『類を振り向かせよう大作戦!』
鈍感すぎる類くんを振り向かせるために咲希ちゃんと考えた作戦を試すも倍返しにされ、紆余曲折あって告白して付き合うまでの話。
いろいろわちゃわちゃごたごたしてます。
毎度ながらなんでも許せる方向け!!!
⚠注意⚠
少女漫画思考の天馬司が居ます
類くんが野菜を食べるシーンがあります(レタス1枚)
咲希ちゃんがたくさん出てきます。
誤字が沢山あると思われます。
- 1,511
- 1,922
- 25,732
「ただいま!」
「おかえり〜お兄ちゃん!」
家に帰れば最愛の妹が笑顔で出迎えてくれる。その幸せを噛み締めながら手洗いうがいを済ませ、リビングに戻る。
「⋯それは、雑誌か?」
普段ならあまり気にとめない咲希の読む雑誌。咲希は入院中もよく雑誌を見ていた。元気になったらこれをやりたい、こんな服を着てみたい、そんな理想を連ねていた。咲希を楽しませてくれた雑誌には司も感謝していたが、実際に雑誌を手に取ろうとしたことは無かった。
今回気になったのは、表紙に大きく書かれた見出しである。
『好きな人を振り向かせよう!恋愛テクニック!』
何を隠そう。司は今恋をしている。それも、同性であり、仲間である人物に。
「咲希。読み終わったら、貸してもらってもいいだろうか?」
「お兄ちゃん、興味あるの?」
「あぁ。⋯少し、これがな」
気になった見出しを指刺せば、咲希は目を丸くしえぇっ!?と大きな声を上げた。普段の咲希からは考えられないような声量に今度は司が目を丸くした。
「お兄ちゃん、好きな人いるの!?」
「あ、あぁ。⋯少し前にな、好きになって。」
「そ、それってもしかして⋯⋯!」
「む?」
「るいさん⋯!?」
「なっ⋯なぜわかるんだ!?!?」
同性の想い人を1発で妹に当てられた。
咲希に言い当てられたとおり、恋の対象は、同じユニットで演出家をしている神代類だった。
「やっぱり!そうじゃないかなーって思ってたんだ〜!」
「お、オレは、そんなにわかりやすいだろうか?」
「ううん!わかりにくい方だと思うよ!でも、アタシはお兄ちゃんと長く一緒に居たから!」
「そ、そうか。ならいいんだ。」
「そっか〜、るいさんかぁ。」
「⋯⋯類は、相当の鈍感でな」
小さく悩みを打ち明けた司の話を、咲希は真剣に聞く。
類はとてつもない鈍感だった。思わせぶりなことを言っても、どうにかして意識させたいと思っても、全部優しさで返される。付き合ってもいないのに類を翻弄させたいとか、可愛いと思って欲しいとか、そういう思いに駆られて彼をたぶらかしてしまう。ある時は好きな人の話題を振り、ある時は転けた振りをして彼の胸に飛び込んで、またある時は間接キスだってしてみた。だが類はといえば、こければ怪我がないか凄く心配してくれて、間接キスも気にしていないようだった。
「脈ナシなのはわかってるんだ。だから近くに居るのに、まったく気づいてくれない。⋯⋯やはり、告白しかないだろうか。」
「⋯お兄ちゃんは、どうしたい?鈍感なるいさんに、今告白したい?」
「嫌に決まっているだろう。脈ナシの今告白したってフラれるのはわかってるんだ。なら、類に意識してもらって、その上で告白したい!」
「⋯うん!じゃあ、アタシと一緒に作戦を考えよう!」
「⋯⋯いい、のか?」
「もっちろん!お兄ちゃんの恋、全力で応援するよ!」
「⋯ありがとう、咲希!さすがは我が自慢の妹だ〜!」
「わわっ、お兄ちゃん!?」
咲希の優しさに思わず涙が出そうになる。たくさん悩んでいたのだ。こんな相談をできる人は身近にはあまり居なくて、自分で考えるのもそろそろ限界だった。
「類が、好きだ⋯っ!」
「⋯うん。頑張ろうね!お兄ちゃん!」
「あぁ!あの鈍感男を、必ずや振り向かせてみせるぞ!!」
ノートとシャーペンを持ってリビングにおりる。恋愛特集のページを開いて待ち構えていた咲希の隣に座り、雑誌を覗き込んだ。
『好きな人を振り向かせよう!男子高校生に聞いた、理想の彼女!』
ポップな字にカラフルな色。ずっと見ていると目が痛くなりそうだ。
「笑顔が可愛い⋯⋯難しいな。オレはかっこいいからな。可愛い笑顔とは⋯⋯?」
「大丈夫!お兄ちゃんの笑顔はかっこよくてかわいいよ!それに、どんな人でも笑顔は可愛いものなんだよっ!」
「なるほど⋯⋯確かにそうだな。」
手元のノートに“笑顔”と書き、ついでにビックリマークをつけておく。そういえば、類の笑顔も可愛かった。ショーを見る時、演習を考える時、何気ない会話をしているとき。なんとなくその可愛い笑顔を思い出し、にこちゃんマークに類のメッシュを足した。
「可愛い!それ、るいさん?」
「なっ、なぜわかった!?」
「るいさんのメッシュの位置だから。本当にるいさんのことが大好きなんだね!」
「う⋯恥ずかしいな」
「なんだか嬉しいなぁ。お兄ちゃんに頼ってもらえるの」
「む、そうか?」
「うん!お兄ちゃん、いつも相談してくれないから!」
まさか咲希に頼って欲しいと思われているとは気づけなかった。かっこ良くて頼れる兄で居なくては、咲希を笑顔にしなくては、と思うばかりで、頼ろうなんて思えなかった。
────だが、そうか。咲希は、こんなに大きくなったんだもんな。
「よし、次を書くぞ!」
「うん!」
こうして咲希と雑誌を見ることができているのも、類のおかげだ。鈍感すぎるのはどうかと思うが、そういうところも含めて好きなのだから仕方がない。咲希と共にポイントを抑え、類にオレの魅力を伝えてやろうではないか!
『リアクションは大きく!相手の話に楽しそうに相槌を打ってみよう!』
「リアクション大きく⋯」
「これはお兄ちゃんは問題なさそうだね!るいさんとは趣味も合うから楽しくするのも大丈夫そう!」
「そうだな。類の話は面白いし、たまに専門用語だらけで分からないこともあるが、大抵相槌は打っているしな。」
リアクション大きく、楽しく相槌、のふたつをノートに書き加え、また雑誌に向き直る。類のために、どんな些細なことでも書いておかなくては。
「えっと次は⋯料理上手、だね!好きな食べ物を作ってくれたら男子はイチコロ!らしいよ!」
「好きな食べ物⋯?類の好きな食べ物と言えばラムネか。」
「ラムネかぁ⋯突然渡したら驚いちゃうかも。」
「確かにな⋯⋯よし!せっかく高校生なんだ!あの野菜嫌いに弁当でも作っていってやろうではないか!」
「うん!その意気だよお兄ちゃん!」
ラムネを急に作っていけば不審がられるかもしれない。まぁ、あの鈍感がこちらの気持ちに気づくことは無いだろうが。だが、お弁当なら不審感はないだろう。普段野菜を食べず交換を求めてくる類に、お弁当を作ってくる。これなら類も普通に受け止めてくれるはずだ。
お弁当をつくる、類の好みで!とノートに書き、もう一度雑誌に目を通す。
「褒めてくれる⋯⋯なるほど。」
「これは⋯⋯なんか、男の人がみんな褒めてもらいたいんじゃないかって思っちゃうね」
「まぁ、褒めてもらいたいと思っていなくとも褒められて嫌な気分になる奴はあまり居ないだろうし、嬉しいのはそうなんだろう。」
「あぁ、たしかに!」
「しかし、褒める⋯か。普段から演出や発明については褒めているつもりだが⋯⋯。」
「うーん⋯お兄ちゃんの場合、演出を褒めてもそれがいつもだから、るいさんをドキドキさせられないかも⋯。ショーのことになっちゃうと、座長さんっていうイメージが強いなぁ。」
「ふむ⋯⋯外見であったり、心遣いであったりを褒めるか?⋯いや、あまり類に気遣われることは無いが。」
「それはきっとお兄ちゃんのことを信頼してるからだよ!」
「なるほど!確かに、座長として類に信頼してもらえていると思っているぞ!」
顔や性格を褒める!とノートに書き加えたが⋯⋯この書き方、お世辞で言っているように聞こえないだろうか。本音を!!と追加し、また雑誌を見る。
『さりげないボディタッチ!男子はドキドキしちゃうこと間違いなし!』
「ぼ、ボディタッチ⋯!?ふ、不健全では⋯?」
「もう、お兄ちゃん!今の時代これは基本だよ!⋯⋯多分。」
「そ、そうなのだろうか⋯?」
「あ、ほら、詳しいことも書いてあるよ!」
「そうだな。読んでみるか。⋯⋯えっと、太ももに手を⋯⋯頬に手を伸ばし⋯⋯肩を借りて寝る⋯⋯腕を組んでみる?」
類の細く、それでいて筋肉質な太ももに手を触れさせるのか。類は、どんな反応をするだろうか。なんともないようにポーカーフェイスなのか、やめてくれと制するのか、それとも、少し恥ずかしがって頬を染めて、「くすぐったいよ」と微笑んでくれるのか⋯⋯⋯。
「っ破廉恥だ!!」
「わわっ、お兄ちゃん顔真っ赤!⋯⋯大丈夫だよ。お兄ちゃん。ほら!肩を借りるくらいならすごい仲いい友達とかもするんじゃない?」
「なるほど⋯⋯確かに、類も徹夜した翌日はオレの肩や膝で寝るが。⋯だとすると、それだけでは意識しては貰えないか⋯⋯?」
「えっ?お兄ちゃん、膝枕してるの!?」
「あぁ。固いと文句を言われることもあるぞ。なんなら類は寝ぼけるとオレの手に擦り寄ってくるし、普通に頬に手は伸ばしてくるし、それを無意識でやるものだからこっちの心臓が持たなくてな。」
「なんだかるいさん、少女漫画の鈍感なヒーローみたいだね⋯⋯」
「と、いうことは、だ。ここに書いてあるとおり、太ももでも触ったりしないと意識して貰えない可能性がある。」
「⋯⋯アタシが思ってる以上にるいさんが鈍感だった」
「だろう?類の鈍感はもはや異次元だ。まさか、今まで友達が居なかったから友達の距離感がわからないのでは⋯!?」
そうなると、作戦をたてるべきだ。キスまでしても友達だと誤魔化せる可能性まで出てきた。類の距離感を知るべきだ。ノートにはボディタッチの横に要観察、と書き、ひとつため息をついた。
「⋯ボディタッチは取り敢えず保留にするか。」
「そうだね!じゃあ、次はネットで調べてみる?」
「そうだな!」
家族兼用のノートパソコンをテーブルに置き、電源をつける。好きな人を振り向かせる方法、と入れて検索すれば、いくつものサイトが出てくる。
「どれがいいんだろうか⋯⋯」
「うーん⋯⋯あ、これは?高校生向けって書いてあるし、丁度いいんじゃない?」
「確かにそうだな。このサイトを調べてみるか。」
高校生の恋愛アプローチのためのサイトを開く。画面をスクロールすれば、残念だが期待したものとはかけ離れた物が載っていた。
「認知される、話しかける、相手の目に映る、告白する⋯?」
「これは⋯⋯お兄ちゃんとるいさんはもう仲良しだから、向いてないかも⋯」
「そうみたいだな。さて、次を探すぞ!」
「うん!」
