その獣、狡猾につき
ついつい類を甘やかしてしまう司と特大の猫かぶりの話です。
途中ちょっと痛いかもなので注意!ラブコメのつもりで書いてますご安心ください
自分史上最強に雄みのある攻めを書くぞ!と思い着手しましたが見事に挫折しましたのでどうぞ笑ってやってください。Why…
3月は自分の解釈理解のために沢山小説書くぞ!ってことで沢山書きました。いろいろ勉強になりました!燃え尽きたぜ…真っ白にな……
あ、カラフェスは爆死しました。この世に慈悲などない。
なんと3/31と4/1のデイリーと女子に人気ランキングにお邪魔させていただいたようです。沢山読んでくださってありがとうございました!
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きっかけは、そう、些細なこと。
いつも見上げなくてはいけない身長差だからこそ、しゃがみこんでいるところに後ろから立っていると、普段はみることができないつむじなどが目について。あと、なんだかその紫が酷く柔らかそうだったので。
「……司くん?」
ほぼ無意識に手を頭に乗せて、ひとなで、ふたなで。被害者はそんな自分の行為については特に咎めることも無く、ただただ酷く驚いた顔を見せたあと、照れたようにはにかんだから。たぶん、きっと、それがだめだったのだ。
「……だからって、それは無いでしょ」
「オレもそうは思ってるんだが……」
「いやいや、今日はちょっと風が強いから暖を取らせてもらってるだけさ」
本日、晴天、昼休み。
今日は練習も休みだからだろう。何かのついででいいと言ったのだが、律儀にも貸していたミュージカルのDVDを返却したいというのでメッセージで居場所を教え、そこまでやってきた寧々の第一声がそれだった。
いや、言いたいことは分からないでもない。
今、自分は今後の公演の脚本を考えるためにノートと向き合っていたのだが、胸元にあるそれの更に下を見ると、自分の腹あたりに回された腕が目に入る。首元には後ろから抱き込むような形で埋められた紫色の頭。こちらは、寧々が来たというのに自分の体制を変えるつもりは無いようだ。というか、人の肩口に埋めた顔すら上げやしない。もごもごとそのままの姿勢で普通に喋られると擽ったくてかなわないんだが。
「……なんでも最近寝付きが悪いとかで、ランチが終わるとこうなってな」
「え、もしかして毎日?うわ……」
「本気で引くな!」
立ち上がろうと足を動かせば、ぐっと腹に回された腕に力が入る。というかなぜオレがフォローをさせられているんだ。自分で説明してくれ。と言いたいがどうにも聞き入れられそうにない。
あの日、自分が思わずその頭に触れてしまってからというもの、こうした類からのスキンシップが目に見えて増えた。初めは照れ照れと褒めて欲しい時に頭を差し出してくるくらいのものだったが(びっくりしすぎて請われるまま撫でくりまわした)、そのうちなにかあったら擦り寄ってくるようになり、気がついたらこんな風にピッタリとくっつかれるようになった。どこかで拒否をした方が良かったのだろうか?しかし、今となってこんなに甘えられてしまっては拒否することもはばかられて、……そして自分としても別に嫌では無いので、なし崩しに認める形となっていた。
「確かにそろそろあつくなってきたしな。せっかくここまで来てくれた寧々からDVDを受け取らねばならんし、類、ほら、離れてくれ」
「いやだよ」
「ぐえ」
断固拒否だとでもいうように更に強くなった力にぺちぺちと抗議の意味をこめてたたけば、すこし緩められる。残念ながらまだ解放は許されないらしい。右の肩口にぐりぐりと擦り付けられる頭を仕方なしに撫で付けると、今度は掌に擦り寄ってくる。くそう、そういうのがズルいんだ。かわいいとおもってしまう自分が憎い。しかし、こうも動けないと普通に返却物を受け取るのすら自分からアクションが取れないんだが。
