君はかわいい○○のペガサス
【attention】
しれっと小さなペガサスがいます。
ちょっとの少し不思議要素
司くんの小さなお友達とその子から貰った不思議な力ではじまる類司(つきあってない)
ペガサス(ペガちゃん)は造形とサイズ感をトラディショナルペガサスの肩にいるペガサスくんをイメージしております。
過保護なペガサスくんと司くんの話があんまりにも可愛くて自分でも書いてみよう!と思った結果がこうなりました。いつものラブコメもどきなのでゆるく見ていただけるとハッピーです!!!
2023/6/23開催のオンリーに合わせて続きを加筆し再録して同人誌として頒布します。
サンプルはこちら→ novel/19970765
それに合わせてこちらの本文も修正しております。旧版を見てくださった方、ありがとうございました!新版もよろしくお願いします!
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物心つく前から、隣にいた存在の話をしよう。
両親が言うには、家系的にそういうものに好かれることはたまにあることなのだとか。ただその中でも、この子は特に司のことを気に入ってくれたらしく小さな頃からそれが当たり前の、まるで家族のように離れることなく一緒にいてくれた。……いや、もうその頃から〝ように〟ではなく、大切な家族の一員だったのだ。その証拠という訳では無いが、その存在も小さな身体からは想像できないくらい大きな愛情を司に向けてくれている。そういった存在が気まぐれに現れるようなことはあれど、そのようにぴったりとつかず離れずになることは滅多にないことらしく両親にも驚かれたくらいだ。
「じゃあ、いってくるな」
「ぴ!」
支度を終えた司のまわりをぐるぐると飛び回って、満足した後に腕の中に飛び込んできた存在をぎゅっと抱きしめる。毎日の定番になっているキスをその角に落とせば、嬉しそうに翼をぱたぱたとはためかせた。
ピンクと紫、あと黄色のキャンディのようなたてがみをもつペガサス。可愛い可愛いオレの友達。
天馬家の一員であるペガサスは、今日も元気に家族たちを見守ってくれている。
***
両親がいうには、かのペガサス……ペガちゃんは、司が生まれてから少ししたくらいの時にいきなり現れたらしい。なんでも気がついたらまだ赤ちゃんだった司の隣で仲良くぴすぴすと眠っていたのだとか。普通だったら大騒ぎするようなあり得ない現象なのだが、天馬家にはたまにそういうことがある、ということは両親もあらかじめ知っていたので驚きこそすれ悪いもので無いことはすぐに理解し、そのペガサスの気が済むまで一緒にいようと決めて暮らしてきたのだという。
しかし、すぐにいなくなるだろうという予想に反してペガちゃんはそれが当然であるかのように司にくっついて離れなかった。そこから咲希が産まれてからも相変わらずで、むしろ自分も司と咲希のきょうだいだとでもいうかのように振る舞う始末。あんまりにもべったりだったからいつの間にかそれが自然になって当たり前になって、結局一度も離れることなく、今日までの十七年間家族の一員として共に暮らしてきていた。
ペガちゃんは妖精のような精霊のようなとにかく人智を超えた存在なので、原理はわからないが家族以外の人には見えない。だからたまに一緒に外に出かけたとしてもそんなに大きな問題はなかったが、ペガちゃん自身がそんなに外が好きではないらしく物心ついたときから家の中で司のことを待っていることがほとんどだった。他の人に見えないことがちゃんと理解できるようになるまで幼かった司は一緒に外に出かけるたびに戸惑ったりもしたが、それでも可愛い可愛いペガちゃんが司のそばにいてくれることに変わりはなかったのでいつしか気にしなくなっていたことを覚えている。
そしてそんな家族として過ごしてきた時間に加え、司にとってペガちゃんは恩人、いや恩ペガサスでもあった。
元々身体の弱かった咲希が熱を出して寝込んでいた時、辛そうな状態だといつものショーで元気付けることも出来ずただ隣に寄り添うことしかできないことをその当時の司はこの上なく歯がゆく思っていた。せめて、治してあげることまでは出来なくても何か咲希のためにできることはないのだろうか。そう毎日のように幼い心で悩み詰めていたある日、いつものように何も出来ずに寝込む咲希を隣で見守っていたところペガちゃんが急にぴかりと光ったと思うとまっすぐに司の胸へと飛びこんできたのだ。
突然すぎる行動、支えるために思わず差し出した司の手のひらに包まれたペガちゃんはそのままその手にすり寄ってきて、それで徐々に謎のぴかぴかは収まったのだが……今まで見たことのない不思議な現象に正直戸惑いを隠せなかった。
でも、その行為の意味はすぐに分かることになる。
すっかりいつも通りのふわふわに戻ったペガちゃんを、これまたいつも通りに膝に乗せて苦しむ咲希の手を握ってはやく良くなりますようにと願った時のことだ。突然ぽかぽかと暖かくなった手のひらから、何かがゆっくりと浸透していくような、言い表すのが難しい不思議な感覚がした。じわりじわり滲んでいくような、混じり合っていくような。
何度も何度も繰り返し行っていたせいでお決まりになっていたお願いの流れだったけれど、明らかに今までとは違っていて、でも何故か悪いものであるとは一切思えなかった。だからそのまま手を離さずにいたところ次第に……確実に、あんなに苦しそうだった咲希の呼吸が落ち着いてきて。それが何の、誰のおかげであるかなんて考えるまでもない。
それからというもの、司はペガちゃんから貰った不思議な力を使えるようになったのである。
発動条件ははやく良くなりますようにと願いを込めて手をかざすというもの。といってもそれは人知を超えた、たとえば病気を即座に治すようなとんでもない力という訳ではない。でもその力を貰ってから苦しんでいる咲希の手を握り願いをかけるとそれまであった咳が急におちついたり、熱が少し下がったりするようになった。
