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チョコレートコスモス/Novel by でるた

チョコレートコスモス

25,374 character(s)50 mins

興味本位で「恋愛」をしてみたくなった類はある日、司に擬似恋人関係を持ちかける。類からの頼みを司が無碍にできるはずもなく、快く了承するが、そんな司は実は類に淡い恋心を抱いていて……

擬似恋人から始まるすれ違い両片思い類司です。
バレンタインに合わせてちょっとほろ苦くも甘いお話。

(お久しぶりです、でるたです。死ぬ気で書いたらバレンタインに間に合いました。すれ違い類司大好きなんですけど、いざ書くとなると難しい……というわけで恥ずかしさで唐突に書き直したり消したりするかもしれませんがご了承ください。)

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ホームルーム前でまだガヤガヤとうるさい教室、いつも通りそんな周囲を気にすることも無く持ち込んだ機材で機械いじりに勤しんでいるとすぐ前の席で数人と談笑していた男子生徒に声をかけられる。

「なぁ神代、お前彼女とかいる?」

なんと急で不躾な質問だろうと思わなくもないが男子高校生というラベルがそんな疑念もかき消してくれる。むしろ僕らくらいの年頃ではありふれた話題であろう。それが何故僕に振られたのかはよく分からないが。

「いや、いないよ」
「まじかぁ、神代にいないなら俺らにいなくてもしょうがないよな」

どういう理屈なのだろうか、不思議そうな顔をしていたら、目の前の男子生徒は察しよく言葉を続けた。

「神代って変人とか言われてるけど、ぶっちゃけモテそうじゃん?だから彼女とかいるのかな〜って」
「僕、そんなにモテてるかな」
「バレンタインデーのこと、知ってるからな」

去年のバレンタインデーは確かに下駄箱にご丁寧にも綺麗な装飾に包まれた贈り物が敷き詰められていた気がする。正直僕はチョコよりもラムネの方が好きなんだけどな。そう言ったら司くんが「お前なぁ……」と呆れた顔をしながらラムネ味の飴をくれたのを思い出した。

「変人って皆に揶揄される人間が一般的な恋愛対象として見られてるのか僕にはよく分からないな」
「確かにお前はめちゃくちゃ変な奴だけど、意外と面白くて良い奴だってのはみんな知ってるんじゃね?」

先程から僕と話している男子生徒とさっきまで話していた他の男子も「それもそうだな〜」と口々に言う。確かに体育祭以降クラスメイトが僕に話しかけてくれる機会は増えた。今もこうして唐突ながらも話題を振られている。こうやって学校の人達と打ち解け合えているのは今までの自分では考えられない。

「面白い奴と言えば天馬はどうなんだろうな、この前女子が『神代派か天馬派か』みたいな話してたぞ」
「なんだよそれ、どうせネタだって」
「神代はなんか知ってる?」
「司くん?彼に恋人がいるとかいう話は僕も聞いた事無いから、いないんじゃないかな」
「ふーんそっか、あー俺も彼女ほしー」
「それなぁ、可愛くて優しい彼女欲しい」

いつの間にか話題は本軸に戻ったのか、目の前の男子は空虚に向かって己の願望を吠えている。
気付けば担任が教壇にやってきてホームルームの準備をしていた。この話題もここまでだな、と思ったところでタイミング良く担任が声を上げる。

恋人か

誰かに恋愛的興味を持ったことなんて考えてみると一度もないかもしれないな、とその時ふと気付いた。別に作らなければ、と焦ったこともなければ、絶対必要だと思ってもいないが、ショーの演目が恋愛モノだった時、こういうものは己の経験がリアリティを生むのだろうな、と漠然と考えたりしたものだ。
恋人がいたら何か変わるものなのだろうか、休みの日はその人の為に時間を割いてデートに行って、その人を楽しませるような話題を振りつつエスコートをするのだろうか、それってなんだか面倒じゃないか、でも相手が自分の好きな人ならそんなことも思わないのかもしれない。
脳内で思考が巡ると同時に、僕の中で興味の波が迫り来る予感がした。一度興味を持ち始めるととことん追求するまでこのざわめきは収まらない。

もしも僕に恋人がいたら───

恋をしたら人はどんな気持ちになるのだろう、そもそも人に恋をするなんて自分の意思が介入できるところなのだろうか。恋人を作るってどうしたらいいのだろう。
恋人どころか誰かを好きになった経験もない、それどころか人と友好的な関係を築くことすら難航していた自分に恋愛経験なんてある筈も無いのでまずそこから困ってしまった。
それに「ちょっと恋人というものに興味があるから試しに付き合ってみてくれないかい」なんて、誰に言えるだろうか。仮に僕の恋人(仮)に立候補してくれる人がいるとして、自分に好意を持っているのにそれを弄ぶようなことをするのは不誠実だろう。それに僕がその人に対して一定の好意を持っていないとそもそもの実験が成立しない。
いつの間にか疑似恋愛をする気満々で計画を練る僕の優秀な頭脳は様々な条件をくぐり抜けて僕と疑似恋愛をしてくれそうな唯一の人物に辿り着いた。


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「というわけで司くん、僕と付き合ってくれないかな」
「どういうわけでオレがお前と付き合うんだ?」

全くわからん!という顔をした司くんが箸で掴んでいたタコさんウィンナーをお弁当箱の中にポトリとリリースしていた。
今日もだいぶ冷え込んでいるし、司くんも手がかじかんでいるのかもしれない。

「大丈夫かい、手が冷えているのかな」

そう言って司くんの手にそっと自分の手を重ねると今度こそ司くんが顔を真っ赤にして口をはくはくさせていた。

「な、何が狙いなんだ……」
「強いて言えば司くんの体?」
「おっ、オレの体目当て??!」

あ、これ絶対面白い勘違いしてる。と分かりつつも揶揄うのをやめられない。屋上で司くんの声がやまびこのように響き渡るのを聞き流しながらフフと笑うと司くんがあからさまに不審そうな目でこちらを見つめてきた。

「半分冗談さ、さっきも話した通り、僕は最近恋愛というものに興味が湧いてね。恋人が欲しいと思っていたんだけど、僕だって人間だから誰でもいいわけではないし、そもそも僕が好きじゃないと成立しないから、そういうふうに条件を考えていったら君に辿り着いたんだよ」
「それは、ありがとう……?」
「じゃあ付き合ってくれるのかな」
「え?それはちょっと」

司くんは言い淀むと視線を逸らして何か考えているようだった。でも様子を見るに嫌がってるような感じではない。自惚れでなければ頬はほんのり赤いし、僕がこっそり司くんのお弁当によけた野菜にも気付いていない。

「ねぇ、ダメかい?」

司くんは存外僕に甘いところがあるからこう言えば唸りながらも了承してくれるのだ。

「類の言うオレを好き、というのはどういう感情なんだ」

司くんにしては珍しくモゴモゴと煮え切らない様子で問う。
どういう感情かと聞かれると恋愛感情では無いと思った。でも僕は間違いなく司くんを好意的に思っているし、気の置けない仲だと自負しているし、一生会えないと急に言われたら酷く苦しむだろうな、それくらいの感情は抱いている気がする。

「恋愛感情ではないだろうけど、他の人よりは好意的に思っているよ」
「……そうか」

僕の返答を聞いた司くんは少し寂しそうな顔をした後、ちょっとだけ安心したように笑った。

「お前がオレを自分の恋人に相応しいと思ったんだよな」
「そうだね」
「分かった、その願いオレが叶えよう!」

立ち上がった司くんが僕を見下ろして笑う。太陽の光のせいで司くんの顔には影がかかっているのに、僕にはその笑顔が一等眩しく見えた。
その表情を見ているとドっと安堵の感情が溢れてきて、なんとも言えない多幸感が湧いて出てきた。