「……あー、寧々。すまん、このまま受け取る」
「司……」
本当は座ったままだと行儀が悪くて気になるが、せめてと思い今できる限りで手をさし伸ばす。その姿をどうしようもないものを見る目で見つめられて、ひたすらに肩身が狭い。うう、違うんだ。何も違わないが、せっかく可愛いし、ゆっくり休ませてやってもいいんじゃないかと思うだけなんだ。
ハァ、寧々がため息を吐く。
「あんまり甘やかしすぎて、後で後悔しても知らないからね」
それじゃ、これ。確かに返したから。
もはや押し付けるように有無を言わさずDVDを渡されて、踵を返していった後ろ姿を見送る。これは放課後にもちくりと言われるだろうなあと遠い目をしていたら、さんざん人の邪魔をしていた元凶の頭がゆるりと動いた。
「……寧々は酷いなあ」
「酷いのはどっちだ?まったく、完全に呆れてたぞ!あとオレを鯖折りにする気か!」
「んー、まぁいいじゃないか。それとも司くんは疲れきった僕を見捨ててしまうのかい?」
撫でるのを止めているとそれを咎めるように手を捕まれ、ノートにメモをするためにずっと握りしめたままだったペンすら没収される。フリーになってしまった掌だったが、ペンを奪った後に気でも変わったのだろう類にそのままふにふにと揉まれた。片腕はまだ巻きついたままだが、拘束は少し収まった……いや、というか何がしたいんだ?特に分からぬまま、別段拒否する必要も感じなかったのでそのまま好きにさせていると間近に見える金色の瞳がきゅうっと機嫌よく細まっていくのが見えた。
……なんだか大きな猫に懐かれたような気分だ。初めて出会った時にはあんなにも警戒されていたのに、いつのまにか隣に居ても距離を取られなくなり、その距離が近づき、ゼロになった。そう思うとなんだか感慨深い。そういえば動作も猫っぽいところが多いし、なるほど自分が撫でたくなったり甘えられると拒否できないのはそういう事だったのだな!
「類」
弄ばれていた手を持ち上げると、案外抵抗もなく開放された。そのまま類の頬に指を添わせると、すりすりと、それこそ猫の顎を撫でるように動かしてみる。流石に嫌がられるか?とも思ったが、少しだけ目を見開いたあと、類はしたり顔で目を閉じ、口の端を歪ませたのだった。
* * *
さて、そんなこんなで類からのスキンシップにもだいぶ慣れてしまってしばらく。大きな猫だと認識してからは目で訴えられるとついつい甘やかしてしまうくらいに自分の甘やかし癖は悪化していたが、まぁ別段問題なく日々を過ごしていた。
窓に写った自分の姿を見てちょいちょいと前髪を直し、今日もバッチリだということを確認するとすこし急ぎ足になって屋上へと向かう。授業後すぐにランチに向かうつもりだったが、担任に呼ばれたせいで少し遅くなってしまった。窓から見える空は澄み渡っていて、穏やかな陽の日差しが暖かい。だからだろう、先程見た類からのメッセージには『今日は屋上にいるね』と書かれていた。
いつもだとこちらから、もしくは向こうから。どちらともなくクラスに迎えに行ってランチに向かっていたため、こうしてバラバラに動くのは久しぶりな気がする。おそらく今日も迎えに来てくれたのだろう、急な呼び出しだったから連絡ができなかったことを謝らねばな。
最後は少し小走りになりながら階段を駆け上がる。ガチャリ。音を立てて扉を開いて、声をかけようと思ったところで───ごろりと寝転がって丸くなった、目標の人物を見つけた。
「……類?」