効果のほどとしてはそのくらい些細なものだったが、咲希はその力のお陰ですごく楽になったと笑ってくれたし、力のおかげかは正直不明だけれど今ではすっかり元気になって念願だった高校に通うことが出来ている。
だから……もちろんその力をくれたことだけが理由ではないけれど、天馬家では家族全員がペガちゃんにとんでもなく感謝をしていた。家族の一員としてだけではなく恩人としても、今ではすっかり我が家には欠かせない存在となっているのだ。
ちなみにペガちゃんは本ペガサス的には司の上のきょうだいくらいのつもりらしく、ちょっと過保護なくらいに司と咲希のことを気にかけてくれている。それこそ小さい時からずっと司のショーの観客をつとめてくれていたから、最近になってこうして仲間たちと司がショーを行えるようになったことをそれこそ全身でお祝いしてくれたりもした。ペガちゃんとしてもショーはかなりお好きなようで、たくさんの人は苦手らしいが、一度咲希のカバンに潜んでまでしてわざわざワンダーステージでの公演を見に来てくれたこともあるくらいだ。
ただ、最近は司のショーの活動が増えたことに加えて咲希もバンドの活動やアルバイトで忙しくなってしまったせいでひとりぼっちのお留守番が増えてしまい、たまに少し寂しそうにしていることが気にかかっていた。だから、咲希ともいつもありがとうの気持ちを込めて今度一日まるまるペガちゃんのために使おうという計画を立てているところだったりする。
……とまぁ、最近はそんな感じでもらった力を使うことも無くなったけれど、四人と一匹、家族みんなで仲良く平穏な毎日を送っていたのだった。
「類お前、すごい隈だぞ」
「ん? あぁ……そうなんだよ。最近気圧の影響で頭痛が酷くてね。でも大丈夫さ、ショーには影響がないようにするから」
「そういう問題ではないだろう! まさかずっとなのか?」
「うーん、それはそうだけれどいつものことだしもう慣れているから気にしなくていいよ。元々この時期はあまり得意ではないんだ」
ちょうど渡したいものがあったし、ということで昼休みに弁当箱を携えて類がいるはずの屋上にやってきたのが少し前のこと。ただ購買に食料調達行っていたらしい目的の人物はその場におらず、しょうがなくメッセージを送って先にランチを食べていたところでようやくやってきた類の顔はお世辞にもいい顔色であるとは言えなかった。
元々の肌が白いからか、目の周りの隈が余計にはっきりわかる。昨日顔を合わせた時も体調が悪そうで少し気になってはいたのだが、もしかして夜にちゃんと眠れなかったのだろうか。少なくとも「ちょっと頭痛」くらいの体調ではなさそうだということは、顔を合わせただけの司にも存分に伝わってくる。
「食事は? 朝は食べてるか?」
「あー、食欲もあんまりなくて。でも昼はこれを買ってきたから」
「いや、いくら何でもそれを食事扱いするな」
差し出されたのはパウチ状のゼリー飲料。面倒臭そうにあけた後にそれを飲み出した類は本当にそれ以外の食べ物を買ってきていないようで、本人の言う通り食欲までないようだ。普段の食生活がアレなわりにあまり体調が悪いとを言ってくるタイプでもなかったので、ここまで弱っているのは珍しい。なんだかかなり心配になってきてしまった。
「まだ昼休みだろう、せめて寝るか?」
「……そもそもあんまり寝られないのが原因なんだ。でも二、三日もすれば落ち着くから大丈夫だよ」
はぁ、類が溜め息を吐いて緩慢な動作でフェンスにもたれかかる。言葉を発することすらも億劫そうで、これは本格的にまずい状態であるのだと直感的に察知した。しかし、この場で司ができることといえばなにがあるのか……そう頭を捻ってから、ふと思い至る。そうだ、司には正真正銘のペガサスから与えられた力があるではないか。
最近力を使っていなかったからぶっつけ本番でちゃんと使えるかはわからないが、試してみる価値はあるだろう。すぅ、気合いを入れるために大きく息を吸う。実行はどこにしようかと考えて、あたりに横になれる場所もなかったからすこし逡巡したのち、膝をぽんぽんと叩きながら類へと声をかけた。
「よし、類。オレが何とかしてやるから、ここに寝てくれ」
「……司くん、何言ってるかわかってる?」
「背に腹はかえられん! 類の体調が悪いならこうするしかない!」
「はー。いや、だからね……。ま、いいか。どうせ寝付けないから、すぐ起きるよ」
いつもよりも元気がない類に気持ちが焦っていたこともあり多少強引になったことは否めないが、司が視線をそらさず真剣に見つめていたからこれは要求が受け入れられるまで動かないということが類にもわかったのだろう。ひとしきりゼリー飲料を吸い終わった後、のろのろと隣に腰掛け、しぶしぶといった体を保ったまま司の示した膝の上に頭を乗せてきた。ずしり、当然だが人の頭の重みが一気にかかってくると相応に重い。類のシャンプーの匂いだろうか、ふわりと甘いなにかが鼻腔をくすぐってくることを気恥ずかしく思いつつ、そっとその頭に両手を乗せた。そして、ゆっくりと願いをかける。
(……類の体調が良くなりますように)
あ、これ大丈夫そうだな。やり始めてすぐに覚えのある感覚が身体を巡っていくのがわかった。暖かくなった手のひらから、ゆっくりと類の頭になにかが注がれていくような感覚。せっかくなのでそれに合わせて一度、二度とアイリスの髪を撫でてみた。思った通りサラサラとした指通りのそれは、触っていても気持ちがいい。特にそうした行為にも何も言われず、拒否もされないので調子に乗ってしばらく撫でていたが、しかし一向に反応はなかった。
さて、これは成功したということでいいだろうか。
「……類?」
