何故女性は将棋やチェスで男性に勝てないのか?
日本の将棋界では8月から女流棋士の新制度がスタートした。これは女性は女流棋士戦(女性だけの将棋戦)の実績だけでプロ棋士と認める制度であり、要するに「女子枠」だ。これに対して藤井七冠を中心に「棋力の担保は取れているのか?」等の疑問の声があがっている。尚、今まで女性が通常のプロ試験において合格したことはない。
将棋に限らずチェスや囲碁等の完全情報ゲーム…運の関与の余地が少ないゲーム競技においては、総じてトッププレイヤーが圧倒的に男性に偏っていた。将棋は前述の通りそもそも通常の手段でプロになった女性は存在せず、チェスの世界大会で戦う女性は全体の僅か2%だ。男性と女性における完全情報型競技ゲームの成績においては誤魔化しようがない格差が存在する。
将棋やチェスは他の競技に比べれば体力の要求値が少なく、また腕力は事実上関係ない競技であり、そこに男女差が生じるとすれば当然に「男性と女性の知能、脳、情報処理能力には性差がある」という結論に行きついてしまう。そしてし男女の頭に性差がないとすれば、そもそも何故小さな木片を持ち上げるだけの動作を男女別にする必要があるのか?という話にもなってしまう。そこに男性優位になる頭以外の要因…例えば体力や腕力の問題があるとすれば、シャーペンは鉛筆を持ち上げる筆記テストですら男女別にする必要が生じてしまうだろう。
こうした問いに対する政治的に正しい答えは概ね以下のようになる。
「まず単純にプレイヤー人口が違う。将棋だとスマートアンサーの調査では男性の半数がルールを知っているのに対し、女性は10%ぐらいしか知らない。トップレベルにいくのは全プレイヤーの上澄みなわけだから母数が少なければ、当然にトッププレイヤーの女性も少なくなる。更に将棋やチェスにはこのような"女性は男性より弱い/向いてない"的なバイアスがある。こういうバイアスが女性人口を更に減らしたり、女性プレイヤーの向上心を妨げたり諦めやすくしてることは想像に難くない。それだけで本当に格差を説明出来るかって?勿論出来る。何故なら女性がこのように劣位にあること自体がエビデンスだからだ!男女の頭に性差はないので論題ではなく前提だ!」
恐らく私のような社会不適合者以外は間違いなくそのような説明で議論を濁すだろう。実際羽生善治もそのような説明で抗議を煙にまいた。しかし私は社会不適合者なので、皆知ってるが皆言えない事実…男女の頭には性差がある…ことを指摘する。
上記の政治的に正しい説明の中で恐らく最も直感的に「ありそう」と思わせるものが、男女における参加者の母数の違いだろう。そもそも競技に参加する女性が少ないのだからトッププレヤーも当然女性が少なくなる…という論理は実に単純明快で分かりやすい。
しかしながら、このような説明はまず将棋やチェスに限らずスクラブルという参加者のうち女性が85%を占める完全情報ゲーム等でも、やはりトッププレイヤーは男性に偏るという事実から怪しくなる。
スクラブルはアルファベットの文字が書かれたタイルを使い、クロスワード形式で英単語を作り、得点を競うボードゲームだ。これは1948年にアメリカで開発されてから英語圏で親しまれ、1991年には世界大会まで開けれている。このゲームの最大の特徴はパズルと言語能力を組み合わせている事にある。
我が国の文科省及び東京科学大学及び東京大学等の主張によれば、男性と女性は能力と興味において同1で性差はなく、工学物理学数学といったデータに基づく抽象的分野で男性が優位に立ってるように見えるのは、性差別のせいということだ。エビデンスや具体的根拠などは1切ないが、とにかくそういうことになっている、それは女性の進学を妨げる親の抑圧だったり、周囲の何気ない1言であったり、女性の成果を男性が盗むせいであったり、その他なんらかのアンコンシャス・バイアスや家父長制の陰謀のせいかもしれないが、とにかく性差別の結果と主張してる。