画面をもどりその下、気になる彼を振り向かせよう!6つの恋愛テクニック!という見出しのつくそれをクリックした。
「これならいけるか?」
「そうだね!このサイトを見てみよう!」
まず1つ目。笑顔。
これは雑誌にも出ていたため飛ばし、2つ目を確認する。
「目を見る⋯⋯」
「合ってはいるが、意識的にはしたことが無いな。だが、自然と類の目を見ることが多い。類の目は綺麗だからな!」
「なるほど⋯⋯。じゃあ、お兄ちゃんはレベルアップして、るいさんと目を合わせられるようにしてみたら?」
「ほう⋯⋯そうだな。類は普段作業をしていたりして下を向くことが多いし、2人きりの時はあまり目が合わないからな。」
「2人きりの時は、っていうことは、他の時は合うの?」
「あぁ。ショーの練習の最中会話をすれば目が合うことも多いし、学校でも廊下とか、校庭で教室にいる窓際の類と目が合ったり、その逆も⋯⋯」
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
これ以上ないほど真剣な目で咲希が司の肩を掴む。ドキドキしながら咲希の目を見れば、少し待ってようやくその口が開かれる。
「絶ッ対脈アリだよ!!」
「⋯⋯へ?だ、だが、あの鈍感野郎だぞ?友達との距離感履き違えてるやつだぞ!?」
「多分、るいさんは無自覚なんだと思う。だから平然とやれるんだよ。」
「なるほど、無自覚⋯⋯そうだな。オレも初めは恋とはわからなかった。同性だったし、初めての感覚だったからな。」
「そう!きっとお兄ちゃんのことが気になってはいるけど、それにるいさんが気づけてないの!多分!だから、るいさんにそれは恋だよって落とし込ませてあげれば⋯⋯!」
「オレの告白は成功する可能性が高くなる⋯⋯!」
「そのとーりだよ!」
咲希に言われてみればストンと落ちた。類の認識が“友達”だったとしても、友達として類が司のことを見ているなら。気にかけてくれているのなら。当然アピールはしやすくなるし、それを恋に発展させるのだってできるだろう。
「よし、そうとなれば決まりだ!全力でアピールして、類を振り向かせてやる!」
「うんっ!」
目を合わせる!!と大きくノートに書き、彼の目を連想させる猫目に赤ペンでアイラインを引く。黄色の蛍光ペンで中を塗れば、簡単に類らしい目が描けた。
「るいさんの目、すごく上手だね!描き慣れてるってかんじ!」
「う⋯⋯よくわかったな。最初は下手くそだったんだが、ノートの端に描いているうちに上達してな。結構特徴を捉えられているだろう?」
「うん!目の形もアイラインの位置もそのまんまだよ!」
「ふっ、これが普段から類ばかり見ている成果だな!」
かっこいいポーズを決めたあと、もう一度視線をパソコンの画面に戻す。マウスを使いスクロールすると、また別の文字が流れてきた。が、リアクションは大きく、相槌のバリエーション豊富に、という文字にデジャヴを感じる。やはり振り向かせる方法はどこも似ているな、と思いつつ、ノートのリアクション大きく、楽しく相槌、の横にバリエーション豊富にを付け加えた。
もう一度スクロールすると、褒める、が出てくる。モテる女のさしすせそ、というものが出てきた。さすが、しらなかった、すごい、センスがいい、そうなんだ、のことだそうだ。
「⋯⋯流石だ類!そうだったのか、知らなかったぞ!すごいじゃないか類!類はセンスがいいな!そうなのか、類!⋯⋯どうなんだこれは。」
「使いどころによっては効果があるかも!でもこれに頼りすぎちゃうとかえって不自然だしなぁ。」
「オレは役者だし、これに頼らずともやっていけそうだが⋯⋯類に惚れてもらうためだ。どんな些細なことでもノートに書いておく方がいいな!」
顔や性格を褒める、と書いてある隣に、“さしすせそ”を使う!と加え、そのさしすせその下に先程の用語をうつしておいた。
「よし、次だ!」
またスクロール。
女子力。司は男だが、男を惚れさせるには女子力も必要だろうか。そもそも女子力とはどんなことか。太字の下にある詳細を見ると、簡単に女子力の説明がある。
「絆創膏、ハンカチ、裁縫セットを持ち歩く。料理上手、気遣い、話し方に、座り方、歩き方⋯⋯。絆創膏、ハンカチ、裁縫セットに料理は問題ないな。」
「お兄ちゃんは気遣いもできるし、ネガティブなことも下品なこともあんまり言わないし、姿勢も綺麗だよ!」
「ふむ⋯⋯オレ、女子力が高いのか⋯!?」
「まぁ、お兄ちゃんはそこら辺にいる女子高生より女子力あるよね。」
「褒められているのはわかるが、素直に喜んでいいものかわからんな。」
「まぁ、るいさんのお世話ができるなら将来的にも問題ないってことだし、喜んでおこうよ!」
「ハッ、確かに!付き合えたら、いつか同棲して、あの生活の類と一緒に過ごして⋯⋯」
夜遅くまで起きて作業をする類の部屋に入って、キスをして、一緒に寝ようって誘うんだ。そうしたらきっと類は困ったように笑って、あと少しで終わるから先にベッドに行っててくれるかい?って言うんだろう。それを拒んで、終わるまで一緒に居て。眠くなったところを類が運んでくれるかもしれない。類からキスをしてくれたりとか、たまには類の服を借りたりして、類の香りに包まれて⋯⋯
「お兄ちゃん?お兄ちゃーん!」
咲希の呼び掛けで妄想の世界から帰還する。かえってきたとたん自分の考えいたことが恥ずかしくなって、顔がボンッと火がついたみたいに熱くなった。
「あっ、えぇっと、あのだな!?決して類との同棲の日々を妄想していた訳ではなくてな!」
「言っちゃってるよ、お兄ちゃん」
「うぅ⋯⋯妹の前でそんな妄想をするなど⋯⋯!」
「あははっ、お兄ちゃんがちゃんと恋してて嬉しいな。それに、お兄ちゃんは可愛いよ。」
「かわっ⋯⋯喜んでいいのか?」
「うん!もちろんだよ!きっとるいさんだってお兄ちゃんのこと好きになってくれる!可愛いって思ってくれるよ!」
「そう、か?」
「うんっ!」
花が咲いたようにパッと笑う咲希に、なんだか嬉しくなって頬が緩んでしまう。
「類が、オレを可愛いって、思ってくれる⋯⋯」
男なのに可愛いなんて、不名誉だ。そう思うのに、類に思われているのならとても嬉しくなってしまうのだから不思議だ。咲希に言ってもらうのとはまた別の嬉しさが込み上げてくる。
かわいいね、と微笑んで笑う類が脳裏に浮かび、また顔が熱くなった。
「つ、次に行こう!」
「うん、そうだね!」
「⋯⋯わがままを言ってみる」
出てきた文字に笑うことも出来ない。わがまま。それは兄として、座長として、学級委員として、難しい事だった。幼い頃から親に甘えた覚えはあまりない。甘えて迷惑をかけたくなかったから。いいお兄ちゃんね、頼れるお兄ちゃんね、って言って欲しかったから。兄であることに誇りを持ってきた司にとって、他人へのわがままは難易度の高いものだった。
「難しいな⋯⋯」
「お兄ちゃん、普段わがまま言ってくれないもんね⋯⋯」
眉間に皺が寄るのが分かる。わがまま。出せと言われてもすぐには出てこない。
「ためしに、るいさんにやって欲しいことを考えてみたら?」
「類に⋯⋯?笑顔で、居て欲しい。」
「うん」
「⋯笑顔を、もっと見せて欲しい。いや、笑顔だけじゃない。どんな表情だって、見てみたい。⋯⋯でも、怒ってたり悲しんでたりするのは、見たくないな。」
「うん」
「⋯⋯類の隣に居るのは、オレがいい。オレじゃなきゃ、嫌だ。」
「うん」
「オレの知らない類を知っている寧々や暁山が羨ましい。オレだけの類を、知りたい。オレだけに見せる表情が、ほしい。」
「うん」
「たくさん甘えてもらいたい。たくさん撫でてもらいたい。たくさん、好きって言ってもらいたい。」
「うん」
「⋯オレを1番輝かせられるのは類だ。大人になっても、オレに演出をつけていて欲しい。」
「⋯そっか。」
話し出せば案外でてきた類へのわがままは、あまりに身勝手で、傲慢で、欲望に溢れていた。類と一緒にいたい。口にすれば思いは膨れ上がり、あふれる。
「お兄ちゃん」
「⋯あぁ。すまん。難しいな、恋人でもないのに。」
「そんなことない。好きなら、そう思うのも不思議じゃない。⋯まずはできそうなことから、頼んでみるのはどう?」
「⋯⋯そう、だな」
「撫でて欲しい、とか、るいさんの距離感なら抱きしめてもらえるかも!あっ、あとは、普段のお返しで膝枕してもらったりとか!」
「⋯⋯ははっ、そうだな!そういうことから始めてみよう!」
溢れ出した欲望は、醜かっただろう。妹に聞かせる話では無かったはずだ。類のそばに居たい。それだけの思いが、ふくれてふくれて、はじけて。
────類が、好きだ。
わがままを言ってみる。なでなで、ぎゅー、ひざまくら。
恥ずかしさを押し殺して書いたそれは少し震えていた。
「よし、できたぞ!!」
「あっ、そうだ!蛍光ペンとか引いてみたら?」
「そうだな!えっと確か蛍光ペンは⋯⋯黄色とピンクと緑、それと紫と水色だな」
「さすがお兄ちゃん!ワンダーランズ×ショウタイムが大好きなんだね!」
「む⋯少し照れくさいが、まぁ実際そうだな!座長として⋯いや、オレ個人としても、アイツらは好きだ。」
司の言葉を聞いて咲希は目を丸くし、そのあといつもの輝かしい笑顔を見せた。
「うん!お兄ちゃん、最近楽しそうだもんね!」
「あぁ!」
「じゃあ、今回はるいさんカラーを使おうよ!せっかくだし!」
「そうだな!」
紫色と水色の蛍光ペンを出して、引きたいところに線を引いて。
「類を振り向かせよう大作戦!始動だ!」
「おー!!」
翌日。
あれから、少し考えて。今日からあの作戦を実行すると共に、日記をつけることにした。その日の成果や手応えを記録していけば、類に効く作戦が分かるかもしれない。
「類!おはよう!」
「司くん、おはよう」
大作戦の6つめ。目を合わせる、クリアだ。今日も類の金色は輝いていて綺麗だが、その下に濃く着いたクマが気になる。
「今日は早いんだな!」
「ふふ、寝ていないからね。」
「また徹夜か!?まったく、ショーのために頑張ってくれるのはありがたいが、しっかりと休息も取ってもらわないと困るぞ」
「のめり込むとどうにも抜け出せなくてね。」
「む⋯⋯昼休み」
「うん?」
「昼休み!ひざ、かしてやる。」
「おや、いいのかい?ありがとう。」
「べ、べつに、座長として、仲間を労うのは当然のことだからな!」
「ふふっ、さすがは司くんだね。」
────やってしまった。
類に意識して欲しいと咲希に相談したのは誰なんだ!何が“座長として”だ!これでは座長と演出家の距離がそのままじゃないか!
