報道はAIブームに踊らされるな

新聞に喝! 桃山学院大准教授・長﨑励朗

米人工知能(AI)開発企業アンソロピックのロゴ(ロイター=共同)

プロ野球・巨人軍の監督が娘に対する暴行の疑いで逮捕・辞任にいたる事件があった(6月15日に不起訴処分)。一連の報道で気になったのは、監督の娘が生成AI(人工知能)に相談していた点に重きを置き過ぎていることだ。このニュースに象徴されるように、最近の報道は社会問題とAIやSNSを安易に結びつけ過ぎていないか。

メディア史をひもとけば、ニューメディアは常に社会問題の原因と見なされ続けてきた。ゲーム悪玉論はいまなお根強い。それ以前に遡(さかのぼ)ればテレビ、ラジオ、映画といずれも一度はやり玉にあがっている。古くはいわゆる教養書を悪玉とする議論さえあった。

なぜ、ニューメディアが繰り返し社会問題と関連づけられるのか。それは、情報秩序の揺らぎが顕在化する領域だからである。

情報秩序とは、端的にいって「誰が何を知るべきでないか」の基準だ。実は社会はそれを前提に成り立っている。

例えば、アンソロピック社の高性能AI「クロード・ミュトス」が不安視されている問題を考えてみよう。サイバー攻撃や生物兵器はこれまでも存在した。だが、その仕組みや技術を知りうる人間は、一部のエリートに限られていた。エリートは現在の社会で恵まれた地位にいるから、社会を転覆しようとは思わないだろう。だが、持たざる者がその知識を得たとしたら?

AIやSNSの問題とは、技術の脅威というよりも、情報格差の解消によって、潜在的な人間社会の問題が表出した姿に過ぎないのである。

そうした観点で見たとき、冒頭の事件に関わって「毎日新聞」と「朝日新聞」が好対照の社説を掲載している。

6月21日付の「毎日新聞」の社説「相談相手としてのAI リスク踏まえて使いたい」はタイトルからも分かる通り、同事件にからめてAIとの付き合い方の問題を論じている。あくまで技術のリスクに注目しており、人間サイドへの関心が薄い。

一方、5月30日付の「朝日新聞」の社説「家族からの暴力 相談者責めない社会に」は、児童相談所や警察の対応、その影響にも言及しつつAIを過剰に問題視することをいましめている。同じ事件の原因や影響を、技術ではなく人間社会へと落とし込んでいるのだ。2つの社説のいずれが問題の本質に迫っているかは明らかだろう。

社会問題はAIではなく、常に人間が起こすのだ。そうした認識を基盤にしなければ、AIは、あらゆる原因を帰属させられる体の良い「社会問題のごみ箱」になってしまうだろう。AIブームに踊らされない、落ち着いた報道を心がけてほしい。

長崎励朗

ながさき・れお 昭和58年、大阪府生まれ。京都大大学院教育学研究科博士課程修了、博士(教育学)。専門はメディア論。著書に「大大阪という神話」など。

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