世直し
飯山あかり氏が、自身の配信内で“名誉毀損をしたと思われる”10名のXアカウントを読み上げてこう言った。
「世直しですよ」
(1時間29分20秒あたり)
彼女は、示談交渉に応じない相手を訴えるつもりらしい。
私は、この言葉を聞いて心底震えあがった。
というのも、何とも言えない恐怖を覚えたからだ。
──この恐怖感の正体は何なのだろうか?──
私自身のことを振り返れば、日本保守党vs飯山氏の戦いを追い続けて約2年近く経つだろうか…
その間、保守党員と池内さん、その支持者に対し、“誤解して誹謗中傷してしまったこと”をnote上で合わせて2回謝罪している。
「謝るべきだ」と思ったし、そうしなければ自分自身が前に進めないと思ったからだ。もちろん、これで許されるとは思っていないが、幸いなことに交流してくれる保守党員さん、池内氏支持者さんも増えた。
──意見の違いはあれど、彼らは私を受け入れてくれた──
そう考えている。
この経験は、私にとって宝物だ。
ある方に言わせれば
「やんやんも保守党員から相当酷いことを言われていた」そうだが、私には「自身の言動によってしか自分を傷つけることはできない」という持論があるため、まったくそのことに気づいていなかった。
そう考えてみると
私たちは、互いに不完全な存在だ。
だけど
許し合って生きている、と思うのだ。
もっと言えば、私たちは人間の不完全さを許している。
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飯山氏の件に関しては「確実に誹謗中傷されていた」と考えている。
いくらでも証拠をあげることができるし、私自身もしていたかもしれない。
だから、飯山氏の慰謝料・損害賠償請求は「正当な権利行使」だと思う。
ただ、不思議に思うことがあるのだ。
当初、飯山氏の活動は、政党の問題を指摘する公益目的だったはずが、いつの間にか保守党支持者個人への名誉毀損訴訟が中心になっている。
その結果、社会全体ではなく、主に飯山氏個人の利益を守る活動になっているように見える。
飯山氏率いる“守る会サポーター”も、かつては「あかりちゃんは公益性を持って発信している!」が口癖だったと思うが、今はどうなんだろう?
誰も言わない気がする。
──このまま、守る会の潤沢な資金力を背景に、保守党支持者個人への訴訟を続ければ──
結果として、飯山氏への誹謗中傷は減るだろうが、その利益は池内氏や日本保守党、さらには守る会から離れた藤岡氏・藤木氏も享受することができるのだろうか?
私は、そうは思わない。
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以前から申し上げているが、私たちの共通の敵は「ネット上で誹謗中傷する者」「個人情報晒しをする者」だったはずだ。
飯山氏からすれば、それは“日本保守党”だった。
しかし、いつの間にかそれが「飯山氏の悪口を言う者」にすり替わっているように見える。
守る会理事を務める飯山氏自身、すでに池内氏に対する名誉毀損2件が裁判所から認められている。
にもかかわらず、その事実を積極的に公表し、反省の弁を述べたとは思えないのだ。
「そんな彼女率いる、守る会が進める世直しって…どんな世界になるんだろう」
そう考えたから…
加えて
私には
「自分の不完全な部分を認め、許してあげることができなければ、他人も許すことができない」という持論があるため
恐怖を覚えたのだと思う。


やんやん 様 「世直し」ね〜?「公益性」の次はコレ? 彼女に関するいろいろな訴訟が進んでいますが、ポイントは「受忍限度」にあるのではないかと思います。国政政党の党首、公人、準公人、一般人、というヒエラルキー?それぞれのね。それと、どこで言ったか?テレビ、新聞、週刊誌、雑誌、書籍、ネ…
K氏への訴額はやり過ぎだよねw 一般的に訴額というのは“盛る”ものなんです。 例えば「100万円取ってやろう!」と考えている場合、200 万円を訴額にします。 それで、訴訟を提起する前に内容証明を送り和解提案するのですが、訴額がそのまま和解提案金額になる場合が多いと感じます。(たぶん…
やんやんさん、こんにちは。 「許し」とは、単なる寛容や優しさではなく、お互い依存し合う人間同士だと認めあうことであり、その人間の不完全さを受け入れることで、共同体や伝統、社会を維持することができています。なので、「許し」とは美徳というより、人間が人間として生きるための条件なのでし…
お疲れ様です。 コメントを拝読して、以前“論理と感情”について記事を書いたことを思い出しました。 てんぷらさんの仰る通りだと思います。共同体を維持するため罪を罰することは大切ですが、その根底には許しが必要だと思うのです。 しかし現在の混乱を見ていると、罰すること、もっと言え…