恥ずかしさのまま仮面をつけた自分を殴り、頬が熱くなるのを感じながら追加の言葉を紡ぐ。
「それに⋯⋯大事な奴には、元気でいて欲しいからな」
「おや、それは光栄だね。⋯⋯司くん?顔が赤いよ?もしかして熱が⋯?」
結構勇気を出して言った思わせぶりな言葉を、サラッとかわされた。それどころか類の手は司のおでこに伸び、真っ赤に染まったそこに類の司よりも大きな手がふれる。
さりげない、ボディタッチ。
大作戦の5番目にも入っている、昨日見た文字が脳裏に過ぎる。類も、あの雑誌を見たんじゃないのか。天然でこれなんて、ほんと、どこの鈍感ヒーローだ。
「熱は無いみたいだね⋯⋯」
「っ⋯るい」
「うん、なんだい?」
「し、心配、してくれて感謝する⋯!」
「フフ、僕の大事な人だからね。元気でいて欲しいだろう?」
「なっ⋯⋯」
少し前に自分が言った言葉を投げ返される。ずるい、と思い唇を噛むが、それも「傷がつくよ」と類に止められてしまう。あぁ、うれしい。うれしいけど、オレが欲しいのは、その気持ちじゃないんだ。オレの大事と類の大事は、ちがうから。
ずるい、ずるいずるい。こっちばかりがすきになってしまうじゃないか。
ぐるぐると頭の中で類の言葉が繰り返される。“僕の大事な人”。それをどういう意図で類が言ったのか、司にはわからない。司をなぞったのか、本心からなのか。
アピールが裏目に出てしまった。今の状態では類と目を合わせるのもままならない。鈍感男の恐ろしさを再確認させられた朝だった。
昼。屋上にて。
次こそはしっかりアピールしなくては、せっかく咲希と考えた作戦も無駄になってしまう。
「司くん、お待たせ」
「類。」
「ところでだけれど⋯君のその高カロリーな生姜焼き弁当と、僕のこの健康的な野菜サンドを交換しないかい?」
「少しくらいは自分で食べたらどうなんだ!それに、食えないのに毎回わざわざ買うな!⋯⋯まったく、今回限りだからな」
「ありがとう、司くん!」
「これからは!」
「わっ⋯」
張り上げた声を目を丸くした類。その蜂蜜色の目をしっかりと見つめて、宣言する。大きく見開かれた目。その表情にまたドキドキさせられるが、気にしている場合じゃなかった。宣言を口にするため、大きく口を開いた。
「このオレが直々に!弁当を作ってきてやろう!」
「⋯え?」
「こ、こう毎日弁当を取られてはたまらんからな!明日からオレが弁当を作って持ってきてやる。」
「⋯いいのかい?負担にならない?」
「当然だ!オレと咲希の分に類のものが加わってもなんら問題はない!」
「ふふ⋯なら、お願いしようかな。」
「⋯!あぁ!明日からのランチ、楽しみにして待っているといい!」
意識はしていないようだが、喜んではくれているみたいだ。類の頬がやわらかくゆるみ、口角が上がっていた。
それからランチを食べ終えると、司は座って自分の太ももをポンと叩いた。
「⋯寝ないのか?」
「ん⋯ねる。おじゃまします⋯。」
既にぽやぽやし始めた類が太ももの上に頭を下ろす。ご飯を食べて眠くなったのか、もう瞼が落ちそうになっていた。
「類、おやすみ」
「うん⋯⋯おやすみ、つかさくん」
呂律のまわりきらない、甘えた声。心臓がバクバクと鳴り出す。というのに、類はここにいても安心して眠るだけなのだ。鍛えてある硬いはずの太ももで、類は気持ちよさそうに眠る。さら、と垂れる髪に指を通す。男性の髪にしてはやわらかくて、さらさらしている髪。司もサラサラ感では負けないが、好きな人の髪だからこそ特別綺麗に見えるのだ。
幼さの残る寝顔に、少しだけないはずの母性をくすぐられた。前髪を撫でて、整えて。カーディガンを脱いで類の体にかぶせてやった。ずっと見ていても飽きない、想い人の寝顔。信頼してくれているのだと、嬉しくもあるが。
「⋯⋯んー」
「襲われても、知らないからな」
ぺち、と頬を叩くと、少し眉間にシワがよる。それはすぐにへにゃりとした笑みに変わり、寝返りを打った類が赤ん坊のように丸まった。
「⋯猫みたいだな、類」
小声で囁いても、ぐっすりの類が起きることは無い。丸まった類の手元に手を持っていけば、手をきゅっと握られた。
「大きい赤ちゃん⋯⋯」
きゅん、と心臓が音をたてる。咲希に借りて少女漫画を読んだ時はキュンキュンという用語に疑問を抱いたこともあったが、今となっては納得だ。類の言動一つ一つに胸が締め付けられてきゅんと鳴く。今も、赤子のように丸まり司の手を握る類に、バクバクと鳴る心臓の音が聞こえてしまわないか心配で堪らないのだ。
「つ、⋯⋯さ、ん」
「類?」
「つか、くん」
恐らく、“つかさくん”と言いたいのだろう。それも、寝言で。また、ぎゅーっと胸が苦しくなる。コイツは、どこまで思わせぶりな態度を取れば気が済むんだ。
「⋯オレの夢を、見てるのか?」
問うが、もちろん返答はない。“つかさくん”以降何も寝言を言っていない類は、穏やかな寝息をたてている。
どんな夢だろうか。夢の中の司は、演出に付き合ってあげているのか、お弁当の交換を迫られているのか、新しい演出が思いついたと報告を受けているのか。なんにせよ、類の夢の中にまで現れることができたことに喜びを感じた。
それから昼休みいっぱいを使い、類は司の膝枕で眠り続けた。途中ほっぺをつついたりしてみても起きることなく。
「ん⋯⋯」
「類、起きたか?」
「つ、かさ、くん?」
「あぁ。そろそろ昼休みも終わるぞ。」
寝癖をなおす、の建前と少しの下心で類の髪をいじる。撫でてあげると、類はいつも手に擦り寄ってきてくれる。
「つかさくん⋯⋯ちゅー、して」
「⋯⋯⋯は?」
「いいだろう?つかさくん、ぼくのことすきなんだから。」
甘い、呂律のまわっていない声。寝惚けている。口を滑らせたのだろうか。
────いつから、気づいて⋯?
気づいていて、そうやって曖昧にしていたのか。弄ばれていたのか。ぐ、と唇を噛む。涙が滲んで、前が滲む。
「いつから気づいてたんだ」
「つかさくんは、ぼくの、こいびとだろう?」
「はぁ?」
気が緩んで、我慢していた涙がポツリと類の頬に落ちた。まさか、ただの夢か。さっき寝言で名前を呼ばれたのも、今のこの類のおねだりも、類が司と付き合う夢を見て、その延長線上で言っているのか。
「ん⋯⋯司くん?おはよう。」
「⋯⋯あぁ」
「あれ⋯つかさくん、泣いてる!?どうしたの、何かあった?」
「おまえの、せいだ」
「うそ、僕はなにかしてしまったかい⋯?」
「なんでもない!類が寝ながら振り上げた手がちょうど目にあたって涙が出てきただけだ!」
お前のせい、なんて口走ったこの口を縫ってやりたい。そう思うほどには、司は口に出たその言葉に後悔していた。司の提案で眠り、幸せそうにしていた類に勝手に傷ついて涙を流したりして。今だって、類を悪者にしたみたいな言い訳しか出てこない。
「それは⋯ごめんね、目は平気かい?痛かったよね⋯⋯寝癖が悪いことはないと思っていたけど、寝ている時のことはどうにも分からなくて⋯。」
「気にしてない。もう痛みも収まったし、もともと寝ている人の手なんてそこまで強くない。当たった場所が場所だったから自然と出てきただけだ。」
「そう⋯?ならいいんだ。でも、本当に無理しないでね。膝枕だってしなくても、」
「いいんだ。オレは、類にこんな可愛いくらいの攻撃をされたくらいで傷つくほどやわじゃない。我が演出家には健康でいてもらわねば困るからな!そのためにオレの意思で膝を貸してやってるだけだ!」
「⋯そっか。ありがとう、司くん。」
安心したように微笑んだ類に、今すぐにでも謝りたくなった。司のでっちあげた話を信じ本気で心配してくれたから。嘘をついて類への想いを隠している司が、それを申し訳なく思うには充分だった。
────だけれど、もう少し。
せっかく咲希と共に考えた作戦を実行し、類に夢だけでなく、現実でも彼氏になって貰えるように。好きになって貰えるように。アピールをしたい。
「類、どんな夢を見ていたんだ?」
「うーん⋯⋯いい夢だった気はするんだけど、内容は忘れてしまったよ」
「いい夢、だったのか?」
「うん。多分ね。まぁ、手を振りあげたんじゃあ少し危ういけれどね。⋯最近、よくあの夢を見る気がするんだ。」
「⋯ほう?」
「夢の内容は覚えていないんだけど、起きたあとの感覚がいつも同じでね。」
「なるほど⋯⋯」
なるほど、なんて真顔で呟いたが、心の中は大盛り上がりだ。心の中のアナウンサーが、速報として類の言葉を発信する。司と類が付き合っていて、それもラブラブな恋人同士である夢を、よく見ているのか。
本人に無自覚でも、これはやはり脈アリというやつなのでは⋯⋯!?