「本当かい!」
「具体的に何をすればいいのか分からんが、オレに出来ることなら協力するぞ」
「僕も正直恋人同士ですることはよく分かっていないけれど、そういうのを模索していくのも楽しいかもしれないね」

今から僕と司くんは恋人なんだ、そう思うとなんだか未知の感情が湧いてきた。ワクワク、というのが一番近い感情かもしれない。ラベリングが変わっただけで僕たち自身に何か変化があるわけでもないのに僕と司くんは特別な関係なんだ、と思うと不思議と心がふわふわした。

「フフ、ということは今から僕は司くんの"彼氏"なのかな」
「か、彼氏……!まぁ、そうなるのか」

再び僕の隣に座り直した司くんが照れくさそうに僕の言葉を反芻する。何となく、ほんとに何となく司くんとの距離を詰める。肩と肩が触れ合うくらい近付くと司くんがビクッとしてこちらを向いた。

「……」
「どうしたんだい?」
「いや」

恋人同士ならこれくらいするだろう、その免罪符があるだけでこんなにも胸踊るとは思わなかった。予想外のことをする度に面白い反応をする司くんを見ては僕の中で満たされるものがある。小学生の時の無邪気さをリフレインしている気分だった。

「そうだ、ねぇ司くん」
「デートに行こうよ」
「デート?」
「君に驚きと衝撃でいっぱいの最高のデートをプレゼントするよ」
「それはほんとにデートなのか?」

ドッキリ企画の間違いではないか、と疑いの目で見つめてくる司くんを横目に僕は母さんが持たせてくれたお弁当の最後の一口を口に放り込んで答える。

「大丈夫、きっと君を楽しませてみせるよ。司くんがどんな反応をするか楽しみだなぁ」
「それ、お前が楽しんでないか」
「勿論僕も楽しむよ、デートは2人で楽しむものだからね」
「分かったような口ぶりだな」
「そういう司くんはデート経験あるの?」
「恋人と行くデートという話ならないぞ」

前に咲希と2人で出かけた時は「お兄ちゃんとデートだ〜」と言われたがな、と付け足す司くんはどこか嬉しそうだ。
ホクホクと話す司くんの横でその返答を聞いてどことなく安心する自分がいた。どうしてだろう、自分と同じだったからだろうか。

「じゃあ好きな人はいたことある?」

そう聞いた瞬間、先程とは一転して司くんの表情が一瞬強ばった気がした。

「……いや、いないな」
「そうなんだ」

確かに司くんは小さい頃からショー一筋っぽいよね、と言うと「あぁ!その通りだ!」といつもの調子に戻った。
よかった、全部僕と同じだ。
それがなんだか嬉しくて気分を良くしていると昼休みが終わるチャイムが鳴った。

「おっと、もうこんな時間か」
「そうだな、じゃあまた放課後」

階段を下り、それぞれの教室に向かう分かれ道で視線が交わる。別れ際はびっくりするほどいつも通りだった。


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放課後はいつも通りワンダーステージで次の公演の準備に取り掛かっていた。配役も決めて台本読みも順調、舞台上で使うセットも大方完成し、そろそろ本格的に演技や演出の練習に入れそうだ。
とはいえ現在の時刻は18時をとうに過ぎている。夏場はまだ明るかったが、冬のこの時間は園内のライトが付いていても暗く感じる。機材や大きなセットを片付け、僕達は切りのいいところで帰ろうとしていた。
着替えの為にそれぞれの更衣室へと向かう。当然男子たる僕と司くんは同じ部屋に入って着替えるわけだが、長袖を脱いで制服のシャツを着ようと袖を通したところで司くんの動きが止まっていることに気付いた。

「どうかしたのかい?」
「あ、いや……別になんでもない」
「司くんってわかり易すぎて逆によく分からないところがあるよね」
「どういう意味だ?」
「んー、何か隠してるのはバレバレなのにそれが何なのかは全然分からないなって」

司の着替えが全然進んでいないのを見て、類は徐に司の上着を脱がせにかかる。

「おいっ!急に何を??!」
「あんまりゆっくり着替えてえむくん達を待たせるのも悪いだろう?」
「お前……わざとやってるな」
「司くんが思ってること言ってくれたらやめてあげる」

そう言う類の手は司のスウェットの下の薄い腹を掠める。

「んっ、わ、分かった……言うから、やめろ」
「どうしたの?」

類の進行が止まり、一息ついた司が歯切れ悪そうにポツリポツリと話し出した。

「一応、オレと類は恋人なわけだが、それはどこまで再現するのか気になって……」
「どこまで、というと?」
「いやっ!オレがしたいとかそういう話では無いんだが……いやでも類がどうしてもと言うなら別に」
「あぁ、エッチなことをするかどうかって話かい?」
「ちがっ!いや、違わないが!なんでお前はそうあけすけに言うんだ!!」

今にも爆発しそうなほど顔を真っ赤にさせた司くんは見ていてとても面白い。司くんにも羞恥心ってあるんだ、と中々に失礼なことを考えながら類は司とそういうことをするか否かに思考を巡らす。
嫌かどうかの話をしたら嫌ではないのではなかろうか、想像したところで実際はどうなるのか分からないし、試してみないと分からないところではあるが、現時点ではそこまで嫌悪の感情はない。そもそも僕は司くんのことを好きなのだからそこは当たり前だろう。僕自身、性に淡白なところがあるから性的な意味で司くんを見れるかどうかは分からないが。

「司くんは僕とどこまでできるの?」
「は」
「するかどうかは別として、司くんの許容範囲を聞いておくのは大切かな、と思って」
「いや………………」

上にシャツを羽織っただけの中途半端な格好の僕と僕に脱がされて半裸状態の司くんの間に長い沈黙。俯いた司くんは神妙な面持ちで呟いた。

「キス……」
「え、キスまでなの?」
「キスまでって……!逆にどこまでいくつもりだったんだ?!」
「僕は司くんとならどこまでもいけるつもりだけど」
「どこまで、も……?」

まだ理解が追いついていない司くんが僕の言葉を反芻している。ほんとに分かってないのかな。

「僕、司くんとそういうことするの想像しても全然大丈夫だったよ」

司くんの素肌に触れてみる。触れ合った肌が一瞬ひくついた気がした。

「司くんは……どう?」
「オレ、は」

肌に触れ合いながらダメ押しとばかりに司くんの顔を覗き込む。なんでこんなに必死になっているのか自分でも分からない。でも今は司くんから返答を聞かないと気が済まなかった。

「まだ高校生だからそういうことはダメだー!!」
「え」

耳元ででっかいデシベルが鳴り響く。流石に今となっては慣れたものだが、それ以上の衝撃がその言葉には含まれていた。
今完全にちょっとそういう雰囲気だったはずだし、そういう風に演出したつもりだが目の前の役者は僕の思い通りには演じてくれないみたいだ。なのに僕はそんな役者から目を離せない。

