【JRバス関東】県営鉄道多古線開業100周年周遊ツアー

 6月14日に多古町で開催された、「路線バス周遊ツアー」に参加した。
 令和8年(2026年)は、千葉開府900年&多古線全通100周年の記念すべき年で、多古町は千葉氏宗家終焉の地なのである。大治元年(1126年)の6月1日に、桓武天皇の子孫である大椎常重(おおじ・つねしげ)が、現在の千葉市中央区亥鼻付近に本拠地を移し、「千葉」と名乗り、ここに千葉のまちとしての歴史が始まったといわれている。千葉市ではさまざまな記念行事が開催されている。一方、千葉県営鉄道多古線は大正15年(1926年)12月5日に多古~八日市場間の開通により成田~八日市場間が全通し、同時に改軌して1,067㎜となった。千葉県の歴史と多古線の歴史がコラボした企画となった。
 100年後の「千葉開府1000年&多古線全通200年」は、今回以上に大々的な記念イベントが開催されるかもしれないが、それまでは生きていない(笑)。そもそも100年後は、JRバス関東多古本線がどうなっているか分からず、無人運転の乗り物が空を自由に飛び交い、公共交通がなくなっているかもしれない。はて…。
 当日は成田空港第2ターミナルから、久しぶりに「多古-成田空港間シャトルバス」で多古台バスターミナルへ向かった。受付を済ませたあと、出発時間までしばらくあるので、周辺を散策する。
 多古台バスターミナルの隣接地では、新しく住宅開発が行なわれていた。日曜日にもかかわらず、工事の車が何台も止まっており、職人が仕事している。多古台バスターミナルの向かい側にはカスミとヤックスドラッグがあるほか、セブンイレブンや多古こども園、多古第一小学校なども近接しており、今や多古台は多古町の新しい顔となっている。
 多古台バスターミナルと一体で新築された、JRバス関東の成田空港支店を眺める。東関東支店から改称されてから初めてだ。構内には廃車待ちの日野KK-RJ1JJHK(L327-01201)と、館山支店から疎開のいすゞKL-LV280L1(L521-04502)が留置されていた。2両ともまもなくナンバーを切られ、業者に引き取られるのだろう。そういえば、数日前のSNSに、成田空港支店で運転競技会が開催された新聞記事が流れていた。
 向かい側のバス利用者駐車場の中ほどには、多古町教育委員会のマイクロバス4両とトヨタハイエース1両が止まっていた。多古第一小学校のスクールバスであろうか。小学校の統廃合に伴い、台数が増えたようだ。
 ツアーで使用する車両は、元川崎市交通局の日野PJ-KV234L1(L537-04521)だ。もちろん側面に「多古線100年」の記念ステッカーが貼られている。車内も多古線100年にちなんだ装飾が施され、気運を盛り上げた。
 参加者を乗せて多古台バスターミナルを出発し、「多古-成田空港間シャトルバス」と同じ国道296号線を通って、車窓から圏央道と全長3,500mのC滑走路の工事現場を眺める。芝山町や多古町は数年ぶりに訪れたが、圏央道とC滑走路の工事現場を見たのは初めてだ。圏央道の大栄JCT~多古ICは今年秋頃、多古IC~松尾横芝IC間は今年度中に開通する予定となっており、多古ICの工事たけなわだった。すでに国道296号線は多古IC入口レーンや青看板が整備されている。
 C滑走路の建設に伴い、多古町についても一鍬田地区が集団移転の対象地となっている。人口減少が進む多古町に物流施設などが増えて、雇用の拡大につながることが期待される。ただし、C滑走路の用地取得率は3月末時点で89.7%にとどまっており、供用開始は当初予定の2029年3月末から遅れる見通しだ。成田国際空港会社(NAA)は土地収用法を申請する方針が報じられるなど、まさにタイムリーな時期だった。工事完成後はいつでも見られるので、工事中の方が見ごたえがある。C滑走路が完成した暁には、国道296号線も付け替えられることになる。
 南三里塚交差点から県道62号・成田松尾線を北上する。三里塚の説明看板の前で記念写真を撮影したあと、三里塚十字路の道標についての説明を聞く。三里塚は成田空港反対運動で知られるようになったが、かつては国鉄バスに三里塚駅があり、JRバス関東になっても「三里塚」の行先表示を見ることができた。わが板橋区にも志村一里塚があり、国際興業バスの停留所となっている。
 このあとは再びバスに乗り込み、旧千葉県営鉄道多古線のルートに沿って、車窓から五辻・飯笹・染井・多古の旧駅跡の説明看板を眺める。住母家や成田用水の工事で耳にした菱田付近も、C滑走路が完成すると大きく変わることになる。鉄道が走っていたことを知る世代が少なくなる中で、われわれは後世に伝えていくことが使命である。2044年の多古本線開業100周年行事に期待したい(その頃はすでに高齢者となっており、記念イベントがあっても参加できないと思うが…)。
 ところで、ガイドから鉄道連隊の話があったが、千葉県営鉄道多古線は鉄道連隊の演習敷設と、資材貸与を活用されて建設された、日本初の地方公共団体による営業鉄道だった。鉄道連隊なくして多古線を語ることができないのだ。小生が35年間住んでいた船橋市も、新京成電鉄(現・京成松戸線)をはじめ、鉄道第二連隊と縁が深かった。また、JR津田沼駅南口の千葉工業大学には鉄道連隊の門があり、新津田沼駅近くの公園では「K2型」蒸気機関車が展示されている。
 こうして、約45分間の有意義なツアーを終えた。元千葉県民として知らないこともあり、いろいろと勉強になった。千葉開府900年、多古線全通100年、圏央道建設現場、C滑走路建設現場と、まさに「温故知新ツアー」だった。
 帰りの「多古-成田空港間シャトルバス」まで時間があるので、さきほど車道から眺めた多古駅跡まで戻って、説明看板の写真を撮影した。初代多古駅があったところだ。
 帰りのバスは、「道の駅多古あじさい館」周辺であじさいの開花シーズンとあり、観光客も見受けられた。さきほどのツアーと同じルートなので、2回目の工事現場を通り、復習となった。さらに、令和7年10月1日に新設されたばかりの住母家からも3人乗車した。停留所新設の効果があったといえる。東京航空クリーニング芝山工場のほか、停留所の前に新しくアパートが3棟できていた。「多古-成田空港間シャトルバス」は多古町の公共交通機関として定着し、利用者も順調に推移しているが、昨今の運転士不足もあり、これ以上の増発は難しいであろうから、大型車を導入してもいいと思う。
 空港第2ビル駅から京成電車で帰途についた。
DSC_2418.JPG↑ツアーに使用された日野PJ-KV234L1
DSC_2390.JPG↑団体札
DSC_2377.JPG↑多古線100年のステッカー
DSC_2378.JPG↑前扉から乗り込むと、運賃箱に貼られたポスターとご対面
DSC_2366.JPG↑運賃表に貼られたポスター
DSC_2368.JPG↑車内の掲示は国鉄バスのイラストも
DSC_2394.JPG↑旧多古駅の説明看板
DSC_2332.JPG↑JRバス関東成田空港支店
DSC_2334.JPG↑バス利用者駐車場の中ほどに止まるスクールバス
DSC_2412.JPG↑ 多古町の公共交通の主力である、多古-成田空港間シャトルバス(京成バス千葉イースト多古営業所所属の日野2KG-KR290J5)
DSC_2339.JPG↑多古台バスターミナル隣接地では住宅建設が進む
IMG_1643.jpeg↑多古本線乗車記念証コースター

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