「いや、しかし本人に自覚してもらう必要があるな⋯⋯」
「司くん?どうしたんだい?ブツブツ呟いて⋯⋯。何か悩み事?」
「ん?あぁすまない。口に出ていたか?」
「⋯⋯僕には、話せないの?」
「⋯あぁ。言えない。」
「どうしてだい?僕は、司くんが悩んでいるなら力になりたい。⋯僕じゃ、力不足かい?」
「いや、違うんだ。このこと以外なら類にだって相談できる。が、今回のことは咲希に相談しているからな。大丈夫だ!」
「⋯⋯僕には言えない?」
言えない。そう言わなくちゃいけない。そのはずなのに、類の目を見てひらいた口が勝手に閉じてしまった。
息を飲む。ぐ、と言葉が詰まって、何も言えなくなった。
────なんで、そんなに悲しそうなんだ
捨てられた子犬のような目で司の目を不安そうに覗き込むその姿は、普段の類からは考えられないもので。
「⋯⋯恋愛相談なんだ。だから、少し言うのが恥ずかしい。」
「⋯⋯れんあい、そうだん」
「あぁ。」
「⋯⋯司くん、好きな人いたんだね」
「⋯あぁ。」
「⋯はは」
「どうした?」
「いや、なんだか、少し傷ついてしまってね。どうしてだろう。⋯友達に好きな人ができるのは、結構寂しいんだね。きっとその子と司くんが付き合ったら、僕と居る時間は減るだろう?」
「⋯⋯減らないぞ。」
「え?」
「オレが好きな奴と付き合ったとしても、お前といる時間は変わらん。⋯むしろ増えるかもな。」
「⋯⋯え?」
「そもそも、付き合えるかもわからんだろう。」
「⋯⋯きっと、大丈夫さ。司くんは素敵な人だからね。」
「⋯ありがとう。ところで類!お前の好きなタイプは?」
「え?⋯⋯ふふ、司くんみたいな人、かな」
コイツ、本当は全部見透かしてるんじゃないのか。
じとりと類を睨みながらも、顔が熱くなっていくのを感じる。類は、目を細めて、薄く微笑んで。まるで本心のように好みのタイプを口にする。司が類を好きなことも、計画を立てていることも、脈アリだとおもっていることも見透かしているように。本当は鈍感なのも演技で、司のことを弄んでいるんじゃないのか。
少し考えて、やめる。冷静になると、こんなこと今まで何度もあった。司は少し頭を冷やすと確信を得た。
────類は、絶対にオレのことが好きだ。それも無自覚のまま好きになっている。
類は自分の気持ちにも鈍感だったようだ。だから知らず知らずのうちに思わせぶりな態度をとる。見透かしたような笑みが、本当の笑みだったなら。本気で考えて微笑んだなら。
「類、お前ずるいぞ⋯⋯」
「え?何がだい?」
ほら、やっぱりだ。
顔を見られないようにうずくまった司を焦ったように覗き込み疑問の表情を見せる。膝を抱えて腕に頭を擦りつければ、泣いていると思われたのか背中をさすられた。
「類のバカ」
「なんでそうなるんだい」
優しい声が鼓膜を揺さぶる。顔を隠しているせいで類の表情が見れないのがもったいないな。
まだ一日目なのに、もう心臓が潰れそうだ。
この無自覚鈍感野郎に、どうやって気づいてもらおうか。どうやって、もっと好きになってもらおう。
今日はワンダーステージの練習もない。咲希もバンドの練習が無いのだと残念がっていた。帰ったら、咲希に話を聞いてもらおう。
「ただいま〜!」
「おかえり、咲希」
「お兄ちゃん!どうだった?」
司の姿を見るなり興奮気味に近寄る咲希を制し、洗面台を指さす。
「その前に、まずは手洗いうがいを済ませような」
「あっ、そうだった!」
小走りで洗面台に向かう咲希に転ばないようにと注意を促し、例のノートに向き合った。
「む⋯」
日記は書いてみた。日記、というか、類にドキドキしましたという内容だけだが。
これではダメだ。類にドキドキさせられただけじゃないか。類をドキドキさせたくて考えたこの作戦も、無意識の類が1枚上手なのだ。
「悔しい⋯」
「上手くいかなかったの?」
「咲希⋯」
「これ日記?読んでいい?」
「⋯⋯いいぞ」
目を合わせるをクリアした。
明日から類にお弁当を作っていくことになった。喜んでくれた。
昼休みに膝枕をした。座長として、と言ってしまったが、大事な人と表現したらやり返された。こっちがドキドキさせられてしまった。
類がオレと付き合う夢を見ていた。夢の内容は覚えていなかったようだが、最近その夢を見ることが多いらしい。
好きな人がいると伝えた。「友人に好きな人ができるのは寂しい」と言っていた。好きな人のタイプを聞いたら、「司くんみたいな人」と微笑んでいた。
ずるい。類は無自覚なのにオレだけがドキドキさせられて、どんどん好きになっていく。はやく気づいて欲しい。
「⋯⋯だいぶ、恥ずかしいことを書いてしまったな」
「脈アリだね」
「だよな⋯⋯」
「逆にここまできてどうしてるいさんが気づけてないのかがわからないなぁ⋯どうする?お兄ちゃん。さすがのアタシも自覚させる方法はわかんないよ〜!」
「⋯本当に友人として見ていて、恋をしていない可能性もあるんだ。こっちが好きだから向こうもそうに見えるだけかもしれない。賭けに出るのはキツいぞ。」
「うーん⋯⋯」
「とりあえずアピールを続行してみようと思う。どうにかしてドキドキさせて、それを誰かに相談してくれることを狙おう」
「なるほど⋯!」
「今友人としてみていても、アピールを続ければドキドキくらいはしてくれる⋯⋯はずだ!」
「そうだね!諦めたらそこで試合終了だもんね!」
2人でよし!と気合を入れ笑い合う。咲希が居てよかった。咲希が居てくれなかったら、類との関係性は今どんなだっただろうか。類を振り向かせようと頑張れていただろうか。
「明日は類をドキドキさせてみせる!」
「うん!!」
あの鈍感男をドキドキさせて、好きだって思ってもらうんだ!
────翌朝
「徹夜した⋯⋯」
「おはよう司くん。⋯あれ?元気がないね?」
「おはよう類⋯⋯徹夜、してしまった」
「おや⋯⋯」
「眠れなかった⋯⋯」
類をどう振り向かせよう。明日はどんなことをしよう。どんなお弁当を作ろうか。
そんな事で悩んでいたら、気がついたらあたりは明るかったのだ。
「司くん、あまり無理はしちゃいけないよ?」
「お前にだけは言われたくないが⋯⋯まぁ、その通りだな」
「ふふ、司くんのそんな顔は珍しいね」
「む⋯⋯」
「練習で疲れている時よりずっとげっそりしてるじゃないか。どうして寝なかったんだい?」
「気がついたら夜が明けていたんだ」
「なるほどね⋯⋯。」
げっそり。────ハッ!
類を振り向かせよう大作戦その1、笑顔!!徹夜してしまった悲しみですっかり忘れていた。やばいやばいどうする!?クソっ、普段笑顔だからと油断した!油断は禁物だろう天馬司!!
「どうしたんだい?そんな百面相をして。」
「う、あー、あー、あのだな!」
「うん」
「いや、その⋯⋯なんでもない」
「フフ、頭が回っていなさそうだね?」
「仕方がないだろう!」
馬鹿だ。徹夜なんかして、恥をかいて。おかげで相当素晴らしい弁当ができたが、想い人の前でかっこ悪い姿を見せてしまった。
どんよりとした空気をまといため息を吐く司の顔を類がそっと覗き込む。そして、両手の人差し指を司の頬にあて、上に上げた。口角を押し上げられる感覚だ。
「⋯司くん、過去のことは仕方がないよ。それに⋯フフ。やっぱり司くんは、笑顔の方が似合ってる」
「⋯⋯っ!?」
寝不足のせいか理解に時間がかかったその言葉と行動。類が、オレの頬に触れている。それどころか、笑顔が似合うなどと口にするのだ。微笑んだ類の月色の瞳がとろんと溶ける。
「うー⋯⋯」
「あ、あれ?司くん?こんどは顔を覆ってどうしたんだい?」
────うるさい!お前のせいで赤くなった顔を隠しているんだ!!
などと言えるはずもなく、そこはスターを目指す役者。赤面を隠して、想い人の望む笑顔をうかべた。
「⋯寝不足な僕らの座長のために、今日は僕が日頃のお返しをしてあげよう」
「む⋯なんのことだ?」
「なんのことって⋯⋯君は本当にお兄さんだなぁ⋯⋯。⋯膝枕、してあげるよ。だから、昼休みまで寝ないようにね。」
「⋯⋯わ、かった」
────膝⋯枕!?!?類の!?
大混乱している司を置いて、類が教室へと向かい出す。類が教室に入り、席に着くまでその姿を眺める。心做しか機嫌が良さそうに見えた類は、席に着くなりドローンを取りだしてメンテナンスを始める。ワクワクと楽しそうな類に頬が緩みそうになるが、そんな場合ではなかった。
────膝枕!類の!!