そろそろと声をかけてみる。しかし返事はない。ゆっくりと腹のあたりが上下に動いているのを横目で確認してみたのちに、司からはちょうど見えない角度で伏せられた顔を覗き込んでみた。
「おお、成功だな」
そこにあったのは先ほどの気怠そうな様子がどこにいったのかただひたすらに安らかな寝顔。うん、もう言っていたような頭痛はないようだ、どうやら司の持つ例の力は未だ効果をバッチリとキープし続けてくれていたらしい。うまくいったことにほくそ笑みつつ、類の眉間に見られていた皺を伸ばすついでにぐりぐりとほぐして眠りについたその頭を最後にもう一度ゆっくりと撫でてやった。
その特殊さ故本当は内緒なはずの力だが、このくらいならば許されるだろう。大切な仲間のちょっとした手助けだしな、と自分自身に言い聞かせて、残りの昼休みをどう過ごそうかとゆっくりとフェンスに身体を預けた。頭上に広がる空はどこまでも青く澄んでいて、なんだかとってもいい気分がした。
そんな日常に紛れ込んだちょっとした非日常。でもその時はこれっきり、類を眠らせてミッションコンプリートのつもりだった。たった一度の気まぐれだし、これで類が元気になれば今日のことなど忘れてしまうだろうと思ってのこと。……の筈だったのだけれど。
***
「司くん、頭が痛くて……」
「顔色が悪いな、仕方ない。ちょっと待ってろ」
「ねぇ、司くん、今日も昼にお願いできないかなあ」
「またか? ……まぁ、かまわんが」
「しっかり眠りたいけど夜はまだ寝付きが浅くて。司くんがいてくれたらいいのになぁ」
「お、おい! 流石に泊まりにはいかんぞ!」
「ええ〜? 駄目?」
まさか、こんなことになろうとは。
初めて類を寝かしつけた日(という表現は多少語弊があるが)、膝の上ですっかり寝入ってしまった類を授業開始のギリギリまで寝かせてから起こしてやった後。はじめは珍しくぽやぽやと微睡んでいた類だったが、自分がそうなるくらいぐっすり眠っていたことに気がつくとキツネにつままれたように目を丸くしていた。できればそのまま頭がハッキリするまで待ってやりたいところだったのだが、このよく回る頭が通常運転に戻って司の持つ力について変に質問攻めにされても困る。ということで類が覚醒し切る前にそのまま手を引いて、隣のクラスまで送り届けることで無事ミッションコンプリートしたはずだった……がしかし。それ以降味をしめた類に何度も同様の行為をせがまれる様になるとは全くの計算外だった。
初手は仕方がなかったとはいえ、繰り返しを防ぐためにも二回目の時に断ったらよかったのか。いや、しかし二回目に言われた時も確かに顔色がよくなかったし、それから後の日もいつも調子が悪そうだったし、類の弱った姿を見てしまうとその願いを無視するのこともできなかったから……。反省しようとしても次々に言い訳じみた思考ばかりが湧いてくる。ただ、もういまさら何をいったところで類への寝かしつけ、もとい力をつかう行為がすっかり定着してしまったことだけが事実だった。
しかもはじめは膝枕の状態でゆるく頭を撫でてやるだけだったのだが、類が肌寒いといったり自分だけ寝るのは心細いといったりあれやこれやの手を駆使して司のことを誘ってくるから、断りきれずにどんどん密着度合いが深まってきて、最近だと膝枕を通り越して抱き込まれるようになっていた。しかも逃さないとでも言うかのように腕ごとぎゅっと抱き込まれるせいで元々は頭を撫でていた手が届かなくなり、今では仕方なく背中を撫でている。どうしてこうなった。
「……というわけなんだ。ペガちゃんにもちゃんと報告をしておこうと思ってはいたのだが、遅くなってすまない」
「ぴぃ……」
リビングのソファに腰を下ろすと、すかさず膝の上に着地したペガちゃんを撫でながら訥々と話すと、ひと通り今までの経緯を聞いたペガちゃんはなにやら神妙な顔でこちらをみていた。類を治療していることは(誰に対してやっているとまでは言っていないものの)ペガちゃんから貰った力を使っていることもあり先に軽く報告していたのだが、最近になってその治療頻度が上がってきたせいか、かなり分かりやすく司のことを気にしてくるようになった。
具体的には家に帰った瞬間一目散に司の元へ飛んできてピッタリくっついてきたかと思うと渋い顔をして離れなくなったり、出かける時にも普段はほとんど家を出ようとしなかったのに一転して司についてこようとしたりするようになったのだ。もしかしたら家族以外にこの力を使うことを危惧しているのかもしれないとも思ったが、過去に冬弥に力をつかったときは隣にいたペガちゃんも何も言わなかったから治療するという行為自体がNGな訳ではない筈だ。
じっとつぶらな瞳でこちらを見つめてくるペガちゃんの視線になんとも落ち着かない気分になり、ごまかすようにその頭を撫でる。滑らかで不思議な感触と共にたてがみのふわふわを味わうと少し心が落ち着く気がする。そんなふうに好き勝手されてもペガちゃんは抵抗せずされるがままだったから、より愛情をこめて優しく丁寧に撫で回した。その瞳にこれ以上見つめられるとバレたくないところまで見透かされてしまいそうで怖かったからそうしたのは内緒だ。
(やっぱり、ペガちゃんには言わない方がいいんだろうな)
司が、なんだかんだ類に治療をせがまれることが嬉しくなってしまっていることなど。
純粋な気持ちで与えられた不思議な力を私利私欲で使っているだなんて、長らく人生をともにしてきた大事な家族には知られたくなかった。……はじめは本当に辛そうだったから、それをなんとかしてあげたいという一心だったのだ。でも、何度も何度も請われるうちに、自分が必要なんだと求められていることが嬉しくて、素直に甘えてくれる類が可愛く見えるようになってしまって。そうしているうちにもっと頼ってほしいだとか、そういう純粋とは言い難い欲が出てきてしまった。