できるだけ音を立てずに扉を閉め、そろりそろりと足音を消して近づく。もしかしたら目を瞑って日光浴でもしているのかとも思ったが、すうすうと聞こえる寝息からどうやら本当に眠っているのだということが分かった。ふと見ると、すこし離れたところに弁当箱が置かれている。今日は親御さんが作ってくれたのだろう、であれば購買にも行かずに済むから思ったより長い間待たせてしまったようだ。食べずに待ってくれていたことに申し訳なさを覚えつつ、こんなにもぐっすり眠っているところを起こしてしまうのもはばかられてしまう。
誘われるように、紫色に手を伸ばす。既に知っているその柔らかな感触を味わうようにゆっくりと撫でれば、今日の暖かな陽をたっぷり吸ったからか酷く暖かかった。
「……ん、つかさくん?」
「あ、悪い。起こしてしまったか」
さらさらと。手を止めるタイミングが見つからずにずっと触り続けてしまったから、閉じられていた瞳がゆっくりと開く。焦点の定まらないそれは、まだ類が夢との境で微睡んでいることを示唆していた。
普段は睡眠をなおざりにしがちだから、せっかく寝付いているのならギリギリまでは寝かしてやりたかったものだが。ただ、一度起きてしまったのなら今日は弁当があるようだしランチに時間を割いた方が良いだろう。
「待たせてしまってすまない。起きれるか?」
「うん…もうちょっと…」
「あー、まだ寝たいなら後で起こすが…ただオレは先に食べてるぞ。さすがに空腹だ」
「ん…食べる…」
陽を背にしていたが、やはり眩しいのは眩しいのだろう。食べるとの返事はあったが、それに反して眉間に皺を寄せて更にまるまってしまうから、今回は無理に起こすのは諦めることにした。一応先に食事をすることだけ断って、先程から頭を撫でたままになっていた手をゆっくりとはずす。
くるりと丸まる類の腹横辺りにいったんハンカチを敷き、その上に座り込む。弁当箱は自分の膝に避難させたあと、いったん茶でも飲むかと水筒を手に取った。まだ少し肌寒いと思ってホットを入れてきたが、この日光の下であれば熱すぎるかもなあと平和なことを考え、コップ部分を捻ろうとした。
ところで突然横側から何かに押し倒された。
予期せぬアクションにもちろん抵抗も出来ぬまま、押されるままに倒れ込む。咄嗟に受身を摂るべく腕をついたが、自体を飲み込むより前になにか温かいものに一旦包まれて。視界に映ったのは、晴れ渡る青空と、スローモーションで近づいてくる、どろりと熱に浮かされた、知っているはずなのに見たことの無い色をした瞳。そして。
「い゛っ……!!!」
ぐぅ、と喉がなる音が聞こえて、首筋に生温かいモノが触れたと思った刹那、鋭い痛みが走った。
あまりに驚きすぎたのと不意の痛みに叫び声をあげることも出来ず、代わりに空気を一気に吸い込みすぎて息が止まるかと思う。一気に情報が与えられすぎて自分の状況が飲み込めずにいたが……ハッ、ハッと浅い呼吸を繰り返したあと、噛まれた患部にやわらかな感触と、そのあと鼻腔に感じた嗅ぎ覚えのある香りにようやく意識が定まってきた。
先程見たものが目蓋の裏に焼き付いていて、だがどこか他人事のようでぱちぱちと瞬きを繰り返す。ああ、そういえば咄嗟についた右肘にかけてがじわりと痺れている。
どうやら自分は押し倒され、そのまま後ろに倒れ込んだあとに犯人に抱き込まれた状態らしい。硬い床の感触を背中に、頭にはクッション代わりに添えられた手のひらを感じたので、一応被害は少ないが……。
頬に掛かる特徴的な紫色と水色のメッシュによって、寝ていたはずの類に覆い被さられるような形になっていることをようやくはっきりと認識した。と同時に、今度は先程鋭い痛みを感じた箇所がジクジクと痛みを強めてくる。
「類、お前、なにを───」