「フフ、そうかもしれないね」
「何を笑っているんだ!」

司くんは本当に僕を飽きさせないなぁ

「それは褒めているのか?」
「おや、声に出ていたかな」
「それはもうしっかりと、な……っくしゅん」

司くんがくしゃみをした後身震いをする。そうだった、彼は今半裸だった。

「そのままだと風邪を引いてしまうし、ほんとにえむくん達を待たせることになるから早く着替えようか」
「あぁ、それもそうだな」

さっきまでの雰囲気はどこへやら、そそくさと制服に着替えた僕達は荷物を持って更衣室のドアを開く。

「それで、結局類はどこまでするつもりなんだ」

最初に聞いてきた時よりも幾分か冷静さを持って司くんが訊ねた。

「うーん、司くんさえ良ければどこまでもっていうのが本音だけど」
「類は本当にそれでいいのか」
「どうしてだい?」
「そういうことは本来好きな人とすべきだからだ」

司くんの返事を聞いて、僕の脳内は「行為については何も好きだからやるとは限らないよ、打算的な理由の時もあるし、政略として仕方の無い時もあったんじゃないかな」とつまらない返答が浮かぶ。でも司くんが言いたいのは多分そういう話ではないだろう。そこに愛を含まない行為はそれこそ司くんの方が嫌なんじゃないかな。

「司くんは……」

言いかけたところで、答えを聞くのが怖くなった。「勿論嫌だが」と言われたら耐えられない気がしたからだ。

「そうだね、好きな人とならしたいのかもね」
「でも、流石にかりそめの恋人にそこまで求めないから安心してほしいな」

自分で言って「この返答が正しい」と感じた。この距離を保ったまま、平行線のまま、ぬるま湯に浸っていたいと、そんな浅はかな思考が脳裏をよぎる。
目の前の司くんは普段となんら変わらぬ表情で「そうか」と呟いた。それに安心したまま視界に映した夕焼けは作り物のように綺麗だった。


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雲ひとつない晴天の日、ハチ公前から少し外れたモヤイ像前で佇んでいると見覚えのある髪色の青年が僕を見つけるやいなや駆け足で近づいてきた。

「悪い、遅れたか?」
「いいや、待ち合わせ10分前だよ」
「そうか!ならよかった」

ホッと息をつく司くんはデート仕様なのかいつもより少しだけお洒落に見えた。あいにく僕はそういうのに疎いから何となくの感想になってしまうけど、「いつもと違う司くん」には気付ける自信がある。

「司くんは今日もカッコイイね」
「あぁ、なんて言ったって今日は類とのデートだからな!」
「意識してくれたんだ」
「勿論だ!」

ふふん、と鼻を鳴らす司くんは得意げでなんだか可愛く見えた。

「司くんは可愛いな」

無意識に口から零れた言葉は当然司の耳にも届くわけで、意味を図りかねた司は一瞬眉をひそめたが気にとめることでも無いと思ったのか「さぁ行くぞ!」と僕の手を引いた。

「今日は僕がエスコートするつもりだったのに、君は一体どこに向かうつもりだい?」
「む!そういえばそうだったな、では類!エスコートを頼む!」
「フフ、仰せのままに」

司くんが繋いでくれた手を離れないように指と指を確かに重ねて繋ぎ直す。これで"恋人繋ぎ"の出来上がり。

「どうしたの?司くん」
「いや、別に」
「恋人なんだからいいじゃないか」

司くんの手から伝わる感触で彼が緊張しているのが伝わった。だからきっとバレてない、僕の手も同じくらい湿っていて、ほんの少しぎこちないこと。エスコートなんて大それたこと言ったけど、僕は恋愛経験皆無のビギナー。余裕があるようで本当は常に動揺してそれでいて余裕そうに見せたくてしょうがない。普段司くんと話す時にそんなこと考えたこと無かったはずだけど、今は無意識にカッコつけようと必死だ。恋人になるとこういう気持ちになるのか、どうしてだろう。

「それで類、最初はどこに行くんだ、やはり劇場か?」
「それもいいけど、それだと普段の僕達の休日と代わり映えしないし、今日は"よくあるデート"をしてみようじゃないか」
「驚きと衝撃でいっぱいのデートはいいのか?」
「それはこの後のお楽しみさ」


百貨店の通りを道なりに、少しずつ緩やかな坂を踏みしめる。シブヤはスクランブル交差点を底とした谷だから基本的にはどこを歩いても坂道だ。歩き慣れた道を2人で歩く。それだけでどうしてこう特別を感じるのだろう。道行く人はカップル家族、老人に外国人、坩堝でありサラダボウルのような光景なのにそれが全部ボヤけて見えた。
手を繋いでいるから普段より近い距離、身を寄せあって歩くことに抵抗が全く無いかと言われるとその小っ恥ずかしさは否定は出来ないが、その程度のことはこの街では些細事なのだ。

「司くん、僕なんだか楽しくなってきたよ」
「それは何よりだが……急だな」
「デートってこんなに特別な気持ちになるんだね」
「類がそんなに嬉しそうにしてくれるならオレはいつでも付き合うぞ」

僕の顔を見ながら司くんはそう言って笑った。僕が幸せを噛み締めると司くんも喜んでくれる、それって実質永久機関が完成してしまったのではないだろうか。だって僕も司くんが笑ってくれると幸せだから。浮かれた頭はそんなことばかり考えてしまう、けど今はそれで良い気がした。

「ほら、着いたよ」

上機嫌で歩いていると最初の目的地にはすぐ着いた。交番を目印に向かって左、確か青柳くんがたまに行くと言っていた場所。

「ゲームセンターか!」
「ちょっと見ていこうよ」

司くんは普段あまりこういうところに来ないのかクレーンゲームの台をキョロキョロと見ていた。

「類!流しそうめん機が景品にあるぞ!」
「冬だと言うのに流しそうめんとは面白いねぇ」
「類!こっちには何やら複雑そうな表情の動物のぬいぐるみが!」
「ちいさくてかわいらしいぬいぐるみだねぇ」

目に入るもの全てに反応している司くんは見ているだけで飽きない。忙しなく様々な景品を見て回る司くんを目で追っていると、あるクレーンゲームの台の前でピタリと動きが止まった。

「どうしたんだい?」
「類……見ろ」
「おや」

その台の中にはかわいらしいカモノハシのぬいぐるみがいた。

「オレ、あれが欲しい」

司くんが何かを欲しがるなんて珍しい、彼は普段自分から何かを求めることをあまりしない人だから。

「どうしてだい?」
「類好きだろ?カモノハシ」
「うん」
「前にオレのセカイにカモノハシがいないことを残念そうにしていたから……」
「あぁ、そういえばそんなこともあったね」
「だからオレはあのカモノハシをゲットするんだ!」
「うん?」

一瞬彼の理屈を理解しかねたが、彼の今までの思考パターンとセカイのことを踏まえて、彼が何を言いたいのか分かった。

「もしかして、司くんは自分がカモノハシのぬいぐるみを手に入れたらセカイにもカモノハシのぬいぐるみが出てくるんじゃないか、って思ったのかな」
「そういうことだ!」

当の本人から正解を頂いたにも関わらず、僕の頭は未だフワフワとしていた。本当に司くんの発想にはいつも驚かされる。そしてその根源が"僕の為"だなんて。嫌でも表情が緩んでしまう。
そんなことを考えているうちに司くんは小銭入れから百円玉を取り出してゲーム台に投入する。青柳くんから教わったのか、前と横で台の見る位置を変えて慎重にクレーンを操作する司くんを僕は横で見守っていた。クレーンが降りていくのをドキドキしながら見守る司くん、ぬいぐるみが持ち上がって期待と緊張で手を合わせる司くん、少し持ち上がったところで急に力の抜けたアームから景品が落ちてガッカリする司くん、100円でこんなに色々な司くんを見れるなら案外お得だなぁと思っているとその司くんから声をかけられた。