そしてその欲は、きっと司が類のことを──好きになってしまっているから、出てきたんだと気付いてしまったから。こうしてペガちゃんのくれた力を借りて近付いている事が、とても悪いことのように思えてしまった。
咲希の病気が落ち着いた時にでも、返せるものならこの力を返してしまっていたかった。最近、司が類のことを好きになったと気付いてしまってからというもの、ついつい請われるがままに力を使っていることがひたすらに後ろめたい。
思えば、その前から類のことが好きかもしれないという兆候はあったのだ。そもそもが今までにこんなにもショーについて対等な熱量で話せる存在はいなかったし、ふとした瞬間にみせる気遣いも、楽しそうな表情も好ましくて、一緒にいることが心地いい大切な仲間だと思っていた。今まで近しい存在を家族以外に作ってくることがほぼなかったからその距離感と相手に対する感情に改まって名前をつけることは難しかったけれど、その頃からもう司は類のことを好きになりかけていたのだろう。そして、今回弱った姿と甘える姿を見せられて、すってんころりん綺麗に落ちた……というわけだ。
類も類で、あちらも親しい友達はあまりいなかったと言っていたくらいだから友人同士の距離感がおかしいのでさらに性質が悪い。治療の時の体勢もそうだが、最近前にも増していちいちスキンシップが多いのだ。今日なんてあと少し顔を動かしたら唇が触れそうになる距離でぎゅっと抱きしめられていた。そんな状態で寝られるわけもないので類が起きるまでただぼんやり長い睫毛を見つめていたのだが、目覚めた類と目線がバッチリあってしまった瞬間に背中に走った感覚を何といえばいいのか。緩んだ腕に乗じて速攻類の胸を押してごろごろ派手に転がることで拘束から逃れたが、あんな心臓に悪いことをしてくるのはよくない。
本当に……よくないことだ。
「ぴぃ〜」
「は! すまんペガちゃん!」
思い出してひとり顔を赤くしていると、流石に撫で回しすぎたのかペガちゃんからクレームが入る。急いで手を離した司をつぶらな瞳がまっすぐに見上げていた。ぱちぱちと瞬きをするその様子が可愛くて怒られたことも忘れついついもうひと撫ですると、その手のひらに流れるようにするりと擦り寄ってくる。
少し、乱れた鼓動がマシになった気がした。気を取り直して恐る恐る言葉を続けていく。
「オレとしては今後も類を助けてやりたいが、どうだろうか……?」
「ぴ……」
力のそもそもの持ち主にそうっとお伺いを立てる。今まで散々その力を使わせてもらっておきながらでなんだが、ペガちゃんはどうもあまりそういうことをして欲しくないらしい。その証拠に司の問いかけに対して今も翼をぱたぱたと動かしながら悩んでいるような素振りをみせていた。ただ、その表情がどちらかというと困ったというよりも嫌そうというか、非常に渋い表情をしているのが気にかかる。まるで食事にピーマンが出た時のようだ(ペガちゃんは食事をしなくてもいいはずなのだが食べることは好きなようで家では一緒に食事をするようにしている。そして司と同じくピーマンが嫌いらしい。ちなみに好きなものは甘いもの全般だ)。
「ぴぎゃん……」
「そんなに嫌そうな顔をしないでくれ……しかし、前に冬弥に力を使った時はまったく嫌がらなかったのに、どうしたんだ?」
うりうりとその顎の下をさすってやりながら考える。同じ相手に何回も力を使ったのが悪いのだろうか、いや、でも咲希のときは何も言わなかったし、とそこまで思い至ったところでひとつの可能性に気がついた。
「まさか、ペガちゃんがまだ類に会ったことがないからか?」
前に咲希のカバンに潜んでショーを見に来てくれた時は公演が終わったらそのまま帰っていた筈だから、舞台上の類をみたことはあってもその人柄を知らないのが気にかかっているのではないだろうか。ペガちゃんは精霊や妖精に近い存在なので、自分に害のある、いわゆる悪い人間の気配にはとても敏感だと両親のどちらかが言っていた気がする。
なるほど。もしかしたらぺがちゃんはこの力を使うことで司に不利益があることを心配しているのではないのだろうか。もちろん、司は類がそんなこと、つまりは司の力を悪用をするような人間ではないと確信しているが、ペガちゃんからしてみれば会ったこともないのでそこがいまいち不安なのかもしれない。元々けっこう司に対して過保護気味なのだ。
「なるほど、そうだったのか……確かに前に家に来た時はペガちゃんもずっと咲希の部屋で隠れていたようだし、まだちゃんと紹介できていないもんな。よし、わかった! すぐに紹介することにしよう!」
「ぴ⁉︎」
「ふむ、では今度練習の時にオレのカバンに入って一緒に来てくれるか? そうしたら練習の途中で隙を見てオレのショー仲間を紹介できるはずだ! できればセカイの皆にも紹介を……ん? そういえばペガちゃんはセカイにも来られるのか? というかセカイを知っている? 思い出してみると前にオレが部屋から移動した時も平然としていた気が」
「ぎゃぴ! ぴ!」
ペガちゃんが焦ったようにじたばたと暴れる。つまり正解ということでよさそうだ。
最近司の方も忙しくしていたし、ペガちゃんと過ごせる時間が減ってしまったからそれに拗ねていたということもあるのかもしれない。確かに学校もバイトも含めると類と過ごす時間の方が家で過ごす時間よりも長くなってしまっていたし、知らない人に司のことを取られたような気持ちになったのだろうか。
そう考えるとペガちゃんには申し訳ないが小さなヤキモチについついほっこりしてしまった。きっとあの仲間達ならペガちゃんを紹介しても大丈夫だろう。不可思議を詰め込んだような存在であるセカイにも既にすっかり慣れている三人だし、今更多少の不思議が増えたところで対して問題にもならない気がする。