バクバクと鳴る心臓をおさえていれば、ホームルーム開始を告げるチャイムが鼓膜をゆさぶった。
「⋯⋯っホームルーム!!!」
すっかり忘れていたホームルームのために全力で教室の自分の席につく。クラスメイトには笑われ、担任にもからかわれる始末。だが、そんなこと気にする余裕もないくらい、昼休みが楽しみでたまらなかった。
4限目の終わりをチャイムが知らせる。気がついたら明るくなっていて寝るのを諦めたから作り始めた、ハンバーグ。まさかの手ごね。咲希にはだいぶ驚かれてしまった。司の分と類の分、お弁当を2つ持って隣の教室に向かう。ちょうど出てきた類と目が合った。
「⋯司くん、本当に作ってきてくれたのかい?」
目をまんまるくした類に笑みがこぼれる。驚き方がまるで猫のようで、作ってきてよかったと心の中でガッツポーズをした。
世の少女漫画の主人公たちは、こんな日々を送ってきたのだろうか。個性的な想い人に、尽くしたくて。
「さぁ、屋上に行くぞ!自信作だ!類にもはやく食べてもらいたい!」
「司くん⋯⋯ありがとう」
「れっ、礼には及ばないぞ!」
少女漫画の主人公たち。残念だが、お前たちよりオレの方が充実した片想いを送っているようだ。
無意識なのか、細められた目は、上げられた口角は、可愛らしいものだった。もはや付き合っているのでは、と錯覚させるほどの眼差し。あぁ、本当に類にはかなわない。少女漫画を読んで憧れるよりよっぽど奇想天外でドキドキさせられる毎日は、時には苦しくもあれどとても楽しい。
屋上の扉を開け、いつもの位置に腰を下ろす。お弁当とウェットティッシュを渡し、手を拭かせる。2人でお弁当を広げて、いただきます、とあいさつする。
お弁当の蓋を開け、類の方をじっと見る。類はお弁当を見て、キラキラと輝いた目をした。⋯⋯が、その目はすぐ曇ることになる。
「やさい⋯⋯」
「⋯⋯飾りのレタスのことか?」
「う⋯⋯」
「はぁ⋯⋯別に食べなくても構わん。ダメ元で入れてみただけだったしな。肉だらけの類の弁当に彩りを加えるために入れたものだ。ほら、それ寄越せ⋯⋯っ類!?」
顔を真っ青にした類が、司の言葉もろくに聞かず、パクリとレタスを口に含んだ。おえ、と何度か吐き出しそうになりながらも咀嚼し、類の喉が上下した。
「る、るい⋯⋯」
「まずい⋯⋯」
「す、すまない!これ飲め!」
とっさに自分の持っていた水筒を類に渡すと、類はそれをごくごくと一気に流し込んだ。そんなにレタスがまずかったのだろうか。いや、そんなことより、だ。
「なんで、食べたんだ。」
「え?」
小さく呟いた司の問いに、レタスの味に涙を浮かべた類が聞き返した。
「なんで食べた。そんな、無理して食べて欲しいなんて⋯⋯」
類に振り向いて欲しかっただけ。ただ、それだけだった。普段なら野菜も食べろと言っていたかもしれないが、今回は違う。類に好きになって欲しくて、頑張った。見た目にこだわるために緑を取り入れた。それが逆に類を苦しめてしまうなら、あんなの入れなければよかった。
俯いて自分の弁当を見る。緑の入った、お弁当。類のきらいな、緑の入ったお弁当だ。胃袋を掴もうと始めたのに、嫌いなものを食べさせて、類が、オレのことを好きになってくれるわけが無い。
暗いことばかりが脳を巡るが、自分より少し上から聞こえたいつもの類の声は、意外な程に弾んでいた。
「⋯ふふっ。なんでだろう。」
「え⋯?」
「なんだか、食べたくなってしまったんだよ。」
「⋯⋯うそだ。遠慮したんだろう。オレが入れたから、食べなきゃって思っんだろう。無理矢理くわせるつもりなんか、なかったのに。」
「⋯うん。確かに、それもあるよ。」
ぐ、と握った拳が震えた。そんな拳に類はそっと手を重ね、強ばったそれを解いた。
「司くんが、僕のことたっくさん考えてこのお弁当を作ってくれて。食べなくてもいいって言っていたけれど、見栄えのためだったり、ほんの少しの期待とかも込めてくれて。」
「⋯⋯あぁ」
「そんな、僕への気持ちをたくさん詰めてくれたお弁当だったから。⋯全部、食べたいと思ったんだ。」
「⋯⋯」
「不思議とね、嫌いな野菜も少し食べられそうに見えたんだ。いつもは見るのも嫌なのに。それが司くんが考えて入れてくれたと思うと嬉しくてね、口に運んでいたんだよ。⋯⋯まぁ、不味かったけど。」
「う⋯⋯」
「でも僕、後悔してないよ。」
「⋯⋯そう、なのか」
「うん。⋯ふふ、折角お弁当を作ってもらったのに、レタスだけ食べて時間が過ぎてしまったら大変だ。食べよう、司くん」
「⋯⋯あぁ。」
類はずるい。また無自覚でそうやって人に期待をさせる。あの類が。ドロドロになった玉ねぎすら気づいて嫌だという類が。自分から、まるっきり緑のレタスを口にした。⋯オレの、弁当だから。
その“特別”が嬉しくて、また胸を高鳴らせる。いったい、一日に何度こうしてドキドキしなければならないのだろう。いつのまにか力の入っていたはずの拳は緩くなっていて、少し前まで俯いていたはずなのに、目は不思議と空を捉えていた。
「あ、司くん、これありがとう」
先程類に渡した水筒が目の前に出される。一気に飲んでいたが、どれくらい減っているだろうか。
「あぁ。とっさにオレのを渡してしまったが⋯すまん。自分のも持っていたよな。」
「ううん。あの状態じゃ飲み物も取れなかったと思うから。⋯ありがとう」
「⋯あぁ。」
あ、これ間接キスだ。
そう思った途端顔から火が出そうなほど熱くなり、その勢いのまま水筒を受け取る。類はふふっと微笑んで、2度目の「いただきます」を言ってから箸を持つ。
「⋯このハンバーグ、手ごねかい?」
「ん?あぁ。眠れなかったからな。時間もあったし、作ってみたんだ。⋯⋯お気に召さなかっただろうか」
「そんなことないよ!玉ねぎとかの野菜類も入っていないし、冷めているのにすごく美味しい。⋯これ、僕のために作ってくれたんだろう?」
「⋯⋯あぁ。そうだ。類のだけ野菜を入れていない。」
「⋯司くん。嬉しいけど、朝から無理しないでね」
「言っただろう。どうせ眠れていなかったから作ってみただけだ。」
「よくハンバーグの材料があったね」
「⋯妙なところで勘がいいな。ハンバーグ、本当は明日の分のはずだったんだ。」
「え?」
「今日の夜作って、明日の弁当に詰める予定だった。前倒しになっただけだ。」
類は鋭い。人間観察が得意なのか、人の顔色を読んで気配りもできる。恋愛関係以外ならば、類はこちらのこともすぐに気づいてしまう。どうして友人関係や恋愛関係で類が鈍感になるのかはわからないが、今はただ自分の気持ちに気がついて欲しい一心だ。
「もう⋯眠れなくても、目を瞑るだけで少しは回復になるんだよ?次からは、眠れなくても目を瞑っていること。いいね?」
「⋯⋯お前がそれ言うか」
「いいね?」
「⋯わかった」
「ならいいよ。⋯うん、すっごく美味しいよ司くん」
「⋯よかった」
心の底から安堵した声が出た。作っている時から類の反応が気になってドキドキしていた。思いの外形が上手くいった時なんかはガッツポーズをして、ずっと類のことを考えて作っていた。
そう伝えたら、類はどう思うだろう。
「おいしい⋯⋯」
「っ、何度も言わなくてもいい。少し、恥ずかしい。」
「いいじゃないか。だって本当に美味しいんだよ?」
本当に美味しそうに食べる。1口入れて、咀嚼して、飲み込む。そんな動作でさえ類がしていると可愛く思ってしまうのだから不思議だ。
一足先に食べ終えた弁当をしまい、類を眺める。じっと眺めていると、残り1口のところで類の箸が止まる。
「⋯⋯類?どうしたんだ?食べないのか?」
「⋯いや、なんだか、もったいなくなってしまって。司くんが作ってくれたお弁当が、もう終わってしまうのかと思うとね」
「⋯⋯明日も明後日も、そのあとだって作ってやる。」
「⋯うん、そうだね。ありがとう、司くん。」
最後の一口を頬張った類が、もったいぶるように噛んで、飲み込む。お弁当の蓋を閉めて、手を合わせた。
「ご馳走様でした。」
「⋯お粗末さまでした」
最後においしかったよ、と今日だけで何度も聞いた言葉を紡ぎ、弁当箱を渡される。鞄にしまうと、それを見た類がさて、と言って座り直した。
「⋯おいで?」
「な⋯っ」
「膝枕。するって言っただろう?」
そんな優しい言い方をされるとつい勘違いしてしまいそうになる。初めての膝枕の体験に顔が熱くなるものの、眠気はあるので類の膝に頭を預けた。
「⋯かたい」
「ふふ、だろう?男だからね。」
「⋯だが、これはいいな。あたたかくて、すぐに眠れそうだ。」
「⋯うん。おやすみ、司くん」
「おやすみ⋯⋯」
頭にのしかかった類の手のひらはちゃんと重くて、大きかった。安心して一気に眠気が大きくなる。いい夢を、と囁いた類の声を最後に、体の力がすっと抜けていった。
「ん⋯⋯」
「司くん、起きて」
つん、と頬をつつかれる感触。深くに沈んでいた意識が戻ってくる。薄く目を開ければ、大好きな人の顔が近くにあった。それはもう、ちかくに。
「ぅい⋯⋯?」
「司くん、そろそろ予鈴が鳴るよ」
「⋯⋯ハッ!!」
「わっ⋯⋯おはよう、司くん」
パチリと目が開き、飛び起きる。類に膝枕をしてもらっていたのを忘れていた。飛び起きた拍子に肩にかかっていた何かが足に落ちた。
「これ⋯類のカーデ⋯」
「そんなものでごめんね。これしか無かったから⋯」
「⋯いや、うれしい。ありがとう、類!」
「フフ、喜んでくれたなら良かったよ。そういえば、どんな夢を見ていたんだい?」
────夢。
覚えていない、というのが正直なところだ。見ていた、といえば見ていた気もする。ぼんやりしていてまったく思い出せない。
「ショーの夢でも見ていたのかな。寝言で僕を呼んだからびっくりしたんだよ。」
「そうか、寝言で類を⋯⋯」
ショーの夢では無さそうだな!?
きっと、類に想いを伝えて、それに応えてもらったその後のこと。類に甘やかされていることを夢に見ていたはずだ。思えば寝る前、ずいぶんと類の香りを意識していた気がしなくもない。
気がつくとボッと赤くなる顔に嫌気がさす。役者をしていると言うのに、どうしてこうも取り繕えないのか。
「司くん、顔真っ赤。寝言、恥ずかしかったの?」
「⋯⋯類の、名前だけだったか?他のこと言ってなかったか?」
「え?うん、名前だけだけれど⋯⋯」
「なら、いい」
かけられていた類のカーディガンん手に取り、鼻に近づける。すんすん、と匂いをかげば、柔軟剤だろうか。甘いような香りと、いつもの類の香りと、ほんのり油のような、鉄のような機械くさい匂い。
「⋯類のにおいだ」
「ちょっ、と、司くん?嗅がないで恥ずかしい」
「いいだろう、すこしくらい」
「君まだ寝ぼけてないかい?」
カーディガンを抱きしめ、類の香りに包まれる。機械いじりで少しくさいが、それが類っぽくて安心するのだ。珍しく顔の赤い類が可愛くて、意地悪でさらに匂いを吸い込む。
「司くん」
「ん⋯⋯はい、返す。」
「うん」
「ありがとな、類。これで午後の授業も頑張れそうだ!」
「フフ、ならよかったよ。」
「よし!教室に戻るぞ、類!」
「うん」
まだ耳が赤い類の手を引いて屋上を出る。さりげないボディータッチとは、こうして手を繋ぐだけでもいいのだろうか。
今となっては類よりも赤くなってしまった自分の頬を隠すように、振り返らずに教室に入った。
「⋯⋯練習が、できない!?」
放課後、ワンダーステージに向かおうとしていた時のこと。鳳グループのご令嬢からメッセージが届いた。なんでも、どこかのステージの照明が壊れ、念の為別のステージも点検をするから、だそうだ。貴重な練習時間が失われるのは辛いが、台本を固めたり個人で練習を進めたりと、今日はそれぞれでできることを、ということにまとまった。
諦めて帰ろうと机を立ち上がると、教室のドアの方からクラスメイトに呼ばれた。
「司〜!神代来てるぞ〜!」
「類が!?わかった、すぐ行く!」
ショーの練習もないのに類が何の用だろうか。また実験だろうか。急いでドアの方に向かえば、クラスメイトと類が話しているのが目に入る。それだけで嫉妬は未来のスターとして心が狭すぎるだろうか。ただ、実際モヤモヤするのだから仕方がない。
「類、どうした?」
こちらの気持ちを悟らせないように深呼吸をしてから類に話しかけた。
「司くん。今日、練習ができなくなってしまっただろう?だから、台本を固めて演出案をもっと具体的にしたいのだけれど⋯⋯」
「あぁ!もちろんいいぞ!」
練習のできない時間を有効活用できるのはありがたい。演出ももう少し工夫が出来そうだ。こうして考えるだけでも楽しいのだからやはりショーは素晴らしい。
「オレの家でいいか?」
「うん、いいよ。」
「よし!そうとなれば早く行くぞ、類!1秒ですら惜しいからな!」
ショーを共に考えられる仲間がいる。咲希の入院中に見せていたショーは全てひとりで考えたものだったから、今のこの状況が結構嬉しいのだ。仲間がいれば、ショーはどんどん面白くなって、たくさんの人を笑顔にできるようになる。
次の公演をイメージし、類の手を引いて家に急いだ。
「ただいまー!」
「お邪魔します」
「おかえりなさい、お兄ちゃん!それと、いらっしゃい⋯⋯るいさん?え、るいさん!?」
「あぁ!ワンダーステージで練習ができなくなってしまったからな!ショーの話し合いをするために連れてきた!」
「お兄ちゃん、頑張ったね⋯!!」
「頑張る?何をだ?」
類が来たことに異常なほど驚き大興奮の咲希に疑問を投げかけると、にこにこした咲希がオレを呼び寄せ耳元で囁く。
「なにって、るいさんを家に誘ったんでしょ?邪魔しないようにするから、2人でゆっくりしてね!アタシいっちゃんち行ってくる〜!」
類と2人で、ゆっくり。そうか。これは家に誘ったことになるんだな。
⋯⋯はぁ!?待て待て待てまずいだろう!類と2人きり?そんなのドキドキして心臓がもたん!頭の中ショーのことだらけで類と2人でお家デートなんて思いもしなかったぞ!