「ぬぉ〜上手くいかん!類〜なんとかならんのか〜」
「なんとかねぇ」

僕も小銭を取り出してゲーム台に投入する。チャリンという音と共に軽快な音楽が流れるが、そんなことは気にも止めずアーム操作に集中した。ここであのカモノハシをゲット出来たらきっと司くんは喜んでくれるだろう、それになんてったって僕は司くんの"彼氏"だ。こういう時にスマートに景品を取ったら凄くカッコイイのではないだろうか。
しかし、そんな僕の思惑とは裏腹に、アームはいつも同じ高さで急に脱力する。数回チャレンジしたがそれは変わらず、ついにカモノハシくんはすってんころりと落とし口からだいぶ離れてしまった。

「類、しょうがない、このカモノハシくんは諦めよう」
「いいのかい?」

笑いながらそう言う司くんを前に己の不甲斐なさを感じていると「そんなにこのぬいぐるみが欲しかったのか?」と司くんは僕の顔を覗き込む。

「う〜む、カモノハシはオレの想像力でどうにかセカイに誕生させてみせるから安心しろ!」
「司くんが産んでくれるってこと?」
「なんだか語弊のある言い方はやめろ!」
「カモノハシは卵生……でも司くんは人間だから胎生なはず……一体どうやって……」
「そこは考えるな!」

わやわやと話しながらゲームセンターを後にしようとすると不意に司くんの足が止まった。

「まだ何かやりたいものがあったかい?」
「あ……いや、プリクラがあるんだなぁと」
「まぁゲームセンターだからね、司くんやりたい?」
「咲希が一歌達とデートする時はよく撮ると言っていたから気になってな」
「じゃあ撮ろうよ」
「え」

最近では男子のみの入店を規制している場所も多いがこの店は大丈夫そうだ。何よりデートの思い出に何か残るものがあっても良いと思ったのだ。
奥に進むと色々な種類のプリントシール機と化粧鏡やヘアアイロン、そしてコスプレ衣装が並んでいた。

「初めて入ったけれど、凄いね……」
「衣装も色々あるな」
「司くん、このチャイナ服とかどうかな」
「どうしてオレが着る前提なんだ!!」

揶揄いもそこそこに、たまたま目に付いたプリ機が空いていたので早速撮ってみることにした。お金を入れて、諸々の設定を済ませいよいよ撮影が始まる。お互い何も分からないがどこからか聞こえる天の声に従い見様見真似でポーズを取った。

『ほらほら!もっと寄って〜ほっぺたがくっついちゃうくらい密着〜』
「「え」」

今までのポーズも大概距離は近かったが、最後のポーズは見本の写真がゼロ距離だった。僕今からこれを司くんとするのか。
恋愛アマチュアの僕には当然ハードルが高いが以前更衣室で「司くんとならどこまでもできる」と言った手前ここで引き下がるなんてことは出来ない。
カウントダウンの迫る中、意を決して司くんの方に寄ると司くんははにかむように笑ってから僕の頬に自分の頬を合わせた。その時の表情があまりにも眩しくて、つられて僕も笑った。

カコン、とプリ機から出てきたそれを改めて見ると僕はいつもよりだいぶぎこちない表情をしていた。司くんはと言うと流石に写真慣れしているのかどの写真もカッコよくて可愛い。でも1番好きなのはやっぱり最後に撮ったあの1枚だった。

「中々よく撮れているな!」
「ちょっと目がキラキラし過ぎな気もするけどね」
「そうか?でもこれはオレの宝物だ」
「うん、そうだね」

ゲームセンターを出ると時刻はちょうどランチタイムを少し過ぎたくらい。元々集まった時間も早くは無かったが、それにしたってこんなに時の流れが早いとは思わなかった。

「司くん、お腹空いてない?」

ぐるるる……

当人の返事を聞くより先に正直な返事が聞こえてきた。

「ふふ、じゃあ少し遅めのランチにしようか」
「あぁ、頼む」

照れくさそうに言う司くんが面白くて可愛くて、離れてしまった手を繋ぎ直し、次の目的地へ歩き出した。


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CDショップ前の交差点を渡って少し細い路地に入ると先程よりも急な坂道、そこを上がっていくとオシャレな雰囲気のお店が見えてくる、向かった先はその坂の頂上にあるカフェだ。司くんとのデートプランを練っていた時に見つけたその店は女性メインのカフェでありながら量がしっかりあるメニューが多く、ここなら食べ盛りの司くんも喜んでくれるのではないかと思ったのだ。

カランコロン、と扉を開けて中に入るとオシャレでいて開放的な店内が目に入る。テラス席だけでなく、地下にも席があるようだ。タイミングが良かったのか直ぐに席に案内される。

「司くんは何にする?」
「うーむ」
「何を悩んでいるんだい?」
「ハンバーガーとガパオライスで悩んでいてな」
「じゃあ両方頼んでシェアしようよ」
「いいのか?類も食べたいものがあるんじゃ……」
「いや、僕はここの料理殆ど野菜があって司くんの協力は必須だからね」
「何故ここにしたんだ」

呆れた顔をしている司くんには気付かないふりをしてスマホのメニュー画面から注文を確定する。あとは食事がくるのを待つだけだ。

「ねぇ司くん、この関係の話なんだけど」
「ん?どうしたんだ」
「この前話した時はチャイムが鳴って最後まで話せなかったから今伝えておこうと思って」
「あぁ」
「一応期限を設けた方がいいんじゃないかと思ってね」
「え……」

期限、僕達の関係は言わば実験。ならば期限を設けるのはなんらおかしなことでは無い。そもそも僕は司くんを自分の好奇心に付き合わせている身だし、あまり長く彼を拘束するのは良くない。
と……分かっていたが何となく言い出せなかった。それが何故なのかはよく分からない。でも、多分この話は擬似恋愛を続けるならちゃんとしておくべき話なんだと頭では分かっていた。

「そ、そうだよな。いつまでも続けるわけにもいかないよな」
「うん、だからざっと1ヶ月でどうかな、あんまり長く君を拘束するのも気が引けるし」

平静を装って、軽やかに告げる己の口はとても優秀だ。人間、思ってもないことを言うのは簡単だが本心を語るのはとても難しい。本心?僕の本心ってなんだろう。

「分かった!じゃああと4週間ってところだな」
「そうなるね」
「よし、それまでは完璧に類の恋人として全うするからな!」
「……ありがとう」

司本人からそう言われるとこの関係が所詮仮初のものであることを実感する。いや、そんなことは最初から分かっていた。司くんは別に僕個人に特別な感情を抱いているわけではない。彼は誰にでも平等に優しくて誠実だから付き合ってくれただけで、僕も司くんとなら後腐れないと思って頼んだんだ。

「類?」
「司くんはさ、どうして僕の申し出を引き受けてくれたの?」
「え」
「だって普通は嫌だろう?友人だと思ってた人間から恋人になってくれ、なんて」
「……だからこそだ」
「どういうこと?」
「大切な友人だから、力になりたいと思ったんだ」