さて、ではいつペガちゃんをワンダーステージへと連れていこうかと思考を巡らせはじめたところで、突然鳴り響いたブーッと低いスマホのバイブ音が現実に引き戻してきた。幸いにもスマホはすぐ隣に置いていたので手に取って画面を確認したところ、どうやら新着メッセージが届いたようだとわかる。差出人は――神代類。
「……先に会っておくか?」
「ぴぃ?」
画面に映し出された内容を確認して、静かにペガちゃんに声をかける。先ほどまであんなに暴れていた筈なのに、そんな事実をすっかり忘れてこてりと首を傾げるから思わず笑ってしまったのは仕方がないことだった。
***
「まさか、本当に来てくれると思わなかったな。別に急ぎでないなら週明けに学校で渡そうと思っていたのだけれど」
「あー、できれば休日に会えた方が都合が良くてな……。突然になってしまってすまない」
「まったく問題ないよ、休みの日まで司くんに会えるなんて光栄だ」
よかったら座って、と促されるままにソファに腰掛ける。以前案内された時よりも多少マシになっているようにも思えるその部屋は、ただ相変わらず多種多様なもので溢れかえっていた。設計図、何かの部品、脚本、その他諸々。こんな風に部屋が散らかっているせいでよく眠れなくなっているのではないかというお小言じみた言葉がうっかり喉元くらいまで出てきたが、すんでのところでぐっと飲み込む。
だって、どうせこの状態が自分にとっては一番快適だからそんな理由で眠れないはずはないとか、じゃあそう思うなら司くんが片付けてくれるかいだとか、そういうかわすような答えが返ってくるのは司にも分かりきっていることなのである。
ふう、小さく息を吐いてから気を取り直して司の座っている場所のすぐ隣にできるだけそっとカバンを置いた。ときたまぽすぽすと内側から叩いているような感覚があったから、ここに忍んでいるペガちゃんは寝てはいないらしい。けれど中で息苦しくなってはいけないからとちょうど中が見えないくらいにあけておいた隙間からはその姿を確認することが出来なかった。
……やはり、そんな気分ではなかったのだろうか。家から連れ出そうとしたときには微妙に抵抗していたが、もう家に行く旨を類に返信してしまっていたこともあり司がペガちゃんが嫌ならひとりで出かけると告げた途端に勢いよくカバンに飛び込んできたので、なんだかんだ言って類に会いたかったからこそこうしてついてきたのだと思っていたのだが。
(ペガちゃんが出かけることは少ないから、緊張しているのかもしれないな)
さて、お察しの通りだがこのカバンにはペガちゃんが潜んでいる。
先ほど類から届いたメッセージは『君が見たがっていたショーの映像を手に入れたんだ』というなんでもないものだったのだが、司にとってはこの上ないタイミングで送られてきた考え事の答えとなるメッセージだった。だからそれに今から取りに行ってもいいか、あとせっかくだから少し話がしたいんだがと返信したところ、速攻でオーケーが返ってきた……ので今に至っている。
今日は都合のいいことに学校もフェニックスワンダーランドでの公演も休みの日であるから、類とふたりきりで話すタイミングを見計らうためにかばんの中で待機してもらう時間を取らなくていい分ペガちゃんの負担が少ない。つまりまたとない絶好の対面チャンスでもあったのだ。まぁどうせ類にペガちゃんの姿は見えないのであるが、出来たら落ち着いた空間で、時間に余裕をもってじっくり類の人となりを知ってもらうことができるに越したことはない。
「なにか飲むかい? お茶でいいかな」
「あぁ、気にしなくていいぞ! 押しかけたのはこちらだしな。そうだ、何もないのは悪い気がしたので簡単な茶菓子は持ってきたんだが」
「おや、悪いね。気を使わなくてもよかったのに。じゃあせっかくだし一緒に食べようか、やっぱり何か飲み物を持ってくることにするよ」
ちょっと待っててね、と言い残すと、司の返事を待たずに類はそのまま部屋から出て行ってしまった。そんなつもりはなかったのだが、こちらこそ気を使わせてしまったことに申し訳ないと思った一方で、これはちょっとチャンスではないかと急いで開き掛けで保たれていたままのファスナーを全開にする。
「ぴ?」
そこでは急に明るくなったことにおどろいたペガちゃんが座り込んで目をパチパチさせながらこちらを見上げていた。実は類にバレないようにペガちゃんにカバンから出てきてもらうにはどうしたものかと様子を伺っているところだったのである。狙ったわけではなかったがうまくいってよかった、まだわかっていない様子のふわふわを宥めるようにひと撫でして、いつ類が帰ってきてもいいようにできるだけ顔を近づけて小声で囁く。
「ペガちゃん、出てきておくか?」
「ぴゃ」
「嫌か……わかった、なるべく負担にならないように早めに帰るつもりだが、無理そうなら教えてくれ。類には声も聞こえないはずだから、声をかけてくれたらいいからな。出来そうか?」
「ぴぃ!」
何かにぶつかって怪我することのないように厳重に敷き詰めておいたタオルの中に潜っていくしっぽを見つめながら、大丈夫かと少し不安になる。ただ、やはり出来ることなら類のことをもっとペガちゃんに知って欲しかったし、こうして司の家族以外のところで色々経験してもらいたかった。
普段は家からなかなか出たがらないし、といってもいっぴきでふらふらさせておくのも心配だから無理やり外に送り出したりはしていないが、最近両親も咲希も慌ただしくしていて家に誰もいないタイミングも多い。そんな時ただ寂しく家で待っているのだとすると、外に興味を持てるものを見つけてこれからのことを考えるのもペガちゃんのためになるだろう。退屈なひとりぼっちの時間なんて、絶対にあっていいはずがいいから。