しかし単語を数多く覚える事を抑圧するような文化的慣習は存在せず…いや、そもそも上記で主張されてる女子の理系進出を拒む陰謀もないのだが…更にスクラブルは前述の通りプレイヤーの85%は女性であり、上記の理論を受け入れた場合でも男女平等(或は男性不利)な競技と言える。そして競技プレイヤーでも女性が過半数を占めるものの、トップレベルのディビジョンではプレイヤーの85%が男性であり、最下位ディビジョンの70%が女性である。
また2009年にチェスにおけるプレイヤー人口の男女比は16:1であり、これだけでトップ100の男女プレイヤーのeloレーティング(対戦成績)をほぼ説明出来るという研究が発表された。しかし2010年、早くもこの研究は反論され「参加者の男女比で説明出来る格差は3分の2程度」「というか、そもそも論として男性の平均レーティングは女性の平均レーティングを約100ポイント上回っている。つまり母数以前に単純に女性全般の傾向として男性全般より弱い」ことを明らかにした。
2009年
2010年
これに対して政治的に正しい…つまり男女の頭の違いはないとする派は、参加者数の差はそれ自体が複合的な要因の結果だと唱えだした。例えばステレオタイプ脅威や、男性中心的なクラブ文化、あるいは競争に対する周囲の期待などが、女性の参加を妨げ、高い離脱率を生み出し、結果として統計的なパフォーマンス差を生み出している可能性がある。この観点から見れば統計的説明は他の要因を否定するものではなく、むしろそれらの要因がどの程度の規模で影響を及ぼしているかを示している…と。
女子枠全般に言える事だが、この手の議論は「男女の頭に性差はなく、現れた結果は何らかの性差別の結果である」から逆算して幾らでも「女性はこんな差別も受けてるのかもしれない!」とユニコーンが作られる。そのユニコーンは実在する証拠がなくても自明として扱われ、反論側は常に不在の証明を迫られるのだ。これがどれほどおかしな話か?はツチノコを例にすれば分かりやすい。女性が「ツチノコを見た」と言いさえすれば、それを疑う側がツチノコが存在しない証拠を出さない限り、とりあえずいるものとして扱われ、それ前提に話が進むのだ。
このように作り出されたユニコーンは学術的には「ステレオタイプ脅威」と呼ばれている。これは雑に言えば、個人が属する集団に対する否定的なステレオタイプを意識することで、そのステレオタイプを裏付けてしまうことを恐れ、結果としてパフォーマンスが低下してしまうという心理現象だ。これも説明だけ聞くとありそうに思えるが、科学的な証拠は2025年現在対立している、
効果を支持する例として、実験室研究では女性プレイヤーがオンラインでチェスをやる際に対戦相手の性別が男性だと告げられると、パフォーマンスが低下することが確認された。
しかしながら550万局以上の実際のトーナメントのゲームデータを分析した2018年の大規模研究では、ステレオタイプ脅威の証拠は見つからなかった。それどころか女性は男性と対戦した際には期待値を上回る成績を収める傾向が確認された。
このように結果がバラバラになる研究はそれ自体が答えである事を示している。つまり「良しにしろ悪しにしろ効果はその程度」ということだ。殆ど効果がなく、それ以外の微細なパラメーターの変化で幾らでも変わってしまうのである。同じ現象は「ポルノや暴力表現と犯罪」で有名だ。更に所詮その程度の証拠として「女性は××に向いてない」的な言説は、その真偽によらず表では決して言えない発言になり、またチェスを嗜む女性は増えている=ステレオタイプ脅威は確実に減っているのに、やはり女性トッププレイヤーが現われない事からも明らかだ。
こうした研究結果を受けて、今度はマザーフッド・ペナルティ…母親になってゲームから離れる、漏れるパイプライン…女性の離脱率は男性より高い、ロールモデル効果…男性王者はいるが女性王者はいないのでやる気が、と政治的に正しい人間達はあらゆる女性不利要素を探し出しユニコーンを粗製乱造させている。そして議論は煙に巻かれると思われた時、思わぬ角度からそういった言葉遊びでは誤魔化しきれない答えが突き付けられた。