"大切な友人"か……
分かっていた、僕達は同じ劇団に所属する仲間であり、友人。後にも先にもそれだけ。

「そうだよね、うん。その方が後腐れ無いと思って僕も君を選んだんだ」

あ、不味い……違うそんなことは思っていない。いや、思ってはいた。けど、こんな形で吐露するつもりはなかったし、間違えた。なにを?分からない。

「ちが」
「お、料理が来たみたいだぞ」

お待たせしました、と店員さんがお盆に料理を乗せてやってきた。半熟の目玉焼きの乗ったガパオライスと揚げたてのポテトが添えられたハンバーガーがテーブルに置かれる。

「ポテトは類が食べれないからとりあえずガパオライスをお前の方に置くからな」
「うん、ありがとう」
「じゃあ食べよう!」

手を合わせてお行儀よく「いただきます」と宣言した司くんは早速ハンバーガーにかぶりついた。
もしかして、さっきの言葉は聞こえてなかったのだろうか。

「うむ!美味しい!そっちはどうだ?」
「凄く美味しいよ」
「なら良かった」

司くんがその小さな口で一生懸命ハンバーガーにかぶりつく様子はとてもかわいらしい。つい見入っていると司くんから「食べたいのか?」と聞かれてしまった。首を縦に振ると「ほら」とハンバーガーを渡される。よく見ると少しだけレタスが抜かれた部分があった。これを司くんの優しさと書いて僕への甘やかしと読む。
司くんよりも幾分か大きい口を開けてパクつこうとする。瞬間「これって間接キスに入るのかな」と脳裏に浮かんだ。司くんの歯型がついたハンバーガーの上から僕が食べるとその差が如実に分かる。僕が司くんの口を塞いだら司くんの全部を食べてしまいそうだ。

「うん、こっちも美味しいね」
「そうだろうそうだろう!」

何やら上機嫌な司くんを見ていると先程まで邪な思考が巡っていた己に罪悪感がのしかかる。

「今度は僕のを食べてみてよ」
「あぁ」

スプーンでガパオライスを1口大に掬って司くんの口の前まで運ぶ。

「あ、あーんをする必要あるか?」
「あるよ、僕達付き合っているんだから」

免罪符は今日も変わらず有効らしい。司くんは照れくさそうにしながら口を開く。口を開ける時目を閉じるのは恥ずかしさを和らげる為だろうか。司くんの口にそっとスプーンを持っていくとなんだか雛に餌をやる親鳥の気分になった。

「はい、あーん」
「ん!美味しい!」

モグモグと咀嚼して飲み込んでから声を発する司くんは育ちの良さを隠しきれない。司くんが美味しそうに食べてくれて僕も大満足だ。

2人で料理を楽しみつつ、最近あった面白いことやショーの話、この後は何をするか等、色々な話をした。それこそ料理が来る前に話していたことなどすっかり忘れるほどに。
途中で追加注文したパンケーキがやってくると、それにもまた舌鼓を打つ。「これは彰人も好きそうだな」と司くんが言うので「そうだね」と返したけど、この場所は僕と司くんの思い出の場所にするつもりだから東雲くんには遠慮してもらえないかな、とほんのり黒い感情がチラと顔を見せた。


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「この辺りは住宅も多いな」
「繁華街から少し離れているからね」

2人は駅前の繁華街を離れ、神社や公園のある通りを歩いていた。10分ほど歩けば目的地にたどり着く。

「ここは……なんだ?」
「植物園だよ」

入園料を払って中に入ると心地よい温度に設定され微かに湿度を感じる空間が広がっていた。

「凄いな!一面緑だ」
「緑だけじゃなくて、こっちには花もあるんだよ」

歩きながら色んな植物を見つけては話に花を咲かせる。僕が植物について説明する度に司くんは興味深そうに聞いて、それから突飛な質問を返してくるから話していて飽きない。沢山の花が咲く温室へ入ると沢山の花を目の前に司くんは目を輝かせていた。

「類!これは花なのか?」
「それはアストランティアだね、星のような総苞をしているからギリシャ語の「星」である「アストラ」からとってこの名前が付いたんだ」

「司くん、こっちには牡丹があるよ」
「おぉ、大きくて綺麗だ」
「中国では「花王」とも呼ばれる気品ある花だからね、似た花に芍薬があるのだけれど、そっちは長い茎の先端に花を咲かせるのに対し、こちらは葉の上に座るように咲くから『立てば芍薬座れば牡丹』なんて言うようになったんだよ」
「なるほど、類は本当に詳しいな」
「フフ、ただ好きなだけだよ」

そう、僕の好きな物を司くんにも好きになって欲しくて連れてきてしまった。司くんにもっと僕を知って欲しくて。これも恋人効果なのかな。

「この花も綺麗だ」

司くんが視線を向ける先には深みのあるブラウン一色の可愛らしい花があった。

「それはチョコレートコスモスだね」
「なんだか美味しそうな名前だな」
「バニリンという成分が含まれているから名前の通りチョコレートの香りがするんだよ」
「ほう、今の時期にピッタリだ」
「でも花言葉は『恋の思い出』『移り変わらぬ気持ち』だからバレンタインデーのキラキラしたイメージとは少し違うかもしれないね」
「そうか?『移り変わらぬ気持ち』なんて、いじらしいじゃないか」
「そう……だね」

チョコレートコスモスを見つめながら優しく笑う司くんを見ていると不思議な気持ちになる。今君は誰を想ってその花をそんなに愛おしそうに見ているんだい。無性に気になったが、それを聞く勇気はなかった。

植物園を出る頃には外もほんのり紅く色付いていた。司くんはそこで咲希くんへのお土産も買えたようで嬉しそうだ。

「そろそろ暗くなってくる頃だな」
「最後に1箇所だけ、いいかな」
「あぁ、両親には多少遅くなるかもしれないとは伝えてあるから大丈夫だ」
「最後に君に見せたいものがあるんだ」


𓈒𓂂𓂃◌𓈒𓐍


再び駅の方向へ戻ってきた2人はとある施設に足を踏み入れる。

「プラネタリウム……」
「うん、星を眺めるのもロマンチックだろう?」

早速チケットを買ってホールに入ると既に中は薄暗く、カップルや家族などが点々と席についていた。

「どうしてプラネタリウムなんだ?」

シートに横並びに座って上映を待っていると司くんが尋ねた。

「前にピアノ弾きのトルペのショーをした時に司くんはトルペがどうして星を見つめるのか分からず悩んでいただろう」
「あぁ」
「あの時、僕は君を待つことを選んだわけだけど、時々「僕にもっと出来ることはなかったのかな」って思うんだ」
「類は十分オレたちのために頑張ってくれたじゃないか」
「ううん、これは"誰かのため"なんていう綺麗なものじゃないよ。ただの僕の自己満足の為に君の隣で同じものを見ていたいと思っただけなんだ」
「よく分からんな」
「フフ、そうかもね」
「ぬおっ」

あまりピンときてなさそうな司くんの手に上から覆うように自分の手を重ねると素っ頓狂な声が聞こえてきた。

「ちょっとだけだから」

散々恋人繋ぎだのあーんだのしておいて今更何を言っているんだ、とでも言いたそうな瞳と目が合う。分かってないなぁ、すぐ隣に君がいることを確かめながら見る星空はきっと格別だよ。
その気持ちが少しでも伝わって欲しくて司くんの手を微かに撫でると彼の手がひくりと動いて、それから手のひら同士を合わせるようにモゾモゾと動いた。

「恋人なんだから、これがいい」
「……!」

あぁ、なんていじらしいんだろう。恋人繋ぎに繋ぎ直された手から互いの体温を感じる。そうか、恋人同士なら司くんは僕に甘えてくれるのかな。こうやって互いを許し合えるのが恋人なのかもしれない。
揺蕩うような幸福を噛み締めていると辺りを仄かに照らしていた柔らかい照明がゆっくりと落ちていく。いよいよ上映のようだ。

「楽しみだね」
「なんだかワクワクするな」

小声でそう呟くとどこからかオーケストラの演奏が聞こえてくる。組曲『惑星』より『木星』、誰もが知ってる有名なクラシックと共に星々の解説が流れる。視界いっぱいに広がる星空と雄大な音楽に吸い込まれそうになるがそんな浮遊する身体を司くんが繋ぎ止めてくれる。
このままずっとこの瞬間が続けばいいな、と思いながらチラと隣にいる彼を見ると彼は星空に釘付けになっていた。キラキラと瞳を輝かせる彼を見ていると今度はその重力に引き寄せられる。きっとこの世でこの瞬間司くんのことを見ているのは僕ただ1人なんだろうな。