……ただ、そう思っているのも事実だがそこまで急がなくてもいいかもしれない。何よりこういうことは司が突っ走るのでは意味がなく、ペガちゃんがやる気になることが一番大切なのだ。せめて類との出会いがペガちゃんにとってなんらかのきっかけになればいいな、なんて考えながらバッグを開けたついでに手土産のお菓子を取り一息ついたところで、ちょうどお茶の入っているボトルとすでにお茶が注がれているふたり分のコップをトレーに乗せた類が帰ってきた。
「お待たせ。うーん、そういえばテーブルがないね。よし、この子にお願いしよう」
「ロボの頭を机がわりにするな! あ、これ渡しておくぞ」
「あぁ、ありがとう。はいこれ」
流れるようにふたつあったコップのうちの黄色い片方を渡される。それをそのまま受け取って、勧められるがままにひと口ごくりと喉を潤した。華やかな香りが鼻腔に広がっていく。……どうやら意外にもアイスティーらしい。
類が作ってきたとは思えないから親御さんが作っていたに違いないそれだが、ありがたくそのままいただくことにした。風はまだ爽やかで気持ちのいい気候ではあるが、徐々に暖かくなってきていることは間違いないので気づかない間にも喉が渇いてしまっていたようだ。ソファに置いたままになっていたバックを挟んで隣に座ってきた類もおなじようにして喉を潤している。
……しまった。類との間にバックを挟んでいると、もしかしたら無意識に類がペガちゃんにぶつかってしまうかもしれない。実はペガちゃん、存在は感知できないし声も聞こえないはずではあるのだが、一方でもし触れた場合まるで透明人間のようになにかがそこにいる、という触れた感覚はあるということを冬弥の例で把握済みなのである。
だから類に変な勘ぐりをされる前にそっとバッグを掴むと、逡巡したのち膝の上に移動させた。ソファの反対側には類が作りかけのロボらしいものが座っているから仕方ない。できる限り自然な動作になったはずだったけれど、そんな司の行動を類は目を瞬かせながらじっと観察していた。何か不自然なところがあったのだろうか、探るように首を傾げて類を覗き込んでみる。
「……どうした?」
「ううん、ちょっと、思わせぶりなのかわざとなのかの判断に迷っていただけ」
「は?」
「フフ、気にしなくていいよ。どうせ前者だろうからね。しかしどうしたんだい、急に話がしたいだなんて」
「あ、ああそのことか! あー、いや、なんだ。どうも寝つきが浅いと言っていたから、会うのに日が空くのも久しぶりだし、ただ大丈夫だったかとだな」
「……昨日も会って、明日も会うのにかい?」
「……昨日も会って、明日も会うのにだ!」
我ながら苦しいとは思いつつ、誤魔化せるような言い訳がそれくらいしか浮かばなかったこともあり無理やり押し通す。
普段、土日はわりと書き入れ時なこともあってできるだけ多くの観客にショーを届けるべくアルバイトに励んでいるのだが、今日は本当にたまたまえむが家の用事でどうしても出かけなければいけないとのことで久々に活動を休みにしていただけのちょっと珍しい程度の普通の日だった。
昨日はいつものように四人しっかりそろってショーを行っていたし、どうせ明日は学校もある。なんならついでに放課後にセカイで集まる予定もあるので、会わないと言ってもその期間が短すぎるくらいのものだった。冷静になって現状を整理してみると、司にはペガちゃんを類に会わせる(まぁそれも一方的なのだが)というミッションがあるからとはいえ、それを知らない類からしたらものすごく司が心配性のように見えてしまっているのだろう。というかなんなら何を企んでいるのかと怪しまれていてもおかしくないくらいだ。
すまない、でも本当の目的は伝えられないんだ。だって類にペガちゃんは見えないからな。とりあえず心の中で謝っておく。
「ふむ。そうだなぁ、確かに僕の体調は万全とはいえないかもしれないね」
こっちの真意は知ってか知らずか。カタン、音を立てて類が手に持っていたコップをトレーに落とすと、ゆっくりと、でも抵抗する余裕が生まれないくらいの絶妙な時間をかけてカバンひとつ分空いていたスペースを詰めてきた。急に近付いて来られたせいで服越しに体温がわかるくらいになってしまったのでわけもわからず心臓が大きく高鳴る。
くそ、なんでこうもパーソナルスペースが狭いんだこいつは。そんな質問兼文句は残念ながら口には出せなかった。類のことを好ましく思っていることに気付いたのは最近のことなのでまだ司の中で消化し切れていないこともあり、この距離感に対する対応策も解決策も見つかっていない。だからドキドキとどんどん自己主張の激しさを増していく心臓についても、その音が隣にバレないようにするのが精一杯だった。
「ねぇ司くん、今日は撫でてくれないの?」
「……え、あ、頭か? それとも背中? 痛いところとかあるなら」
「うーん、強いていうなら痛いのは胸だけど、せっかくだから頭にしておこうかな」
ぐい、と撫でてくれとせがむ猫のように顔を寄せてくる類を止めようと片手にコップを持ったままふたりの間の空間に中途半端に手を上げたところ、あっさりコップは没収されてもうひとつと同じようにトレーの上へと勝手に避難された。必然的に空いてしまった両手はそのまま類に捕まり、ぐい、と引っ張られ挟み込むような形で類の滑らかな頬へと誘導される。
ふにふに。今まで頭を撫でたことは何度もあったが、そういえば(というか当然なのだが)こうして類の顔に触れたことはなかったせいもあってそのやわらかな感触に魅了されてしまうと本来やるべき手を引くということをうっかり忘れてしまって。しばらく楽しんでからはっと気付いて手を引こうとしてももう遅く、駄目押しのように類の手のひらも重ねられて、包まれるその温かさにくらくらしてしまう。そんなこっちのてんやわんやな心境はお構いなしに、類はまっすぐに視線を合わせたまま満足げに薄く笑って捕まえた司の両手に頬擦りをした。
