第二九話 急変をもたらす訪問者
基本的に、この世界の女性というのは兵士になるものだ。
魔族という人類共通の難敵。
これに対抗するのが、おおよその国家における、国民の義務となっている。
ゆえに戦力となりうる存在はまず以て、軍に入隊しなくてはならない。
その後、重傷を負うか、あるいは戦士としてのピークを過ぎ、戦力にならなくなった者は、半数近くが退役となる。
そんな彼女等は冒険者というセカンド・ライフを選択することが多い。
この世界には魔族だけでなく、魔物というのも存在しており、人里に被害をもたらすことがある。
ギルドからの依頼でこれを討伐したり、あるいはダンジョンを探索することで資源を確保したりなど、冒険者というのはけっこう仕事の選択肢が広い。
その収入額というのは、腕っ節に比例するもので……
ゆえにこそ。
「どうしよう。当初は路銀を稼げればそれでオッケー、ぐらいの感覚だったのに……」
「お城を建てられそうな金額になってしまいましたわねぇ~♪ さすが、わたくしのアルトといったところでしょうか♪」
ダンジョンの最奥踏破、というのもそうだし、最難関クエストの全クリ、というのも相まって……ちょっと、とんでもない額を稼いでしまった。
「わざわざ高難度のクエストとか、やらんでもよかったやろ」
「いや、でも……大勢の人が困ってるなら、助けなきゃって、思うじゃないですか……」
「……どんだけお人好しやねん、アンタ」
まぁ、やってしまったものは仕方がない。
そういうわけで。
本日は今後の方針について、宿の一室にて話し合おうということになった。
「わたくしが冒険者生活を提案させていただいたのは、ルージュ様にアルト・ブレイスターという人間の側面……絶対的な暴力と、それに振り回されぬ聖人めいた善性というものを、教えて差し上げたかったから……ですが」
そうした目的は既に、達成されているのではなかろうか。
と、そのような想いを込めつつ、ルージュへと目をやる。
「……まぁ、そこは認めるしかないやろ。実際、アルトは国どころか世界を相手取っても勝てるぐらい強いやろうし……心に至っては、わけわからんぐらい、善良やし」
カネの心配も必要なく、見せるべきものも見せた。
となれば、もはや。
「今後、冒険者生活は暇つぶし感覚で行い……自由時間を長く取りましょう」
「せやな。なんせアルトは一日に八時間は絶対に寝なあかんし。一緒に活動出来る時間に制限がある以上――」
「えぇ。今後は冒険者としての時間を短くして、わたくし達がやりたいことに集中する。これが一番よろしいかと♪」
俺の体には、ちょっとした制約というものがある。
それは二四時間の中において、八時間の睡眠を取らなくてはならない、というものだ。
これは別に、前世で過労死したトラウマが、とか、そういうことではない。
どうやら、俺の体はそのように出来ているらしいのだ。
「睡眠時間が八時間以下になると、睡眠負債が蓄積し……これが二四時間分溜まった瞬間、同じく二四時間、ぶっ続けて眠ってしまう。……我ながら面倒な体質だな」
そこに加えて、二四時間ぶっ通しで活動した場合、きっかり二四時間を迎えると同時に意識が消失し、最低でも一二時間は眠り続けることになる。
睡眠負債が蓄積した場合においても、二四時間ぶっ通しで活動した場合においても、一度眠ってしまえば、何をされても起きれない。
ゆえに、俺は一日八時間以上の睡眠を徹底している。
前世と比べて、本当に健全な生活になったものだ。
と、そんなことを思う最中。
「では早速、わたくし達がしたいことを、実行いたしましょうか♪」
まぁ、うん。
俺としてはもう、特別、やりたいもやりたくないもないのだけど。
イヴリスは。
そして特に、ルージュについては。
夜伽に対する興味関心というものが、極めて強い。
「ア、アルト・ブレイスターっ! きょ、今日こそは、アンタを満足させたるからなっ!」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
まだ昼過ぎあたり、なのだけど。
この二人からすれば、時間帯なんてものは関係がないのだろう。
……で、だ。
ルージュがこういうことに積極性を見せてくれるようになったのは、本当に大きな進歩だと思う。
とはいえ。
こちらの目的はあくまでも彼女への種付けであるため……
避妊の霊薬を飲んだ上でのそれは、なんの意味もない。
「な、なんでこんな、強いねん……!」
ベッドの上で、汗まみれになりながら、荒い吐息を漏らす。
そんなルージュに対し、俺はイヴリスの相手をしつつ、
「経験の差というものでは?」