永遠にも思えた時間は案外呆気なく終わる。名曲の数々と満天の星空を楽しんだ僕達は感想もそこそこにプラネタリウムを後にした。


𓈒𓂂𓂃◌𓈒𓐍


外はすっかり暗くなっていた。しかし、賑やかなこの街は夜空に星を映してはくれない。僕達は昼間とあまり変わらない人混みの中を歩いて駅へと向かっていた。

「今日は凄く充実した1日だった」
「君に楽しんで貰えたのなら嬉しいな」
「恋人とのデートは初めてだったが、仮初とはいえ不思議な感覚だったな」
「不思議な感覚って?」

相変わらず手は繋いだままご機嫌にブンブンと振って歩く司くんはいつもよりフワフワしている気がした。

「ん〜特別気分?だろうか、普段類と2人で映画を見る時よりも類自身のことが知れて面白かったというか」
「特別気分……ね」

もう少しで人混みで死角になる通りに差し掛かる。

「僕も司くんのことを前より沢山知れてとても楽しかったよ」

あと少し、そこの角を曲がれば

「ふはは、そうか、そう言われるとなんだか照れくさいな」
「うん、だからさ……」

ここなら道行く人は目にもとめない。司くんの腰をそっとこちらに手繰り寄せてビルとビルの間の路地に連れ寄せる。

「もっと教えて」

急に身体を引き寄せられて状況を上手く理解出来ていない司くんのポカンと少しあいた口に自分のそれを重ねる。初めはゆっくり、ちゅ、ちゅ…と合わせるだけ。司くんの唇は凄く柔らかくてすべすべしてた。対して僕の唇はかさついているから司くんは気になるかもしれない。少し湿らせればいいのかな。沸騰しそうなほど身体は熱を持っているのに、脳みそだけは冷静で、司くんのまだ閉じきらない口内にそっと舌を這わせた。
すると、流石に司くんも状況を理解し始めたのか身体をモゾモゾを動かす。でも僕がしっかりと腰と首を抑えているから司くんは逃げられない。カフェでハンバーガーを食べた時から感じていたけど、やっぱり司くんの口は小さかった。小さい口の中をゆっくりと蹂躙していると僕が司くんを食べてるみたいで、司くんって甘いんだな、とぼんやり考えていた。
そんなに長い間キスをしていたわけではないけど、司くんが僕の背中をトントンと叩くのでそっと解放すると、はぁはぁと涙目で息を整える司くんが視界に映る。

「きゅ、急に何を……」
「キスしちゃった」
「なんで、」
「恋人なら別れ際にお別れのキスをするのかなと思って」
「だ、だからって舌を入れるやつがあるか!」

顔を真っ赤にして訴える司くんは可愛い以外の何物でもない。

「驚きと衝撃でいっぱいのデートになっただろう?」
「にしたってだなぁ……」
「やっぱり嫌だった?」

僕が冷静な声で尋ねると司くんは目を逸らして俯いた。

「その聞き方はずるい」
「うん、」
「……び、ビックリしただけで、嫌ではない」
「じゃあこれからも時々していいの?」
「いや、それとこれとはだな」

司くんがそう言ってくれたのが凄く嬉しくて調子に乗ってしまう。なんだか恋人って凄く楽しいかもしれない。胸がフワフワで気分はワクワク、こんな時間がずっと続けばいいのに……

「フフ、ではそろそろ帰ろうか」
「お前は本当に自由だな」
「じゃあこれから僕の家にでも寄る?」
「この流れでそれを言うか」
「もしかして何か期待してくれたのかな」
「ちがうわ!」

軽口を叩き合うとさっきまでの甘い雰囲気はどこへやら、気付くといつも通りの神代類と天馬司に戻っていた。

「それじゃあまた明日」
「あぁまたな」

改札を抜けた後はそれぞれの路線のホームへ向かう、お互い軽く手を振って解散。その足取りは2人ともどこか浮き足立っていた。


𓈒𓂂𓂃◌𓈒𓐍


初のデートから2週間が経った。流石にワンダーステージでのショーやその準備もあるので毎週デートというわけにはいかないが、それでもバイト終わりは一緒に帰ったり、学校でのお昼ご飯を司くんが作ってくれたり、恋人ごっこは引き続き続行していた。
しかし、変わったことが少しだけある。ひとつは僕達は日常的にキスをするようになったこと。
人目のあるところですることは無いが誰もいない屋上や練習後の更衣室で必ずと言っていいほど僕達はその行為に耽った。とはいえ行為を強請るのはいつも僕で。司くんは何も言わずにそれを受け入れてくれた。お互い気持ちが良い行為だし、嫌悪がないのならいいではないかと思っていた。でも脳みその端の端、ほんの少しの冷静な部分では「擬似恋人期間が終わった時に本当に元に戻れるの?」と警報が鳴る。元々お試しでしてみた行為なのだからのめり込むべきでは無いと分かっていたが、ズルズルとやめられないでいた。

もうひとつは最近司くんの様子がおかしいこと。それこそ、僕がキスを強請ると毎回複雑そうな顔をして「いいのか?」と尋ねてくる。それはこっちのセリフなんだけどな、と思いながら頷くと司くんは観念したように目をつぶるのだ。
「本当は嫌?」と何度も確認したがその度に「そんなわけない」と返される。それを聞くとなんだか満たされる心地がして、返ってくる答えなんて分かっているのに何度も尋ねてしまった。

そして今日も、その業をまた重ねようとしている。

「ねぇ司くん、いい?」
「ま、て……」
「やだ」

もう慣れてしまったキス、最初はお互いぎこちなかったのに、今では相手の鼻から抜ける微かな空気の音を感じて唇を重ね直すようになった。
誰もいない昼休みの屋上、それでも全く人が来ないなんてことも無い。いつ誰がくるかも分からないこの場所で僕達は互いの体液を味わうのだ。

はぁ、胸がザワザワとして落ち着かない。脳みそがピリピリする。なんだろう、司くんに対して感じるこの気持ちの正体は。この子を僕のものにしたくて、誰にも見せたくなくて、でもそんなことをしたらこの子に嫌われてしまうだろうなって分かっているからそんなこと出来ない。もどかしい思いが喉の奥につっかかって取れない。
ねぇ、助けてよ司くん。君のせいだよ。

「んっ、ん!」

トントンと背中を叩かれて意識を戻す。薄く糸が引いてそれが重力に負けて途切れるのを見届けると目の前で息を荒くする司くんがこちらを見つめていることに気付いた。

「っ…はぁ、類、話がある」

良くないことを告げられるのだろうなと直感で分かった。

「どうしたの?」

いやだ、聞きたくない

「もう、こういうのはやめにしないか?」

僕は何も言えなかった。

「オレは類に協力すると言ったが、今の関係はなんというか……あまり、良くない気がするんだ」
「やっぱり嫌だった?」
「違う、そういう話では無い。今の関係を続けていたら、絶対どちらかが傷付くことになる」
「それってどういう……」

司くんから向けられる言葉の全部が重くて、苦しくて、普段通りに振る舞える気がしなかったから俯いていたが、司くんの声が尻すぼみになるのを感じて顔を上げると目の前の彼はポロポロと涙を流していた。

