているから、正しい」→動機の正当化
不適切な支援を行っている自覚のない援助者は、自らの支援を変えようとは思わないでしょう。さらに、下記のような組織風土も不適切な支援を加速させます。
先輩が行っている不適切な支援を「これが正しい」と新人が学習してしまう→支援の負のスパイラル
職場の支援に疑問を投げかけることが、先輩や同僚への批判と感じられる→同調圧力・権威への服従
〇新人職員の学習の負のスパイラル(プロセス)の例
入社直後:不適切な支援に対する違和感を持つ
数ヶ月後:「先輩がやっているし、疑問を挟めば怒られる…」
数年後:疑問を持たなくなり、不適切な支援が日常(普通)になる
こうして、健全な感覚が失われ、倫理観が麻痺していく。それが不適切な支援を生む組織風土につながります。
小さな疑問で立ち止まることが「適切な支援」の始まり
逆に、日々の支援の中で「ん? これで本当にいいのかな?」という小さな疑問を持つこと。これが「気づき」の始まりです。「これは、適切な支援なのだろうか?」と立ち止まることができれば、不適切な支援を改善する動機が生まれます。
本記事の虐待が発生する5つの構造要因(罠)を自覚することで、そうした「気づき」のきっかけになるかもしれません。
では、どうすれば職員一人ひとりが日常的に自問し、チームで対話できる組織文化を作れるのでしょうか?
次回予告 ~行動指針YELLの紹介~
次回の第2回では、社会福祉法人悠久会が権利擁護を実践するために活用している行動指針「YELL」を紹介します。
なぜ、行動指針「YELL」が必要だったのか?
行動指針「YELL」とは何か?
どのように現場で活用されているのか?
抽象的な理念を語るだけではなく、具体的な行動レベルで「気づき」を生み出す仕組みを解説します。
▶第2回:なぜ「マニュアル」ではなく「行動指針」なのか...? 悠久会”YELL”が福祉現場で使われる理由
悠久会の権利擁護の取り組みを、もっと詳しく知りたい方へ
本記事では5つの構造要因を簡潔に紹介しましたが、詳細な解説と第1回から第3回までをまとめた完全版を悠久会の公式サイトで公開しています。下記のリンクよりご覧いただけます。
▶︎ 権利擁護と虐待防止への取り組み 行動指針YELLの活用|社会福祉法人悠久会 公式サイト(長崎県島原市)




記事で「知識とスキル不足による誤った解釈」を挙げていますが、障がい特性の理解や適切なアセスメント力を高めるために、現場職員向けに最も効果的だと思う研修方法はありますか?
個人的には、日本知的障害者福祉協会の「知的障害援助専門員養成通信教育」は知識(理解)を得るには効果的かと思います。初学者から中級者までは、網羅的に体系化されたカリキュラムを1つは受けておくべきでしょうかね(それが土台になるかなと)(※内容を確認したのは10年以上前ですが、知識や理解…