「司くんの手は不思議だよね。あんなに痛かった頭も、もやもや渦巻いてた苦しさも。撫でてくれるだけで陽だまりみたいにあったかくなって、良くないものだけが全部吸い取られてしまったみたいになる」
「そ、そうか? いや、まぁそれが類の役に立っているのならよかったが」
「もちろん、とっても感謝してるよ。でもね、ひとつだけ悪いところを挙げるとするなら。……あんまり司くんが優しいものだから最近は無かったことにしようとしてたものがやっぱり手に入るんじゃないかと思って期待してしまうんだよ」
わかるかい、と今まで舞台上でも聞いたことのない囁くような掠れ声で告げられた言葉には脳が内容を理解する前に頭を振っていた。その様子があまりに必死だったのが可笑しかったのか、類はふ、と堪えきれなかったように息を漏らす。それすらもどこかこう、色気のようなものを感じてしまって心臓は大暴れするばかりだ。
自覚してしまえるくらい熱くなっているからおそらく類から見ても真っ赤になってしまっているであろう頬をもう隠すことは諦めて、翻弄されていることへの恨めしさを込めながらそのまま間近にある満月の瞳を睨みつければ、ゆうるりとそれを細められる。
くそ、こいつ楽しんでるな。遊ばれていると思いつつやっぱり目が離せなかったから、結果としてお互いの息がかかりそうな距離で見つめ合う羽目になった。どういう状況だ、これ。余裕のない司の代わりにツッコミをいれてくれる存在も今は見当たらない。
「お、おい。類」
日頃の鍛錬の成果だろうか。絞り出した声は思ったより落ち着いていて、お、これはもしかして冷静さを取り戻して一度仕切り直しができるのではないかと一瞬だけ淡い期待を抱いたのだが、それを容赦なく打ち砕くかのように類はいきなりちゅ、と軽いリップ音を立てて先ほど擦り寄った司の手のひらへと今度はキスを落とした。
びくり、ほんのつい最近、類と間近で見つめあった時に感じた背筋のゾワゾワがまた司を襲ってくる。
「あのね、司くん」
「お、おい! 人の手にキスしたまま話すな、くすぐったい!」
「ふふ、それだけ? ……前にあんな距離まで詰め寄られてキスされそうになったのに、またこんなところまで来て、また僕に期待させて。しかもここまでされても逃げないだなんて、食べられちゃってもしらないよ」
もう過剰すぎるくらい近かったのにもかかわらず、類はさらに顔を寄せてくる。このままでは引っ付いてしまいそうだ。アップになりすぎて類の目に合わせていたはずのピントすら合わなくなってきて、戸惑いと恥ずかしさとあとちょっとの期待でなんだか無性に泣きそうになる。
くそ、どうしてこんなことに。あんまりに心臓の音がうるさくて逃げ出したいところなのだが、このまま、類を見つめたままだとどうなってしまうのかという好奇心にも似た感情のせいでどうにも身体は動いてくれそうになくて、そんな自分を誤魔化すためにそっと目を伏せた。
けれどそれはよくない選択だったみたいだ。見えないせいで、自分のものではない体温ばかりを感じてしまう。ほら、かすかな息が唇にかかって、それで。
「ぴぎゃーーーーー‼︎‼︎」
もすりとふわふわした感触が唇一帯を襲った。ちょっと甘い。
「「⁉︎」」
予想外の感触に驚いて、仰反るようにしながら閉じかかっていた瞼を開ける。当然のように視界に飛び込んできたのは見覚えのあるたてがみ。
「ぺ、ペガちゃん、どうしたんだ⁉︎ ダメじゃないか急に出てきたら!」
「ぴー! ぴぴぴ!」
「ち、違うぞ忘れてなんてないぞ! よしよし大丈夫だから……」
ぶんぶんと見たことのない速さで司の周りを飛び回るペガちゃんに焦りと戸惑いを隠せないでいたが、なにやら威嚇するかのようにぐるぐる回った後、肩へと着地して宥めるようにすりすり頬に擦り寄ってきたのでそのままにさせておいた。どうせこの騒がしさの中でも手のひらは解放されていないのでどうすることもできないし。……とそこまで考えたところで、はたと、そういえば今この場には司ひとりでいるのではないことを思い出す。
そうだ、今おもいっきりペガちゃんの名前を呼んでしまわなかったか。というかペガちゃんの感触はたとえその姿が目に見えていなくともわかるはずなので、もしふたりの近付きすぎたあの隙間にペガちゃんが飛び込んできたのだというのなら謎のふわふわに襲われたことは類にも理解できてしまっているに違いない。
「ぴぎー! ぴ!」
「……司くん」
類が目を丸くしてこちらを見ている。いかん、平常心で対応しなければ。なんとか心を奮い立たせる。
「な、なんだ? えーっと、そうだ、ショーの映像だったな、なんだか不思議と暑くなってきたし、見せてもらってオレは早めにお暇するとしよう!」
「その肩に乗っている生き物はなんだい?」
「は?」
「ぴぎゃん!」
そっと指し示された人差し指に答えるように、ペガちゃんが力強くひと鳴きした。心なしか胸を張っているようにもみえる。
「ぴぴー、ぴ、ぴぎゃ!」
「ふーん、司くんの家のペガサスくん、ねぇ……」
「ぴ! ぴぴぴ!」
「そんなこと君に言われることじゃないだろう。敵認定されても困るんだけど」
「ぴー!」
目の前で繰り広げられているコミカルな光景だったが、一方で今この部屋で何が起こっているのか、まったく理解が追いつかなかった。でもこちらが呆けているあいだにも類とペガちゃんはまるで意思疎通がとれている、そう、会話をしているようなやりとりを行っていて、しかもその内容は穏やかなものではどうもなさそうだ。
「……類、確認させて欲しいのだが。もしかして、ペガちゃんの言ってることがわかるのか?」
「うん? このペガサスくんはペガちゃんって言うのかい? ……ふーむ、そうだな。はっきりわかるわけでもないけど、大体理解できるというか。不思議な感覚なんだけど、多分それで彼の言っている内容が僕の認識と違ってるわけでもなさそうだし」
「ぴぎゃ!」