2023年ケニアのチェスの大会で奇妙な事が起こった。ニカブを被り誰とも口を聞かない女性がチェスのオープントーナメントにフラッと現れて無双し、遂にはウガンダのトップ女性チェス選までをも破ったのだ。いくら何でも強すぎる。こんな強い女性が無名のわけない…と会場は大騒動に陥り、そして選手の正体が金に困った男子大学生である事が判明した。因みにこの男性はチェスの腕前は男性間ではそこまで高く評価されてなかった。これは言い方は非常に悪くなってしまうのだが、チェスにおいて女性はトッププレイヤーであっても男性プレイヤーから見れば雑魚以下に過ぎないということだ。
そして同年、世界チェス連盟は「不公平なアドバンテージ」を懸念し、トランスジェンダー女性を女性限定の試合から排除した。この不公平なアドバンテージの詳細が発表されない事もあり、当然にチェス連盟の決定は多くのトランス女性から「生物学的な優位がないのに何故トランス女性を締め出すのか?」「トランスジェンダーの女性は生まれつきチェスが上手なのでしょうか?私たちはシスジェンダーの女性と対戦するには賢すぎるのでしょうか?」と猛反発を浴びている。良い悪いは別に世界チェス連盟が本音ではどう思っているのか?は誰の目にも明らかだ。
男女の頭にはやはり違いがある。チェスや将棋は高度な視空間的思考を要求するゲームであり、この分野における認知能力の性差は、パフォーマンス差を説明する有力な候補として長年研究されてきた。
数多くの研究が特定の視空間課題、特にメンタルローテーション(多次元の物体を異なる視点から心の中で想像する能力)と空間記憶能力において、統計的に1貫した中程度から大規模な男性の優位性を示している 。この能力は盤面の未来の状態を正確に視覚化する必要があるチェスや将棋において、極めて重要であると言えるだろう。
メンタルローテーションとは、超雑に言えば頭の中でモノを回転させる能力のことだ。我々は目の前にないものでも、頭の中に思い浮かべて「こっちに回したらどう見えるかな?」「裏側はどうなってるかな?」と、グルグル動かしてシミュレーション出来るが、その際に使われる能力を指す。1番分かりやすいのがテトリスで、落ちてくるブロックを「こう回転させれば、ここにハマるな」と考えるのがメンタルローテーションだ。
空間記憶とは、場所のレイアウトや、その空間の中でモノがどこにあるのかを記憶しておく能力のことだ。超雑に言えば、脳に内蔵されたGPSのようなものであり、これのおかげで我々は自分のいる場所を理解し、目的地までの道のりを思い描き、モノの場所を覚えておくことが出来る。私達が毎日迷う事なく通勤・通学できるのはこの能力のおかげだ。
この2つの能力は男性が女性に比して優位な傾向にあることがメタアナリシス等で確認されており、結果も1貫している。
またIQ研究において男女の分散が違うこともトッププレイヤーに男性が多い理由としてあげられがちだ。所謂Xでも度々「女性のIQは平均に近く収束するが男性のIQは広く分散する」の説明として持ち出されるやつである。
男性のIQスコアは女性に比べてばらつきが大きく、その結果、分布の両極端、すなわち非常に低い層と非常に高い層の両方に男性がより多く存在する傾向がある。その為、平均値では男女差がない・僅かであってもチェスのグランドマスターになるには、極めて高い知的能力が必要とされるため、僅かなバラつきの差であれ、分布の最上位層では大きな人数の差として現れるのだ。
が、最近私がそれについて私が更に詳しく解説した事実…IQテストは半世紀以上に渡って「男女の脳に性差はない」という信念から逆算され調整され続けてきた…が流れてくるようになった。これは素直に嬉しい。
この画像について簡単におさらいをしておくと、始まりはColom & Lynn (2004) が行ったIQの性差に関する40のデータセット調査である。そこで研究者は女性の平均IQは男性よりも約4ポイント低く、この差は実際に男女間の知能の実際の違いに関連している可能性が高いことを発見した。