全力でのしかかられているようなものなので重いし、もう色々な箇所が痛い。あと現状何が起きているかがまったく理解出来ない。一旦の情報整理と混乱した脳内を落ち着けるためにもとりあえず距離をとるべく声をかけながら目の前の胸を押すが、無反応なそれはまるで動かなかった。
くそ、いったいどうなってるんだ。類は一体何を考えてのしかかっているんだ、というかさっきから異常に主張してくるこの痛みはなんなのだ。返答を期待するがもちろん何も反応も無く、頭に添えられた手もなにもかもが微動だにせず。
はぁ、吐いた息には自分でも分かってしまうくらいに熱が籠っている気がする。先程自分の目を焼いたものは、一体なんだったのだろうか。痛みもそうだが、一瞬だけ見たあの瞳も、鋭い表情も、己の脳を混乱させてやまない。
───食べられてしまうかとおもった。
正しく蛇に睨まれた蛙。その熱に射抜かれた瞬間、自分は一切抵抗できなかった。思い出しただけでなぜだか体温が上がってきてしまって馬鹿になってしまいそうだ。心臓の早鐘が聞こえる。これは、きっと、よくない。少なくとも早く離れて顔でも洗いに行かなくては。
もぞり。人の上に居座っていた存在が、ようやく身動ぎした。よかった、ようやく応答する気になったのかと安堵した瞬間、ふと規則正しい安らかな息が患部に吹きかけられていることに気がついた。
あ、これ。寝てるな。
スン、と一気に冷静になった。道理でピクリとも動かないわけだ。
力の抜けた人間、それも自分よりも身長が高い人間を不利な体勢から持ち上げられる気は流石にしなかったのでずりずりと這い出でるようにその支配下から逃れる。一応そのまま床に顔をぶつけたりはしないように気をつけたのは慈悲だと思ってほしい。
ようやく起き上がれたところで犯人をみれば、案の定安らかな顔でスヤスヤと眠りこけていた。そうだよな、今日は暖かいもんな。そんなので許すと思うなよ。
少なくとも今日はこの後どうなろうとも起こしてやらん!と心に決めて、哀れにひっくり返ってしまった本日のランチを含む荷物を手に持つと足音は全く配慮せずに屋上から立ち去る。
まったく、まったく!寝ぼけるにも程がある!
とりあえず今日は中庭に移動して1人で優雅に食事を取ろうと移動をする中で、ふと窓に映る自分を見た。そういえば首筋がまだジクジクと疼いている。
「───は?」
そこには、くっきりと歯型がついていた。
* * *
「……よし、ここならいいだろう」
キョロキョロと辺りを見回し、丁度いい死角スポットを見つけてしゃがみこむ。校舎からも少し離れた中庭の一角の、通り道からもうひとつ入った木の根元。昼休みにおいては普段からあまり人通りのないルートのさらに奥なので、誰かに見つかる心配もしなくていいだろう。
ブルル、とスマホのバイブ音がメッセージを知らせる。……できる限り見たくはなかったが、一応確認したところ類から了解を伝えるメッセージがきていた。先程、今日も担任に呼ばれているから一緒に食事はできないとメッセージを送っていたからそれの返事だろう。特に当たり障りない回答にほっと一息つく、と同時にため息もひとつ。
自分の首元に触れると、そこには大きなパッドが貼られており特有のかさついた感触が指に触れる。この下には、あの日つけられた噛み跡が今もまだハッキリと残っていた。
「さすがに、セカイに逃げる訳にもいかんしな…」
あの日───日数にして3日前、窓に写った見事な歯型にとにかく動揺し、とりあえず隠さねばと保健室に走ったのが思い出される。が、途中で患部を人に見せる訳には行かないことに気づき、持ち合わせの絆創膏で誤魔化したのだが果たして本当に誤魔化せていたのやら。そのあとはとりあえず教室で食事をして(1回出ていったものが帰ってきたから誰にも触れられなかったがひたすら注目の的だった)、放課後になった瞬間に薬局へこのパッドを買いに走った。