ウキウキで荷物を背負って咲希が玄関のドアを開ける。
「待て、待ってくれ咲希!1人にしないでくれー!」
「⋯⋯えっと、どうしたんだい?」
「何も聞くな⋯⋯」
「うん⋯?」
確かに緊張はするものの、これは絶好のチャンス!台本を詰めながらも、ところどころに大作戦を入れていけば類を意識させることができるかもしれない!
「えっと、司くん?」
「なんでもない!先にオレの部屋に上がっていてくれ。オレはお茶をいれて行く。」
「うん、わかったよ。」
オレの部屋へ向かう類を見送り、冷蔵庫を開ける。コップにお茶を入れながら、計画を立てる。いつもは向かい合って座っているが、今日は隣に座ろう。褒めることも出来そうだし、ボディタッチをしてみるのもいい。なんなら折角家なのだからわがままを言ってみたらいい。リアクション大きく、類の言うことに反応すればいい。
心が弾む気持ちでお茶を持って部屋に向かう。ドアを開ければ、オレの部屋に類が居る。それだけできゅんと胸が鳴り、目が合えば撃ち抜かれた気分になる。
「類、待たせたな」
「ううん。お茶、ありがとう」
「あぁ!⋯⋯さて、始めるか!」
「うん」
机の上にノートと台本を広げ、類の近くに座る。さっそく気になっていたところから話し合いに取り掛かり、ところどころ演技をしてみながら台本と演出を照らし合わせる。
類と、いや、これは類に限らず寧々やえむもだが、仲間達とこうしてショーを考えるのはとても楽しい。もちろん演じるのも大好きだが、仲間と共に観客の笑顔を考えながらショーを練るのはすごく好きな時間だった。
「ここはこっちの言葉の方がいいだろうか?」
「うーん⋯いや、このままでいいと思うよ。この方が世界観にも合っているし⋯⋯」
気がつけば窓の外は暗くなって、時間は3時間経過している。────作戦を、何一つ達成できないまま。いや、リアクションは大きかったはずだし、褒めもした。けどそれはいつものことで⋯⋯。
「少し、休憩にしようか。」
「あぁ、そうだな!つい話し込んでしまった!お茶のおかわりを持ってくる。」
「待って」
「え?」
「行かないで。」
立とうとしたら手首を掴まれた。自分より長くスラッとした指が体温を伝えてくる。よくもこの華奢に見える体からこんな力が出るものだ。
「⋯類?」
「あ⋯ごめんね、引き止めて。」
我に返ったように手を離した類が顔を背ける。強い力で掴まれた手首がじんじんと少し痛む。ドキドキと胸がうるさくなって、隠すように小走りでお茶を取りに向かった。
顔を合わせられないまま時が過ぎて、咲希が帰ってきた。結局、ほとんどアピールなんてできなかった。それどころか、類に引き止められて、こっちがドキドキして。
「⋯類、そろそろ」
「⋯うん。そうだね。長らくお邪魔してすまなかったね。」
「いや、全然大丈夫だ!ショーの話が出来て楽しかったぞ!」
「⋯うん」
「⋯類?どうしたんだ?暗い顔をして。」
「なんでもない。⋯⋯手首、痛まないかい?」
「⋯⋯え?」
「⋯力を、入れてしまったから。」
「⋯っぷ、そんなことを気に病んでたのか?」
類が大切なものを壊してしまったような顔をするから、気にしていたが。どうやら、オレの手首をずっと心配してくれていたようだ。
「大丈夫だ!オレはそんなにヤワな男ではないからな!しかし、そうか。あんなことで⋯ははっ」
「そんなに笑わないでくれるかい?真剣に悩んでたのに。」
頬をむくれさせて耳を赤く染める類が幼く、可愛く見えて、自分より高い位置にある頭を撫でてみた。目をまんまるくさせた類が、さっきよりも耳を赤くしながらも少し屈む。かわいい、愛おしい。そんな気持ちが溢れて、ぎゅっと抱き寄せて触り心地のいい髪を撫でる。
「大丈夫だ、類。心配してくれてありがとうな」
「⋯⋯うん」
「手首も、もう痛くもなんともない。」
「なら、よかったよ。」
「また来てくれ。家は歓迎するぞ。」
「⋯うん。君がそう言ってくれるなら、また来させてもらおうかな。」
「あぁ。」
「⋯司くん。」
「なんだ?」
「もう少し、撫でてくれるかい?」
「⋯⋯へ」
「背が高いからかな。撫でられるのに慣れていなくてね。⋯すごく、心地いい。ぬいぐるみくんたちが僕に撫でて欲しいと強請る理由がよくわかったよ。」
「⋯あぁ、いいぞ。」
司くんは撫でるのが上手いね、なんて甘い声で好きな人に言われて調子に乗らない奴が何処にいるだろうか。おかしいだろうか。180センチの男に、可愛いなんて。それでも確かにきゅんと胸が締め付けられて、コイツに心臓を鷲掴みにされて、離してもらえない。
「司くん、いいにおい」
「なっ⋯、かぐな!」
「僕のカーディガンの匂いを嗅いだのは誰だい?⋯仕返しだよ、司くん。」
「っ⋯!」
なんだこれ、なんだこれ!もう付き合ってるんじゃないか?少女漫画だろうこんなの。付き合ってないのに、こんなこと。
顔が熱くなる。きっと今オレは真っ赤なのだろう。類に甘えてもらって、こんな恋人みたいなことをして。だらしなく締りのない顔をしているのを見られたくなくて、類の頭を胸に押付けて類の視界を塞ぐ。
「お兄ちゃ〜ん、そろそろ遅いし、るいさんと⋯⋯!?あっ、あの⋯!お邪魔しました⋯⋯!」
「さ、さき⋯」
呼び掛けに来た咲希がドアを開いて状況を把握した途端真っ赤になる。そろそろと部屋から去る咲希を呼び止めることもできず、ただドキドキしていた。
「る、い⋯⋯」
「⋯うん、そろそろ帰るよ。」
「る、類」
「なんだい?」
「送ってく」
よく言った!!送っていく、と口にできた自分に内心ガッツポーズをした。確かに帰らなければいけない時間だが、あと少しでも類と一緒に居たかった。
類は目をまるくして、すぐきその眉を下げる。
「⋯駄目だよ。外も暗いし、」
「オレが送りたいんだ。」
「⋯もう。いいんだよ、気を使わなくても。」
「気を使ってなんかいない」
「そう?なら、少しだけ、そこまで一緒に来てくれるかい?」
「⋯!もちろんだ!」
くっついていた体を離して、玄関に向かう。1秒でも長く類と居たい。その一心で類と一緒に家を出た。
くだらない話を言い合って、電灯に照らされた道を歩いていく。類の何気ないその笑顔に、楽しげに話すその声色に、何度胸をときめかせたのだろう。もしも人間が脈を打てる回数が決まっているという迷信が本当だったら、もうとっくに死んでいるだろう。
「司くん、ここまででいいよ」
「だが」
「もっと遠くまで行ったら司くんが帰る時に危ないだろう?」
「大丈夫だ!」
「ダメだよ。」
「こんな時間まで付き合わせたのはオレだし、類を送り届ける義務があるだろう。」
「司くん、いいんだよ、ここまでで。僕だって楽しんだし、男だから大丈夫だ。」
「男だからって言っても、危険はそういうのだけじゃないんだぞ。この暗い中交通事故が起こるかもしれんし、類が転んで鼻血を出すかもしれないしな」
「司くん、僕のこと何歳だと思ってるの?」
「結構低めだと思ってる。」
「だろうね」
低めだろう。出かけると1人でどこかに突っ走って気がついたら居なくなっているし、興味のあるものを見つけると目当てのものでなくてもずっと見てしまう。子どものようにはしゃぐ姿をよく目にする。
だが、心配なのは、ついて行きたいのは類が幼いからだけじゃない。類が大切で、大好きで、もっと一緒に居たいからこう言うんだ。こんなふうに言えたら、楽なのに。想いを伝えていない今では、大事だと言うことすら叶わない。
「司くん、僕も高校二年生だよ。さすがに交通事故になんてよほどのことがなければ合わない。⋯司くん、また明日、学校で会おう?明日はショーの練習も存分にできるからね、たくさん演出に応えてもらうよ。」
「あぁ、もちろんだ!」
「そのために、司くんには早く帰って寝て欲しいなぁ。」
「⋯わかった。こんな遅い時間まで引き止めていてすまなかったな。くれぐれも気をつけて帰ってくれ!それと、今夜はしっかり眠ること!いいな?」
「ふふ、司くんらしいね。⋯いいよ、そうしよう。今日は早めに寝るよ。」
「よし、いい子だ!さすが類だな!」
作戦の中に褒めるも入っていたはずだが、これで合っているだろうか。どちらかというと赤ん坊をあやすような言い方になってしまった。
「じゃあ、またね」
「あぁ、またあした!」
類に大きく手を振り、来た道を振り返って歩く。1人になっても、まだドキドキしている。この感覚にいつか慣れることはできるだろうか。鳴り止まない心臓を抑えつけながら、走ったせいにしてしまおうと力強く地面を蹴った。
────それから、およそ1ヶ月ほどだろうか。
お弁当を作り続け、甘やかし、甘えて、笑顔を見せて、褒めて⋯。とにかく作戦を全力で遂行した。が、類はといえば最近は避けるばかりでアピールをする暇すら与えて貰えない。これはアピールが吉と出ているのか、凶と出ているのか。わからない。意識してくれているのだろうか。それとも、アピールが気持ち悪かっただろうか。
「どっちなんだ、類⋯!」
「⋯えっと、何がだい?」
「ハッ、類!?」
「やぁ、司くん。」
「類!」
「うん?」
「明日!オレの家に来てくれないか!!」
「⋯どうしてだい?」
「話がある」
「⋯⋯うん、いいよ。」
もう、決意をするべきだ。類があの作戦で意識をしてくれていようがいまいが、オレは類に告白をする。それで断られたらそこまで。いや、諦められる自信はないから、告白後もアピールを続けさせてもらおう。玉砕なんて綺麗なものじゃない。粉砕覚悟で類にぶつかれ、天馬司!
