鍵盤楽器音楽の歴史(4)初期のクラヴィコード
謎の楽器 "chekker" がクラヴィコードだとすれば、クラヴィコードはチェンバロよりも先に存在していたと考えられますが、クラヴィコードという名称については、1404年のミンデンのエベルハルト・フォン・ケルスネによる "Minneregal" に見られる "clavichordium" が初出となります。
クラヴィコードに関する最初の図像資料は、チェンバロと同じく1425年のミンデンの祭壇です。チェンバロの天使の隣に箱型の鍵盤楽器を演奏する天使が居り、これはクラヴィコードであると考えられます。
そして次も同じく1440年のアルノーの手稿です。https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b100246322/f298.image
ここに描かれているのは3オクターヴの音域をもつ楽器ですが、すべての弦は同じ音高に調律されます。クラヴィコードは打弦位置で音高が決まるため、このような芸当が可能なのですが、打弦位置が指数関数的になるため、高域では打弦位置が詰まり、一方低域では間隔が開くためキーレバーを大きく湾曲させなければなりません。
タンジェントの割り当ての図。弦は9対で、1対の弦で3~5音を受け持ちます。このようにばらつきがあるのは、協和音の構成音が同じ弦に割り当てられないようにする配慮を行っているためだと考えられます。
アルノーのクラヴィコードは、クラヴィコードがモノコードから発展したことを示しています。つまりこの楽器は複数の同じモノコードを一つの筐体にまとめたものに他なりません。実際15~16世紀にかけてはクラヴィコードのことをモノコルディアと呼ぶことがあります。
ウルビーノのドゥカーレ宮殿に1479年頃に作られたストゥディオーロ(小書斎)は、バッチョ・ポンテッリの作とされる極めて精巧な寄木細工によるトロンプ・ルイユで装飾されています。
https://commons.wikimedia.org/wiki/Studiolo_di_Federico_da_Montefeltro
その北面の隅にクラヴィコード(の絵)があります。
その驚くべき精巧さから、この寄木細工によるクラヴィコードの絵は15世紀のクラヴィコードの姿を正確に伝えるものと考えられます。Pierre Verbeek はこの絵から復元楽器を製作しています。
https://harpsichords.weebly.com/uploads/2/5/0/1/25019733/verbeek_urbino_magnano_nov_2011_ver09_pub.pdf
https://harpsichords.weebly.com/urbino-palazzo-ducale-clavichord-15th-c.html
音域はF から f'''の4オクターヴですが、最低域のF#とG#を欠いています。弦は17対あり、アルノーと同じく3音か4音のグループで割り振られますが、下から5つの音には専用の弦が割り振られています。フレッティングから音律はB–F#間にウルフを持つピタゴラス音律であると推定されますが、最低音域では理論値からの逸脱が大きく、おそらくこれらの弦だけは別に調律されます。これによって最低音域のキーレバーの湾曲を少なくすることが出来ます。
この描かれた楽器にはタンジェントが2つ欠けており、逆にチューニングピンは36個あって2つ余っています。これは過失ではなく何か象徴的な意味合いが隠されているものと推測されています。
現存最古のクラヴィコードは1543年のヴェネツィアのドメニコ・ダ・ペーザロの楽器です。
http://www.claviantica.com/Publications_files/Pisaurensis_clavichord_files/Pisaurensis_Introduction_files/Introduction.htm
これまでの例ではキーレバーの下に広がっていた響板が右側の高い位置に置かれるようになりました。これによってブリッジは低くなり、さらに音域ごとに分割されています。この右側響板のレイアウトは以後の楽器に踏襲され、ブリッジは曲線を描いてつながるようになります。
この楽器のレプリカを用いた Paul Simmonds による演奏のCDがあります。
https://paulsimmonds.com/product/pour-ung-plaisier/
バロック以降のクラヴィコードとは一味違う力強い響きが楽しめます。
楽器のことはこの辺にして、次回からはルネサンスの鍵盤音楽について書いていきたいと思います。



コメント