「今は何故か敵認定をされて〝司くんに変なことするな〟って言われているね」
「そ、そうか……」
どさくさに紛れて掴まれたままだった手をすっと引いてみると、特に引き止められることなく解放された。そのまま未だぽこぽこと興奮しきりのペガちゃんのたてがみを宥めるために撫でてみる。
「まさか類にペガちゃんが見えるとは……しかもオレはペガちゃんの言葉はわからないというのに」
「ぴぃ……ぴぴ、ぴぴゃん。ぴーぴぴ」
「へぇ、司くんのあの不思議な力はペガサスくんからもらった能力なんだね。道理で気持ちいいわけだ」
「え⁉︎」
「ぴーぴ、ぴひゃ!」
「それをたくさん使ったから僕にも彼が見えるようになったようだよ」
「ええ⁉︎」
「ぴー!」
「歓迎されてないみたいだけども」
ぱっと肩に先ほどまで感じていたささやかな重みが消えたと思ったら、勢いよく飛び立ったペガちゃんはパタパタとそのまま類の目の前で立ち塞がるようにホバリングをはじめた。ちょうど司と類の間で、司に背をむける形である。先ほどの類の翻訳もあいまって何故か類から司を守ろうとしてくれているのは流石にわかったのだが、なぜこんなにも類のことを警戒するのだろうか。ペガちゃんはのんびりした性格だと思っていたので、……そもそもペガちゃんが家族以外の人と交流している例がなさすぎるため誰かとコミュニケーションを取っている事例がほぼないが、それでも理由もなく攻撃的になるタイプのペガサスではないはずだ。他に攻撃的になるタイプのペガサスがいるかどうかは知らないが。
「ぴーぴ!」
「うーん、とはいってもね。僕は司くんとお付き合いをしたいと思っているのだから、別に悪いことをしたわけではないだろう?」
「ぴ!」
「そんな! でも君がずっと守るわけにもいかないだろうしね?」
「ぴぴーぴ、ぴぴ!」
「なんてことを言うんだい! 駄目だよ、君は司くん離れをするべきだ!」
「ぴー!」
おお、よくわからないがひとりといっぴきでなにか喧嘩をしている。
完全に置いてけぼりで内容の理解できない喧嘩(というかこういう戯れに近いような気もする)を眺めているが、まったくと言っていいほど何について言い争っているのかの全景がみえてこない。聞き逃すには引っかかる言葉も聞こえてきた気がするが、かといって侃侃諤諤の中に割入って追求するのも憚られた。でもなんとなく喧嘩はしているものの類とペガちゃんは仲良くできそうなのでほっと息を吐く。特に類が司にもふんわりとしか分からないペガちゃん語を理解できるのは大きなアドバンテージだろう。正直羨ましくすらある。
そして類からもたらされたこの司の力を使うことでペガちゃんが家族以外に見えるようになるという情報は非常に有益なものであった。いつもその話をするたびに自分も会ってみたいと言っていた冬弥や、練習の合間にもペガちゃんを可愛がってくれそうなえむと寧々にも試してみてもいいかもしれない。咲希もその話を聞くと喜んでいつもの三人を連れてきそうだ。
そんな風に現状を分析しつつ蚊帳の外でぼんやりまだ終わりない言い争いをしているのを眺めていたところで、不意に類がこちらをバッと効果音がつきそうな勢いで振り向いた。またなにかペガちゃんに言われたのだろうか。ペガちゃんはどちらかというとのんびり穏やかなタイプであると思っていたから、こんな風に活発に動いて話しているのをみるのは正直嬉しい。類が何を言われているか司には分からないが、家族の新しい一面を引き出してくれてありがとうだなんて感謝したい気分だ――とかなんとかしみじみしていると、思考を引き戻すようにぐいと腕をひかれる。
こちらはまだソファに座ったままかつ油断してなんの力も入れていなかった。当然、そんな状態で抵抗できるわけがなく引かれるがままに類の胸へと飛び込む。
おい、いきなり何を。文句を言うためにあげた顔、ほっぺたらしきところで、ちゅ、と先ほど聞いた気がする音が鳴る。
「ということで司くんは僕に任せてもらっていいから」
「ぴぁー! ぴぴぴぴぴぴ」
「ぐっ……痛いところをつくね、いいかい、告白は今日の予定だったんだ! あとちょっとのいいところを邪魔したペガサスには言われたくないけれどね!」
びきり、明確に意思をもってそこに口付けられたことを理解して全身が石化してしまったように固まる。先ほどから聞こえてくる会話の内容も含めて、全部が全部キャパオーバーで身体中の血液が沸騰しそうだ。
けれど。
「ぺ、ペガちゃんの前で不埒なことをするなー‼︎」
「え、そこかい⁉︎」
「ぴ⁉︎」
あんまりに長い間除け者にされるのは面白くなかったのと、あと本心から嬉しくなかったわけではないけれどペガサス前ではやめてくれというふたつの意味を込めて叫ぶ。流石に間近で叫ばれたことで緩んだ類の腕から飛び出すように抜け出して、くるりと振り返ってちょっと距離の離れた類に向き合うような形で手を目一杯に広げる。と、察したペガちゃんが腕の中に飛び込んできてくれた。もふもふとした感触が気持ちいい。そこに顔を埋めるとすこし落ち着ける気がする。
「つ、司くん。すでに色々言ってしまった気がするけれど、ちょっと僕からも話したいことがあって……」
「ぴーっぴっぴっぴ」
「笑わないでくれるかい?」
おそるおそる、伺うように類が声をかけてくる。ペガちゃんが返事をしてくれているからという言い訳で、まだ顔を上げたり返事をするのはやめておいた。ふん、せいぜい、困っておけばいいのだ。生憎こっちだってまだ一杯一杯なのだから。でも、もう少しだけこの感触を楽しんで、心臓も落ち着いてくれたのならばその時はペガちゃんとの仲を取り持ってやってもいいし、先ほど聞こえてきた内容を深掘りしてやってもいいかもしれない。
「ぴぃ!」
かわいいかわいいペガサスが、これからの行く末を暗示するかのように、もしくは勝利宣言するかのように。高らかに鳴き声をあげた。