類のレモンイエローの瞳を見つめれば、困惑した様子のそれとバチンと目が合う。絶対に、諦められない。
────この鈍感男のために、一世一代の告白を決めてやろうでは無いか!!
「⋯と、いうことで、明日なんだが」
咲希の前に正座をし、申し訳なさを感じながらも明日家を開けて欲しいとお願いする。
「明日は練習もあるし、もともと帰りも遅いから大丈夫だよ!」
「ほ、ホントか!?」
「うん!お母さんもお父さんもお仕事で帰り遅いし!」
「な、なるほど⋯!」
「頑張ってね、お兄ちゃん!今まで頑張ってきたんだもん、大丈夫だよ!」
この歳になって妹に励まされる兄とは、なんとかっこ悪いのだろうか。だが、類を家に誘ってからずっと残っていた緊張が、少しだけ和らいだ気がした。
「ありがとう、咲希」
「うん!ぜったい、ぜーったい、成功するよ!」
手を掴まれ、じっと目を見つめられる。その目は、まるで類が告白にOKしてくれることを確信しているようで。これで断られたらどうするんだ、なんて苦笑したが、咲希はそれでもその目をやめない。
「がんばってね、お兄ちゃん」
「あぁ!最後の大作戦、頑張るぞ!」
初めて作戦を決行したあの日から書き続けていた日記は、もう何ページにもなっている。今日の日記は、最後の日記。類を振り向かせよう大作戦の、集大成。
9、告白する!!!
日記の終わりに9番目の作戦を追加して、勢いよく紫の蛍光ペンを引っ張った。
類を振り向かせよう大作戦を開始して、たくさんたくさんアピールして、その度無自覚な類に振り回された。ドキドキさせたくて甘えても、逆にドキドキさせられてしまう。なにも通用しなかった。ドキドキして貰えたかなんて、こっちにわかりっこないのだ。
でも類は、オレと付き合う夢を見ていた。目が合って柔らかく微笑む類の顔を、たくさん見てきた。────絶対に、成功させる。脈アリだと信じて、明日、告白するんだ。
咲希とガッツポーズを見せあって、口を大きく開けて笑う。咲希とずっと考えてきたこの作戦、成功させてやるんだ。
お風呂に入って、咲希と両親におやすみなさいと言って、布団に潜る。
────“ずっと前から、類のことが好きだ。オレと、付き合って欲しい。”
イメージトレーニングを何回も何回も繰り返す。類の驚く顔、笑う顔、悲しむ顔、沢山連想する。フラれた時、OKしてくれた時、付き合った直後の類の言葉。想像して、想像して、どんな事態になったとしても大丈夫なように。ありがとうと笑ってくれるか?気持ちが悪いと突き放すか?僕も好きだと言ってくれるか?友人としてしか見れないと断られるか?いくら考えたって、オレは類では無いのだから答えがわかるわけが無い。ただ、どんな場合も対応できるように。万が一泣いたりして、類に罪悪感を背負わせないように。
一晩中、類のことだけをずっと、考えてた。
「おはよう、類!」
決戦の日。元気よく類に話しかけた。笑顔は絶やさない。目を合わせて、もともと笑顔だった口角をもっとあげる。
「司くん、おはよう。」
「類は今日もかっこいいな!」
「⋯フフ、ありがとう」
不審に思われただろうか。だが、今日は最終日なんだ。たっくさん褒めたっていいだろう。だってこれは、本心なのだから。普段言わないだけで、いつも類を見れば思うこと。今日はきっと、言っても許される日だ。
「類、昼休みを全部貰ってもいいか?委員会とかないか?」
わがままを言ってみる。これはあまり使えなかった。同性ならまだしも、男が男にわがままを言いすぎてもどうかと思って使えていなかったもの。
「うん、構わないよ。委員会も今日は当番じゃないしね。なにか相談事でもあるのかい?」
さらりと許可される。この些細なわがままも、類には通用しないようだ。
「いや、そういう訳では無いのだが⋯。類と、一緒に居たいと思ってな。」
「そうかい?僕も、もっと司くんと一緒に居たいっていつも思ってるよ。」
また、胸を撃ち抜かれる。反撃をしたのに、それを倍にして跳ね返された気分だ。この無自覚鈍感男は、オレがどれだけドキドキしてるのかも知らないのだろう。きっと類が言っているのは、演出のこと。オレと一緒にいれば、たくさんショーの話もできるし、演出を試せる。それはオレも願ったり叶ったりだが、今言いたいのはそれじゃないんだ。
「ほっ、ホームルーム!始まりそうだ!オレは教室に行くぞ!!!」
「え?司くん?待っ、ホームルームまではまだ15分も⋯あぁ、行っちゃった。」
類の引き止める声もつぶやきも聞こえないフリをして、自分の席についた。バクバクと心臓がうるさい。はたしてこの作戦をしている間、何度バクバクと心臓が鳴ったのだろうか。
今日、告白するんだ。類に。オレが。
ホームルームで先生が言っていたことも、授業も、あまり集中できなかった。教科書を反対で読んだり、解く問題を間違えたり、とにかくミスを連発した。
こんなの不吉だ。ミスばかりして、告白までミスったらどうするんだ。日を改めるべきだろうか。告白のせいで集中できないのもあるだろうが、これはショーのことを考えているのとは訳が違うからな。
「司くん」
「むー⋯」
「司くん?」
「⋯ハッ、類!?なんだ?」
「なんだって⋯昼休みだから、僕の時間をあげに⋯?」
「ひ、昼休みだと!?ついさっき2時間目が終わったのに!?」
「大丈夫かい?疲れてる?」
しゃがんでオレの顔をのぞき込む類にいつもの2倍くらいキラキラオーラが見えた。昨日の夜寝ずに類のことばかり考えていたからだろうか。告白当日にこれは少しキツイな。やはり日を改めるか?だが、咲希に告白すると言ってしまった手前それは避けたい。
「司くん?」
「あぁ、いや、なんでもない。⋯屋上に行くか」
「うん」
弁当ふたつを持って類と一緒に屋上に向かう。今日の弁当は自信作である。昨日の夜に仕込みをして、今日の朝早起きして作ったものだ。ついでにラムネもつけた。
弁当を入れた袋を開けてみれば、類のと、もうひとつ。本来オレのものがあるはずのところに、かわいらしい小さなお弁当箱があった。
「⋯ん?」
「どうかしたのかい?」
「⋯間違えた」
「え?」
「間違えて、咲希のを持ってきてしまった⋯!」
「おやおや⋯」
「あ、類のはしっかり持ってきたぞ。」
類の弁当を手渡し、スマホを手に取る。咲希宛に連絡を送っておいた。
『すまん咲希!間違えて咲希の弁当を持ってきてしまった!オレのは量が多いだろう。残して構わないから、決して無理して食べないように。』
少し待つと咲希から『了解!』のスタンプが送られてくる。ホッと息を着くと、既にご飯を食べ始めていた類が微笑んだ。
「司くん、やっぱり疲れてるだろう」
「そんなことは⋯ない、はずだ」
「今日のお弁当もすごく美味しいよ。⋯また、あまり寝ないで作ったりしたのかい?」
「う"⋯⋯」
「図星かな。」
苦笑した類がオレの頭に手を伸ばし、優しく髪を撫でる。手入れしている髪は自信を持ってサラサラだと言えるが、好きな人に触れられるとやはり恥ずかしいし、触り心地がいいか心配だ。
「綺麗な髪だね、司くん」
「っ⋯!」
「ねぇ、司くん?」
「⋯なんだ」
「無理はしないで」
「むりなんか⋯っ」
してない、そう言おうとして、言葉に詰まった。類が、すごく真剣だったから。いつも惹き付けてくるレモンイエローが、オレの困惑した顔を映す。
「るい」
「司くん、心配なんだよ、僕は。」
「るっ、」
「司くん。司くんのお弁当は美味しいよ。いつも食べられるの、とっても嬉しい。けどね、僕が1番大事なのは司くんなんだよ。」
「い、⋯っはぁ?」
1番大事って言ったのか?この鈍感男は。そんなの、オレだって。オレだって1番大事なのは類だ。いつも徹夜する類が心配で心配で仕方がない。たしかに仲間だからっていうのだってあるが、でもそれは、オレが類を好きだからで。
「いちばんとか、気軽に言うな」
「気軽じゃないよ。僕は本当に、君が大切なんだ。」
「んなっ⋯!?お、オレだって類が1番だ!類にもこの気持ちは負けていない!」
咄嗟に出た言葉がこれだった。ほぼ告白じゃないかコレ。ちがうちがうちがう!こんなので告白したい訳ではなくて、ただオレは!
弁解しようと口を開いて、類を見る。真っ赤に染った類の頬。耳や首まで赤くなっている。
「へ⋯⋯?」
素っ頓狂な声を上げたのは、どっちだったか。
「ごちそう、さまでした。⋯お弁当、美味しかったよ。えっと⋯」
弁当を食べ終わったらしい類が、空になった弁当箱を手渡して気まずそうに目を逸らした。
「⋯これ、ラムネだ。後で食べてくれ。」
「ラムネ⋯⋯」
「手作り、だから」
「⋯ありがとう。」
半ばヤケクソになってラムネを手渡し、さっきの『類が1番大事』発言を思い出して頭を抱えた。
「さっきの、聞かなかったことにしてくれ⋯!男友達に、こんな⋯っ」
「⋯フフ、覚えているよ、ずっと。」
「酷いぞ、類!」
覚えている、なんて意地悪を言った類が、あまりに愛おしそうに微笑むから。告白は、やっぱり今日でいいかもしれない。
少なすぎる咲希の弁当をたいらげ、楽しそうにオレの食事を見ていた類を見上げる。
「放課後!覚えてるな?」
「うん。司くんの家、だね?」
「その通りだ!」
勢いよく立つと、バチン、と靴紐が切れる。
「⋯⋯嘘だろ」
こんな不吉のテンプレのようなことが起こるとは思わなかった。やはり告白は諦めて別の日にするべきか?
