鉢屋と深夜のコンビニに行く
なんか、哀車の術って言うらしいよ
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ドア2つ隔てた向こうから、ざあざあとシャワーが流れる音がする。時刻は23時30分。テレビを見るのも飽きてしまいSNSを流し見していると、目に飛び込んできたのは新発売の文字が添えられたコンビニスイーツ。どうやら今日から発売開始されたらしいそれは、カラフルなゼリーの上にクリームやムース、果物が乗ったパフェのようなスイーツだった。かわいらしいスイーツは深夜の胃には毒で、見れば見るほど輝いて見える。でもさすがに今からはなあと時計を見たタイミングで、ぐうとお腹が情けない音を立てた。よりによって今日の夕飯は時間が早めだったので、自分のお腹からは「食べたい」と主張の声が聞こえる。心なしかスイーツの方も「食べて」と言っているようだった。
もう一度ちらりと時計を見る。23時45分。
先程からシャワーを浴びている彼氏の三郎は、なにをそんなに丁寧に洗っているのかわからないが私よりも風呂にかける時間が長い。いつもの調子ならまだしばらく入浴しているはず。
いける。
そう確信し、財布を手に取りそっと部屋を出た。1Kの賃貸は玄関のすぐ横に浴室があり、聞こえるはずがないと思いながらも忍び足で通過した。できるだけ音を立てないようにドアロックを外し鍵を回す。ミッションをクリアしたことに安堵してドアを開けたところで、浴室のドアがガチャリと音を立てて開いた。
「…………は?」
「げっ」
部屋着兼寝巻きとしておそろいで買ったジェラートなTシャツとハーフパンツを身につけ、まだ水分の残る髪をがしがしとタオルで拭きながら出てきた三郎は、今まさに外出せんとする私を見て間抜けな顔をしていた。これが鳩が豆鉄砲を食ったような顔なのだろうか。
「じゃ! 髪はちゃんと乾かすんだよ!」
「待ておい待てどこへ行く!!」
三郎が呆気に取られているうちにさっさと行けばよかったものの、突然の登場に驚いて初動が遅れてしまった。慌ててドアを閉めようとするが腕を掴まれてしまい、結果三郎の腕をドアで挟むことになった。
「痛いわばかたれ!!!」
「ご、ごめんなさい……」
ここ玄関だから、お隣に聞こえちゃうから、と言おうとしたが、そんなことを言えば火に油を注ぐことになるのは火を見るより明らかである。さすがにドアで腕を挟んでしまったのも申し訳なく、玄関で縮こまって説教を受けた。
「だいたい、こんな時間からどこへ行こうとしていたんだ?」
「ウォーキング?」
「サンダルを履いてか?」
「ぎくっ」
「私が風呂に入っている間にか?」
「ぎくぎくっ」
すぐ近くまで迫ってくる三郎の目を見れず、玄関の床をじっと見つめる。風呂上がりの三郎からは私の家のシャンプーの香りがした。この顔の男から女性もののシャンプーの香りがするのって、なんかえっちだな。
「三郎、また私のシャンプー勝手に使ったでしょ」
「話を逸らすな」
「使わないでって言ったのに」
「いやまあそれは悪かったが……」
「じゃあ、行ってくるね」
「それとこれとは話が別だ」
しおらしく拗ねてみてその隙に出かけようとしたが、三郎にはお見通しだったようだ。再度がっしりと腕を掴まれて、これは逃げられそうにないなと悟った。さよなら、私のスイーツちゃん……。
「おおかた、お腹が空いてコンビニにでも行こうとしたのだろう。新発売のスイーツでも食べたくなったところか」
「なんでわかったの?!」
「顔に書いてある」
書いてなんかないよなあと自分の頬をさすると、三郎は反対の頬をひっぱった。
「いひゃいよ」
「こんな夜中に一人で出かけようとした罰だ」
「ごめんなひゃい」
「わかったら、二度とこんなことはするな。髪を乾かしてくるから少しだけ待っていろ」
「え!」
引っ張った頬にちゅっとキスをして、三郎は洗面所へ向かった。私はといえば単純なものですっかり嬉しくなってしまって、洗面所へ向かう三郎の背中を追いかけた。ごおお、というドライヤーの熱を感じながら、三郎の背中にべったりくっつく。暑い、乾かしづらい、と口にしつつも、そのままにしていてくれる三郎はなんだかんだで私に甘い。
一人暮らし用賃貸物件の洗面所は二人で立つにはちょっと手狭で、鏡にうつる三郎の背後霊のように私がちらっと顔を出していた。
「背後霊みたいだな」
「うそ、私も同じこと考えてた!」
「こんな不用心な背後霊がいてたまるか」
「失礼な!」
「背後霊だというのなら、ちゃんと私から離れずにいるんだな」
三郎はドライヤーのコードをきっちりとまとめてから、玄関ドアにくっつけてあるキーケースを手に取った。私も慌てて後を追いかけた。
◯
「あああ! 売り切れてる!!」
「まあ、深夜だからな……」
◯
翌日
「あああ!! 冷蔵庫にスイーツが!」
「シャンプーの礼だ」
「三郎好き! 許す!」
Comments
- うたたねまくら@西1キ55aJun 10th