人数的にも回数的にも、ちょっと我ながら引くような状態となっている。
そこに加え……
慰安夫だった頃の経験とか、大慰安会で皆の心身を癒やしてあげたりだとか。
そういうことばかりをやっているため、ベッドでの実力はことさらに高くなっているのだろう。
「ア、アルトは、わたくしですら、相手にならないの、ですから……貴女が、敵う道理など、ない、でしょう……」
行為を終えて、汗だくとなりながら、ルージュの隣に倒れ込む。
そんなイヴリスは、相手方の紅い髪を撫でつつ、挑発的な微笑を浮かべ、
「何事も、踏み出すまでは、善し悪しがわからない」
「……せやな」
「男とのまぐわいは、貴女からすれば、依然として気持ちの悪いものでしょう。しかしながら」
「……あぁ。負けを認めざるをえんわ」
ルージュは頬を紅く染めながら、勝ち気な美貌に羞恥を宿し……
こちらへと目をやり、一言。
「アンタとまぐわうのは、その……き、気持ちが、ええ」
これは、かなりの好感触、なのではなかろうか。
そのように感じたのは、俺だけではなかったらしい。
「避妊の霊薬というのはね、ルージュ様。実のところ、快感を弱めてしまうという副作用があるのですよ」
「……は?」
「信じられないかもしれませんが……貴女が感じ続けてきたそれは、避妊ナシの快感と比べれば、半分程度のものでしかない」
「……う、うせやろ?」
「嘘かどうか……確かめてみませんこと?」
さすがに、無理があるのではないか、と。
俺はそんなふうに考えたのだが、しかし。
ルージュは紅くなった頬を、さらに朱色へと染め上げながら、
「あ、赤ん坊を、身ごもるっちゅうのは、どういう感じ、なんや?」
「体感だけで言うのならば、まぁ不快以外のなにものでもありませんわね。行動が大きく制限され、なおかつ、体調だって頻繁に崩すようになる。これを愉快に思うことなど、少なくともわたくしは未来永劫、ありえませんわ」
「そ、そう、なんか……」
「けれどね、ルージュ様。精神的なそれも重ねれば……やや子がお腹に居るというのは、これ以上なく、幸せな気持ちになれますのよ?」
今、イヴリスの胎内には俺と彼女の第二子が居る。
ほんの少しずつではあるが、確実に、日々膨らんでいくお腹。
それを愛おしげな微笑と共に摩りながら、イヴリスは言う。
「ルージュ様。もし、貴女がアルトのことを極度に毛嫌いしておられないのであれば……第一子、身ごもってみてもよろしいのではないかと、愚考いたしますわ」
果たして、ルージュの反応は、
「ウ、ウチは別に、男が好きなったりとか、してへんけど、でも……アルト・ブレイスター、アンタのことは、そのぉ……き、嫌いっちゅうわけや、ない」
言ってからすぐ、彼女は美貌を真っ赤にさせて。
勝ち気そうな目を吊り上げ、こちらをビシッと指差しながら。
「べ、べべべ、別にっ! アンタと子作りしたらどないなるんやろとか、思ってへんからなっ! アンタとの子供とか、ぜんぜん、欲しいとか思っとらんしっ! た、ただ、避妊ナシの種付け交尾がどんだけ気持ちええんか、興味があるってだけやっ! 勘違いすんなや、ほんまっ!」
え~~~~~~~っと。
……えっ?
こ、こんなんで、任務成功になるの?
えっ? マジで?
「うふふふふふ♪ わたくしを同行させたアルトの慧眼、さすがとしか言い様がありませんわねぇ~♪」
なんか持ち上げてくれてるけど、ぜんぜん、想定外なんだよなぁ……。
まぁ、でも。
宰相閣下の命が遂行出来るというのであれば、なんでもいいいか。
「……避妊の霊薬は、丸一日効果が持続する。だから、まぁ」
「あ、明日、ヤるん、やな……!? 種付け、交尾……!」
「えぇ、そうですね。そのときは、よろしくお願いいたします」
「~~~~~~~~っ!」
まるで生娘みたいな反応をするルージュ。
そんな彼女のことを、不覚にも、愛らしく思ってしまった――
次の瞬間。
唐突に。
本当に、なんの脈絡もなく。
宿の一室、そのドアが蹴破られ……
一人の女性が入り込んできた。
筋骨隆々とした巨体。
勇ましさの中に、女性らしい美しさを宿した貌。
俺としては、初見の存在であるが、しかし。
ルージュは、驚いたような顔で、相手方を指差し、
「ア、アルマっ……!?」
その名には、覚えがある。
ルージュがいつか、語ってくれた話の中に、そんな名が含まれていた。
確か……かつて、愛し合った人、だったか。
そんなアルマは、獰猛な笑みを浮かべ、そして。
「――準備が終わったよ、アルト・ブレイスター。お前を、地獄に叩き落とす準備が、な」
~~~~あとがき~~~~
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