「不吉だねぇ」
「う⋯換えは持ってないんだが」
「あぁ、僕が持っているよ」
「何故靴紐を持ち歩いているんだ⋯?」
「靴紐が切れた時不運でも、靴紐を持っていれば少しラッキーな気がするだろう?少し待ってね⋯」
類らしい変わった考え方をにこにこしながら話してくる。こういうところが可愛いのだが、これを言ってしまうと逆効果な気がするから辞めておこう。
「よいしょっと」
類がしゃがんでオレの靴に手を伸ばす。靴紐を解いて、しゅるしゅると抜き取った。
「る、類?」
「なんだい?」
「オレ、自分で出来るぞ?」
「いいの。僕にやらせて」
「⋯なら、頼む。」
────沈黙。
類が静かに靴紐を通して、それをじっと見つめていた。いつもよりずっと上から見下ろす類の後頭部。下を向いているから、つむじも、うなじも見える。肩甲骨が服の上からでもよくわかって、心臓が煩くなる。他人がしゃがんでいる姿を見たってこんなことにはならないのに、それが類だというだけでドキドキするのは何故だろうか。オレが乙女思考すぎるのだろうか。
「⋯よし、いいよ」
「ありがとう、類!」
「フフ、このくらいお安い御用さ。それに、毎日お弁当を作ってきてくれてる司くんに比べたらこんなこと大したことないしね。」
「そんなことない!だいたい、お弁当はオレが好きで作ってるしな。」
わちゃわちゃと言い合いを続けていると、予鈴が鳴ってしまった。急いで屋上を出て階段を下りる。と、そこで1歩、足を踏み外した。
「⋯っ!」
「司くん!」
くるりと背中を地面に向けて腕を伸ばすと、類の長い腕がオレのそれを掴んで、手すりに捕まったままオレを引き上げる。大きく引っ張られたことで手首と肩ら辺がズキズキ痛むが、それどころではない。
「お、落ちるかと思った⋯!」
「良かったよ、落ちなくて。」
「類、ありがとう⋯」
「助けるのは当たり前だろう?大事な座長なんだから。」
「あぁ、そうだな⋯。階段で転んで骨折でもすれば、ショーが当分出来なくなってしまうからな。」
「はぁ⋯⋯よかった、君が、手を伸ばしてくれて。」
「すまない、オレの不注意だ」
今日は、ダメな気がする。やっぱり今日は告白を控えよう。運が悪すぎる。放課後はショーの話だけして、告白せずに乗り切ろう。明日、もし明日運が良ければ、明日告白をして。────運が良くなる日っていつだ。そんな、いつ来るかも分からない日に頼るのか?他でもないオレが?オレはそんな性格だっただろうか。
諦められない。今日告白すると決めたから、諦めることが出来ない。絶対に今日告白しないといけない気がしてきた。
「よし!類!午後の授業も頑張って、放課後はオレの家だ!」
「うん、それはいいけれど⋯大丈夫かい?怪我はしてない?」
「あぁ!類が助けてくれたからな!」
「そう⋯⋯じゃあ、また放課後、だね。」
「そうだな!」
階段を下り直して教室に向かう。類に手を振って席についた。いろいろと、キャパオーバーである。
バタン、と机に突っ伏して、さっきあった色々を振り返る。類に靴紐をつけてもらって、階段から落ちそうになったのを助けてもらって。
不幸も、類が居るだけで幸運だったと思えてしまう気がするから凄いのだ。このまま、告白も成功したらいい。イメトレなら何度もやった。大丈夫、きっと上手くできる。
帰り道、類と同じ歩幅で歩く。
どこか気まずくて、話題が出てこない。類も何故だか口を開かなかった。それでも類の隣は心地よくて、沈黙が続いても無理矢理話すことなく歩ける。
学校から一言も喋らないまま家について、類を招き入れた。
「お邪魔します」
「オレはお茶をいれていくから、先に部屋に行っててくれ」
「うん。」
類は迷いもせずオレの部屋に向かう。こう、好きな人が慣れたように部屋に直行してるのを見ると少し嬉しい。親しくなれている気がする。いや、事実親しいのだが。
冷蔵庫をあけて、お茶をコップに注いだ。
────類に告白する。
本番が近づいているのを感じて、そっと鼓動が早くなりはじめる。慌てるオレの心臓に気付かないふりをして、階段を上った。
「類、待たせた⋯⋯な、」
「あ⋯」
部屋の扉を開けると、部屋の中に1人ぽつんと立った類が居た。その類の手には────ノートが、1冊。
「っご、ごめん、読む気は無かったんだ」
動揺した類の手からノートが落ちる。開かれたページには、『類を振り向かせよう大作戦!』と大きく書かれていた。理解が追いつかないままノートを拾った。
「えっと⋯⋯」
「すまない、出しっぱなしにしていたようだ。」
あぁ、失敗だ。
まさか昨日の夜机に置いてそのままだったなんて。今日は、やっぱり告白するべきではなかったのだ。
こんな形で知られたく、なかった。ちゃんと告白して、自分の口で好きだって伝えたかった。
「司、くん⋯?」
類の見開かれた瞳が、虚ろな自分のそれを映す。類に、知られた。このノートを。計画を。────あ、これ、ダメだ。
理解した途端涙が溢れた。隠すように部屋を出て、部屋の扉を閉めた。この扉は、外から押さえつけてしまえば中からは開けない。
「司くん!」
「⋯類」
「司くん、開けて。」
「嫌だ。」
「司くん。目を見て話したいんだ。おねがい。」
「⋯いやだ。」
「ねぇ、司くん。告白、してくれるんだろう?」
「⋯どこまで見たんだお前」
「全部だよ。最初の作戦も、日記も、1番最後の、今日の予定も。」
「なおさら嫌だ。もう出たくない。」
なんで、類はこんなに必死なのだろうか。こんな震えた声の駄々を、ちゃんと聞いて、説得までしようとして。いいじゃないか、見なかったことにしてくれたって。
「⋯して」
「え?」
「してよ、告白。今、僕に。」
「そ、んなっ⋯できるわけないだろう!あんなもの見られて、恥ずかしくて、不甲斐なくて、もうっ、泣いてしまいそうなんだ⋯」
「っていうか、泣いてるよね、既に。」
「泣いてない!」
ぼろぼろと零れた雫が床に落ちる。立ち上がって、扉の向こうに居るであろう類を睨みつけた。
「司くん」
「⋯なんだ」
「開けるよ。」
「やめろ」
「開ける。いいね?もし離れてなかったら力ずくでいくから。」
意外と力のある演出家の力ずくを想像して、1歩後ずさる。もうこうなったらどうにでもなればいい。類が告白しろと言っているんだ。今オレにできることは、感じた脈を信じて言葉にするのみだろう。
扉が開くのがゆっくりに感じる。それに合わせて、大きく息を吸った。そして、開かれた扉から見慣れたレモンイエローが見えた、その瞬間。
「────類が、好きだ!!」
全力で叫んだ。声量に驚いた類が、「わっ」と声を上げて目をまんまるくする。
「⋯ふふ、はははっ。随分と、派手な告白だねぇ。」
「好きだ、好きだ。類、大好きだ。」
1度言ったら、溜め込んだ『好き』が溢れ出てきた。涙と一緒に、嗚咽と一緒に、好きだ好きだと口が勝手に類に告げる。
「⋯ねぇ、司くん」
涙でびちゃびちゃになっている頬を掴まれ、強制的に目を合わせられる。全力で楽しそうに笑い、耳を赤く染める類が滲んだ視界にうつった。
「僕も、きみが好きだよ。」
────時間が、止まった気がした。世界中の時間が止まったような、それとも、オレの息だけが止まったような。とんでもない衝撃に涙が止まって、視界が晴れる。いつもキラキラしている類が、もっとキラキラした笑顔をオレに向けてきて。
「顔がぐちゃぐちゃだよ、司くん」
「っ!おまえのせいだ。」
「うん、僕のせいだねぇ。」
ニコニコしてオレの涙を拭う類が、なんだか気に食わなくて。よろけそうになるのをグッと堪えて類の胸に飛び込んでやった。
「落ち着いたかい?」
あれからしばらく類の胸を借りてわんわん泣いたオレは、今腫れぼった目を冷やしながら類とノートを眺めていた。
「⋯いつからだ」
「うん?」
「いつから、オレのこと好きだった」
「⋯そうだね。多分、ずっと前から。でも、気がついたのは最近だよ。ほら、この日記にも書いてあるだろう?僕が君と付き合う夢を何度も見たって。」
「⋯あぁ、そうだな」
「最近ね、その記憶が残ったんだ。司くんにキスをしてもらう夢が、起きてもずっと頭の中をぐるぐるしてた。」
「あぁ、なるほど⋯⋯」
「不甲斐ない話、僕は恋愛に疎くてね。君を本当に恋愛感情で好きなのか、わからなかったんだ。それで、たまたま会った咲希くんをつかまえて⋯」
「咲希?咲希に会ったのか?」
「うん。たまたま、下校中にね。だから、相談に乗ってもらってね。そしたら言われたんだ。司くんを好きでいたいと思ったなら好きだし、違うと思ったら違うんじゃないか、ってね。」
なるほど。咲希が1枚噛んでいたわけだ。咲希が異様に告白は成功するという自信を持っていたのはそういうことか。咲希は、類の気持ちを知っていて⋯⋯。
「想像してみたんだ。君を好きだったら、君を好きじゃなかったら。それでね。あぁ、今僕は司くんが好きで、だからこそこういう世界が見えてるんだなぁって、そう思ったんだよ。司くんが他の人よりキラキラして見えるのも、司くんに近づかれるとドキドキするのも、司くんのことが好きだからなんだなぁって。」
「いや、待て。ドキドキなんてしてたのか!?」
「うん」
「気づかなかった⋯!」
類のことは、なんとなく結構知っているつもりになっていた。だがまさか、オレの知らないところで類がオレにときめいていたなんて⋯!
「さて、司くん。僕たちは晴れて両思いなわけだけれど⋯⋯僕と、付き合ってくれるかい?」
「っ、あたりまえだ!! 」
「おはよう、司くん」
「お⋯はよう、類⋯」
見事告白を成功させ類と恋人同士になった次の日、いつも通りに話しかけてくる類になんだか緊張して、目が見れなかった。
「⋯司くん。あからさまに緊張しないでくれるかい?」
「な⋯っ無理!無理だ!」
「平然装ってでも話したい僕が馬鹿みたいじゃないか。」
「へ⋯?」
平然を、装って。
類を見れば確かに耳が赤くなっていた。類も、緊張してるのか。オレと、同じ⋯?
「か⋯!」
「か?」
「可愛いな、類!!」
「ちょっ、そんな大声で⋯。それに、僕は可愛くないよ。可愛いのは君の方だ。」
「んなっ⋯~~!」
朝イチの校庭のど真ん中で顔を真っ赤に染めて類を睨んでいるこの状況は一体なんなのか。
「⋯何してんの?」
オレをからかい続ける類を睨んでいると、聞きなれた声が耳に届く。
「寧々!」
「寧々、おはよう。実は、司くんと付き合うことになってね。」
「⋯は?今まで付き合ってなかったの?既にくっついてるものだと思ってたんだけど。」
「は、はぁ〜〜〜!?」
「おやおや⋯傍から見れば、はじめから両思いだったってことかな」
「そ、そんな⋯っ、」
────こんなに頑張ったのに、そんなことあるか~~!?!?
結局、こんな言い争いをして広まったのは『変人ワンツー、まさかの昨日交際!今までのあれはなんだったのか!?』という内容の噂である。
どうやらオレたちは、既に付き合っているということで認識されていたらしい。オレの努力も、イチャイチャというふうに受け取られていたようだ。確かに今思うとけっこう恥ずかしいこともしていた気がする。
⋯まぁ、ハッピーエンドなのだからよしとするか。
と、いろいろあってくっついたオレ達に進展の見込みが全く見られず、『類と恋人らしいことをする大作戦!』が決行されたのはまた別の話である。