「え、あ……司くん、どうしたの?」
「すまない、オレが悪いんだ。オレが耐えられなかったから」

司くんの大きくて真ん丸な瞳が不格好に歪んでそこから星みたいに綺麗な涙がこぼれ落ちる。それを自分の指で拭ってあげようとした時にふと気付く。司くんをこんなふうに泣かせたのは他でもない僕じゃないか、僕に彼の涙を拭う資格があるのだろうか。

「司くんは悪くないよ、僕が君につけ込んだから」
「違う、最初からオレは分かっていたのに」
「ねぇ、どういうこと?僕に教えてよ」

司くんが空の弁当箱を持って立ち上がる。今日も僕の為に作ってくれたお弁当、野菜もちゃんと入っていたから「僕は食べないよ」と言ったら「しょうがない奴だな」と言いながら代わりに食べてくれた。食べないのを分かっていて野菜を入れるのは何でだろう今度聞いてみようかな。次僕の為にお弁当を作ってくれるのがいつになるか分からないけど。

昼休み終了のチャイムが鳴る。今司くんと別れてしまうのはまずい気がした。

「ねぇ、待ってよ」
「大丈夫だ、放課後には元通りにするから」
「何が元通りだって言うのさ」
「あぁ、類の実験に最後まで付き合えなくてすまない」
「そんなことどうだっていいよ、それより君がなんで泣いているのか教えてくれないかい」
「実験の続きは別の人にでも……」
「は」

司くんはそう言いかけた言葉をグッと飲み込んで屋上から去っていった。
僕はというと司くんから発せられた言葉を上手く飲み込めなくてその場で立ち尽くしていた。今の僕は司くんに追いついてもろくな事が言えないであろうことは分かっていたから。

司くんは僕が別の人と付き合ってもいいの?

僕が先に彼を泣かせたのに、僕も勝手に傷付いて馬鹿みたいだと思った。なんで傷付いているんだろう。何も分からない、頭がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、目頭をキツく抓られているような心地だ。



「類、またサボり?」

最悪な気分でいた意識を一瞬断ち切ったのは、どこか懐かしい昔馴染みの声だった。


𓈒𓂂𓂃◌𓈒𓐍


「それにしても酷い顔だね」
「そんなにかな」
「うん、それはもう『呪って出てやる〜』って感じ」
「僕はもう誰も恨みも呪いもしないよ」
「昔はしてたんだ」
「してないよ」

久々の旧友との会話はいつかの時から変わらず、のらりくらりと掴みどころが無い。

「で、どうしたの。話くらいなら聞いてあげるけど」
「それがちょっと、話しにくいことでね」
「なになに〜恋の悩みとか?」
「……」
「え!もしかして司先輩のこと?」
「どうしてそうなるんだい」

「恋の悩み」から沈黙を置いて「天馬司」へとイコールが敷かれ、そしてそれがあながち間違いでもないことに柄にもなく動揺してしまう。
僕が驚いた顔をすると瑞希はそれはもう楽しそうな表情をしてこちらを見つめていた。

「そうか〜やっとか〜類ずっと司先輩のこと好きだったもんね〜」
「え」
「さっきも結構エグいキスしてたし、もー誰が見てるか分からないんだから学校で盛るのやめなよ、司先輩が可哀想だし」
「見てたのかい?」
「うん、だってずっと屋上の端の方でサボってたんだもん。ちなみにボクの方が先にいたんだからね」
「そう……」

人に見つかったら、なんていう背徳感をうっすら抱いていた自覚はあった為、いざ本当に人に見られる、しかも知人に、となると類の中の精神的ショックは小さくなかった。

「で、どうしたの?あの感じだと喧嘩でもしたとか?」
「喧嘩じゃないよ、僕が一方的に司くんを泣かせてしまったんだ」
「司先輩が泣くって、相当でしょ、何があったの」

瑞希は普段ここまで人を追求するようなことは言わない。僕に対してとなれば尚更だ。それでもここまで引き下がらないのはきっと司くんのことが心配だからだろう。先輩を心配する後輩の気持ちを汲むならば、己の矜持など容易く捨てるべきだと思った。

「分かった、話すよ」


​───────


「類、今の話本当?」
「全部本当だよ」
「まず2人は付き合ってないんだよね」
「うん」
「でも司先輩はキスまでなら許してくれる」
「うん」
「類は別に司先輩のことを恋愛的な目で見ては居ないけど、キスはしたいし、離れたくないし、自分のものにしたいと思ってしまう」
「まぁ、そうだね」
「あーーー」

瑞希は僕の返答を聞くなり頭を抱えていた。その後も「うー」だの「ぬー」だの唸っている。

「類はとりあえず司先輩に殴られてきなよ」
「え」
「まぁそれは流石に冗談にしても」

先程まで立って僕の話を聞いていた瑞希が僕の隣に少し隙間を開けて座り込む。

「類は今司先輩のことどう思ってるの」
「どうって、僕の演出に応えてくれる役者で、面白くて、笑顔が眩しくて……」

独り占めしたくなる

「あ……」
「その気持ちって司先輩以外に抱いたことある?」
「無い、と思う」
「それってさ、司先輩のこと特別に好きなんじゃないの」

気付いた瞬間は自分でも驚くほど呆気なく胸にストンと落ちていくような感覚だった。

「僕、司くんのこと好きだったんだ」

そうか、そうだったのか。今までよく分からなかった感情に名前がついた。それがなんだか嬉しくて、子供のような無邪気な喜びが体内を駆け回った。

「なんで自覚してなかったの?事情説明の時散々惚気られたのに『司くんのことは恋愛的な目では見てないよ』とか言い出すから脳みそバグるかと思ったんだけど」
「あぁ、すまないね」
「あと話は終わってないからね」
「え?」
「類は司先輩がどうして泣いて去ったか分かってる?」

それは、やはり僕とそういう関係になるのが嫌だったとか、付き合ってもいないのにふしだらな関係なのは良くないとか、そんなところだろうか。

「これは多分だけど、司先輩は最初から類のこと好きだったんじゃないかな」
「そんなわけ」
「じゃあ類は弟くんのこと好き?」
「なんで急に東雲くんが出てくるんだい」
「いいから」
「好意的には思っているよ」
「じゃあキスは出来る?」
「それは……」
「じゃああの幼なじみの女の子は?同じ劇団のピンク髪の子は?」
「いや……」
「でも司先輩にはキス出来るんだ」
「それは、僕が司くんのことを好きだか……あ」

司くんだって誰でも構わずそういうことが出来る人ではない筈だ。となると必然的に導き出される答えはひとつになる。
司くんは確か「耐えられない」と言っていた。
当たり前だ、好きな人と始めた擬似恋人関係、終わりが来るのを分かっていてぬるま湯の中で幸せに少しずつ弱らされていくんだ。最後に言った「別の人にでも」という言葉だってきっと嘘……だと信じたい。

「違う、僕は恋がしたかったわけじゃなくて最初から……」

「あぁ、もう取り返しがつかない」

司くんのことを散々傷付けたのに今更「君のことを好きだと気付いたから今度はちゃんと付き合おう」なんて僕に言う資格は無い。感じるのは深い絶望。司くんは放課後には元通りになるって言ってくれてたし、元通りになれるならそれで……

「何甘ったれたこと言ってるの」
「瑞希」
「まだ終わってないでしょ、繋がれてるんでしょ」

瑞希の真っ直ぐな瞳が僕を射抜かんとする。

「伝えることが難しいのはよく分かるし、ボクだって人に偉そうに言える立場じゃない。でも、伝えないまま終わったら絶対いつか後悔するってことは分かる」
「大丈夫、司先輩は類のこと独りにはしないから」

