私は高橋さんと政策委員同期であり、渦中のそばにおり、公認取消理由も知っていた立場ではありましたが、だからこそこの玉木代表の投稿には違和感を覚えます。
と言いますのも、論点はそこじゃなくて、「じゃあなんで一回でも担ぎ上げたんだ」「担ぎ上げた以上は最後まで責任持てよ」ということだと思うからです。
例えば東京都で言うと、自民党は10〜20名の区議市議がおり、その上に都議がおり、さらにその上にやっと国政候補者…というようになるので、国政候補者には、それだけの人を黙らせるだけの素質と人望が必要となります。
その担保が、党員要件です。「党員を◯人持ってこれないとそもそもスタートラインに立てない」となるので、それ相応の人望が最初から求められます。
既にある程度出来上がった人が国政候補者になるんです。
一方、国民民主党は、「なんかこいつ良さそうじゃん」で、すぐ上へポーンって行っちゃえます。
だからあの短期間で100人擁立とかもできるわけです。正直、前回の総選挙は、総支部長の器でないと思った人が何人いたか。
・教育しない
・定着させようとしない
・なんか問題ありそうならすぐ公認取消しで最後まで責任持たない
実は私は、高橋さんの公認に最後まで反対していた人でした。「あの子はまだ危ない」「もっと教育してからにすべき」って。
それこそ公認発表会見の前日までどうにかできないかと奔走していたのは私の周りの人は覚えているはずです。
ですが、一旦発表された以上は、それならば仕方ない、もう最後まで責任持つしかない…と思いました。
それなのに…あっさり公認取消ししたので、だったらなんで最初から反対を押し切って公認したんだよ、ちゃんと最後まで責任持てよ、と思った次第です。
私は「絶対品行方正な人なんていない」「人生で問題があった人だって政治家になれる社会にすべき」論者なので、高橋さんですら国民が選んだならば国会議員であるべき、と考えます。
なので、一旦選んだ以上は、最後まで誰かが責任を持って貫くべきだったし、それができないなら最初から候補にするな、と思います。候補者の人生とお金が懸かっているのだから。
先の衆院選の100人の候補者のフォロー、どれだけできてるんですかね。教育できてるんですかね。
国民民主党には、その点に関して大きな問題点があるのをそのままにされているな、と感じます。
【週刊文春の記事について、事実関係を説明します】
週刊文春電子版に、我が党が過去の選挙で公認していた方が、公認取り消しを理由に亡くなられたとの趣旨の記事が掲載されました。