その研究を踏まえnyborgはIQテストにおいて2つの欺瞞があることを発見した。1つは「女性は男性に比してある時期までは発達が早い」事と、「主に少年/男性が1般的に優れている認知能力の領域にあまり焦点を当てないことにより性差を曖昧にするように修正されている」ことである。そういった調整を除いた場合のIQ分布図が上記である。
そして更に政治的に調整されてないIQと男女の成熟スピード差の追試の数々では、ちょっと無料部分では書く事が出来ないような結果が出たので、それを察する事が出来そうな研究を書いてお茶を濁す。
メンタルローテーションにおけるエモリー大学の大規模のメタ分析においても男性優位の結果が出たが、同時に就学前の幼児には男女差は見られないことが発見された。その性差は6歳から8歳の間に男性の優位性が現れ始め、思春期の終わりまでにその差は3倍に拡大していった。研究者はコレを持って「メンタルローテーション能力の男女差が生得的なものではないかもしれない。そこには何らかの環境要因…例えば親が子供に話し掛ける内容とかオモチャによる影響といったユニコーンが存在するかもしれない」としている。しかしユニコーンが存在するにしろしないにしろ、とにかく男女の頭の差は加齢と共に顕著になっていく傾向があるのは確かだ。
https://psycnet.apa.org/record/2019-17809-001
(追試の詳細を知りたい方はコチラ)
そして近年脳の性差に関してはブレイクスルーが訪れている。かつて脳の性差は連続的なものであり、男女間の重複が大きいとする「脳の連続体仮説」が主流であった。しかし2023年から2024年にかけて発表された、人工知知能(AI)と大規模データセットを用いた画期的な研究はこの見解を覆しつつあるのだ。
スタンフォード大学の研究チームは、AIモデルを用いて安静時fMRI(機能的磁気共鳴画像法)スキャンを解析し、90%以上の精度で脳が男性のものか女性のものかを識別できることを示した 。この結果は、性別が人間の脳の機能的組織における堅牢な決定要因であることを示す強力な証拠であり、男女差が取るに足らない、あるいは重複しすぎて無意味であるという従来の考えに挑戦するものである。
この研究で明らかになった最も重要な違いは、機能的結合性(functional connectivity)のパターンにある。平均して男性は異なる脳ネットワーク間の長距離接続である「ネットワーク間」結合性が強い傾向が見られた。これはグローバルな認知処理をサポートする脳の組織原理を示唆している。1方女性は特定のネットワーク内での接続である「ネットワーク内」結合性が強い傾向があり、これはより効率的で専門化された局所的な処理を反映していると考えられる。
脳の性別を最も確実に識別するのに役立った「ホットスポット」領域には、自己言及的な思考を処理するデフォルトモードネットワーク、学習や報酬、感情に関わる線条体および辺縁系ネットワークが含まれていた 。これらの発見は、男女の脳が単に大きさや特定領域の活動量が違うだけでなく、情報処理を行うための根本的な「配線図」や「動作原理」が異なる可能性を示している。
私見になるが、これらの新しい神経科学的知見をチェスに当てはめると、興味深い仮説が浮かび上がる。男性に典型的な強い「ネットワーク間」結合性は、盤面全体の状況を把握し、複数の可能性を同時に評価するような、全体論的なパターン認識や柔軟なグローバル戦略の立案に有利に働くと思われる。要するに男性は盤面の異なる領域で起きている複数の要素(例えば、自陣の守り、中央の支配、敵陣への攻撃準備)を同時に結びつけ、それらを統合した1つの大きな戦略的ビジョンとして捉える能力に長けているという仮説だ。
将棋やチェスにおける男女の成績差を、「参加者人口の違い」や「ステレオタイプ脅威」といった社会的要因のみで説明しようとする試みは、多くの研究や事例によってその限界が示された。スクラブルのように女性参加者が多数を占める競技ですらトップ層は男性が支配的であるという事実は、この問題が単なる社会環境の問題ではないことを強く示唆している。「男女の頭に違いはない」という教条を考慮しなければ、この問題は