この想いを伝えることは再び司くんを傷付けることになるかもしれない。でも、お互い想い合っているなら、まだ手を伸ばしてもいいのかな。

「一度繋がれたんだから、その手離しちゃだめだよ」

プラネタリウムで僕の手を握り直してくれた司くんのことを思い出す。何度だって、やり直せる。そんな可能性に今は縋りたい。

「ありがとう、瑞希」
「そういえば下駄箱前の自販機にお汁粉があったんだよね〜ボク凄く気になってて〜」
「一本でいいかい」
「二本」

屋上から出る直前でそんなやり取りをする。昔馴染みは安心した顔で笑っていた。


𓈒𓂂𓂃◌𓈒𓐍


結局昨日の放課後は司くんと会うことはなかった。その日はショーの練習も休みだったから、次に僕が司くんと会えるのは翌朝、つまり今日だ。
一応スマホでメッセージは送ってみたが既読が付かない。『話したいことがある』と送ったが果たして届いているのだろうか。

朝、いつも通りの時間に登校するとなにやらいつもと雰囲気が違う気がする。何かあっただろうか、と思いながら下駄箱を開けると中から見知らぬ小箱がこぼれ落ちた。

「あぁ、そういえば」

今日はバレンタインデーか、と納得する。落ちた箱を拾って鞄に入れた。食べ物を粗末にするのは良くないから。ほんとは誰から向けられているのかも分からない好意より彼からの飴ひとつの方が嬉しい。そんな言葉を飲み込んで教室に向かう。案の定机の中にも小箱は詰まっていたけど普段から教材なんて使わない僕には関係なかった。

授業中も誰かが食べたであろうチョコレートの甘い香りが鼻をくすぐった。そういえば、僕の好奇心の発端はチョコレートから始まったたわいもない話だった。「君のせいで僕はこんなに苦しんでいるんだよ」と机の中に入っていた小さな1口大のチョコの包みを摘んで思う。チョコに当たってもしょうがないのに。

昼休み、ようやく司くんを探しに行ける。そう思って2-Aの教室に向かうとそこに司くんはいた。声をかけようとしたところで足が止まる。

「天馬〜!ほら、チョコ」
「天馬くん、これ作ってみんなに配ってるから食べて」
「天馬だけずりぃ!俺にもくれよ」
「ほら男子諸君、持っていきなさ〜い」

なにやらクラスの女子が男子にチョコを配っているようだ。司くんが貰ったチョコは恐らく全部義理だろう。そのことに安心する自分がいた。

「司く……」
「天馬くん!」

類が声をかけようとしたところを遮るように声をかけたのは大人しそうな女子生徒だった。

「これ、良かったら食べて」
「あぁ、ありがとう」

それだけ言ってチョコを渡した女子生徒は満足したのかそれ以上は何も言わずに自分の席に戻っていく。多分だけど、あれは義理じゃない。
司くんは良い人だから、沢山の人に好かれるのは分かる。僕も司くんの良いところを沢山知ってるしその全てを好きになったんだ。だからこそ、僕以外が司くんのことを特別に思っているのが面白くなかった。

「司くん」
「お、類じゃないか!どうしたんだ」

驚くほどいつも通りな司くんは普段と変わらぬ暖かい笑顔で僕を迎えてくれた。

だから

司くんの腕を掴んで腰を抱く、そして……

「!?まて、る…… ぃ」

触れるだけのキス、それで十分だった。この角度が彼女の席から一番よく見える。

「おい、神代?突然どうしたんだ!?」
「流石変人ワンツー、挨拶も欧米スタイルなんだ」
「んなわけあるかよ」

動揺するクラスメイトと顔を真っ赤にして放心している司くん、そして呆然としているあの女子生徒を一瞥してから司くんの手を引いた。

「ちょっと借りてくね」
「え、ご自由にどうぞ……?」

向かう先は屋上、僕達が初めてお互いを知った上で出会った場所、司くんが僕を見つけてくれた場所、そして僕がもう一度君とやり直す場所。


𓈒𓂂𓂃◌𓈒𓐍


屋上の扉を開けて外に出たところで引っ張っていた力をようやく抜いた。

「おい、人前でなんてことを……」
「司くん、僕話したいことがあるんだ」

今度こそ誰もいない屋上、2月にしては珍しく気候も温暖で、少しだけ乾いた風が互いの髪を揺らす。

「僕ね、ずっと好きな人がいたんだ。自分でも気付かなかったんだけど、凄く大切だった。その人と一緒に入れるだけで楽しくて、幸せで。でもこんな気持ちになるのは初めてだったからそれが"好き"って気持ちなんだって、人に言われるまで分からなかった」
「……」
「あのね、僕、司くんのこと好きだよ」

一言、そう告げると司くんくんはその大きな瞳がこぼれてしまうのではないかというくらい見開いていた。

「それで、ここからが本題なんだけど」
「僕のこと酷くフッてくれないかい」

「は」

黙っていた司くんから思わず漏れ出る声、無理もない。告白しておきながらフッてくれと頼まれることなど早々ないだろう。

「僕は司くんのことを好きだけど、君を泣かせて苦しませていた男のことを到底許せないんだ。そんな奴に司くんを任せられない、だからフッて欲しいんだ」

目の前の彼は俯いていてその表情は伺えない。胸に手を当てて、何かを考えていることは分かるがそれだけだ。僕はただ、彼から出される一手に身を委ねることしか出来ない。


「お前は最低だ、オレの気も知らずに恋人ごっこを提案してくるし、そのくせ「後腐れない」なんて言うんだ。なのにキスしてくるし、オレがどんな気持ちでいたか分かるか?」
「……」
「これは擬似恋愛、そういう演目だ。類も本気では無い、そう必死に自分を律していたのにお前は2人きりになる度にキスをせがんでくる。酷い奴だよな」
「いっそのこと嫌いになれたら、良かったのに……」

司くんから発せられる言葉全てが自分に重くのしかかる。今感じているのは罪悪感だろうか?違う、この期に及んでまだ僕は司くんに拒絶されることに怯えているんだ。
司くんがゆっくりとこちらに近付いてくる。瑞希が「殴られてきなよ」と言っていたっけ、うん僕もそれがいいと思うよ。
司くんが目の前に来たのを感じるが、彼の顔を見るのが怖くて目を閉じてしまった。

「なぁ」

くる……!そう思って覚悟したが感じたのは鈍い痛みではなかった。己の身体にしがみつくように抱きつくその人は思いつく限り1人しかいない。

「どうやったら類のことを嫌いになれるんだ」

その瞬間、自分が今しなければならないことはたった1つだと気付いた。
目の前で涙を流す愛おしい人を抱きしめること。それが僕に出来る精一杯だった。

「ごめんね、嫌いになんてならないで」
「ずっと僕を好きでいて」

そうだ、僕が伝えたかったのはこの言葉だ。自分勝手で一方的なこの想いの行き先は君にしか向かないのだから。

「ねぇ、僕も君を好きでいていいのかな」

司くんは僕の胸の中に顔を埋めながら頷いた。それが子供みたいで可愛かったから、その丸い頭を優しく、この愛おしさが少しでも伝わるようにと願いながら撫でる。

「司くん、少し顔を見せてよ」

僕の声に反応してやっと顔を上げてくれた司くんの目元はほんのり赤くなっていた。そっと目尻に残る涙を親指で拭う。
そしてそのまま司くんの柔らかくてしっとりとした唇に自分のそれを重ねた。
優しく食むように、ゆっくりと熱を分け合った。


あぁ、この甘さだけはきっと一生好きだ




Comments

  • おああ
    December 24, 2024
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