来夏の知事選に出馬を表明している前市長には「知事のポストを渡したくない」と感じる2つの理由:①
テーマ:ブログ
2026年6月29日:パート2
20時前。高崎の自宅で、パソコンを起動させた。本日の日程を振り返る前に、来夏の知事選に関するブログの続編を掲載する。
政治家 山本一太は、自民党の国会議員だった時代から、一貫してこう主張していた。
「そもそも、衆院の全ての小選挙区、参院の全ての地方区では、有力な候補者同士が競い合うべきだ!そうじゃないと、政治に緊張感が生まれない。複数の選択肢がないのは、有権者にとっても不幸だ!」と。
知事選も全く同じだと考えている。豊富な政治経験を持つ前市長が立候補を表明し、更なる強敵も現れる可能性も囁かれる中、来夏の知事選は激戦になる様相を呈している。
それぞれの「志」を持って名乗りを上げた複数の候補者が、政策を競い合い、堂々と戦って県民(有権者)の審判を仰げばいいと思う。
ただし、(本当に申し訳ないが)同じ知事選への立候補を表明している同郷の前市長に、「知事のポストを譲るわけにはいかない!」と強く感じているのも事実だ。それには、主に2つの理由がある。
ひとつ目は、このひとの市長時代の「職員に対する対応」だ。
組織のトップとしての資質も、有権者にとって大きな判断材料の1つになるはずだ。そう考えて、(単なる悪口にならないよう気をつけながら)このブログに事実を書き残しておくことにする。
上述した前市長が市政の舵取りをしていた12年間、自分はこのひとを応援していた。7年前、知事に就任した後も、お互いに助け合っていた。
特に知事にあった後、何かトップ同士で話したいことがある場合は、ほとんどこちらから市役所に足を運ぶようにしていた。
高崎市長に対しても、同じ対応を取っていた。距離的に近かったこともあるが、県都である前橋と最大の経済圏である高崎を「知事としていかに重視しているか?」を行動で示すためでもあった。
え?もっと移動時間が短かったら、伊勢崎市にも太田市にも、他の市町村にも、マメに出かけていたに違いない。が、多忙な公務の合間を縫って足を伸ばせるのは、高崎までが限度だった。(ふう)
ある時、前橋市が慎重な姿勢をとり続けていた「ある予算」に関して腹を割った議論をするために、市長室を訪れた。担当の幹部(部長や課長?)が同席していた。
議論の途中で、「ここからは2人で話したいので!」と言って、市の幹部に離席してもらった。15分ほど議論を交わした後、会議室を出た。
が、その際、ドアの近くで4、5人の職員が聞き耳を立てていた様子を目撃した。直感的に、「なるほど、市長が何を言うか分からないので、警戒しているんだな!」と思った。「群馬県では、ありえない光景だ」とも感じた。
前市長(当時の市長)の考えが、市の幹部に浸透していないことに驚いた。実は、親しい前橋の経営者や市議等から、「市長が担当部局に何の根回しもせず、急に何かを発表したりするので、市の職員はスゴく困っている」という話を何度も聞いていた。
好意を持っていただけに、心配になった。本人に直接、会って、「職員の人たちと、ちゃんとコミュニケーションを取ったほうがいい!」と言うべきかどうか、本気で迷った。
が、「余分なことを言って、良好な関係を壊したくない!」という気持ちが働いた。結局、何のアドバイスも出来ずに終わった。
残念ながら、その時に感じた不安は、2年前の市長選で的中した。振り返ると、あの時、ちゃんと思ったことを伝えておくべきだったかもしれない。ちょっぴり、後悔している。
口先でもっとらしいこと言うのは簡単だ。が、人間、ましてや、政治家は、実際の行動(実績)で評価される。
申し訳ないが、このひと(前市長)が県庁のトップになり、過去7年間、知事である自分を支えてくれた真面目で優秀な県庁職員が、同じような目に遭うのは忍びない気がする。(ため息)
さらに(当時の市長を応援していた)自分を驚かせたのは、前市長(当時は市長)が自ら任命した副市長(後に退任)との関係だった。
あ、そろそろ17時からの「政務会見」に向かう。この続きは、今晩のブログで。
たった今、高原前危機管理監が県庁を離れる前の挨拶に来た。今後は、みどり市の副市長として辣腕を振るう予定だ。高原さんは草津出身。草津の小、中学校、渋川高校の後輩に当たる。
「須藤昭夫市長は、自民党県議団の幹事長も務めたことのある実力派。仕え甲斐のある上司で、良かったね!」と言うと、大きく頷いていた。