・メンタルローテーションや空間記憶といった、ゲームのパフォーマンスに直結する視空間能力における統計的に有意な性差。
・IQ分布における男性の分散の大きさ。
・そして最新のAIを用いた研究で明らかになった、脳の機能的結合における根本的な配線の違い。
これらの生物学的な要因が、無視できない影響を与えていることは疑いようがないだろう。世界チェス連盟がトランスジェンダー女性の女子大会への参加を「不公平なアドバンテージ」を理由に制限した決定も、こうした生物学的な違いを暗に認めた以外の解釈は不可能だ。
勿論これは女性が将棋やチェスで決して男性に勝てないという意味ではない。これらのデータはあくまで集団としての統計的な傾向であり、優れた能力を持つ女性個人は当然存在するし、後述のラースロー・ポルガーはその典型だ。しかし「男女の頭に性差はない」という政治的に正しいとされる前提から出発し、全ての差を社会や環境のせいにする議論は、現実から目を背けた言葉遊びに過ぎない。
女流棋士の新制度が「棋力の担保」を疑問視されるのも、こうした背景があるからに他ならない。生物学的なハンディキャップが存在する可能性を無視し、「女子枠」を設けることは本来求められるべき個人の実力評価を曖昧にし、競技そのものを腐敗させる事に他ならない。
と、まとめたいところであるがこの手の話には「ラースロー・ポルガー」という外れ値が存在する。ハンガリーの教育心理学者であったラースロー・ポルガーは、「天才は生まれるものではなく、作られるものである」という強い信念を持っていた 。彼は適切な教育と訓練によって、どんな健康な子供でも特定の分野で卓越した能力を発揮できると考え、自身の3人の娘を「チェスの天才プレイヤーにする」という壮大な教育実験を行った。
その結果、長女スーザンはグランドマスターとなり、次女ソフィアはインターナショナルマスターとなり、末娘のユディットは男子選手を含めた世界ランキングでトップ10入りを果たした唯1の女性となった。これは何を意味するのだろか?やはり男女の頭には性差はなく、ユニコーンは存在することを意味しているのだろうか?勿論、そうではない。何故なら…
女性の活躍を阻む真のユニコーン
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購入者のコメント
10>>「女性が輝く社会」にするためには「女子枠」とは正反対の制度、すなわち精神的にも肉体的にも女であるということを一切無視した、男性と全く同様の負荷の稽古、訓練を行うことが必要である、となります。
物凄い納得できる結論だと思います。「すごい上達するには、すごい鍛錬が必要」というだけのことなんでしょう。そこに「下駄を履かせる」アプローチは逆効果でしかないと思います。
むかーしからネット上で言われている「女が参入してくるとオワコンの始まり」は、まさにこの記事の内容が作用機序となって起こっています。
現代女の根幹は「私は何も差し出さず努力せず望むもの全てが欲しい」なので、「実力評価(つまりプロセスの結晶)」はキャンセルされます。
あとコンタクトスポーツの世界だと常識なんですが、「成人女のトップ層≒男子の中学から高校の地方大会レベル(種目によっては小学生レベル)」なので、まあ脳もその例に漏れないかもしれないですね。
長期的な成長力が天地の差なので、ずっと一緒はそもそも無理筋なんです。
ポルガー家三姉妹でも世界ランクトップ3は疎かトップ5にも入れず、一番適正があると思われる三女の最高位が8位で終わってるのがなんとも・・・
親父さんが三姉妹で世界ランクトップ3を占める計画だったとする真偽不明の話もあるようですが、現実にそうなってれば性差の有無に対する有力な証明事例になってたでしょうが、実際の結果からは生物学的要因からくる男女の能力差をより補強することになっちゃってますよね。
脳の性能と、「精神力」が違うというのはそうでしょうね。
異常な精神力はテストステロンなしでは無理でしょう。