……ちなみに歯型の犯人である類だが、正直あれからどう接したらいいのかわからずに微妙に避けてしまっている。先程のメッセージしかり、相変わらず昼の誘いは入るのだがその度にこのパッドの下に隠された存在と、あのときの鋭い痛みと、瞳の熱がいっきに蘇ってしまって、2人きりだとまともに話せる気がしないのだ。ショーの練習のときならばまだ女性陣がいてくれて2人っきりになることはほぼないから何とか誤魔化せている。
……いや、女性陣からは口々に何かあったかと聞かれているから誤魔化せてはいないのか。確かに、普通の振る舞いについてはまだマシかもしれないが、明確に自分でもわかっている事として、甘えてくる類から逃げるようになってしまっているから。
後ろから抱き込まれそうになったら距離を取ったり、じーっと覗き込まれても頭を撫でたりしないくらいのものだが、それでも確かに周りに違和感はあったのだろう。というかスキンシップを止めてみてわかったが本当に自分たちは今まで距離が近かったらしい。他の人間にはこんなことした事がないしするつもりもないので気づかなかったが、冷静になると己の行動を思い出して顔が熱くなるのを感じる。何故今まで平気だったのだろうか。答えは明白で類のことを大きい猫のように思っていたからなのだが、あの日以降、どうもそう認識できずにいた。
油断すると何度もあの瞬間がフラッシュバックする。まだ思い出したらどうにも鼓動がおかしくなってしまうので、思いっきり顔を左右に振ってやり過ごした。ええい、さっさと忘れてしまえればいいのに!ただ、少なくともこの首筋の傷が癒えないことには、自分は"まとも"に戻れない気がする。
「……さっさと傷が治ってくれるといいんだが」
「へぇ、それと僕のお誘いを断ることに何の因果があるのかな?」
ぽつり、呟くようにそうこぼしたところで。後方から聞き覚えのある声がした。
「……っ!類!?」
「やぁ、担任に呼ばれているはずの司くん。こんな所でひとりでランチとは寂しいことだね。ご一緒させてもらってもいいかな?」
疑問形なのに有無を言わさないのはどういう了見だ。返答も待たず、類は自分の隣に腰を下ろす。どうやってこの場所がばれたのか、少し目線をあげると見覚えのあるカラフルなドローンが目に入った。……あれか。
「───尾行は良くないと思うのだが」
「おや?初めての時は許してくれたのに、今更異なことをいうんだね。僕だってこんな手段は使いたくなかったさ、少なくとも尽くお誘いを断られたりしなければ、ね」
明らかに機嫌が悪いのが伝わってくる。それはそうだろう、あのときぐっすり寝こけていた類にしてみれば、いきなり約束をすっぽかされて、そこから避けられているんだから。
責めるようにぐいっと顔を近づけられる。後ろには背もたれにしていた木が立ちはだかっているのでこれ以上距離は取れないし、わざわざ人のほぼこない場所を選んで潜んでいたので通行人の助けは期待できない。
「す、すまない…すこし、ひとりで考えたいことがあったから。それだけだ。お前の誘いを嘘をついてまで断ったことについては申し訳ないと思ってる…」
「───じゃあ、その考えたいことやらを教えてくれたら許してもいいよ」
「う、それはだな」
「言えないんだ?」
糾弾がやまない。こちらはもうほぼ降参状態なのに、あちらはそんな物で許すわけがなかろうとでも言うように鋭い目で問いかけてくる。というかなんでオレはこんな浮気を責められているような立場になってるんだ、昼の誘いをちょっと断っただけではないのか。
もちろんそんな言い訳は通じない……というかさせても貰えないので、グイグイと近づいてくる類の胸を押してせめてもの距離をとろうとする。ゆっくり力が抜かれたので、なんとか落ち着いてくれたかとほっと一息はいたところで───首元のパッドがいきなり剥がされた。
「はっ!?」
「───ふぅん。へぇ、なるほどね」
3日経過して初めの血の滲んだ痛々しさはすこしなりを潜めたとはいえ、まだはっきりと歯型は首筋に残っている。咄嗟に隠そうと手を振りあげれば、目的地にたどり着く前に手首をしっかりと拘束された。
しまった、見られてしまった。焦りで脳が真っ白になる。自分の避けだした時期を考えても、犯人など明白だろう。今の自分は、この行為を謝られても、それとも別の答えを言われても、何を言ったらいいのか分からないというのに。
「誰にやられたの?」
ただ、まぁ犯人は名探偵ではなかったようだが。
「君がおかしくなったのは3日前だから、少なくともあの日の昼休みってことだよね。担任に呼ばれたって言ってたけど、誰かに呼び出されたって言うことかな」
「……いや、類。あのな」
「はぁー、すごいね、こんなに腹が立つとは思わなかったな。……ゆっくりゆっくりおちてきて貰うつもりだったのに、横入りとは随分礼儀がなっていない」
真っ直ぐにこちらを見る目は先程の不機嫌さなど比較できないほど怒りを称えていて、対象が自分でないようだと分かっていてもたじろいでしまう。もはや何も言うなといわんばかりに独白を続けていた類だが、ゆっくりと目を逸らしたかと思えば急に素早い動きで首筋へと顔を埋めた。なにを、と思ったと同時にぴちゃり。微かな水音と、噛まれた痕のあるはずの所に、生暖かい感触。
「っあ…!?おま、ひ、なにして」
「ん、消毒かな。……まったく業腹だ。司くん」
一体何処の駄犬を甘やかしてきたんだい。
覚えのある鋭い痛みが、覚えのある箇所に走る。──この馬鹿、また噛んだ!
今回はあの時のように瞳に焼かれて混乱している訳では無いから、すぐに逃げようと掴まれていない方の手で目の前の胸板を叩く。しかし当然離れてもらえるはずも無く、もう一度ぎりりとより強く噛まれたところでなんとか痛みからは開放された。絶対に血が出ている。ゆるせん。こんなに強く噛む必要は無いだろう!しかも2度も!
しかし、抗議をする前に今回はしっかりと起きている類によって今度は傷口を、……舐められてしまって。小さな水音とともに走るひりついた刺激と、背中に通るぞくぞくとした感覚だけが自分を支配する。すっと抜き取られたネクタイも、首筋とは反対側からいつの間にか腹を直接撫でている手も。対話を試みようとする自分の自由を奪ってくる。
「や、やめ、類……話を」
「いやだ」
「んぁ、おまえ!どこ触って……も、こら」
「司くん……」
「やめんか!!!!!」
自分に鋼の理性があってよかった。鉄の理性だったら流されるところだった。
渾身の力をふりしぼり、首元に埋めていた頭に拳を叩き込んだ。ゴッとかなりいい音がしたので相当痛かったはずだ。2回分には及ばないが、多少のお返しは出来たものとする。
「いたい……」
よろよろと顔を上げた類は涙目で、少し罪悪感が芽生えたがここで甘やかすわけにはいかない。その頬に手を伸ばすとぎゅっとにぎって引っ張ってからぱちんとはじいてみる。う、と一声あがったものの、あちらも思うところはあるのだろう、無抵抗にこちらを見ていた。
「……お前な、一度ならまだしも二度も人に噛み付くなど、オレじゃなかったら本当に取り返しがつかなくなるぞ」
「……え?」
「3日前は綺麗に寝ぼけていたみたいだがな、正気の時にも噛みグセがあるとは何事だ!歯型ってなかなか取れないしシャワーは染みるし最悪なんだぞ、お前は知らんだろうが!」
「司くん、いま聞き捨てならないことを聞いた気がする」
「なんだ」
「……それ、犯人、僕?」
「他に誰がいるんだ」
先程の怒気はどこへ行ったのやら。やっと人の話を聞いた類は、額を抑えてずりずりと後ろへ下がった。ようやく距離がとれたので、自分も体制をなおして首元を整える。床に落とされていたネクタイを手早く結んで、乱れたシャツを整えた。というか人に見られたらどうするつもりだったんだまったく。
ハァー。大きすぎる溜め息が聞こえる。溜め息を吐きたいのはこちらだといいたかったが、その前に今度は正面からぎゅっと抱きつかれた。先程までとは違ってそれが縋るようなものだったので、背中に手を回してぽんぽんと撫で付ける。いつの間にか、先程まで自分を散々悩ませていた戸惑いはなりを潜めていた。
「屋上で寝るのはいいが、人をいきなり襲うのはどうなんだ?さっきも言ったがオレだったからよかったものの、寧々や暁山が来たかもしれないのに」
「……それはないよ。覚えてないけど、司くんだとわかってるから噛んでるし」
「それはそれで問題だが?まったく、スキンシップが多いのは知っていたがな、ものには限度というものがあってだな」
「そうだね。……もうバレちゃったから、隠せなくなっちゃったしね」
いつものように、すりすりと擦り寄られる。よかった、これでいつも通りに戻れそうだと一安心した。先程何か不穏な言葉が聞こえた気がするが、それは一旦なかったことにして。前みたいに甘やかすと痛い目を見ることは今回重々承知したので、適度な距離を取ればいい。そういえば、前寧々が言っていたのはこういうことだったのか、なんて。
「司くん」
ぎゅっと抱きついていた類が離れると、ゆっくりと自分の手を取った。そのまま持ち上げると、掌に優しく唇が落とされる。
───は?
「今回のことで思い知ったけど、僕は想定していたよりもずっと狭量のようだ。だから、後悔する前に回りくどいことはやめにする事にするよ」
「え、おま……その、手」
「フフ、何を驚いてるんだい?もうとっくに分かってるくせに。ねえ司くん、僕はとっても寂しがりでね、一度沢山甘やかして贅沢させてしまったんだから、まさか捨てるなんて言わないでくれよ」
掴まれた左手に、ちゅ、ちゅと小さなリップ音とともになんども唇が落とされる。けっして逸らされない瞳は、あの日、押し倒されたときに確かに見た通りどろどろに熱く蕩けている。
「安心して。君が可愛がってくれる限り、僕はちゃんと可愛い猫でいてあげる」
かり、と噛まれた左指は、甘噛みというには少し強い。蕩けたまま細められた瞳は、まさしく肉食獣のそれをしていた。
彼の自分を見る目が、甘くなったのはいつからだろうか。
初めて頭を撫でられたときには、あちらも驚いていたからまだそんなことは無かったと思う。しかしその後、狡猾に機会を伺っていた自分がまさかそのチャンスを逃す訳もなく、最大級の猫を被ったときには既にその片鱗を見せていた。
「類は大きな猫みたいだな」
そう笑って撫でられるのは悪い気分ではないけれど、君は分かっているのかな。僕はそんなに可愛い存在ではないし、今すぐ君の全てを奪ってしまいたいと思っているのにね。
ただ、刷り込みのようにスキンシップを繰り返しているうちに、彼の瞳にあたたかな熱がこもり始めたのを感じていた。もしかしたら甘やかしてやりたい、だなんて小さなものかもしれないけれど、その時には僕もすっかり甘やかされるのが癖になってしまったので多分この取引は上手くいくと思うんだ。
「おい、類。撫でてやるからちょっと待て」
「……ふふ、じゃあこのまま引っ付いてようかな」
「あーならそれでいいから」
すりすりと擦り寄ると、仕方ないなという風に振る舞う彼だがその瞳が喜んでいることを僕は見逃さない。ぺろり、彼から見えないように唇を舐める。その表情は傍からみればどうあがいたって可愛い猫なんかには見えないだろうけど、彼の一番近くにいる為に、もう少しだけ欲まみれの皮を被るのだった。